家族信条『共に守りあう』VS家族信条『家族のために犠牲になる』
【 635年 桜井かんな8歳 島津義弘8歳 アトラクション・『ファミリー』 エリア2 地球コア 火鼠の家】
上空の『何か』は燃え上がり輝き続けています。あれが、火鼠さん達の『家族信条の象徴』なのでしょうか?
謎の声の指示は『象徴』を見つけろとのことでしたが、少なくとも視界に収めただけではクリアにならないみたいですね。直接触れないといけないのでしょうか?
でも、あんなに高い所にどうやって触ればいいのでしょう?
家族魔法を使えば、空も飛べるでしょうか?
そう思って、家族達のことを考え意識を集中してみました。
―――システムメッセージ―――
『信条共鳴』の儀式中は家族魔法を使用できません。
ええっ?そうなんですか?それは、ちょっとまずいですね。前世の記憶があるとはいえ、私の身体能力は普通の子供です。
あの高さまで移動するのはどうやっても無理でしょう。
でも、この『儀式』がちゃんとルールに基づいたものだとすれば、私が最善を尽くせば突破できるようになっているのではないでしょうか?
ということはつまり……。床のどこかに、あの『何か』にたどり着くヒントなり仕掛けがあると考えられるはずです。
そして床を歩き回れば、家族にダメージが入るわけです。床のどこかにヒントはあるけど探し回るには家族へのダメージを考えないといけません。
「ぐ、あああぁっ!!」
『五分が経過しました。かんな様にダメージが入ります』
その言葉と共に、私の体に激痛が走りました。余りの痛みに、私はその場にうずくまりました。
も、もう五分経っていたのですか。
「う……くく……」
痛みによって溢れてくる恐怖を、家族の事を思って何とか抑え込みます。
5分で激痛が走るからと言って、焦ったら思うつぼです。動けば、その分 家族に激痛が行くんですからね。
私は意識を集中して、これからどうするか考えます。
ダメージと言えば、さっきの『ステータス画面』には私のHPが表示されていませんでしたよね。義弘と同じくらいだとすると180くらいでしょうか?
すると、5分で5ダメージだとすると、180分……3時間は何もしなくても持つわけですか。もっともHPが少なくなれば動けなくなるかも知れません。
3時間まるまる使えるとは思わない方が良いでしょう。
だとすると、じっとしているわけにはいかないわけですが……『ダメージ』がこれほどの激痛を伴うとなると、考えるのも動くのもプランが必要です。
動く前に、床のどこにヒントがあるのか考えないといけません。
次の激痛が来る前に、床に何か特徴のある部分がないか調べてみましょう。
この部屋の床はタイルのようなものが敷き詰められているようです。タイルの色は皆、白ですね。
私は部屋中のタイルを目を凝らして見渡しました。
あれ……?
真っ白だと思っていたタイルですが、赤いタイルがいくつかあるみたいです。見える範囲には4つくらい……?
とりあえず今ある情報はそれだけですし、赤いタイルに行ってみるしかなさそうですね。
でも、赤いタイル同士は結構距離があります。どれかが当たりなのか、全部行かなければならないのかわかりませんが……。
とりあえず見える範囲だと、どれも部屋の角……右上の角、右下の角、左上の角、左下の角にあるみたいです。
まずは、そうですね。距離はあまり変わりませんし、右上から行ってみましょう。
皆、痛いと思いますが、なんとか我慢してくださいね。
そう考えて、私は赤いタイルに向かって歩き始めました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『お父さん:HP345 お母さん:HP275 義弘:HP135』
何とか赤いタイルにたどり着きました。家族のダメージは40ポイントくらいですね。
一ヵ所だけなら、そこまで大変なダメージではないですけど、最低でも四ヵ所いくのだとすると、皆の命が心配になります。
私は警戒しながら赤いタイルに触れてみました。そうすると……。
突然、周囲の景色が一変しました。転移ではない様です、バーチャル映像でしょうか?
今いるところは、どこかの民家の庭のみたいですね。建物は昔の日本家屋のように見えます。ここは一体、どこなんでしょう?
そう思っていると、火鼠族らしいネズミ顔の少女が話しかけてきました。
「かんなちゃん!ここにいたの。そろそろ夕飯の時間よ」
「えっ、ええと、ご飯って私は『家族信条の象徴』を探しに……」
そう言おうとしたところで、少女に手を引っ張られました。
「ほら、急いで!今日は、かんなちゃんの好きな鱗獣のから揚げだよ!」
私は反論する間も無く、少女によって建物の中に引っ張られていきました。どうやら悪意はないようですが、どうして私を見知った相手のように扱うのでしょうか?
家の中には、成人した火鼠族と思われる男性と女性がいました。少女のお父さんとお母さんでしょうか?
テーブルには何かの料理が盛り付けられています。そういえば、これからお夕飯だと言っていましたね。
「あの、私も食べていいんですか?」
「何言ってるの、当たり前じゃない。私達四人で家族なんだから」
「私が、家族?ですか?」
なんと、この世界では私は火鼠族の家族になっているみたいです。慌てて自分の体を確認しますが、特にネズミになっているというわけではなく、人間のままのようです。
つまり、火鼠族の家族だと認識されている世界……ということですか。
恐らく赤いタイルに触ったことで、火鼠族の『家族信条の象徴』に近づくための何かを見せられている、ということなんだと思います。
そのために私は『火鼠族の家族』という立場にいる必要があるということですね。
「どうかしたの?なんだか変だよ?」
少女が私の言動に不信さを抱いたようです。いけませんね。『家族』に溶け込まないと。
「う、ううん。何でもないんです。早くご飯をいただきましょう」
「そう?じゃあ、早く食べようよ。鱗獣のから揚げ、大好きでしょ?」
鱗獣のから揚げというものは食べたことがありませんが、家族になじむためにもとりあえず食べてみるべきでしょうね。
美味しければいいのですが……。
そう考えて、私は鱗獣のから揚げを食べました。
「すごく美味しいです!こんなに美味しいものがあるなんて、思いませんでした!」
「ふふふ、大げさね。褒めても何も出ないわよ」
成人女性……火鼠家族のお母さんが笑って言いました。
そうでした。私がこの家の子という設定なら、毎日のようにお母さんの料理を食べているんですよね。
あまり大げさに褒めるのは、確かに変かも知れません。
「あ、あはは。でも本当に美味しかったんです。私、お母さんの料理、大好きですから」
家族は皆、微笑ましそうに笑っています。どうやら、この言葉は間違ってないみたいですね。
その日から私達は、家族として仲良く暮らしました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そんなある日の事です。
「今日は、デビルボアを狩りに行くぞ。皆、用意してくれ」
火鼠族の家族は皆で、狩りにでかけるのが習慣です。皆が家族魔法を使えるので、子供も戦力としてついて行く決まりみたいです。
もちろん、後ろから遠距離攻撃をするだけですが、子供のうちから狩りになれさせるということみたいですね。
「この辺りは、デビルボアの巣が多いのよ。できるだけ群れから離れた個体を見つけて、死角から攻撃するのがコツね」
お母さんの言葉に従って、私達四人は周囲を探りながら移動しました。
そして、毛皮が黒い猪のような動物を見つけると、お父さんが合図をしました。
「皆、家族の事を思い、ボアの首を落とすイメージをするんだ」
私はここに来てからしばらくのことを考えました。火鼠族のお父さんお母さん、お姉ちゃんとのことを考えます。
最初に来た日の夕食、それからの生活、両親は優しく見守ってくれましたし、お姉ちゃんとはいっぱい遊びました。
その瞬間、猪の首にかまいたちのようなものが発生し、猪の首を斬り落としました。
家族魔法はすごいとは思っていましたが、こんな使い方もあるんですね。
そう思っていると、お父さんとお母さんは猪を抱え、走り出します。私とお姉ちゃんも一緒に走りました。
猪の群れから距離をとった私達は、一息ついて休憩します。
「ここで血抜きをするぞ。周囲には家族魔法で結界を張る」
本来なら血をまき散らすと他の動物が寄ってくるので避けるべきなのでしょうけど、結界を張っていれば大丈夫ということらしいですね。
「血の入った状態で、運んでいくのは大変だものね」
私達は結界を張り、血が抜けていくのを待ちます。
それからしばらくして……。
ゴワン!!
鈍い音がして、結界が揺れました。
よく見ると、ツキノワグマの二倍はありそうな、毛が黒い熊が連続して結界を殴っていました。
「エビル・グリズリーか。まずいな」
お父さんがそう言うか言わない内に結界にヒビが入っていきます。
ピキーーーーーン!!
結界が……破れ……っ……。
そう思った瞬間、熊の爪が私を襲います。
「危ないっっっ!!」
そう叫んで、みちこさん、お姉ちゃんが私の前に飛び出しました。
熊の爪に刺されたお姉ちゃんの体にはざっくりと傷がつきました。
私はどうしていいかわからなくなって、動けなくなりました。
その瞬間、お姉ちゃんの体が光り出します。
「これは……まさか『巫女の証』が目覚めたのか!」
お姉ちゃんの体から出てきた光が、熊を吹き飛ばしました。
「お、お姉ちゃん大丈夫ですか?」
そう言って、彼女の体を触ると、傷は完全に無くなり全く痕が無くなっていました。
「えっ?き、傷が……これって?」
「かんなを守ろうとしたみちこの意思、それによって『巫女の証』が目覚めたんだ。それによって、みちこの家族エネルギーが高まりエビル・ベアを殺し、傷を癒す力を使えるようになったということさ」
「家族エネルギーが高まった!?それってすごいことじゃないですか!!」
それなのに、お父さんとお母さんの表情はすぐれません。どういうことなのでしょうか?
「ああ、すごいことだね。本当にすごいことさ。火鼠族の繁栄のため、必要なことだからね」
お父さんは、何か含みがあるような言い方をしました。火鼠族の繁栄?家族エネルギーが高まれば、確かに繁栄には繋がりそうですが、何か他に意味がありそうです。
「ええと……お父さん、私達は家族ですよね。でしたら、重要なことは秘密にせずに、話して欲しいんです」
私がそう言うと、お父さんは少しびっくりした顔になりました。
普通の子供なら、何となく耳聞こえの良いことをいってごまかせたのかも知れませんが、私は前世や現実世界の記憶があります。
だから私は、お父さん達の反応から、結論を予想して言いました。
「その『巫女の証』というのは、お姉ちゃんの身に危険が及ぶ何かなのですか?」
お父さんとお母さんが、すごく悲しそうな顔になりました。やっぱりそうなのですね。
「仕方ないか……。隠し通せることではない。話すしかないな。だが、かんなが反対したとしても『儀式』は行われる。だから心して聞いてくれ」
お父さんは真剣な顔で話します。これは……危険が及ぶどころでは無さそうですね。
多分、命に関わることです。生贄……ということでしょうか。
「巫女の証は、家族神によって家族エネルギーを昇華させるための『生贄』に選ばれた証拠だ」
そこまで言った後、お父さんは空を指さしました。
「あの空に浮かび、我々を照らしているのが家族神の魂を模した神具『火鼠の皮衣』だ。皮衣に巫女を捧げれば、火鼠族の家族エネルギーは高まり……種族全員が新たな家族魔法に目覚める」
お姉ちゃんを生贄にすると聞いて、私の中で拒否反応が起こりました。
そんなことをしようとする、火鼠族やお父さんお母さんに怒りが湧き出してきます。
この話は『家族と守りあう』という私達の家族信条と全く異なるものです。
「新たな家族魔法?」
私は震える声で聞きました。
「そうだ。神託では次に目覚める家族魔法は『生き物を生み出す魔法』。それがあれば、稲や麦はもちろん、牛肉や豚肉……あらゆる食料が無限に作れるようになり、火鼠族は飢えることがなくなる」
確かハレーさんは火鼠族が、自分の魂をコピーして作られたらしいと言っていました。
恐らく、あの燃える何か……『火鼠の皮衣』には、魂のコピーを作り出す何かがあるのでしょう。
細かいことは分かりませんが、これまでは火鼠族のコピーしか作れなかったのが、進化すれば、他の生き物の魂と……肉体のコピーも作れるようになるということなのでしょう。
でも……。
私はわずかな期間とは言え、この家の子として家族と一緒に過ごしてきました。
もう、みちこさんは、私のお姉ちゃんです。
いくら火鼠族全体のため、これから生まれてくる子孫のためだとしても、お姉ちゃんが殺されるのを黙って見ているわけにはいきません。
「で、でも……!!わ、私はお姉ちゃんが死んだら嫌です!!」
そう言ってわめく私を、三人が見つめます。それぞれに思惑があるようで、私の言葉をどう捉えているのか、はっきりとは感じ取れません。
少しの沈黙の後、お父さんが口を開きました。
「私だって、みちこがいなくなったらとても悲しいよ。でも、そうすることで、これから火鼠族は飢えることがなくなる。未来に渡ってたくさんの命が救えるんだ。だから、とても名誉なことなんだよ」
そう言っているお父さんは、とても悲しそうで、立場上仕方なく私を諭しているように見えます。
「お、お姉ちゃんはどうなんですか?お、お姉ちゃんが死にたくないと言うなら、私はどんなことをしても、助けます!」
『信条共鳴』をしている間は家族魔法が使えませんが、正しいことのためなら、きっと奇跡を起こせる何かがあるはずです。
少なくとも義弘達、現実の家族達なら、その力があります。
ですが、次にお姉ちゃんが発した言葉は、私を絶望させるのに十分な言葉でした。
「ねえ、かんな。私は……私の力で皆が、ずっとお腹が空かなくなるんなら……」
「なりたい……!!命を賭けてでも、皆の力に!!」
こうして、私は私達と火鼠族の家族信条が違い過ぎることに絶望したのでした。