賤ケ岳の戦い2~俺たちの『愛』全てをかけて、インを癒す!~
【 2050年 信孝22歳 藤田浩正 32歳 正利20歳 賤ケ岳・次元 】
「これは大変な状況ですね」
正利が呟くと、インを虐待していた靄悟空が答えた。
『たぁりめえだよ。オイラが、嬢ちゃんを絶望させられるかどうかで、外の『本体』の勝敗が決まるんだからな。徹底的に痛めつけさせてもらった』
『見ての通りの手足、眼、脳もいじくらせてもらって、死にかける度に全回復させて……それを一億年くりかえしたんだ』
人は年齢によって時間の経ち方を早く感じたり遅く感じたりする。その感覚を弄ることで、外の世界での数分を精神世界の中では一億年に感じられるようにしたってことか。
インは一億年、体をボロボロにされ続け、それより何より精神に傷を負わされ続けた。
これを癒すには、同じ時間をかけてケアするしかない!!
正利と藤田と俺の中で、その意見が一致した。
「まずは、邪魔者を排除しないとなりませんね」
正利はそう言って、靄悟空に手をかざした。
「浄化せよ!!『神・正利・慈』!!」
『おおっと、なめんなよ!分身とはいえオイラだって、本体に匹敵する力が……』
『ぐああっ!?』
靄悟空の靄が白い光に変わっていき、靄悟空は消滅して、一本の髪の毛に戻った。
どうやら、分身はそこまで強くないらしい。あるいは、虐待を効率的にするために、憎悪属性を高めすぎたせいで、愛属性に弱くなったんだろうか?
さて、次はいよいよインの心を癒す。悟空が一億年かけたように、俺たちも一億年。あるいはそれ以上の時間をかけても、何とか癒すしかない。
わずかな期間の付き合いだが、インは間違いなく俺たちの娘だからな。
「派手な技を使えば、かえって心を乱してしまうでしょう。時間は無限にあります。ここは黙って寄り添うことです」
正利はそう言って、インの手を握った。
「インよ。そなたは幼子でありながら、パパのためと言って、いつも死力を尽くして戦ってきました」
「あなたは……、あなたは、正義と筋を知る立派な戦士です。信孝様のために戦う戦友が、ここで壊れてしまうのを私は認めるわけにはいきません!!」
「私の『慈しみ』で癒せると言うのなら、癒して見せましょう」
そして、正利は目をつぶって意識を集中し始めた。
正利の『神・正利・慈』は『手』を通じて、『インが求めていること』を感じ取ることができる。
それを生かして、正利はインが撫でて欲しいときに撫で、抱きしめて欲しいときに抱きしめ、励まして欲しいときに励まし続けた。
俺と藤田も意識の中で、正利とインを応援し続けた。
3300万年、俺たち四人は心を通わせ続けた。
そして、3300万年ぶりに、インが言葉を発した。
『あ……う……』
よし!イケるぞ!!後は、少しずつ会話を交わしてケアしていけばいいんだ。ひょっとしたら一億年もかからないかも知れない。
――――システムメッセージ――――
インの甘える力が成長し、『恐怖』を乗り越えました。
何だ?システムメッセージ?だが、システムメッセージは茂やしずく達『他のアンドロイド』から俺に向けたメッセージじゃなかったのか?
どうして、インの成長を『システムメッセージ』が告げてくる?
そのとき、インがさらに言葉を発した。
『藤田……パパを……』
藤田?藤田って言ったのか?なるほど、つまり悟空の虐待によって受けた『心の傷』には種類があって、『慈しむ』ことで治せるものと、『甘える』ことで治せるもの、そして『愛する』ことで治せるものに分かれてるってことだな!
「よし!じゃあ藤田!!ぶっつけ本番だが、意識の入れ替えをするぞ!!」
「了解だ。どうすればいいか、はっきりとはわからないがやってみよう。さっき正利兄貴がやったようにすればいいんだな?」
藤田はそう言って、精神を集中し始めた。
インのことを思い、助けたいという願いを高めている。
俺と正利も意識を集中する。インを助けるインを助ける。俺たちの愛で……
「「「愛で!!!」」」
俺たち三人が同時にそう叫んだ瞬間、正利となっていた俺の細胞がまた変化を始めた。
俺の体が、しなやかなイケメンから、ごついイケオジへと変化していく……。
「変形完了!『神・藤田・甘』!!」
「ふふふ、そうかこんな感じなのか」
藤田は肩や足を回したりして、自分の体の感触を確かめている。まあ、久しぶりに自分の体ができたんだもんな。
そしてインを見つめながら、つぶやいた。
「インよ。お前もまた、私にとって奇跡のヒーロー、いやヒロインだ」
「さっきの悟空の攻撃は『次元を圧縮した次元球』、『5900次元のエネルギーを込めた如意棒の攻撃』どちらも絶対にかわすことができない攻撃のはずだった」
「それをお前と私たちの力でかわせたのだ」
藤田はうっとりとした目になり、興奮した口調で言った。
「これを奇跡と言わなかったら何を奇跡と言うんだ」
「私はもっと信孝の奇跡が見たい。そのためにはお前の力が必要だ」
「そして、付け加えるなら、私は子供を苦しめるものを許してはおけない」
「救うぞ!イン!私の『甘える』力で!」
そして、インに近づいて行くと、インの方から藤田の頭を両腕でフックして抱きしめた。
『ふじ……た……パパ……』
インは無意識に藤田の頭を撫でる。藤田は顔が緩みそうになるのを、必死にこらえる。俺と正利にも嬉しさや気持ちよさが伝わってくる。
藤田の『神・藤田・甘』は正利とは逆に『頭』を通じて、『藤田が求めていること』を相手に伝えることができる。
それに応じて藤田を可愛がれば可愛がるほど、果てしなく心が癒されるという訳だ。
それから、インは藤田が撫でて欲しいときに撫で、抱きしめて欲しいときに抱きしめ、励まして欲しいときに励まし続けた。
どんどん藤田の表情は幸せに溢れたものになっていく。インも藤田が幸せそうになる度に笑顔を見せている。
俺たちも、藤田の幸福を共有し、『お世話』を応援した。
そうして3300万年、俺たちは藤田を甘やかし続けた。
――――システムメッセージ――――
インの慈しむ力が成長し、『孤独』を乗り越えました。
よし!さらにインの精神が回復したらしい。もうちょっとだ!
次はついに俺の出番だな!!
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「では、信孝よ。肉体の主導権をお前に戻すぞ。最後の仕上げだ。インを助けよう!」
「ああ、もちろんだ。慈しみ、甘え、後は一番大切なこと『愛する』ことだ」
今、インはきっと虐待によって、愛を見失っている。だから、俺が愛を与えて『絶望』を乗り越えさせるんだ!
「愛す!」「愛せ!!」「愛すんだ!!!」
俺たちは強く、インを愛することを願った。それによって、再び俺たちの細胞が作り変えられる。
「変形完了!!神・信孝・愛!!!」
さあ!イン、もう最後の一押し、君に愛を伝えるにはどうしたらいい?
俺がそう言うと、インは元気に俺に抱き着いてきて、俺の質問に答えた。
『パパとデートがしたい!!』
インがそう言った瞬間、俺は自分が行ったことのある。全ての遊園地を、インの精神世界に創り出した。
俺は『神・信孝・愛』の能力でインが求めるデートスポットが遊園地だと見抜いて、3300万年遊び尽くすために、できる限りの遊園地を出したわけだ。
『パパすごい!こんなにたくさんあったら遊びきれないね!!』
「大丈夫だ。時間はいくらでも用意できるんだから、遊び尽くそうぜ!」
そして、俺たちはまず『ネズミーランド』へ乗り込んだ!俺たちが作った施設だから、何に乗ってもタダだ!!
そしてともかく一週間、色んな乗り物に乗りまわし、アトラクションを堪能した!!
『こんなに楽しいことがあるなんて、イン知らなかった!!パパはすごいよ!!』
「インが喜んでくれたなら何よりだ!!次の遊園地もすごいぞ!」
次の遊園地はGSJだ。
ハリウッドのキャラクターを始めとして、仁天堂ワールドやGSワンダーランドなど、すばらしいキャラクターたちのアトラクションが溢れる、ものすごいテーマパークだ!!
ここでも俺たちは一ヶ月ほどかけて遊び尽くした。魅力的なコンテンツが多すぎてハマり過ぎた感じだ。
それから3年ほど遊びまくったところで、俺たちは新たな遊園地の可能性を見出す必要があると感じた。
作り出すんだ!俺たちの手で!!未知の遊園地を!!!
それから、俺とイン、そして正利と藤田もアイディアを出し合って、様々な遊園地をインの精神世界に作っていった。
俺と正利は、ジェットコースターなど激しいアトラクションを全力強化した遊園地を目指し、藤田とインはヨンリオとネズミーのファンシーをさらに高め、可愛さを極めたテーマパークを作った。
そして、新たな施設を作ってはそれで遊び、3300万年の時を遊び尽くした。
――――システムメッセージ――――
インの愛する力が成長し、『絶望』を乗り越えました。
そのメッセージが聞こえた瞬間、俺たちはインの精神世界からはじき出された。
そして、俺たちの回りに『∞距離』の膜が張られた。
『∞距離』の膜は敵の攻撃との距離を無限にする。つまり悟空の爆撃は永遠に当たらないのだ。
爆撃が収まると、俺の目の前に一人の女の子がいた。
だが……彼女の見た目は13歳~14歳ほどの少女に見える。まさか、インが成長したのか?
少女は振り返って、俺に微笑みかけた。
『パパ、ありがとう!!私はもう大丈夫だよ』
どうやらホントにインらしい。精神の成長に合わせて肉体も成長したってことか?
まあ∞自体、何もかも不明だから、いきなり成長してもおかしくはないんだろうけど……。
いや、精神世界の中で1億9900万年も経ていることを考えたら、10歳くらい成長するのは誤差とも言えるな。
『悟空のお陰で酷い目にあったけど、パパたちのおかげで『私』は強くなった。もう簡単に負けたりしない』
インは決意を秘めた目で俺を見つめてくる。そして、『それに……』と言って俺とは逆の方向に振り向いた。
『私は、一億年共に過ごしたことで、彼の『愛』の一端に触れた!!』
インの指さす先には悟空がいた。さっき自爆したのでは……と思ったが、毛を抜いて分身を作るのは悟空の得意技だったな。
自爆したのも分身の一人に過ぎなかったんだろう。
「愛の一旦?憎悪の根源とも言える『-∞次元』の悟空にも愛があるのか?」
『うん、彼には一生をかけて愛している女性がいるの』
悟空にそんな人がいるとは知らなかった。というか、少なくとも西遊記には出てこない。もしかして人間じゃなくて、猿が相手なんだろうか。
そして、悟空を『慈しむ』ような目で見つめて言った。
『貴方が自分の全てをかけて、どこまでも力を求め続けるのは、その人を助けるためなのね!』
インがそう言うと、悟空は苦い表情になった。どうやら、インが言うことは本当らしい。だが、その人を救うため?
女性一人を救うために、全次元を吸収するほどのエネルギーが必要なのか?一体、どこの誰を助けようとしてるんだ。
『へっ。意識をシンクロすると、そこまでバレちまうのか。こいつはちょっと誤算だったぜ』
話に置いていかれそうになり、俺はたまらず叫んだ。
「ちょっと待て!話が見えないぞ。好きな人を助けたいのはわかるが、どうしてそのために、全次元を吸収する必要があるんだ!」
『それは、その人がこの全次元とは異なる異界『TTRAW』にいるからだよ』
TTRAW!?この全次元以外に世界があるのか?いや、それよりもそこにいる人を救いたいってことは……。
「じゃあ悟空は、元々TTRAWから来たっていうのか?」
インが答えようとしたのを遮って、悟空が俺の質問に答えた。
『ああ、そうさ。オイラはTTRAWから来た。超パワーでTTRAWを叩きだされたんだ』
「叩きだされた?」
【悟空の回想】
『あの日、オイラがいた龍宮城に現れた、ラプラスと名乗る謎の男』
『スーツにシルクハットという紳士のような恰好だが、その顔は深淵としか呼べないような『謎の空間』だった』
『奴の正体不明の魔法で、龍宮城は一瞬のうちに灰になった』
『オイラは龍神の娘・『乙姫』だけでも守ろうと、姫の元へ向かおうとしたが、やつに見つかり、やつのとてつもないパワーで、TTRAWをはじき出され、『全次元』の地球の中国に来たってわけだ』
【悟空の回想 終わり】
『オイラが弾き飛ばされた時点で、乙姫は間違いなく生きていた。だが、あのままだとラプラスに殺されちまう。何とかして、TTRAWに戻らなきゃいけねえ!』
だとすると、TTRAWに行くため、加えてラプラスとまともに戦うために、全次元を吸収する必要があるってことか。
『そして……』
『オイラは見つけたぞ!インとシンクロしたことで!!TTRAWに戻り、ラプラスを倒す方法を!!!』
事態はまたまた混迷して来たようだ。