私達は、お互いのエゴを知ることで家族となりました
【 2050年 桜井かんな8歳 輝夜56億歳以上 太上老君 2621歳 八愛地獄 鏡の中 過去後界 】
【ここから、かんな視点】
過去の映像を見せていた霧が、再び鎖の形に戻っていきます。
太上老君さんの『過去』は思った以上に壮絶なものでした。
ラプラスこと、百鬼夜后さんに恋心を利用して操られ、彼女自身の頼みで彼女を仙丹にして食べた……。
どんな気持ちなのか、ちょっと想像がつかないですよね。
ですが、私の魂源的欲求は『幸福強要』です。だから、何としても『家族』として太上老君さんの気持ちを理解して、まずは彼を『ストルゲ』に目覚めさせないといけません。
「さて、貴様はワシの過去を知ってどうするつもりじゃ?子供の貴様がワシの絶望を理解できるわけでもあるまいに」
再び鎖に囚われた太上老君さんは、映像にあまり反応しない私を見て、がっかりした表情でそう言いました。
「ごめんなさい。確かに、私にはあなたの気持ちを理解することができません。わたしは子供で、そんなひどい目にはまだあったことないですから」
「わからないなら、放っておいてくれ!ワシは取り返しのつかない過ちを犯した。その罪を贖うためには、ここで朽ちるしかないのだ」
太上老君さんは随分と悲観的になっているようですね。映像の中の太上老君さんは、それでも何とか悲しみを乗り越えて、百鬼夜后さんの願いを叶えようとしているように見えましたのに。
そう思って私は、訴えかけるように叫びました。
「でも!ここで貴方が諦めてしまったら、百鬼夜后さんの願いは叶いません!」
「百鬼夜后さんは命をかけてまで、キリストさんを完全体にする夢をあなたに託したのでしょう?」
「だったら!ここで倒れては、百鬼夜后さんが貴方に命を託した意味が無くなります!!」
私の言葉を受けて、それまで苦痛と後悔に覆われ泣き崩れていた太上老君さんの瞳に、わずかな光が宿りました。
そして、太上老君さんは、想い出を噛みしめるように、ゆっくりと百鬼夜后さんの最後の言葉を口にしました。
【貴方こそ、キリストを完全体にし、全次元を救う救世主ですよ】
【頼みましたよ】
「そ、そうじゃ……。確かに、ここでワシが朽ちては百鬼夜行が命をかけた意味が無くなる。ワシは彼女の命を背負っておる。ワシだけの命ではないのじゃ」
「彼女の願いを為さぬまま、ワシの勝手で朽ちるわけにいかぬのじゃ!」
私の言葉に加えて、過去の映像を自らの眼で見たことで太上老君さんは、百鬼夜后さんへの想いを再認識したみたいです。
今なら、この鎖を引きちぎり、過去の後悔を乗り越えることができるでしょう。
「今こそ!過去を乗り越えて、もう一度決意してください!百鬼夜后さんの夢を叶え、キリストさんを『完全体』にするんでしょう?私も手伝いますから、きっと叶えてください!」
「お主は何故そこまで……何度も言うがワシはお主らを百鬼夜后と同じように仙丹にして食おうとしておるのじゃぞ」
いいえ!私が太上老君さんを幸せにしたいのは、私の魂源的欲求『幸福強要』から……。そしてもう一つ、『ストルゲ』の力によって『家族を救いたい』という想いが浮かび上がってきたからです。
太上老君さんとも、『家族』として抱えた想いを、辛いことも悲しいことも共有したいんです。
「私は貴方を『家族』だと認めました!家族って、辛いことも楽しいことも皆で分かち合うんです。だから、私は貴方と悩みを分かち合い、解決法を共に考えなければいけません!」
「家族じゃと……?馬鹿な、見ず知らずで命を狙っている相手を家族などと……。だが、そうか。『わかる』ぞ。フラウティアじゃな。フラウティアの『エゴ』は時に不条理なものになるワシがそうであるようにのう」
確かに、見ず知らずの人を家族にしようだなんて『エゴ』と言っても過言ではないでしょう。
『エゴ』と『家族愛』つまり私の魂の底から、フラウティアとストルゲ、この二つの『上位恋愛傾向』が何としても太上老君さんを家族にし、その想いを共有しろと訴えかけてきているんです。
だから、ここがポイントです。家族として想いを共有するためには、私が太上老君さんの『本質』を理解して、それを伝える『キーワード』を言う必要があります。
それができれば、太上老君さんは自分の力で『過去の後悔』を乗り越えることができるはずです。
太上老君さんは自分の『エゴ』が『他の皆を皆殺しにして自分だけ生き残る』ことだと言いました。でも、過去を見た限りこれはホントじゃないと思います。
彼は別の『エゴ』によって、フラウティアに目覚めたんです。
そう考えて私は先ほどの映像での太上老君さんの行動に思いを馳せます。
1.百鬼夜后さんと出会ってからは、常に彼女を守り幸せにするために行動し
2.1600年の間には、彼女の望みを知り、叶えることを願い、
3.そして百鬼夜后さんが亡くなってからは、託された夢を叶えるためだけに行動
し続けた!
太上老君さんは、常に百鬼夜后さんの事を考えて行動していました。
そしてその恋が妄想だと知ることで、フラウティアに目覚めた。
それまで、百鬼夜后さんのためだけに行動していたのに、『愛されている』ことが妄想だと気づいてしまった。
だから、それによって生まれた『エゴ』は……、それだけのために動き、他人を犠牲にしてもお構いなしに、魂から湧き上がる衝動で動き続ける目的は……。
「わかりました!太上老君さんの『エゴ』は、『妄想の恋を現実にする』ことですね!」
「愛されていることが妄想だと気づいた瞬間から、貴方は恋を現実にする方法を求めて行動して来たんです!」
そのためには、百鬼夜后さんの願いを叶えることと、百鬼夜后さんの魂を自分から分離することが必要です。
そして恐らく百鬼夜后さんは太上老君さんがフラウティアに目覚めれば、妄想を現実にするために動くことを理解した上で、彼に願いを託したのでしょう。
私と太上老君さんの周囲に光の壁が現れて、私達を囲みました。これは『ストルゲ』の能力で出てくる『光の家』ですね。
どうやら、私の考えた太上老君さんの『エゴ』は間違っていないようですね。
「なるほどのう。ワシの想いをこれほど的確に言い当てたのは、お主が初めてじゃ。しかし、だとすれば余計わからぬ。家族とは何なのだ?どうしてここまで他人のために動き、理解しようとする?」
「その理由は、太上老君さんが一番よくわかっているはずですよ」
フラウティアに目覚めた人は、自分の『エゴ』を貫くように、魂の底から耐えがたい衝動を常に受け続けます。
その苦痛、そしてエゴを通したときの異常な快感……。
これはフラウティアに目覚めた人にしかわからないもののはずです。
その衝動に追われているからこそ、私も太上老君さんも自分のエゴを通すために進み続けています。
だから、私が家族を求めるのは、辛いこと楽しいことを共有することが、『幸せにする』手段として、最も的確だからです。『フラウティア』で求めるエゴが『ストルゲ』の家族愛とうまくかみ合っているんです。
「魂の衝動、それがフラウティアの定めです。だから私は、誰かを幸せにするのをやめられませんし、貴方は『妄想の恋』を現実にするため、努力し続けるでしょう」
「そうか、お主も私と同じ、あの衝動に耐え快感を求め続けているのか。そうか、私とそっくりだ」
「お主がワシの『本質』を理解し、ワシがお主の『本質』を理解する。これが理解し合うということ……これが家族か!」
太上老君さんがそう言うと、『光の家』のエネルギーがさらに強くなり、家の形に組み上がっていきます。
そして完全に家が建ち終わった後、家じゅうから光のビームが放たれて、太上老君さんの鎖を打ち砕きました!
――――システムメッセージ――――
太上老君が上位恋愛傾向『ストルゲ』に目覚めました。
――――システムメッセージ――――
桜井かんなの『ファミリー』が3人になりました。
ついに!太上老君さんが『ストルゲ』に目覚めました!でも、私の『ファミリー』が3人というのはどういうことでしょう?
義弘達ホントの家族は私を含めて4人ですが、そういう意味じゃないですよね。
多分、『ストルゲ』の力で繋がった家族、という意味なんだと思います。私と輝夜さんと、太上老君さんで……。
恐らくは私達3人だけで使える秘密の必殺技がある……とかですかね?
そう思っていると、周囲の空間が揺らぎ始めました。
どうやら、私の『自己崩壊の空間』と同じように、この『過去後界』も役目を終えて崩壊し始めているみたいですね。
周りの景色がさらに希薄になっていき、気が付けば元いたミラーハウスのような空間に戻ってきていました。
【 2050年 桜井かんな8歳 輝夜56億歳以上 八愛地獄 自己虐の迷宮 】
「これでお主を吸収する理由は無くなったのう。それに、吸収せずとも新たな『上位恋愛傾向』に目覚められることもわかった。先達がいなければ難しいのだろうがな」
「そうですね!これは大きな進歩ですよ。アガペー以外を揃えればいいんですから残りは……」
そういえば、私の手では太上老君さんを『プラグマ』に目覚めさせられませんでした。だから、太上老君さんは今のところ7つの内3つに目覚めているということですね。
「後4つですか。でも……」
私は残されたもう一つの鏡を指さして言いました。
「輝夜さんの鏡に入れば、きっと彼女を助ける過程で、太上老君さんを『プラグマ』に目覚めさせられると思います」
「輝夜か……。やつが百鬼夜后を攫ったことが、ワシの不幸の始まりとも言えるが、やつのお陰で現実を知れたとも言えるのう」
太上老君さんは、遠い目で鏡を見つめます。輝夜さんが百鬼夜后さんを攫ってから1600年間、TTRAWに行く方法を探し続けたんですから、思う所もあるでしょう。
「私達が鏡の中で経験したことから考えると、多分輝夜さんは、『そら』さんが消滅してしまうことについて、攻撃を受けていると思います。その気持ちに寄り添うことができれば……」
「なるほど、やつにも目的があるわけじゃな。それを知り、今回のように理解することができれば、ワシがプラグマに……そして輝夜も『フラウティア』に目覚めることができるであろう」
「恋人と共にいるために、全次元を滅ぼしても構わぬと言うのはまさに『エゴ』じゃろうからのう。『フラウティア』の素質はあるはずじゃ」
輝夜さんは『フラウティア』の素質があり、太上老君さんは『プラグマ』になれる可能性がある。
だったら行くしかありません。輝夜さんを救い、二人を『4つ』の上位恋愛傾向に目覚めさせるんです!
そうすれば、二人共自分の願いに近づくことができます。他の『上位恋愛傾向』にどうやって目覚めたらいいのかわからないのが問題ですけどね。
「ならば行こう。輝夜を救うことが、ワシとそなたのエゴを満たし、さらにプラグマに目覚められるならばいかぬ手はないからのう」
太上老君さんの、その言葉と共に私達は自分から鏡に入り込み、輝夜さんの『鏡の世界』に取り込まれました。
【 2050年 桜井かんな8歳 輝夜56億歳以上 太上老君 2621歳 八愛地獄 鏡の中 畏怖界 】
私達が鏡に入ると、そこは月面のような場所でした。
周囲は岩がゴツゴツした荒野で、地面にはいくつものクレーターがあります。
空には宇宙空間があって、無数の星々が見えます。空気があるようで呼吸はちゃんとできています。
荒野の中央には、ビルほど大きな十字架が立っており、遥か上空に輝夜さんが張り付けられています。
「ああ……そら……そら……」
輝夜さんは、うわ言のように そらさんの名前を呟き続けています。
やはり、ここで克服するべき輝夜さんの『トラウマ』はそらさんに関係することみたいですね。
『貴方は、そらを守り切れなかった』
『貴方は全次元を守り切れなかった』
『もう貴方に生きる価値はない』
空の星々が口々にそう言います。『そらさんを守れなかった?』どういうことでしょう?
ま、まさか私達が自分のトラウマと戦っている内に何かが手遅れになってしまったのでしょうか?
でも、私達は生きているし、少なくともこの空間は滅びていません。
仮に何か危険な事態になっているとしても、私達は『上位恋愛傾向』3つに目覚めているんですから、何とかなるはずです!
そう考えていると、突然 空の星達が光り輝き始めました。
『そらを守れなかった、貴方にもう生きる資格はない』
その言葉と共に星達の輝きが一層強くなり、炎の塊となって輝夜さんに向かって降り注ぎ始めました!
「危ないっ!!」
私と太上老君さんは、手を繋ぎ 持てる上位恋愛傾向の全てを使って、輝夜さんを助けに飛び出しました!!