賤ケ岳の戦い3~俺たちは悟空を愛したい~
【 2050年 信孝22歳 藤田浩正 32歳 正利20歳 賤ケ岳・次元 】
TTRAWに戻る方法?そんなのがあるのか。というか、インとシンクロしたことでできるようになった?
『インとシンクロしたことで、インのDNAを読み取ることができた。これで∞のコピーを作れる。∞を吸収すれば、全次元以上のエネルギーが手に入るからな』
「インのコピーを作る!?」
確かにそんなことができれば、悟空は∞と-∞を併せ持つ、ちょっと想像のつかない存在になる。
それだけのエネルギーがあれば、TTRAWとやらへ移動することも可能なのかも知れない。
『よし、これでいい。今だ!』
悟空の前に、インにそっくりな少女が出てきたと思ったら、次の瞬間に消滅した!
つまりインのコピーを作り出して、そのまま吸収したのか。コピーだって命があるだろうに。
『よおし!いいぞ!!これだけのエネルギーがあれば……』
悟空がそう言いかけた瞬間、周囲に閃光が走り一瞬視界を奪われた。
「『な、何だ!?』」
俺と悟空は同時に叫んだ。どうやら悟空にも想定外の事態らしい。
光がおさまると、俺の目の前に一本の棒が落ちていた。これは如意棒か?悟空はどうなったんだ?
俺が混乱していると、空から俺たちの『意識』に直接声が聞こえてきた。
「やれやれ、ようやく手に入ったか。長いこと待たせおって」
なんだこの声は誰の声だ?悟空はどうなった?
そう思った瞬間、突然目の前の棒が声を発した。
『あんたは、太上老君じゃねえか!どうして、あんたがここに……というか何で、いやどうやってオイラの『∞』と『-∞』を奪ったんだ!?』
「ワシの目的か。そうさのう。ワシの目的はあの『力』を再現することじゃ」
『あの力ってのは何だ?』
「お前さんがTTRAWから、こちらに飛ばされたときのあの『力』じゃ。あのすばらしい『力』は、こちらの世界では絶対にあり得ない。神聖でありながら、極めて邪悪でそれでいて、完璧に整っている」
「ワシはあの奇跡すらはるかに超えた『力』を崇拝した!!そして、この世界であの力を再現する方法を探し始めた!!」
いやいやちょっと待て。なんだか混乱してきたぞ。
ええと、つまり太上老君は、悟空がこっちに飛ばされたときのパワーに魅了されて、それを再現しようとした。
長年の研究で、それには∞と-∞が必要だと突き止めた。
そして『力』を再現するために、悟空の『-∞』を奪った。いや、だとしても今の説明では『何故奪ったか』は分かっても『どうやって奪ったか』が不明だ。
「そのために、ワシはお前に『思考コントロール・チップ』を植え込んだ」
その言葉で、悟空の雰囲気が変わった。愛の権化である俺たちは感情の変化に敏感だ。
だから例え相手が棒でも、感情を読み取ることができる。
『オイラにチップを埋め込んだ、だと?』
「その通りじゃ。細かい行動はお前自身に任せておったが『果てしなく強さを求めた』のと今『∞と-∞を渡した』のは、チップの力じゃな」
チップというのは、俺たちアンドロイドの記憶チップのように、脳に埋め込みその人の人格に影響を与えるものなんだろう。
で、『思考コントロール・チップ』というくらいだから、恐らく太上老君が遠隔で、悟空の思考を都合が良いように操れるチップってことか
だとすれば、悟空は自分の意思でひたすら強さを求めているつもりが、本当はずっと太上老君の手のひらの上で踊らされてたってことになる。
太上老君に∞と-∞を奪われるためだけに、成長し強さを極め続け、そして行き着いた強さごと∞と-∞を奪われた。
そんなのあまりにもひどすぎるじゃないか!!悟空の人生を、命をなんだと思っているんだ!!
騙される方が悪いか。そりゃあそうだろう。だが、『俺たち』は愛の名の下で、そんなのは認めないぞ!
俺は太上老君の身勝手さに、強い怒りを覚えていた。
というのも、俺たちは意識を通じてインから悟空の事情を聞かされたからだ。
悟空の人生は理不尽だ。そう、だからこそ悟空は、俺たちが愛すべき対象だ!
そんな風に考えていると、突然『全次元』のどこかに『門』が開いたような感覚があった。
「さてと、いつまでもお主らと話しておる暇はないのじゃ。何せ、向こうに行ったら今度は『ラプラス』とやらを研究せねばならん。何せ、あの『力』を当たり前に使う存在じゃからのう。さぞ美しい『力』を持っておるはずじゃ」
太上老君はうっとりとほほ笑んでいそうだ。感覚で何となく『喜び』が伝わってくる。
そして、太上老君はその『門』を開き、門をくぐった。感覚だけだから、太上老君がどこにいて、門がどこにあるのかはわからない。
だが、太上老君が『向こう』に抜けた後、門の気配は消失した。
もう一度開くには、『∞』と『-∞』の力が必要なんだろうな。
「太上老君はTTRAWに行っちゃったみたいだな。さて、ここからどうするか?」
俺の目の前には一本の棒が落ちている。この棒はさっきから悟空の声で太上老君と会話していた。
こいつが悟空の本体ってことか?猿の姿は何だったんだ?
いや、この際 姿なんてどうでもいい。俺はこいつに力を貸したいと思っている。それだけで十分だろう
「悟空、聞かせてくれ!ここに来る前TTRAWでどんなことがあったのか。何故、乙姫を助けたいのかを!!」
『そんなこと聞いてどうするつもりだよ。俺にはもう全次元を滅ぼす力はねえんだぜ?ここでオイラを殺しちまえば、お前たちの勝利でお終いじゃねえか』
確かに全次元を護ることだけ考えれば、ここで悟空を殺せばいいだろう。
もう一度『-∞』が生まれてしまうリスクも無くせるしな。
だが、俺たちはインを通じ悟空の記憶の一端を覗き、心を通わせた。
そして、彼の理不尽な人生の一端を見た。
一度心を通わせたものが、いいように利用され、志も果たせずに倒れるところを黙ってみているわけにはいかない。
そう思っていると、インが俺の手を握り、励ますような口調で言った。
『パパ、私がいるよ!『∞』はあるんだよ!!だから、悟空がもう一度『-∞』になれれば、TTRAWに行けるはずだよ!』
そうか!確かに、ここにインがいて、さっきまで『-∞』だった悟空がいる。
悟空は一度『-∞』になったんだ。きっかけさえあればもう一度なることだって、不可能ではないはずだ。
……だが、きっかけったって具体的にどうすればいいんだ?
「確かにそうだが、具体的にどうするんだ?俺たちは悟空がどうやって-∞になったか知らないんだぞ?」
『きっかけは悟空の記憶の中にあるはずだよ。それも『思考コントロール・チップ』によってプロテクトがかかってる、悟空も知らない領域にあるんだと思う』
悟空すら知らない記憶の領域?だったら、どうやってもわからないんじゃないか?
太上老君なら解るのかもしれないが、やつはTTRAWに行ってしまった。
『大丈夫だよ。さっきの『シンクロ』でもっと深くまでもぐれば、『∞』の力ならプロテクトを外すことができるわ!もっとも悟空が協力してくれないと無理なんだけど』
インの言葉で、俺とインの視線が悟空に向けられる。
『な、何だよ。お前たち何なんだよ!俺を救うとか、もう一度『-∞』にするとか、TTRAWに行かせるとか……』
『そんなことをして、お前たちに何のメリットがあるっていうんだ?』
悟空の言葉を聞いて、意識の中で俺と正利と藤田と、そして俺と手を握っているインの意識が交錯する。4人の想いは同じってことか。
「俺たちがお前を救うのは、お前の人生 そして目的が余りにも」
「愛しいからだ」
「放っておけないからですね」
「それでも、すごく頼もしいからだ」
『余りにも、『助け』た過ぎるからだよ』
俺たちそれぞれの信念はあるが、悟空を救いたい想いは同じだ。
『変なやつらだな。だが、面白い。嘘じゃなさそうだし、オイラにとって損はねえみたいだしな』
「それじゃあ、意識のシンクロをしてくれるのか?」
シンクロで『プロテクト』とやらに辿り着ければ、TTRAWに向かい乙姫を助けることも不可能じゃないはずだ。
それに、悟空が乙姫を想う気持ちがどんなに強いかわかれば、俺たちのエネルギーもさらに強化されるはずだ。
『ああ、いいだろう。オイラだって嬢ちゃんとシンクロしたんだ。お前らの『愛』ってのに触れちまったからな』
『突き進むしかねえよ。死なずにTTRAWに戻るには、お前たちと組むしかねえもんな』
『うんっ!!じゃあ、これからはお友達だね!』
そう言って、インは握手を求めて手を突き出した。
インの言葉に悟空は呆気にとられる。友達、いなかったんだろうか?
西遊記の悟空は、釈迦如来に負ける前は猿を従えて仙術を教えてたって話だっけ。
俺のどうでもいい考えをよそに、悟空はインを見つめ、にっこりと笑って言った。
『本当に妙なやつだな。だが面白れえ!何千年も生きてきて、初めての感覚だ』
そう言って、悟空は見慣れた猿の姿に変身し、インの手を握り返した!
『よし。じゃあ、いくぞ!!』
悟空がそう言うと、俺たちは悟空の精神世界に引きずり込まれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【 2050年 信孝22歳 藤田浩正 32歳 正利20歳 悟空・精神世界 竜宮城 】
「ここは……?」
どうやら、俺たちは巨大な城の中にいるらしい。体は透けている、どうやらこの空間に俺たちは存在していない。
悟空の見ている夢を共有しているような状態なのかもしれない。
俺が過去の記憶にアクセスしたときとは違い、記憶に干渉することはできないみたいだ。
正利や藤田の意識は、通常通り俺の中にいる。
悟空やインは、俺と同じく体が透けた状態で、すぐ隣に立っている。
「柱が折れた?」
「はい、龍宮の柱はこの世の始まりから終わりまで、絶対に折れぬもの。これは伝承にある『極災』の前触れかと」
『夢』の中のキャラクター達が話し始めた。マグロのような頭に肉体がついた魚人が、20代ほどの女性に向かって報告をしている。
恐らくあの女性が乙姫なのだろう。
「『極災』を防ぐためには、折れた柱を聖炎山の火口に投げ入れるしかありますまい」
「待て。その柱には意思があり、生きておるようじゃ。命あるものを無暗に殺してはならぬ。柱には、余の家臣として仕えさせよ」
乙姫がそこまで言ったところで、悟空が注釈を入れた。
『こうして、オイラは乙姫に仕えることになったんだ。オイラの能力『肉体創造』を活かしてな』
「『肉体創造』ってのは、どんな能力なんだ?」
『如意棒であるオイラは肉体を伸ばしたり縮めたりできる。これは周辺の細胞を、魔法で変質させ自分のDNAによって成長させてるんだ』
『で、DNAの構造さえわかれば棒として伸びるだけでなく、猿や人間、あるいは∞の肉体を作れるってわけだ』
なるほど、さっきインのコピーを作ったのも、『肉体創造』で体の一部をインにしたってことか。
『俺は体をTTRAWに存在するあらゆる、神や魔神に変化させることができた。この時点では『宇宙』や『次元』はDNA構造がわからないんで無理だったけどな』
宇宙や次元にもなれるのか。いや、そりゃそうか、元々『-∞次元』だったんだしな。そう考えると、とてつもない能力だな。
そう言っていると、また場面が変わった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
今度の場所は遥か高い山の上だ。龍宮城は海底だったから、元の場所からはかなり離れていそうだな。
『ここは超魔神マリアスが住む、極滅山だな。俺が別の邪神と戦っている隙に、乙姫を攫いやがったんで助けに来たんだ』
乙姫、攫われたり殺されそうになったり意外とピンチが多いな。悟空以外の兵隊が弱いのか、狙ってくる奴が強すぎるのか。
『貴様が、龍神騎士『孫悟空』か、どうやらまんまとおびき出されてくれたようだな』
『我はこのTTRAWで最強であらねばならぬ、そのために貴様と乙姫を喰らい、超神をさらに超えるのだ!!』
マリアスがそう言うと、やつの回りを不思議なオーラが覆った。あれがTTRAWのエネルギーか。
確かに、『全次元』のどのエネルギーとも異なる異質なエネルギーだ。そして、神聖にして邪悪というのもわかる。
少なくとも、今の俺では何とも定義しにくいエネルギーだな。
そしてエネルギーの値も、とんでもない。マリアスが纏っているオーラだけでも全次元の三乗くらいはあるか。
悟空はマリアスは倒したんだろうけど、ラプラスは倒せなかった。ラプラスのエネルギーが全次元の三乗をはるかに超えるというのなら……そりゃあ太上老君が魅了されるわけだよ。
そう考えていると、マリアスが異常なテンションで叫んだ。
『何故、この山が極滅山と呼ばれているか知っているかーーーっ!!』
『それは、この山が噴火すれば、それだけでTTRAWが消滅する『究極の消滅』山だからだーっ!!』
『そして、山の主神である私は、その意思で極滅山を噴火させることができる!自分自身には中和バリアを張った上でな!!』
『食らえ!!TTRAWクラッシュ噴火!!!』
マリアスが指を鳴らすと、極滅山の中で大きなエネルギーが渦巻き始めた!
何というか、とんでもない状況だな。あくまで悟空の夢だから、俺たちは安心して見ていられるけど、こんなのどうやって乗り切ったんだ。
『馬鹿め!!すでに極滅山のDNAは見切った!!滅びるのはお前の方だ!!』
そう言うと、夢の中の悟空は超スピードで、マリアスに襲い掛かり抱き着いた。
そして、『肉体創造』で体を極滅山にし、極滅山の噴火と同じエネルギーを発して、自爆した!!
マリアスはバリアがあるとはいえ、TTRAW二つ分のエネルギーをモロに食らったわけだ。
だ、だがTTRAWは消滅しちまったぞ?これからどうやって……。
そう言っている間に、周囲の風景が元に戻っていった。
『オイラの『肉体創造』でもう一つTTRAWを作ったのさ。さすがにちょっと骨の折れる仕事だったけどな』
こいつらの戦いはどうやら、俺の想像をはるかに超えているようだった。