夢を育てる牧場
【 2005年 藤田浩正14歳 本願寺証如14歳 エリア3 夢牧場】
俺達が転移して来たのは、極めてのどかな雰囲気の牧場だった。
周囲は柵で覆われており、白やピンクの『よくわからない』何かが、草原を駆け回っている。
何だあれは……?というか、ここは何なんだ?ここがエリア3なのか?どうして、牧場に飛ばされるんだ。
証如は、周りを見渡した後、顔を緩めて言った。
「ここは、何だかのんびりしたところですねえ」
それに対し、信長は真面目な表情で突っ込む。
「あまり気を抜くでないぞ。ここは、我らの『えりあ』より難易度が上なのであろう」
「それにしても、こんなところで何をさせようというのでしょう」
光秀の疑問はもっともだ。第一、あの変な生物が何なのかわからない。
多分、『アレ』に何かするのがここの突破条件じゃないかと思うのだが……。
「あら、お客さんなんて珍しいですね。うちに何か用ですか?」
そこに出てきたのは、メイド服の女性だ。金髪のショートカット、身長は160cmほどだろうか。やせ型で胸も標準以下だろう。
「いや、ここに『アトラクション・ドリームワールド』を突破するための鍵があるはずなんだ」
正確には、このアトラクションのラスボスがどこかにいるはずだ。それに至るためのイベントが、またいくつかありそうだがな。
「鍵ですか?そうですねえ。そんなものは聞いたことないですけど」
「ここで飼ってる動物は何なんだ?恐らくそこにヒントがあると思うんだが」
今も白やらピンクの『何か』が俺達の回りを走り回っている。走っていると言っても足はない。だが、スライムのように不定形という訳でもないな。なんとなく形はあるんだ。
「この子達は『夢』ですね。現世では菩薩とか権現と呼ばれることもありますが、夢の塊でできた生き物です」
こいつらが夢!?夢でできた生き物か。なるほど、理解はできないが何となく話が読めてきたぞ。
輝夜はそらと一緒に暮らすために『夢世界』を作ろうとしていて、そのためには夢現エネルギーが必要という話だ。
しかし、人間を夢現エネルギーにするには願いをかなえてやる必要がある。だが……。
華春日菩薩のように『夢』でできている生物は、そのまま夢現エネルギーとして吸収できるらしい。
つまり、ここは夢を育てて大きくなったら輝夜が吸収する、という目的の牧場ということか。
放置しておけば、『夢世界』が完成する原因になるだろう。
ん?しかし、そうなってくれれば輝夜と争うこともなくなるんじゃないか?
いや、ダメだ。確か輝夜の目的は夢世界を作ることで『人の夢全てを支配する』ことだと言っていた。
夢を支配するということは、その人の精神を支配することに等しい。全次元全ての人が精神を輝夜に支配されてしまえば、全次元は輝夜によって征服されたと言ってもいい状態になる。
そして、それをしなければ輝夜は『そら』と一緒に暮らせない。他の方法では、全次元神だかの干渉を受けてしまうのならば、輝夜としてはやるしかないだろう。
全次元を守りたい俺達とは、結局利害がかみ合わないわけだ。
そう考えれば、やはりこの牧場の『夢』達をどうにかして、輝夜の野望を食い止めることが、このエリア3ひいてはアトラクション『ドリーム・ワールド』のクリア条件ということになる。
「夢というのは、どんな生き物なんだ?食べ物を食べさせて育てるのか?」
まずは夢の生態を知らなければ、どうにもならないだろう。夢も生き物なら、下手な犠牲を出さずに済む方法を考えるために、情報が必要だ。
「この農場には、現世で叶えられず破れた夢が、流れてくるんです。この子達にはその夢を食べさせて、育てるんですよ」
そうか。破れた夢は叶わない。そのままにしておけば、せっかくの夢現エネルギーが霧散してしまう。
だから、それを小さな夢たちに食べさせて、大きな夢に育てるという訳か。
それだけ聞けば、誰かに迷惑をかけてるわけでもないようだが……。
「育った夢はどうするんだ?輝夜が回収に来るのか?」
「ええ。この牧場に入りきらないくらい大きくなった夢は、オーナーの輝夜様が連れて行きますわ。その後、どうしているのかは教えられてないんです」
どうやら、ここが夢現エネルギーの牧場……というか、生産工場なのは間違いないようだ。そして輝夜に吸収された夢は輝夜の一部となる……つまり、意識がある動物だと考えれば、死に等しいだろう。
「夢が現実になれば良いのであろう」
突然、信長がそう言った。そうか、夢が夢のままなら輝夜に吸収されてしまうが、破れた夢を食ってある程度大きくなったところで、夢を叶えさせればいいわけだ。
そうすれば、夢は牧場を離れて現世に現れることになるんじゃないか?
「なるほどな。確かにそうだ。というか、恐らく輝夜は夢が叶いそうになったところで、牧場から引き揚げ吸収してるんだろう」
そうすれば、小さい時から育てた夢を無駄に、現世に帰してしまわずに済むからな。
だとすれば、これだけの数の『夢』をどうやって効果的に叶えるかが問題だな。それに、今いるやつだけでなく、これから連れてこられるやつの夢も叶えられるようにしないといけない。
だとすれば……。
「華春日菩薩はこいつ等と同じ『夢』だよな。どうにか、こいつ等を菩薩にする方法はないのか?」
「そうだねえ。あたしが最初、魔菩薩になったときは~」
【華春日菩薩が魔菩薩・華音になった経緯】
華春日菩薩は、悪夢・華音として魔界に生まれた。元々は誰か人間が見た悪夢だったのだろうが、華音にとってはどうでもよかった。
それよりも、華音にとって重要だったのは生き残ることだ。夢ははかないもの、放っておけばいつの間にか消えてしまう恐れもあった。
華音は何とかして自我を保とうとした。そのためには、他の夢を喰らって大きくなる必要があった。
華音には特殊な能力があった。それは『人を半永久的に眠らせ続ける能力』カノン・レクイエムだ。
華音は、魔界の魔獣達を眠らせ悪夢を見せてそれを喰らうことで少しずつ大きくなっていった。
そうして、力をつけることで『死』と『眠り』の両方を使い分けられるようになったとき、『魔菩薩・華音』に進化し魔界の王を名乗った。
魔界の王となった魔菩薩・華音は高位魔族達を眠らせ悪夢を見せることで、より高濃度の悪夢を吸収し、さらに力を付けていった。
【華春日菩薩が魔菩薩・華音になった経緯】
「その後は、皆も知ってる通り『三蔵法師』達を眠らせて、悪夢を食べようとしたところを、『桜井かんな』に浄化されちゃったってわけね」
ふむ、華春日菩薩は能力で魔物を眠らせ、魔物が見た悪夢を食ってパワーアップしたのか。
だが、この方法でここの夢達に夢が現実になるほどの吉夢を食べさせるのは、時間がかかりそうだな。
待てよ。要するに大量の夢現エネルギーを食わせればいいんだから……。
そうか!華春日菩薩が魔界で魔物に悪夢を見せたのと同じように、俺達に吉夢を見せればいいんだ!それも俺達の『推しパワー』と『アイドル力』を全開まで引き出せるとびきりの夢をだ。
「華春日菩薩!俺達を眠らせ、とびきりの吉夢を見せてくれ!それによって、これまでとは段違いの夢現エネルギーを生み出し、ここの夢達を叶えさせるんだ」
「あー、それはいいねえ。けどさ。ここの夢達を全部叶えるってなったら、今の状態から桁違いにパワーアップしなきゃだよ。あたしの限界まで良い夢を見せることはできるけど、ホントにパワーアップできるかは保証できないなあ」
「問題ない。俺達の『推しパワー』と『アイドル力』なら目的さえ定まれば、なんとかできるはずだ」
要するに良い夢を見て、その中でもっとクロマル達を推せるようになれば良いわけだ。そして、その『もう一段階上』の力こそが、このアトラクション『ドリームワールド』を突破する鍵になるはず。
「わかった。じゃあ、藤田が思う最高の夢を思い浮かべてよ。そしたら、その夢を見せてあげる。その中で『最も大切なこと』に目覚めることができたら、パワーアップできると思うよ」
「最も大切なこと……?」
大切なこととは、愛とか友情や『推しパワー』ということだろうか。いや、その上があるからこそ敢えて『最も』と言ったのだろう。
それを見つけることが、この夢を見る目的ということだな。
「じゃあ行くよ~」
華春日菩薩の言葉と共に、俺は強烈な睡魔に襲われ夢の世界に旅立った。
【 2005年 藤田浩正14歳 本願寺証如14歳 藤田の夢 ファイナルドラゴン~最後の龍~】
「おお、勇者ヒロマサよ。よくぞ来てくれた。まずはワシの話を聞くが良い」
なんだここは?俺がイメージした夢の世界に来るんじゃなかったのか?
俺がイメージしたのはナリーランドのような、可愛らしくてコミカルな世界だ。RPGのような世界をイメージしたつもりはないのだが……。
「魔王アスモデウスがこの世界に現れてから、人類はやつの魅了魔法の虜になり、今や8割の人類都市が魔王軍の支配下に置かれた」
アスモデウスというのは、色欲の魔王だかだったか。だが、やはり色欲の魔王に支配された世界を救う夢などイメージしていない。
とはいえ、この夢で『最も大切なこと』を探さないといけないのは確かだ。とりあえず王の話をしっかり聞いて、これからどうすればいいのかを理解する必要がある。
「よって、そなたには魔王アスモデウスを退治して欲しい。やつを退治すれば魅了も解け、人々は自我を取り戻すはずじゃ」
「アスモデウスに対抗するため、また道中の安全のため、そなたのパーティーとなる者を集めた、連れていくが良い」
「パーティー……だと?」
戦士:クロマル
魔法使い:キュリオキュリ
僧侶:本願寺証如
踊り子:織田信長
武道家:明智光秀
なるほど、華春日菩薩の能力で皆も同じ夢を見ているということか。
しかし、だとすれば実際に魔王と戦うのは勇者の俺ではなくクロマルやキュリオキュリ、信長なのだろうが……。
そういえば華春日菩薩自身はいないな。能力で俺達を眠らせているせいで、自分は眠れないってことか?
「勇者パーティで魔王退治ですかい、何だか面白いことになってきやしたねえ」
クロマルの姿は着流しで、背中に覇王丸を背負っており、剣士というより武士……いや、風来坊と言った風貌だ。
「ま、魔王戦で魔王使いって言ったらメイン火力ですよね。な、何とか頑張ってみます!」
キュリオキュリはこれまでと同じくフリフリのドレスを着た魔法少女だ。河童に戻されなかったこと、衣装が可愛いことが嬉しいようで、緊張しながらも張り切っている。
「僕は、当然僧侶ですね。どうやら『回復魔法』というのが使えるみたいです。魔法は初めてだから楽しみですね」
そういう証如の恰好は明らかにキリスト教の司祭っぽい衣装だ。こいつは仏教である浄土真宗の法主なのだが……。まあ、本人が気にしていないのならいいだろう。
「俺は踊り子か。能力は様々な効果を出す『舞』だと?中々面白そうではないか」
信長は公家っぽい衣装に、能の面を被っている踊り子と言っても、ダンスでは無くて能らしい。メンバーの和洋折衷感がすごいな。
「え、えーと私は武道家ですか?拳で戦う職業があるとは思いませんでした。戦で役に立つのでしょうか?」
光秀は上半身裸で、地の薄いズボンをはいており、腰に布のようなものを巻いている。確かにスキルのない世界だと戦争を拳法で戦うのは無理があるだろうが、聞いている限り皆 職業に応じたスキルを得ているみたいだからな。
武道家には武道家の強みがあるはずだ。
俺が皆を一通り見まわし終わったところで王様が言った。
「では、勇者ヒロマサよ。検討を祈る」
王様はそう言い、俺達に向かって手をかざした。
「転移魔法:魔王の部屋」
すると俺達の周囲の景色が入れ変わり、別の場所に移動した。
さきほどまでと同じように、装飾の多い部屋の中央に玉座があるのだが、座っている人物は王様ではない。
「よく来たな。勇者ヒロマサよ。ここがお前の最後の地だ」
魔王が俺の前で玉座に座っていた。