太上老君、完全覚醒!!
【 1562年 太上老君 1491歳 百鬼夜后???歳 輝夜56億歳以上 TTRAW 恋愛繁華街『The・自由』 夜后聖城 】
百鬼夜后は天帝に取り入り、彼の自立心を促し、子供に接するように褒めたり叱ったりした。
その内に天帝は百鬼夜后に対し恋に目覚めた。
そして悟空の襲撃の時、天帝は百鬼夜后を庇って死に、百鬼夜后は憎むべき相手を陥れた喜びによってルダスに目覚めた……。
ワシの知っている百鬼夜后からすれば、とても考えにくいことじゃが……。
そもそも、天帝への復讐が目的でワシに近づいてきたのならば、ワシの知っている百鬼夜后そのものがまやかしだったわけか。
「さあて、ルダスに目覚めた今、私がやることってったら一つです。何せキリストの魂が無事だってわかりましたからね。私はあの子のために全力を尽くすしかねえんです」
そうか。キリストの魂は無事だったのだ。つまり、『天帝がキリストの魂を仙丹にさせた』というのも勘違いで、恨むこと自体筋違いだったわけか。
それにしても、『上位恋愛傾向』の力をもってキリストをどうしようと言うのじゃ?
「キリストのために尽くす?一体、何をするつもりじゃ?ワシはそれに役立てるのか?」
いいように利用されていたと気づいても、百鬼夜后への愛は消えない。1600年前の幻想を追い続けているのか、それとも『ルダス』の能力で操られているのかは自分でもわからぬが……。
どちらにせよ、ワシにとって良いことではないのかも知れぬ。じゃが燃え上がる恋心にあらがうことなどできまい。
「ええ、もちろんです!太上老君さんには、『フラウティア』に目覚めてもらって、私を仙丹にして吸収してもらわないといけねえですから」
「お主を吸収するじゃと!?何故じゃ、何故それがキリストのためになる?」
百鬼夜后の言葉ならば無条件で従いたいところじゃが、いくらなんでも百鬼夜后を吸収しろと言われては素直に従う訳にもいかぬ。
ワシにとってかけがえのない。必死に1600年間、会おうと努力して来た存在をワシのこの手で殺すなど……少なくとも理由も聞かずに従えることではない。
「私はキリストを『完全体』にしたいんですよ。あの子の持つ才能はアガペーだけにとどまらない。神の子でありながら神を越え、『八つ』の上位恋愛傾向全てに目覚められる才能があるんです」
「キリストが全ての上位恋愛傾向に目覚める才能がある?それが、ワシがそなたを吸収することにどう繋がるのじゃ?」
「だからあ、貴方は最愛の人を失うことで、自分だけを愛する『フラウティア』に目覚める。私を吸収して『二つ』になる。そして、その力を使ってアガペー以外を集め、キリストに吸収されるんですよ」
なるほど、まずワシが『二つ』になって、その力で『プラグマ』『ストルゲ』『マニア』『フィリア』を吸収し、最後にアガペーであるキリストに吸収される。
確かにそれならばキリストは労することなく、八つの上位恋愛傾向を手に入れることができるのう。
じゃが、だとしてもワシが百鬼夜后を吸収するのは、ワシの心が許せん。
「ねえ太上老君さん。キリストは私の可愛い息子なんです。なんとか、幸せにしてあげたいんです。そのためには、必要なんですよ『完全体』が。あらゆる愛の結晶ですからね」
そう言うと、百鬼夜后はそれまでヘラヘラとしていた表情をキリリと引き締め、ワシの眼を見つめて言った。
「私の上位恋愛傾向は『ルダス』ですから、誰に対しても真剣な恋愛感情を持つことができないんです。でも母性、親子愛だけは私が唯一真剣に持つことができた愛情なんですよ」
「私だって、遊びだけじゃない、真剣な愛情を示したいんです。いつか死ぬ命なら愛のために使いたいですから。」
そうか、きっと百鬼夜后はルダスという歪な恋愛感情を持ち、悩みに悩んだのであろう。
遊びでしか愛せない自分が倫理的に間違っているのではないか、本当の愛ではないのではないかと。
そんな時、彼女がすがることができるのは、生来の愛情『親子愛』だけだった。
彼女を愛する者として、彼女の想いを遂げさせてやりたい!ワシの愛の力で、キリストが『完全体』になれるなら……ワシが百鬼夜后を吸収すれば、百鬼夜后の願いが叶うなら!!
成し遂げてみせよう、百鬼夜后の最後の真実の願いをワシは叶える!
「よかろう。話は分かった。じゃが、本当にワシはフラウティアとやらに、目覚められるのか?」
「当たり前ですよ。私はルダスで使役した人の、考えや行動の癖が手に取るようにわかるんです。貴方は、私を愛するあまり私を吸収することで絶望し、この世の全てを恨み、世界が自分だけになればいいと考えるはずです」
「私の頼みだからなんてのは、吸収するまでしか通じない言い訳ですからね」
なるほど、ワシの性格を完全に熟知した上で、ワシならフラウティアに目覚めると考えたわけか。
そんな風に理解してもらえていること自体はとても嬉しいが……。
そうか、ワシは百鬼夜后を失う痛みに耐え切れず、自分だけを愛するようになるのか。
「そんなことを、吸収する前に伝えて良いのか?ワシが怖気づいてやめてしまうかも知れぬじゃろうに」
「貴方は、私の頼みを絶対断れませんよ。だって、貴方の愛も真実の愛なんです。遊びなんかじゃないですから。真剣な愛情は、ちょっとやそっとじゃ崩れませんから」
一々、全てを見透かされてしまうのじゃな。確かにワシは、どんな酷い目に会うとしても百鬼夜后の頼みなら、結局は従うじゃろう。
さあ、心を決めたならやるしかないのう!まずは八卦炉に百鬼夜后を入れるところからじゃ。
「ならば、ワシの気が変わらぬ内にすぐここを出よう。ワシの研究室に戻り、お主を八卦炉に入れるんじゃ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【 1562年 太上老君 1491歳 百鬼夜后???歳 輝夜56億歳以上 天界 太清境 仙丹研究室 】
研究所に来た百鬼夜后は、すでに八卦炉に入っている。ワシがスイッチを押せば全ては終わり、百鬼夜后は仙丹になるであろう。
八卦炉の中で百鬼夜后は、不気味な笑顔を浮かべて『ケタケタ』と笑っている。
しばらくすると、百鬼夜后は笑うのをやめ、ワシの方を見てにやりと微笑んだ。
「私の望みは、これで叶います」
それまでの人を食ったような態度から、真剣な表情に変わって成果を噛みしめるように言った。
「私の死によって、貴方は愛の奴隷となるんです。そうすれば貴方は、人生をキリストのために捧げることになります」
そう言って、ワシの方を見つめ、『フフッ』と笑った。
「貴方は最高の駒でした。これほど優秀な癖に最もチョロかった。私のために、この世に生まれてきてくれて本当にありがとうございます」
そう言うと、1600年前と同じ眩しい笑顔を浮かべて言った。
「貴方こそ、キリストを完全体にし、全次元を救う救世主ですよ」
ワシにはどうしても、この笑顔が作られたものだとは信じられなかった。
今こそ、百鬼夜后の本当の気持ちを感じた気がした。やはり彼女は神聖な心を持っていて、目的のために優しさを殺して戦っていたのではないか。
「ああ!お主のためなら、愛の奴隷にでも何でもなってやるぞ!必ず、お主の想いを叶える。キリストを完全体にしてみせる!!」
「ははっ。それでいいんです。頼みましたよ」
百鬼夜后のその言葉と共に、八卦炉が稼働を始めた。炉から陰陽のエネルギーが百鬼夜后に流れ込み、肉体と魂を溶かしていく。
溶けていく百鬼夜后は、最後まで『あはははは』とワシを魅了する、楽しそうな笑い声をあげていた。
そして加工が進み、ついに百鬼夜后の仙丹ができあがった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
テーブルの上には、一つの丸薬が置いてある。これが、百鬼夜后がその命を変換した『ルダスの仙丹』だ。
ワシは百鬼夜后から、命を受け継いだ。だから、この仙丹を摂取して『ルダス』に、そしてワシ自身の絶望から『フラウティア』に目覚めればならぬ。
本当に可能かどうかはわからないが、すでに百鬼夜后が仙丹になってしまった以上、試してみるしかない。
もし何か不備があれば、さらに研究を重ねて、想定通りの結果を導き出せばいいのだ。
覚悟を決めたワシは、目をつぶって仙丹を口に含み、飲み込んだ!
その瞬間、ワシの心に訪れたのは強い困惑じゃった。
何せ、突然『恋愛は遊び』『あらゆる恋愛テクニックを極めたい』という想いが、まるで最初からあったように、私の中に生まれたのじゃ。
それまでの自分が、まるきり塗り替えられていく心地がする。ワシがワシでなくなるようじゃ。
ああ……ああ!!
“演技”私の演技は……
私が長きにわたり仇として追い続けた、あの天帝すら!容易に恋に落ちさせた!
やつの癖に合わせて、最高に好みの女を装っただけで簡単に恋に落とし、操ることができた!!
そして、やつ命を狙ったこの私を庇って、勝手に死にやがった!
これほど面白いことはない!
あの時、ワシ……私は人に愛されることの全能感を感じ、魂が快楽を感じていた。
さらなる快楽を魂が渇望してくる。
もっともっとあらゆる人間から愛されるために、あらゆる恋愛の駆け引きを究めたいという渇望が魂の底から浮かび上がってくる。
これがルダスか、これが百鬼夜行の思いの全て……!
私は、私も愛されたい!駆け引きを極めたい!全てを思い通りに動かす全能感をもう一度……!
――――システムメッセージ――――
太上老君が上位恋愛傾向『ルダス』に目覚めました。
はぁっ!はぁっ!こ、これで良い。これで、ワシは百鬼夜后の生前の全てを知り……。
彼女の思考、目的、そして……。
『ワシが愛した百鬼夜行はワシの妄想の中にしかいなかった』ことがわかった。
百鬼夜后は自分を愛する者を利用していただけじゃ。彼女自身はワシを始めとして、誰も愛していなかったことがはっきりわかった!
結局、ワシの事は程の良いコマ以上には思っていなかったわけじゃ……。
様々な考えがワシの中でゴチャゴチャと駆け巡る。心が壊れ行くのを感じる。愛を失うことはこれほどまでに苦痛なのか……!
「ふ、ふぬわあああっ!!!」
ワシは声にならぬ声をあげて泣きわめいた。
百鬼夜后はワシを愛していなかった。
百鬼夜后はワシを利用していた。
清い心の百鬼夜后は、タダの妄想だった。
そして……百鬼夜后はワシに吸収されて死んだ。
突如、ワシの回りにエネルギーの壁のようなものが生まれる。
ワシを騙し、ワシを壊し、ワシを操る『愛の力』をこれ以上、ワシに近づけさせはしない。
誰も、世界にも全次元にも、このワシの心を傷つけさせるものか!
ワシは愛を、この世にはびこる全ての愛を……。
「完全に拒絶する!!」
――――システムメッセージ――――
太上老君が上位恋愛傾向『フラウティア』に目覚めました。