正利と信秀のツープラトン~握手でトラウマを乗り越える!~
【 2005年 蜂須賀正利14歳 織田信秀14歳 大自然の魔境 エリア1 ギガ・ストレスフル・ジャングル 】
それから私たちはツタをかき分けながら、数時間ほど歩きました。
時計があるわけではないので、正確な時間はわかりません。ですが、臭いと音、温度と湿度のせいで、実際の時間より長く感じているとは思います。
信秀殿が、虫や小動物に道を聞くことで、『五感害花』に近づいているとは思うのですが、私も信秀殿も、かなり精神が参ってきています。このままでは、どちらかが暴走しかねません。
そう思っていると、さっそく信秀殿が暴れ始めました。
「どこまで行っても、『五感害花』なんてないじゃないか!!ホントにこっちであってんのか!?」
信秀殿は、虫たちに怒鳴っているのでしょう。けれど、私には虫たちを確認できませんので、自分が怒鳴られたように感じます。
「具体的にどのくらいの距離があるか、わからないのですか?」
「大体はわかるんだが……。環境があんまりなせいで、どれくらい進んでるか実感がないんだ。だから、いつまでも着かねえとイライラしてきちまう」
まずいですね。信秀殿はもう随分、参ってきているみたいです。私だって、表情だけはとりつくろっていますが、今にも『拳・一閃』で周囲を殴りつけたいくらい心が乱れています。
けれど、これまで攻撃してみた限りでは、これらの植物は我々の攻撃を吸収してしまうようなのです。
どんなに殴りつけても手ごたえがありません。
つまり、どうしても植物をかき分けて、『五感害花』に辿り着かないといけないようです。
それから、私達は何とかお互いに励まし合いながら、『五感害花』を探して、進みました。ですが、体感で半刻(一時間)ほど進んだところで、ついに信秀殿が爆発しました。
「うおおお!これ以上、こんなところにいられるかああ!!」
そう叫んだ信秀殿は、周囲の『不協和音』を含むあらゆる音の振動を集め、手のひらの中で一つの球にしました。
「食らえ!音撃砲!!」
その球から、私に向けて指向性を持った『音』が飛んできました。私は避けたのですが、信秀殿は音を強引に曲げ、私に命中させました。
その瞬間、さっきまで周囲にあったあらゆる『音』が私の脳内で暴れまわります。
「く、ああああああっ!!」
私がその場でのたうち回ると、信秀殿は少し冷静になったようで、私に駆け寄ってきました。
「おい、すまんかった!大丈夫か!!」
大丈夫なはずありません。ただ聞いているだけでも心がつまりそうだったあの不協和音が私の中で暴れているのですから、耐えられるはずもない。
私が、必死に何かを話そうと口をパクパクさせていると、信秀殿が何かに気づいたように叫びました。
「そ、そうか!あれがあるぞ!!要するにストレスってのを緩和させればいいんだ!!」
そう言って、信秀殿はさっきの『音撃砲』と同じ要領で、音を手のひらに集め始めました。
しかしこれは周囲の音を集めているわけではなく、信秀殿の声から特殊な波長の音を出しているようです。
「できたぜ!!音撃砲『1/fゆらぎ』だ!!」
信秀殿がそう叫ぶと、球から私に向かって『音』が放たれました。避ける方法もありませんし、避けても追いかけてくるので、私は甘んじて受け入れました。
「こ、これは……何という……」
一瞬でそれまでのストレスが嘘のようになくなり、心が穏やかになりました。これが、音撃砲『1/fゆらぎ』の効果でしょうか。
「こいつは、人がリラックスを感じる波長の音だけを集中して増幅し、放つ技だ。極限状態でも兵士が戦えるように、信孝に作成を依頼されてたんだ。すっかり忘れてた!」
私はすっかり落ち着き、周囲の音や臭いも気にならなくなりました。
「なるほど、この技があればこのジャングルも簡単に突破できそうですね。もっとも、こんな技があるなら早く出して欲しかったですけど」
「すまんすまん。開発したっきり使ってなかったんでな」
信秀殿の話では、私や信孝様が他の宇宙や異世界に行っている間、美濃・尾張では戦もなく比較的平穏な日々が続いていたため、兵士を極限状態に追い込む必要が無かったそうです。
それから、信秀殿は自分自身にも『音撃砲・f/1ゆらぎ』をかけ、すっかり落ち着きました。
そのまま私達は平穏な精神を保ったまま、虫たちの声に従ってどんどんジャングルの奥へと進んで行きました。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【 2005年 蜂須賀正利14歳 織田信秀14歳 ギガ・ストレスフル・ジャングル トラウマの花園】
私達はツタをかき分けて、ジャングルの最深部へとたどり着きました。
「なるほど、この花がジャングル全体に音や臭いをまき散らしているのですね」
「こいつを破壊すれば、ここを突破できるってことか。だが、こいつも他のツタと同じように攻撃が効かなそうだな」
「ツタの本体ですからね。恐らくはそうでしょう」
攻撃が通じないのは厄介です。それでも、ここまで来た以上、なんとか倒す方法を考えなくてはいけません。
そう思っていると、ツタから奇妙なエネルギーが私達に向かって発せられました。
それは避ける間もなく私達にぶつかって……。周囲の景色が変わっていく……!?転移?いえ、これは幻覚症状です!
どうやら目も耳も体の全ての感覚に作用する幻覚のようですね。周囲の変化が現実としか感じられません。本当は敵の前で棒立ちになっているのでしょうが、これはどうしようもない。
そして私の目の前に出てきたのは……!!
「ち……父上!?」
馬鹿な。私の父、蜂須賀正成は あの日、死んだはず。そう我々、川並衆の『継承の儀』で、他でもない この私が止めを刺したはずです。
川並衆では代替わりの時、『継承の偽』が行われます。これは父と子がお互いの『拳・一閃』で相手を殴り、父を殺せば後継ぎ、殺されればそれまでというものです。
ですから、私の目の前に父がいることなどあり得ません。
幻覚だとわかっていれば、何も慌てることはないのです。
『正利よ……』
その言葉は私の脳に直接響いてきました。幻覚だとわかっていても、そこに父がいて話しかけられているように感じます。
『よくも……よくも殺したな……私を……私を!!』
「で、ですが継承の儀は、先祖伝来の儀式、父上もそれを望んでいたではございませんか!!」
思わず、幻覚に対して言葉が出てしまいました。まずいですね、飲まれかけている証拠です。
『死にたくなかった……死にたくなかったのに……死ね……お前も死ね……』
幻覚のその言葉と共に、私の五感と精神に重苦しい威圧感が伸し掛かってきました。私は脳が壊れそうになり、無我夢中で周囲を『拳・一閃』で殴りつけました。
『そんなものは……効かない……これを食らえ!!』
そう言うと、幻覚の父から黒い球のようなものが飛んできて、どんどん私に命中していきました。
ぶつかったところには激痛が走り、私はのたうち回ります。
何か、何か突破口はないのでしょうか?
痛み……待てよ。さっき、脳が壊れそうになったときは、威圧感だけで痛みはありませんでした。なのに、黒い球がぶつかったときだけ激痛が走ったのです。
そもそも、やつが自由に『幻痛』みたいなものを与えられるのだったら、頭に強烈な痛みを与えれば、気絶したり、場合によっては死ぬことだってあるはずです。
やつは相手の五感はコントロールできても、痛みをコントロールできるわけではない?
だとすると、さっきの痛みは現実ということですか。でもだとすると、現実の痛みの正体は……?
待てよ、そうでした!私はさっき周囲に向かって、『拳・一閃』を放ちました。あれが、もし近くにいる信秀殿に当たっていたとしたら、信秀殿が『音の技』で反撃して来た可能性はありますね。
でしたら、今の痛みは、幻覚によるものではなく、信秀殿の攻撃によるものかも知れません。
もし本当にそうなら、何もしないことが一番ですね。攻撃しなければ攻撃されることもありませんから。このままじっとして、心を落ち着け幻覚から逃れるのです。
そう思っていると、父の幻覚の周囲にさらに幻覚が現れました。
「あれは……兄上に……実道か!?」
『継承の儀』は、まず兄弟同士で最後の一人まで殺し合い、戦いに生き残った『優秀な遺伝子』が父に挑みます。
ですから、兄も実道も私が殺したはず……!!
『どうして殺したんだ……』
『酷いよ……酷い……』
兄と実道の声が、私の耳に響きます。音には錯乱を促す波長が含まれているのか、幻覚だと分かっていても、私は再び暴れまわります
それまで以上のエネルギーで、私の『拳・一閃』が周囲に飛んでいきます。信孝様に匹敵する力を得た私の攻撃は、一歩間違えば全次元を消滅させかねません。早く止めないと!!
そうでなくとも、信秀殿は音の力こそ使えるけれど、体は一般人です。私や信孝様、藤田のように、神の領域には至っていません。
一撃でもぶつかってしまえば、死んでしまいます!!
「何か……何とかできないのですか……!!」
脳が錯乱し、何も考えることができません。五感だけでなく、精神が壊れてしまいそうです。
「何……何か……?」
その瞬間、私の脳裏に言葉が浮かびました。
【握力夢我は無限の力を生み出せる。その力を手に入れることが、川並衆の悲願なのだ】
あ、あくりょくむが……?
い、今のは幻聴ではないはずです。確かに、昔 父から握力夢我の事を聞いていた……!!
け、けれど握力夢我とは一体……?
【誰かと手を繋いでるとき、いつも以上の握力が出る気がするんだ】
また記憶が出てきました。これは実道の言葉でしょうか?
誰かと手を繋ぐと、握力が上がる……?つまり、他の宇宙から出しているというエネルギーが増えると言うことでしょうか?
でも、そうですね。握力夢我が、信孝様の使う『愛』の力に似たものだというならば、手を繋いでパワーアップすることは、確かにあり得ることです。
握力夢我に至る道は、父上がなさったような、命をかけて競い合い高め合う道などではなく、拳を開き その握力で相手の手を握ることだったというわけですね。
けれど、この錯乱した状態で、信秀殿の姿も見えぬのに、どうやって手を繋げば良いのでしょう?
方法は考えられなくもないですが、この方法だと一歩間違えれば信秀殿が危ないかも知れません。
けれど、他に方法があるとも思えませんし、やってみるしかないでしょう。
以前、藤田に対して使った『スーパー慈ゴッドなでなで』を応用して、空間に『手』を生み出し、今度は『スーパー慈ゴッド握手』にするわけですね。
この『手』をギガ・ストレスフル・ジャングル全体に広げて、一気に手を握ります。
これまでと同じなら、植物達は手のエネルギーを吸収するでしょうが、信秀殿には『スーパー慈ゴッド握手』が当たるはずです。
そこで信秀殿が手を握り返してくだされば、『握手』が完成するのですが……。
不用意に抵抗したり、握手でなく体をぶつけたりすれば、恐らく木っ端みじんになるでしょうね。
そうなれば、私は錯乱したままここで暴れ続けることになるでしょう……そうすれば信孝様とももう会えない。
いえ、恐れてばかりいても仕方ありませんね。やるしかないんですから!
亡き父や兄弟を利用した罪がどれだけ重いか、知らしめてやらねばなりません。
「伝われ!信秀殿に!!これが私の『スーパー慈ゴッド握手』です!!」
私はそう言って、ストレスフル・ジャングル全体にエネルギーの『手』を広げました。
そして、一気に手を握ります。『手』の大部分はやはり植物に吸収されますが、やはり一部だけ残った場所があります!あそこに信秀殿がいるのですね。
「おおおおぉぉっ!届いたぜ、お前の心が!!」
信秀殿はそう叫んで、私が作った『手』を握り返しました。
それと同時に私の体も『手』に引き寄せられて、瞬間移動しました。
二人の手が繋がることで、確かに巨大なエネルギーが生まれてくるのを感じます。
そのとき、信秀殿が奇妙なことを言い始めました。
「なるほどな。そういうことか、感じるぞ!握力のビートを!!」
「あ、握力のビートですか!?」
「そうだ。どうも握力には固有の波長があるらしい。今、お前の『手』を握ったことで、俺の『音の能力』でその波長を聞き分けられるようになったんだ」
握力に波長がある……?け、けれど、それがわかったところで何の意味があるのでしょう?
「俺の握力の波長をお前に合わせる。二人の波長が完全に合ったとき、握力は数倍に跳ね上がるはずだ!」
「そ、それが握力夢我の正体……!!共に手を握り、握力の波長を調和させて生み出す、いわば『友情の握力』!!」
「友情の握力か!!良い名前じゃねえか!!決まった!俺たちの初ツープラトンの名前は『友情の握力』だ!!」
私たちのツープラトン!なるほど、この『ストレスフル・ジャングル』では、いがみ合うこともありましたが、ついに、私達の友情で技を為すのですね。
「分かりました!!放ちましょう私達のツープラトンを!!」
信秀殿が、私の握力に波長を合わせます。私はどんどん、『他の宇宙』からエネルギーを取り出し高めていきます。
二人の波長が完全にかみ合い、私達の回りに緑色の炎が浮かび上がりました。
「これが二人のツープラトン!!」
「『友情の握力』!!!!」
その炎が、周りのツタにぶつかると、ツタの姿が変わり、薄い緑色の光を放つ樹木に変化していきます。
『五感害花』も樹木に、それも美しく壮大な神木に変化しました。
「これは……エルフの宇宙にあった『世界樹』ですね。信孝様の身体の材料にもなっているという」
「へえ、何だか神聖な感じだな」
そう言っていると、世界樹の枝から何かが、私達の足元に落ちてきました。
「これは……鍵、ですか?もしかして、次のエリアに行くための扉を開く?」
「おお!じゃあ、このジャングルは完全にクリアってことだな。エライ目に合わされたが突破できてよかったぜ」
確かに間違いなく良かったのですが……。何でしょう、この違和感は……?
二人で確かにものすごいエネルギーを出したのですが、この感覚は信孝様の時と何かが違う気がします。
恋愛感情とは違う何かという気がするのですが、まだわかりませんね。
そう考えながら私達は、次のエリアへと向かう扉を探し始めました。