生命(ライブ)配信と配神霊(はいしんれい)
【 2005年 藤田浩正14歳 本願寺証如14歳 エリア2 宇宙創造実験室 日本 山城国 本能寺】
扉によって転移した先で、俺達の目の前には燃え盛る炎が広がっていた。
「な、なんですか!ここは!地獄にでも転移したんですか!?」
慌てる証如に対して、キュリオキュリが周りを見回しながら答えた。
「いえ、地獄の炎はこんなものじゃありませんよ。これはただの火事みたいですが、勢いが強いですね」
俺達の周囲では木材でできているらしい建物が燃えている。
そこで、ハッとして俺は自分の姿を見た。ぬいぐるみの身体のままだとしたら、燃えてしまうも知れないからだ。
だが、俺達の体は人間に戻っていた。だが、元々ぬいぐるみのクロマルは燃えやすいだろうし、一刻も早く安全な場所に出るべきだろう。
その時、周囲にいた甲冑を着込んだ兵士が叫んだ。
「信長を探せ!寺の中にいるはずだ!!」
信長だと!?ここは日本……いや、燃え盛る炎の中で兵が信長を探している。そして……。
俺が見上げると、兵達は『桔梗』の紋が入った旗を掲げていた。
「これは……本能寺の変の最中ということか」
「「「本能寺の変?」」」
そうか。日本のアニメを見ていたキュリオキュリはともかく、ナリーランド人のクロマルや、変が起こる50年も前から来た証如は『本能寺の変』を知らないのか。
「本能寺の変とは、天下を治める直前だった織田信長が、家臣の明智光秀に襲撃され、殺された事件だ。その時、信長が泊まっていた寺が本能寺だ」
つまり、このエリア2では信長を救って歴史を変えることが『クリアの条件』ということか?
「だから、恐らくこの『エリア』のクリア条件は信長を救うことだ。それだと簡単すぎる気はするが……」
もしかすると、光秀が特殊な能力を身に着けているかも知れない。警戒する必要があるだろう。
「じゃあ、まずは兵士を避けながら、信長さんを探さないといけませんね」
「ああ、そうだな」
そう答えて、俺はあることに気づいた。
この寺の中心、本堂あたりに強力な『推しパワー』を感じる。ここに何者か……信長かも知れないが、いるらしいな。
どうやら、『推しパワー』に目覚めたことで、他の推しパワーを感知できるようになったようだ。
「本堂から『推しパワー』を感じる。恐らく、そこに信長がいるはずだ」
「他の人の推しパワーがわかるんですか?」
「ああ、どうもそういうものらしいな」
そして、ここまであからさまに推しパワーが感じられるところに転移させられたということは……、そいつらと関りを持つことで、こっちの……証如の推しパワーを目覚めさせるきっかけがあるのだろう。
証如の予知、『キュリオキュリを武器にして戦う』というやつに繋がる、何かがあるはずだ。
「じゃあ、さっそく行ってみましょうよ!何があるか楽しみです!」
証如は、最初会ったときは内気な印象だったが、『楽しい旅』という目標ができてからは明るくなった気がする。
これも、キュリオキュリと打ち解けたお陰だろうか。
逆にキュリオキュリの方は、炎に怯えているようだ。
ともかく、俺達は状況を進めるべく、『推しパワー』を探って本堂を目指した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【 2005年 藤田浩正14歳 本願寺証如14歳 エリア2 宇宙創造実験室 本能寺 本堂】
本堂に近づくにつれ、より炎の勢いが強くなっていく。
クロマルの『覇王丸』は炎さえも斬ることができる。俺達は周囲の炎を斬り払いつつ、本堂へと向かった。
「あれか、確かに信長のようだが……」
信長にしては若い、気がする。亡くなった時点なら50近いはずだが、10代の少年に見える。もし、息子の信忠だとしても若すぎるくらいだ。
それに、何だか妙な舞を踊っているな。敦盛の歌詞やリズムではあるのだが、何だか動きが激しい。
それこそ、そう『アイドルライブ』みたいな踊りだ。
そして、それを応援している家臣達は、信長の絵が入った鉢巻やうちわ、衣装などを着て、こちらも妙なダンスを踊っている。いわゆるオタ芸というやつか。
だが、映像技術もないであろう中世風のこの世界で、何故アイドルやオタ芸のようなものが存在しているんだ?
そう思っていると、ダンスがひと段落したようで、信長と思われる人物が俺に話しかけてきた。
「この本堂へは、炎の結界を張っていたはずだ。貴様ら、どうやって入って来た」
なるほど、さっきの激しい炎は結界だったのか。つまり、一般の人間にこの『ライブもどき』を見られないためのものってわけだな。
「炎は、俺達の能力で斬り裂いたんだ。俺はお前たちに会う必要があったんでな」
信長が『推しパワー』によって超人化しているなら、同じく超人化しているクロマルの能力でしか、炎を破れなかったはずだ。
クロマルがいなければ、詰んでいたな。
「炎を斬り裂くだと?にわかには信じられんが……。いや、『推しパワー』によって超人化したものなら、あり得ない事ではないか」
「で、ではこやつらの誰かが『推しパワー』を身に着けておるのですか?」
信長を応援していた家臣の一人が声をあげる。こいつ見覚えのある顔だが……光秀じゃないのか?
だったら、桔梗の紋をかかげて外から迫ってるのは誰なんだ?
そうだな。とにかく信長に聞いてみないとわからないか。
「お前達はここで何をしていたんだ?」
「ふむ……。教えてやっても良いが、そちらの話も聞かせてもらうぞ。この世に『推しパワー』を持つ者が、他にいるとは思わなかったからのう」
こちらの情報も渡すのか。俺達がこの『エリア』を突破するのに、信長たちの協力は不可欠のようだからな。
情報を共有しておいて損はないだろう。
「この世界に本物の第六天魔王が降臨したのだ。それを何とかするべく、ワシと部下達は戦ったのだが、全く敵わなかった」
信長の言葉に続いて、光秀が説明する。
「それで、朝廷に古より伝わる『推しパワー』について研究したのです。天照大御神はその力を持って、魔を払ったことがあると」
『推しパワー』が昔から朝廷に伝わっていたのか。元の地球ではあり得ない話だな。
いや、神は信仰によって力を得ると考えれば、アイドルと似たようなものかもしれないが。
「俺達は『ナリーランド』という世界から来た、そこで『キャベツの神』の暴走で世界が滅びそうだったのを、俺がこのクロマルを『推した』ことで解決したんだ」
キャベツの神がキュリオキュリだと話すとややこしくなりそうなので、そこは黙っておいた。
俺自身の境遇は、話してもいいのだが長くなりそうなので、一旦置いておいた。
「そのような世界があるのか。面白そうだのう。是非、そこでも戦ってみたいものだ」
そう言ってほくそ笑む信長に、クロマルが突っ込んだ
「ナリーランドは平和な世界だから戦はありませんぜ」
「それはつまらんのう。じゃが、戦がないというのは素晴らしいな。誰も無駄に殺されることがないのだからな」
戦好きだが、基本的には民衆や仲間を愛する良いやつということなのだろう。
「信長達が若いのは、『推しパワー』の影響なのか?」
「ああ、そうだ。本当なら爺なのだが、光秀が『推しパワー』に目覚めたことで、ワシも十代になったのだ」
ということは、目覚めるまでは50前の体で、あの激しいダンスを踊っていたのか。まあ、方々で戦争をしているのだから、体は鍛えられているのかも知れないがな。
さて、これで大体この『エリア2』を突破する条件が分かったな。恐らくは信長達と協力し、『第六天魔王』とやらを倒せばいいんだ。
そして、そのためには証如が『推しパワー』に目覚め、キュリオキュリを超人化させる必要がある。
「それでは伝説の通り、『混沌』の化身と『希望』の巫女が揃ったのですね。これで、第六天魔王を倒すことができる」
『混沌』の化身と『希望』の巫女?何のことだ?
いや、話の流れからすると、どっちかは信長だろう。そして、キュリオキュリを超人化させる必要があるなら、彼女が『希望』の巫女ってことか。
しかし、信長は超人化してるのかも知れないが、キュリオキュリはまだ超人化していないのだ。証如が『推しパワー』に目覚めてないからな。
「いや、待て。実はキュリオキュリはまだ超人化してないんだ。俺の『推しパワー』の対象はクロマルだからな。でも、伝説では第六天魔王を倒すのは巫女なんだろ?」
俺達のヒーロー、クロマルは『覇王丸』で何でも斬れる。倒せない相手などいないように思うが、恐らく相性とかが悪いのだろう。
「そうか、ならばワシらに伝わる儀式で、キュリオキュリとやらに『超人化』してもらわねばならぬな」
「お前達に伝わる秘術?そんなのがあるのか?」
正直、俺とクロマルの時は完全に手探りだった。俺がアニメでクロマルの人生の全てを知っていたからたまたま上手くいっただけだ。
だが、証如はキュリオキュリのことをほとんど知らないはずだ。もし、テンプレートな方法があるなら、それに越したことはないだろう。
「ああ、その方法とは」
「『生命配信』だ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ライブ配信?」
ライブ配信とは、まさかYourTubeなどでインターネットを通じて行われるライブ配信のことか?
この時代にそんなものがあるとは思えないが……。いや、世界観が中世なだけで、思ったより技術が進んでいるのだろうか。
「この世界にはインターネットがあるのか?」
「いんたーねっと?何だ?それは?」
インターネットはないようだ。呼び方が違うという訳でもないだろう。では、ライブ配信とは何なのだ?
「インターネットじゃないなら、ライブ配信とは何だ?」
「生命配信は、まず祝詞によって配神霊を身に降ろす。そして世界各地の配神霊と魂を同調させる」
「そして、世界中の配神霊が選んだ『舞』を踊る。その姿を、『推しパワー』を得ようとするものが応援する。上手くいけば配神霊達から、応援するものに『推しパワー』があたえられるのだ」
なるほど。俺は自力で身に着けたが、この世界では『推しパワー』は配神霊とやらによって、与えられるものなのだな。
そして、アイドルのダンスと、それを応援するもの達を見た配神霊が満足すれば、応援者の誰か……一番『アイドル』を愛してるやつだかに、『推しパワー』が与えられるわけか。
「じゃあ、信長と家臣達は『第六天魔王』に対抗するため、その『生命配信』をやっていて、その結果 光秀が『推しパワー』を授かったというわけだな」
「そうだ。そして今度は『希望の巫女』の番だ。今すぐ始めてもらおう。恐らくそんなに時間はない」
「そうなのか?」
「桔梗紋の旗が寺を囲んでいよう。やつらは、第六天魔王に魅了された光秀の兵よ」
「じゃあ、この世界では光秀ではなく、光秀の部下が裏切ったのか……」
「第六天魔王は『他者自在力』と言って、他人の降伏を自分のものとして体験できる。そのため現世の人間の願いを叶え、その喜びを自分の体験にするのだ」
つまり、何でも願いを叶えると誘惑された明智兵が裏切って本能寺を攻めたってことだな。
「もし、兵達がここまでくれば、今度は第六天魔王本人が乗り込んでくるだろう。それももう小半時もせぬうちにだ」
小半時、30分か。配神霊とやらを降ろすことや、ダンスの練習にどれだけ時間がかかるかわからない。
確かに早く始めた方が良さそうだな。
「キュリオキュリ、証如、話は聞いていたな。今回はお前たちが頼りだ。何とか頑張ってくれ」
俺にそう言われたキュリオキュリは、顔を青くし全身から汗を流して固まっていた。
「わ、……わ、……私が……ダンス!?」
予想はしていたが、前途多難のようだな。