証如の冒険と理想の魔法少女
【 2005年 藤田浩正14歳 本願寺証如14歳 エリア2 宇宙創造実験室 本能寺 本堂】
キュリオキュリは、体を震わせたままうずくまってしまった。
そうかこいつは元々気が弱くて、人見知りするんだったな。大勢の前で踊るのは抵抗があるということか。
俺が発破をかけてもいいが、『推しパワー』を身に着けないといけないのは証如だ。ここで二人が絆を結べないと、いざダンスを踊ったところで『配神霊』とやらが証如の応援に満足しない可能性があるからな。
「証如、ここはお前がなんとかしないといけないところだ。キュリオキュリとの絆を築き、ダンスをさせるんだ」
「ぼ、僕がですか!?で、でもそうですね。僕が『推しパワー』でキュリオキュリさんを超人にしないと……このまま第六天魔王ってのにやられちゃうんですよね」
第六天魔王がどんな力でこちらを倒しに来るかわからない。もしかしたら、願いをかなえてくれるだけかも知れないが……。
だが、信長たちの警戒ぶりから考えて、そんなことはあり得ないだろう。恐らく、多くの者が死ぬようなことを仕掛けてくるはずだ。
「わかりました!ではキュリオキュリさん、話しましょう。とりあえず、話し合えばきっと活路が見つかるはずです」
「……話すと言っても、何を話すのですか?私は人前でダンスをすると思うと、体が震えて動かないのです。話すことで、この状態が解消されるでしょうか」
証如が必死に話しかけるが、キュリオキュリはうずくまって震えている。
どう話しかけたら上手く緊張と怯えを解けるのか、すぐには思いつかないな。
「わかりました。恐れを克服できればいいんですね!だったら僕の話を聞いてください。僕が『人生を楽しむ』ことを決意したときの話です。キュリオキュリさんの求める『楽しい旅』に繋がる話だと思います」
証如がそういうと、キュリオキュリは涙目のまま証如を見つめて言った。
「『人生を楽しむ』決意をした話……ですか?」
「ええ!僕もキュリオキュリさんと同じくらい、いいえそれ以上に人に見られること、人と関わることに怯えていたんです。けれど、あの日 僕は『人生を楽しむ』決意をしたことで、それが変わり始めました」
証如の言葉を聞いて、キュリオキュリは身を乗り出し、証如の肩を抱いて言った。
「一体、何があったんですか?」
【証如の思い出】
信頼していた父と祖父が亡くなり、10歳で法主にされた証如は絶望に打ちひしがれていた。
どうして自分の身にばかり、こんなことが起きるのかとふさぎ込んでいたとき、一人の少年から声を掛けられた。彼は証如より一つ年下の9歳で太助という名前らしい。
本願寺に仕える坊官である彼は大人の僧達の話を盗み聞きして、石山本願寺の地下に秘宝が眠っているらしいこと。それがあれば、皆が喜んで証如に従うと吹き込んだ。
そこで二人は夜にこっそり抜け出し、地下倉庫を目指すことにした。
石山本願寺の地下には巨大な迷宮が広がっていた。
迷宮には、矢や槍が飛び出るトラップや落とし穴があったが、太助のとんでもない脚力と直感でかわし続けた。二人は手を繋ぎながら進み、太助がトラップの気配を感じたら、手を引っ張って避けさせるのだ。
そして、最後にたどり着いた大扉には、『なぞなぞ』が書いてあって、これを証如の機転によって解き明かした。
大変な冒険だったが、めまぐるしく訪れるスリルと興奮が、二人にはとても楽しく感じられた。
そして、二人が大扉を開けると、そこには確かに経文が安置されていた。
【狂楽 一休宗純】
【ワシの遊技場を楽しんでくれたか?この冒険を通じて、苦難の中にも楽しさがあるとわかってもらえたじゃろう】
【楽しむことは大切じゃ。楽しめば人生は豊かになる】
【そのためには赤子の心に立ち返ること】
【赤子の心は、全てのことありのまま楽しんで受け入れる】
【どんなことでも、赤子の心を持ってすれば、必ず楽しさにたどり着けるのじゃ】
【楽しさに狂え!!全てを楽しむんじゃ……そうすればワシのように幸福な人生を送れるじゃろう】
二人はその文章に強く心を打たれた。心構え次第で楽しむ術はある……。にわかには信じられなかったが、証如は幸せに生きたいという強い願望を持っていた。
それからというもの、二人は辛いことがある度、その情報を共有しなんとか楽しく感じられないか、赤子の心とはどんなものかを話し合った。
その内に、そうして話し合うことや幸せを探すこと自体がとても楽しいことだと感じるようになっていった。
【証如の思い出 終わり】
「こうして僕達は見方を変えることで、『人生を楽しむ』ことを決意したんだ!」
「見方を変える……!!」
そう呟いたキュリオキュリに対して、証如はさらにまくしたてた。
「貴方は『楽しい旅』を望んでいるんですよね」
「私は自分が楽しむだけでなく、貴方の旅も最高に楽しいものにしたいのです!」
「だって貴方にも、自分の夢を叶え、人生を楽しむ権利があるんですから!」
「貴方は女性になりたいという願望の他に、孫悟空のような力を身につけたいという願望も持っていましたよね」
「それって、つまり光り輝くスターになって、みんなから認められたいってことでしょう!」
「だからこそ、貴方がこの旅を楽しむためには、皆から愛されるアイドルになる必要があると思うんです」
キュリオキュリは、証如の真剣な眼差しを見つめ返す。どうやら、証如の言葉は彼女の心にちゃんと届いているようだ。
「認められて、愛されていいのか。この、ただの河童でしかなかった私が」
「良いに決まってるじゃないですか。この世に生まれてきたからには、幸せにならないと損ですよ!」
その言葉を聞いて、キュリオキュリの表情が引き締まった。
どうやら、ダンスをしてアイドルになる覚悟が決まったようだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「信長よ、キュリオキュリの覚悟が決まったようだ。祝詞とやらを教えてくれるか?」
「ああ、いいだろう。この魔法陣に入るがいい。そうすれば、自分の心の中にある『最も大切な言葉』が出てくる。それが配神霊に捧げる祝詞となるのだ」
そう言われて、キュリオキュリは恐る恐る、魔法陣に足を踏み入れた。
すると、魔法陣が白く輝いて、光がキュリオキュリを包み込む。
そして、キュリオキュリの口から『祝詞』らしい言葉が出てきた。
「……わ、私は……『とてつもなく可愛い』『女の子にモテモテな』『百合魔法少女に』なりたい……!!」
これが祝詞か。キュリオキュリの願望が駄々洩れだな。元はモテないおっさんだったのだから、無理もないかも知れないが。
そして、キュリオキュリが祝詞を繰り返すと、今度は空中に白い光が輝く。
その光が人の形になり、それがキュリオキュリの体に重なる。こいつが配神霊か?
「世界中から、何かに見られている感じがします。私に乗り移った配神霊以外に、世界中の配神霊から見られているということでしょうか」
キュリオキュリは『配神霊』の存在を感じているようだ。だとすれば、次は……。
「『ダンス』ってのは、何を踊ればいいんだ?」
「アイドルになるためには、魂の波長を『アイドリズム』という、アイドル固有のリズムに合わせねばならぬ。今、配神霊共がキュリオキュリの魂の波動を読み取り、それをアイドリズムに昇華させるための曲を選ぶはずだ」
アイドリズムに昇華するための音楽か。また妙な言葉が出てきたが、そう言うものだと考えるしか無さそうだな。
そう思っていると、本能寺全体にアイドル風の音楽が流れ始めた。
これはMMMか。確か大手Vtuber事務所の楽曲だったな。それを『アイドリズム』に目覚めさせるためにアレンジしているようだ。
「これなら、知ってる曲です。振り付けもある程度、分かりますし三十分でも何とかなりそうですよ」
キュリオキュリは笑顔で俺達にそう伝えた。これなら大丈夫そうだな。
「だが、この儀式で本当に大変なのはアイドルではなく、応援する方だ。応援するものは、アイドリズムの波長を読み取り、それに合わせた応援をしなければならない」
「アイドル自身は自分の魂の波長に近い楽曲だから合わせやすいですが、応援側は全く違う魂の波長を、何とかして合わせなければなりませんからね」
信長と光秀が、そう説明してくれた。なるほど、応援側が波長を合わせないといけないわけか。俺は、クロマルの全てを知っていたから、曲が無くても波長を合わせることができたんだろうが……。
キュリオキュリのことをほとんど知らない上に、未来の楽曲になじみのない証如では、アイドリズムの波長を読み取るのは難しいかも知れないな。
「なるほど、じゃあ僕が頑張んなきゃいけないんですね」
「ええ、オタ芸の振り付けは私が教えます。何とか私の部下が侵入してくる前に、『推しパワー』に目覚めてください」
「わかりました!全力で努力します!大丈夫ですよ、結局はキュリオキュリさんと仲良くなれば、何とかなるはずですから」
そう言って、証如は光秀にオタ芸の振り付けを習い始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから、しばらくの間キュリオキュリは『配神霊』から伝えられた振り付けを踊り続けていた。
一方、証如は光秀からオタ芸を習い、必死に覚えようとするのだが、やはり慣れない動きとリズムに戸惑い中々上手くいかない。
まずいな。そろそろ30分経ちそうだ。こちらから、何らかのサポートをした方がいいかも知れない。
証如も言っていたように、恐らくポイントは二人が心を通わせることだ。特に、証如がキュリオキュリに対して、熱い思いを抱くこと……。
「キュリオキュリ!!お前がなりたいと思っている、百合魔法少女とやらの魅力を、もっと具体的に語ってくれ!それで証如が好感を抱けば、魂の波長とやらが合うかもしれん!」
「わ、私が思う、『百合魔法少女』の魅力ですか……。わ、分かりました!!何とか説明してみます!」
キュリオキュリは一旦、踊るのを止めて考え始める。キュリオキュリのダンスはこの30分ほどで、ほぼ完璧になっているので、今は証如との連携の方が重要だ。
しばらく考えていたキュリオキュリだが、証如の方を向き熱く・強く、理想の魔法少女について語り始めた。
【キュリオキュリの『理想の魔法少女』】
私、花村さくら!普通の小学五年生!って、この前まではそうだったんだけど……。
星の妖精、『ショーニョ』に魔法の力を与えられて魔法少女になっちゃった!!
ショーニョの話では、悪の組織『ニョタイカーン』が世界中の男の子を女の子にして、世界を滅亡させようとしてるらしいの!何とかしてとめなきゃね!
そんなある日、敵の女幹部『ユリリン』が、クラスの男子を全員女の子にしちゃった!
私は男子を元に戻させるため、ユリリンと魔法バトルをすることになったの!
ユリリンは私を恋に落ちさせて、悪の仲間に引き込むため『恋のポーション』を飲まそうとしてきて、私は気づかずに飲んじゃったんだけど。
ユリリンが作るときに、調合を間違えたみたいで、私は何故かうさぎさんに変身しちゃったの!
私は何だか無性に走り回りたくなって、教室中を駆け回ったの!ユリリンは私を元に戻そうと追っかけるんだけど、私の足が速くて追いつかないの!
しばらくして二人ともへとへとになったところで、薬の効果が切れたみたいで私は元に戻ったわ。
「あははっ!楽しかったね!また一緒に遊ぼう!」
そう言った私に対して、ユリリンは顔を赤くして『そうね』と言ったの。
その後、何故だかわからないけど、ユリリンは悪の幹部を止めて、新しい魔法少女になっちゃった!!
【キュリオキュリの『理想の魔法少女』 終わり】
理想の姿というか、理想のストーリーってとこか。キュリオキュリはこんな純粋な魔法少女になって、他の魔法少女と恋をしたいってことだな。
そう思っていると、証如の頭が突然光った!あれは例の『記憶チップ』とやらがある場所か?
そして証如の頭上に、今キュリオキュリが語ったストーリーが映像となって映し出される。
これは……俺がクロマルの過去を思い出した時と同じ現象だ。
そして、やはり俺の時と同じく、映像から『花村さくら』が変身した魔法少女が飛び出してきて、現実のキュリオキュリと一体化していく。
その瞬間、キュリオキュリが何かに突き動かされたように、ダンスを始めた。
それに合わせ、証如も『オタ芸』を始める。どうやら『魂の波長』とやらがアイドリズムに合ったようだな。
そしてしばらく、二人のダンスが続いた後、キュリオキュリの回りに巨大なピンクのハートが現れ、それがキュリオキュリに重なった。
直後に魔法陣から周囲を埋め尽くすようにピンクの光が溢れ、それらがキュリオキュリの体に収束した!!
「愛と!希望の!!キューティー魔法少女、キュリオキュリ!!ここに爆誕しちゃいました!!」
どうやら、第六天魔王の襲撃までに間に合ったみたいだな。
だが、俺が一息ついた瞬間、周囲の建物すべてが音を立てて崩れた……。