自我を取り戻せ~ツバサの『夢と生き様』
【 2050年 信孝22歳 ツバサ 4048歳 ラブ・キング・キャッスル Q’sマウンテン 曇りの砦 】
「気持ち悪いって……俺がか?何があった?さっきの雲の影響なのか?」
「話しかけないで!!っていうか、離れて!これ以上近くに居たくないよ!離れて!」
離れろと言われても、ツバサも知っての通り両足を足枷で繋がれているんだ。どうやっても離れられるはずがない。
ツバサは俺に触るのもいやなのか、その辺の小石や棒切れを投げつけて、距離を取ろうとする。
「いや、足が繋がってるんだから、離れようがないだろ」
「喋らないで!!耳がおかしくなるよ!!もう、こうなったら、君の足を捥ぐしか……」
ツバサは汗を流しながら、足枷を見つめる。表情がこわばっていて、精神的に追い詰められていそうだ。
「ま、待てそれは待ってくれ。そんなことしたら敵の思うつぼじゃないか」
「黙れ!そうか、最初からそうすれば良かったんだ。君の足を斬れば、こんな思いをせずに済む……」
ツバサは右手を手刀の形にして、上に掲げた。
【手刀:天叢雲剣】
手刀で空圧を作り出し、それを使って物質を斬る。非常に細かな空圧を出すことで、細胞同士の接合部だけを斬る。
あくまで筋力と技術によって、繰り出される技である。
「僕のこの手で、君の足を斬る!!そして、永遠にお別れだ!!」
まずいな。今足を斬られたら回復する手段がない。それに、今ツバサとの関係が決定的に破綻すれば、現実世界のツバサたちの洗脳をとく方法が無くなってしまう。
そうなれば、一生宇宙意識の中で生きていくか?元の世界に戻って、ツバサたちの自爆を受けるか?
そんな選択肢しか無くなってしまう。もちろんTTRAWも救われない。乙姫もラプラスに殺されるだろう。
いや違う、そんなことより!
俺はツバサに愛されたい。俺の愛をぶつけたい。だったら、『不和不和雲』なんかに負けてる場合じゃない。
ならば……
俺はツバサの肩を抱き、眼を見つめる。ツバサに振りほどかれるが、それでももう一度肩を抱く。
「ツバサ!お願いだ。聞いてくれ!!」
「ツバサが、どうしても必要だと言うなら足を捥がれるのは構わない!」
「だけど、君があんなに大切だと言っていた『自我』をこのまま取り戻せないなんてダメだ!!」
「ツバサ自身の意思で嫌われるなら仕方ない!」
「けど、これじゃあラプラスの洗脳と同じじゃないか!!」
「ツバサにもあるんだろ!信秀や証如みたいに『夢や生き様』ってやつが!」
「だったら、取り戻すんだ!自我を!!不和不和雲なんかに支配されちゃいけない!!」
俺は夢中でまくしたてた。でもツバサの反応は薄い。やはり、俺の声は届かないのか。
「ツバサ、ダメか?俺のことが嫌い過ぎて、声が届かないのか?」
「ああ、君のことは嫌いだよ。でもね」
そう言ってツバサは苦虫を噛みつぶしたような表情になり、ワナワナと震えた。
「洗脳されているという事実に対する、怒りと憎悪が君を嫌う気持ちを上回ったんだ」
そう言うと、ツバサは手刀を撃とうとしていた手を握りしめ、ツバサ自身の腹を殴りつけた。
「つ、ツバサ!?一体何を?」
「遺伝子格闘流、究極奥義……伝子ショック!!」
【伝子ショック】
体の血の流れや神経伝達の動きを読み切り、体の一点を破壊することで遺伝子に強烈な刺激を与え、自らの『遺伝子を組み替える』技術。
肉体と遺伝子の構造・変化を完全に読み切っているものしか使えない。
「今、僕の遺伝子を組み替えて『不和不和雲』に対する免疫細胞を作り出したよ」
ツバサは今も椅子に座っている『エリアボス』の方を指さして言った。
「これで、君の技はもう僕に効かない!」
そう言われて、初めてエリアボスの男が口を開いた。
「馬鹿な……。不和不和雲に取り憑かれている間は、嫌った相手のことで頭がいっぱいになり、雲から抜け出そうなどとは考えられないはずだ!」
「君にはわからないだろうね。信孝の一生懸命な説得が、その真摯な思いが僕のハートに届いたのさ」
ツバサは『そうだ』とつぶやき、微笑んで自分の言葉を噛みしめる。
「だからこそ、操られ自分で考えられないことに強い怒りが生まれた。そして……」
そう言って、今度は赤くなる。表情の変化が忙しい。
「そうか、この気持ちか。ハルナ姫が死んでから4000年以上、もう忘れかけていた感覚だよ」
ツバサは赤い顔のまま、微笑んで俺の方を見つめる。そして『フフフ』と楽しそうに笑った。
「信孝の想いは僕に届いた!僕は自我を取り戻させてくれた信孝に強い感謝を……いや!」
そこまで言って、ツバサは俺の体を強く抱きしめた!突然のことに俺はまるで反応できず、ただ顔を赤くして、体から汗が噴き出した!
「つ……ツバサ?」
「思い出したよ。そうだ、恋だ 恋なんだ!!もっと信孝と一緒にいたい!信孝が欲しくてたまらない!!」
「じゃ、じゃあそれってつまり!」
俺がそう言った瞬間、俺とツバサの足に嵌められた足枷が砕けちった!!
俺たちが相思相愛になったことで、足枷は必要なくなったってことか!
「ツバサ!本当なんだな?本当に俺のことを」
「そんなの、何度も言わせるものじゃないと思うよ」
ツバサはそう言うが、俺は嬉しくて涙が出てきた。ツバサに抱きしめられたまま、体を震わせしばらく泣き続ける。
あれだけ嫌われてたところから、急転直下で両想いだからな。少し泣くぐらいは許して欲しい。
それにしても、俺がこれだけの隙を見せているのにエリアボスは攻撃してこないな。『不和不和雲』以外に攻撃方法がまるでないのか?
少し泣いて落ち着いた俺は、ツバサの腕から抜け出した。
「よし!もう大丈夫だ!!」
「僕と両想いになったことを、そこまで喜んでくれるなんて、僕も嬉しいよ」
そう言ったツバサはニコニコしている。すごく楽しそうだ。この笑顔を俺が……いや、二人で守っていかなくてはいけない。
「よし、じゃあ足枷も外れたことだし、やるぞ!体が自由に動く状態での真のツープラトンを!」
「真のツープラトン?」
聞き返してくるツバサに対して、俺は胸を張って答えた。
「感じるだろう!これまでとは比べ物にならないハーモニーパワーが俺たちから湧き出してる!こいつをエリアボスにぶつけるんだ」
「あ、ホントだ。これが両想いのハーモニーパワー!よし、じゃあやろう!真のツープラトンを!私たちの心は通じ合ってる!!」
そう言うと、俺とツバサはお互いのことを想う。ハーモニーパワーがさらに増大していく。
そして突然、ツバサが叫んだ!
「伝子ショック!!」
そう言ってツバサは俺の腹を殴りつけた。何だこれは、いや『わかる』ハーモニーパワーの影響か、ツバサの考えが伝わって来た。
そうだ、俺の遺伝子を改造して『心臓の鼓動』をツバサと全く同じタイミングにした。
二人の鼓動が重なる。
二人の鼓動が共鳴する度に、さらにハーモニーパワーが高まっていく!。
「高鳴る」
「二人の」
「「ハート・ビート!!」」
そう叫んで、俺たちは再び抱き合った!心がときめき、動悸が早くなる。それにともない、どんどんハーモニーパワーが生み出され、渦となって天空に登っていく。
そして俺たちのはるか上空に、巨大な赤いハートの形をしたハーモニーパワーの球が完成した!
「これが俺たちの!」
「ハーモニー・ツープラトン!!」
「「フォーリン・ラブ!!!」」
俺たちはそう叫ぶとともに、両手を高く上げ振り下ろした。
すると、上空のハート球がエリアボス目掛けて急降下した!
「ラブ!」
「ラブ!」
「「ラーーブ!!!!」」
エリアボスがいた場所を中心に、ピンク色の大爆発が起こった!
周囲は爆発が生み出した霧に覆われる。そして、少しずつその霧が晴れてくると……。
爆心地にエリアボスの姿は無く、そこにはハートの装飾がついた鍵が残されていた。
俺がその鍵を拾うと、部屋全体にクイーンの声が響き渡った。
「ふう、忌々しいことですが、あなた方は確かに愛を示しました。エリア1は合格ですわ。その鍵でエリア2に向かいなさい」
その言葉を聞いて、ツバサは俺の手を握り飛び上がって喜んだ。
「やったね!ついにエリア1突破だよ!!」
「あ、ああ。やったな。この調子でこの先のエリアも突破しようぜ」
そういえば、難易度ラブリーのアトラクションは四肢を失う危険があるんだっけ。このエリア1では、片方が相手を嫌いになる余り足を切断する仕掛けがあった。
つまりこの先エリア2以降では、足一本じゃ済まないような四肢や五感の消失があるってことだよな。
俺の四肢や五感が失われるのも嫌だが、ツバサをそんな目に合わせるわけにはいかない。何たって恋人同士になったんだからな。
俺が守らなくちゃ……いや、二人で守りあわないきゃいけない!!
そう考えて、俺たちは部屋の隅にあった扉に鍵を差し込み、エリア2に向かった。
【エリア1】
失敗時の代償:足
ハーモニーパワーの条件:両想いになる
エリアボスの妨害:嫌いになる
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【 2050年 信孝22歳 ツバサ 4048歳 ラブ・キング・キャッスル Q’sマウンテン エリア2 盲聾の森 】
エリア2に入ると、そこには鬱蒼とした森が広がっていた。
「では、まずあなた方の目と耳を封じさせていただきます」
クイーンの声が聞こえたと思ったら、俺の目の前が真っ暗になった。
「な、なんだこれ!?何がどうなった!?」
「それはご自分で考えてください。このエリア2では、わたくしは一切手をだしませんので」
その言葉を最後に、クイーンの声は聞こえなくなった。
「な、なあツバサ!側にいるのか?目が見えないんだ」
ツバサの返事はない。クイーンは『目と耳』を封じるって言ってたな。だったら、耳も聞こえなくなってるのか?
……俺はしばらく黙って周囲の音に集中した。
聞こえる。鳥の鳴き声や、草木の揺れる音が……。俺の耳は聞こえているんだ。
そうしていると、ツバサが絞り出すような声で、俺に訴えかけた。
「耳が……聞こえ……ない」
ツバサの耳が聞こえない?なるほど、俺の目が見えなくなりツバサの耳が聞こえなくなってるんだな。
逆に俺の耳は聞こえているし、ツバサの目は見えている。
ツバサの言葉がつたなくなっているのも、自分自身の声が聞こえなくなってるからなんだろう。
しかし、俺たちをこんな状態にして何をしようって言うんだ?
ブウウウン……。
何だ?聞こえるぞ、妙な音が……。これは蜂か何かの羽音だ!蜂が俺たちを襲ってきている!!
俺は羽音を聞き分け、蜂の攻撃を避ける。針を持っていて刺しに来ているらしい。
その瞬間、足に強烈な痛みが走った!!何だ?足を噛まれた?何に!?
全く音が聞こえなかったぞ!?
周囲の音に変化を感じる。足を噛まれてから、少し周囲の音が聞こえにくくなった気がする。
つまり足元には、耳の聞こえを悪くする毒をもった何かがいるってことか?
だったらまずい!今頼れるのは聴覚だけなんだ。この上、耳まで聞こえなくなったら、戦いようがないぞ!
だが、そうか。何というか『出題者の意図』ってやつが見えてきた。
つまり、目が見えなくて耳の聞こえる俺と、目が見えて耳の聞こえないツバサ、その二人が足りないところを補い合って、敵を倒すってのが、このエリアの『お題』なんだな。
しかし、だったら耳の聞こえないツバサにどうやって蜂の情報を伝える?
「蛇だ、派手な柄の蛇、が噛みついてる」
突然、ツバサがそう言った。そうか、足を噛んでるのは蛇か。俺は、足元を滅茶苦茶に踏み荒らして、どうにか蛇の攻撃を避けようとする。
こちらも、蜂の情報を伝えないと。
俺は声を出さずに口の形を変える。「は」「ち」「が」「さ」「し」「て」「る」。
伝わるだろうかと思ったが、聞こえる音からするとツバサの動きが明らかに変わった。
周囲を手で払うような音が聞こえる。
だが……。この方法ではダメだ。相手に伝わるのに時間がかかり過ぎる。
必然的に避けるのも間に合わないし、避けられているのかどうかもわからない。
そう言っている間にも、何度か蛇に噛まれて、また耳が聞こえにくくなった。まずい、どうすればいい。
そう思ったときに、突然ツバサに後ろから抱きしめられた。
「互いを、知れば、いい。感覚が、足りなくても、わかるくらい」
『互いを知ればいい』?そうか、今の俺たちは愛し合ってはいても、お互いのことをほとんど知らない。
だったら、互いのことをよく知りあうことができれば、今の俺たちなら四つの感覚だけで、相手の行動を完全予測することも可能だ。
だが、耳の聞こえないツバサに俺のことを伝えるのは無理がありそうだ。この場で絵にかく訳にもいかない。
まずはツバサのことを話してもらい、俺がある程度彼女の行動を予測できるようになるしかないだろう。
「話す、よ。僕に、もあるんだ。『夢や……生き様』が、ね」
そう言ってツバサは、つたない口調のまま、彼女の『夢や生き様』その中心となる、ハルナ姫との出会いと過ごした日々について話し始めた!!