百鬼夜后の目的~空白の1600年~
【 紀元前71年 太上老君 500歳 百鬼夜后???歳 輝夜56億歳以上 天界 太清境 仙丹研究室 】
あの日、ワシと百鬼夜后はいつものように研究を続けていた。愛のエネルギーを仙丹と混ぜ合わせることができれば、さらに大きく寿命を延ばせるはずじゃ。
そればかりか、研究次第では魂を使わずに寿命を延ばす方法が見つかるかも知れぬ。ついにワシ達の研究は、この段階まで来たのじゃ。
そう考えてワシと百鬼夜后は、引き続き愛を育み、そのエネルギーを仙丹に注ぐ研究を続けた。
そんなある日、研究室に向かうと、研究室の中央に大きな扉があった。
もちろん、部屋の出入り口ではない。『何もない空中に』月の意匠が入った扉が浮いているのじゃ。
この天界には色んなエネルギーを使う者がいて、魔法のようなことができるものもいるが、空中に扉が開いたという話は聞いたことが無い。
そして突然、扉が開き やつが『輝夜』が現れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
やつは現れて開口一番、こう言った。
「百鬼夜后さん、貴方のお力が必要なんです。わたくしと一緒に来ていただけませんでしょうか」
「私の力がですか?でも、私 研究を手伝っていてもドジばっかりで、お役にたてるとは思えないんですけど」
確かに失敗も多いが、百鬼夜后は常に失敗から学び成長している。自らを卑下することはないと、ワシは思う。
むしろ、初めての事も多いであろうワシの実験に、良く付き合ってくれるものだと感心するほどじゃ。
「百鬼夜后はワシの妻であり、研究の助手じゃ。勝手に連れていかれては困るのう」
「ええ、もちろん百鬼夜后さんが拒否されるのでしたら、無理にとはいいませんわ。けれど、これは百鬼夜后さんの『目的』を叶えるために有効なことだと思いますわ」
「百鬼夜后の目的……?」
百鬼夜后の目的が何なのかはわからぬ。しかし、彼女はワシの後ろに隠れ、怯えながら輝夜の様子を伺っている。
少なくとも彼女について行く意思はないようじゃ。ワシだって、もはや片時も離れたくないしのう。
「そちらの目的が何かは知らぬが、百鬼夜后についていく意思はないようじゃ。悪いが帰ってもらえぬか?」
「そうはいきませんよ。その子は大事な『上位恋愛傾向』の素質保持者ですから、私のそらの夢世界を作るために必要なんです」
「上位恋愛傾向じゃと!?」
それは、この間の研究所が研究していた未知のエネルギーのはずじゃ。まさか、すでに体得していたものがいるのか?
じゃが、百鬼夜后も素質保持者とは……?
「わたくしの夢を叶えるためには、八つの『上位恋愛傾向』が必要なのです。ですから、それらの能力者を作り出す実験をする必要があるのですわ」
「実験のう。ロクな実験では無さそうじゃな」
「ええ。それは否定しませんわ。技術が不十分だから実験をするのですし……。下手をすれば、魂がダメージに耐え切れず、分解してしまうかも知れませんもの」
魂が分解するか。魂を溶かしているワシ等と似たり寄ったりのロクでもない実験じゃな。そして、そんなものに我が最愛の百鬼夜后を行かせるわけにはいくまい。
「やはり交渉決裂じゃな。ワシも百鬼夜后も魂が分解するような実験に付き合いたくはないからのう」
そう言って、ワシは研究室の壁にあるボタンを押した。これはワシがもしもの時のため、『神代遺跡』で密かに開発していた巨大ロボット『飛鳥・改』じゃ!!
研究所の床が二つに割れ、中から『飛鳥・改』がせり上がって来た。
「今じゃ!『飛鳥・改』よ!!必殺ディメンション・ミサイルを……」
そう言って、ワシがディメンション・ミサイルを発射する操作を仕掛けたところで、輝夜の体が一瞬光った。
それと同時に、『飛鳥・改』は元々そこにいなかったかの如く、煙のように消え去った。
「な、なんじゃと!?ディメンション・ミサイルは、当たった相手をゼロ次元に転移させ、消滅させる究極のミサイルなのじゃぞ!」
人を魔物にする研究の中で、ゼロ次元になった織田信孝を何とか有効利用しようと考え、作り出した奥の手じゃったのに……。
輝夜という女は一体どれほどの力を秘めていると言うのじゃ?
ワシが驚いていると、いつの間にか輝夜が百鬼夜后のすぐ側に転移してきていた。
「百鬼夜后さん。わたくしは貴方の目的を知っていますわ。それを成し遂げるためには……」
輝夜が百鬼夜后に耳打ちをしているようじゃが、声が小さく全てを聞き取ることはできなかった。
じゃが、輝夜の言葉を聞いた百鬼夜后は、明らかに混乱した様子で、プルプルと震えている。
そしてうわ言のように『力が……』と呟いていた。
「おい、百鬼夜后に何をしたのじゃ!返答によっては許さぬぞ!」
「百鬼夜后さんは、わたくしのお話を冷静に判断してくれただけですわ。さあ、参りましょう!!わたくしの世界TTRAWへ!!」
「貴方を『遊びの愛・ルダス』に目覚めさせる、愛の実験場……あらゆる愛の形が許容される、カオスな街 恋愛繁華街『The・自由』へ!!」
ワシが輝夜の話についていけず混乱していると、さきほど輝夜が出てきた巨大な扉が再び開いた。
そして、輝夜は百鬼夜后の手を取り、二人は扉に吸い込まれていく。
ワシはすがるような声で百鬼夜后に向かって叫んだ。
「ま、待て!ほ、本当にワシと暮らすことより大事な目的があるというのか!?じゃったら何故、教えてくれぬ!!百鬼夜后のためなら、ワシは何でもするというのに!!」
「…………」
じゃが、百鬼夜后はワシの質問に答えることなく、扉の中に吸い込まれて行った。
そして、扉は消え、ワシは扉のあった場所をいつまでも見つめていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【 1562年 太上老君 1491歳 百鬼夜后???歳 輝夜56億歳以上 TTRAW 恋愛繁華街『The・自由』 】
あれから1600年ほどの時が流れ、ワシは悟空から∞と-∞を奪うことにより、『上位恋愛傾向』なしでTTRAWに侵入する方法を編み出した。
TTRAWはデータに彩られた、VRの世界……それゆえに現実にないものも創造できる。
輝夜は現実になかった『上位恋愛傾向』を創り出すために、この世界を創ったらしいが……、その実験台として百鬼夜后が選ばれたという訳か。
ワシは、TTRAWに入る前に『百鬼夜后・捜索装置』を開発しておいた。
人には指紋・声紋・心臓の鼓動の特徴など、個人を識別するあらゆる情報に溢れておる。
まだ百鬼夜后が現世にいたときに収集したこれらのデータを元に、同じ『特徴』を持つ人物を捜索する電波を送る装置を作ったわけじゃ。
ワシはその装置によって電波を手繰り、どうにか輝夜が百鬼夜后を連れて行ったという恋愛繁華街『The・自由』を見つけ出した。
ここに百鬼夜后がいるはずじゃ。ついに約1600年ぶりに会うことができる……。
そう考えてワシは、機械が指示した建物『夜后聖城』の扉を開いた。
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【 1562年 太上老君 1491歳 百鬼夜后???歳 輝夜56億歳以上 TTRAW 恋愛繁華街『The・自由』 夜后聖城 】
ここは天帝が百鬼夜后との仲を記念して建てた城のようじゃ。
城の人々に話を聞き、事情を説明する。
なんと百鬼夜后は、今日ワシが来ることを予言していたそうで、百鬼夜后の元に案内された。
城の中心部には半径100ほどの空白地帯があり、そこには豪華な塔が立っていた。
何でも彼女の半径100m以内に入ってしまうと、恋に落ちてしまうらしく誰も近づけないのだそうじゃ。
恋に落ちたものは、百鬼夜后の手足の如く自由に動かされ死をも厭わないという。
彼女が塔から出ないのも、配下を使えば自分が動かずとも、世界の全てに干渉できるかららしい。そんな能力であれば、塔から出ること自体は容易じゃろうしのう。
ワシも百鬼夜后に惚れてはいるが、操られているような感覚はない。恐らく、この1600年で百鬼夜后が何らかの能力に目覚め、それによって人を使役しているんじゃろう。
じゃから、今近づけば操られてしまうかも知れぬが……。
何にせよワシは、百鬼夜后に会い、1600年前に聞けなかった彼女の『目的』そして、輝夜の企みについて聞かねばならぬ。
そう決意してワシは周囲の建物と封じられた塔の境界線を越え、百鬼夜后のもとへ向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おやおやおや!私の能力範囲に入ってくる命知らずがいると思ったら、太上老君さんじゃありませんか~!懐かしい、1600年ぶりですねぇ」
「あ、ああ。何と言うかお主は……随分あかぬけた感じじゃのう」
ワシは記憶の中とあまりに印象の違い過ぎる百鬼夜后に驚いた。
見た目だけならそう変わらぬのだが、口調が昔よりも砕けている。昔は何となくオドオドした感じがあったものだが、今は不気味なほど声が弾んでいる。
いかん。呆気に取られている場合ではないのじゃ。輝夜が言っていた百鬼夜后の目的が何なのか聞き出さなくては。
「そ、それでお主の目的とは何なのだ?この1600年間で叶えられたのか?そ、それと……元の世界に戻れるのか?輝夜の監視は……」
私がまくしたてるように聞いたのに対して、百鬼夜后は甲高い声で『ハッハー』と笑った。
「結論だけ言えば、叶えられましたねえ。ここに行きつくまで色々ありましたけど、まあ結果は上々ですよ」
百鬼夜后は嬉しそうな顔で、そう答えた。だが、その笑顔も世界をあざ笑うかのような表情で、昔の眩しさは消えている。
「そ、そうか!して、お主の目的とは?」
今度は聞くことができた。これで、あの時の百鬼夜后の想い、そして今の百鬼夜后の想いに少しだけ近づけるはずじゃ。
「そりゃ、天帝を殺すことですねえ。あいつは私の息子を殺しやがりましたから」
「お主の息子じゃと?」
百鬼夜后に子供!!このTTRAWに来てから、子供が出来ていたのか!?
いや天帝を殺す目的が『息子を殺されたこと』なら、ワシと出会ったときには、もう息子は殺されていたんじゃ。ワシ以外に夫がいるとすれば、それ以前からいたことになる。
「そうそう、天帝のやつは私の息子『イエス・キリスト』があの世に来た時、その神聖な力にビビって天界をのっとられるのを恐れて、無間地獄に叩きこみやがったんですよ」
「そして、太上老君さんに地獄の亡者を仙丹にするように命じた……。その中にキリストも入ってたってわけです」
「地上でキリストを殺しやがった連中は、まだわけもわからずってのもあるでしょうが、天帝はキリストの素晴らしさを知りながら、魂を仙丹なんぞにしやがりました」
「だから私は天帝に復讐するため、太上老君さんの研究に手を貸して、天帝を倒す方法を探ってたんですよ」
何と……つまりワシは単に利用されていただけなのか。
じゃが、1600年前の百鬼夜后の無垢な態度、研究熱心な様子も嘘ではあるまい。
復讐を胸に秘めながらもワシと楽しい日々を送っていたのは間違いないんじゃから。
「ですが、1600年前 私はあの『輝夜』さんから天帝を倒すもっと現実的な方法を教わりました。それが……天帝をTTRAWに誘い出し、共に暮らすことでした」
「輝夜さんには、人を上位恋愛傾向に目覚めさせる技術がありました。最も目覚められなければ彼女に魂を食べられてしまいますけどねえ。私が『上位恋愛傾向』に目覚める方法を提示してくれました」
「ルダスは恋愛そのものよりも、『最高の駆け引き』を愛し、『人から愛されること』を至上とする上位恋愛傾向ですから……」
「最も憎い相手を自分に惚れさせれば、ルダスに目覚めることができると言われたんですよ」
「だから、天帝と共に暮らし、惚れさせるチャンスを伺い続けたってわけです」
【百鬼夜后と天帝の恋】
天帝は『全次元の理』によって守られていたため、これまで誰かに叱られたり、危害を加えられることがなかった。
天帝はイエスをなくてはならない人だと考え、仙丹の原料にさせず、かつ輝夜の目からそらすために無間地獄に送り込んだ。
太上老君に渡した魂はダミーで、本物のイエス・キリストは今も無間地獄にいる。
輝夜の眼をくらますため、天帝自身がイエスの身代わりになって、アガペー候補者としてTTRAWに入った。
TTRAWは、全次元でもあの世でもないので、『全次元の理』が通じない。
天帝は、百鬼夜行と暮らしていく中で、人生で初めて叱られ、悪い行いを正されたことで、ときめいた。
その後、自分のことを自分でできるように、うながされてやってみるうちに、できたときに褒められるのを嬉しいと思った。やり甲斐を感じた。
そうして、百鬼夜后の指導を受けている内に、天帝は百鬼夜行にお礼がしたいと考え、実行してみた。
時には、間違ったことをして、叱られたこともあったが、おおむね喜んでもらえたように感じた。
そんなある日、天帝は孫悟空から襲撃を受けた。
悟空は、天帝を殺す前に百鬼夜后を殺そうとした。その時、天帝は百鬼夜行を守ろうとして、悟空の技をモロに食らった。
『全次元の理』の守りが無い天帝は、ダメージに耐え切れず死亡した。
最初は人のために何かするなど、考えもしなかった天帝が、愛する人を守って死んだ。
【百鬼夜后と天帝の恋 終わり】
「その時、私は感じたんですよ。相手を惚れさせる技術さえあれば、憎い相手も思うままにできると!そして人を自分に惚れさせる快感も!!」
「そして私の中に力がみなぎってくるのを感じました。理解したんです。これがルダスなのだと」
怪しく微笑む百鬼夜后を見て、1600年の時間と経験が彼女を大きく変えてしまったのだと感じた。