∞(インフィニティ)を手に入れろ!
【 1536年 信孝22歳 藤田浩正 32歳 正利20歳 深層心理の迷宮 】
「で、∞を手に入れるには、どうすればいいんだ?」
「はい!∞のある場所は分かっています。この時代の地球、最初の宇宙の地球です。あの私たちの運命の『廃屋』。『開かずの扉』の先にあるんです」
開かずの扉の先?だが、確かあの扉の向こうには、藤田の仲間がしずく達を解剖して、臓器を取り出した『手術室』があるはずだ。
異次元に繋がっているとは思えないんだが……。
「あの扉の先は、解剖室だったんじゃないのか?」
「普通の人が開けようとしたら、そうですねえ。でも、六次元に目覚めた人が開くと、私たちが『次元』と呼んでいるものとは異なる世界に繋がるんですよ」
「そんなこと、なんでわかるんだよ」
これまで、俺以外の六次元人がいたとは聞いていない。その世界について、しずくはどうやって知ったんだ?
「はい、それは私が五次元人たちと一緒に『パミスム』の力で占ったんです。扉の向こうには、あらゆる座標が『0であり1であり無限』である『n座標の迷宮』があると」
「それはわかったのですが、『座標が0であり1であり無限』というのがどういう意味なのかは、全くわかりませんでした」
確かに、それは何が何だか全くわからない。0で1で無限ってのはまさに……『矛盾』している。
「結局、行ってみないと何もわからないってことか」
リスクは高そうだが、悟空を倒すのに∞が必要だと言うのなら、行くしかないだろう。全次元が滅びれば皆、死ぬんだからな。
「それで、六次元人しか入れないんだったら、行くのは俺一人か?
気持ち的には、正利や藤田、あるいは茂たちにも着いて来て欲しいところだ。いや、パミスムのない人間を連れて行っても余計な被害者を増やすだけだろうか?
「連れていけるのは、『パミスメイト』だけですよ」
「パミスメイト?」
パミスメイトって何だ?まあ、パミスムの変化形みたいな名前だから、パミスムに関係するんだろうけど……。
ソウルメイトみたいなもんか。つまりパミスムの愛で繋がった仲間ってことだな。
「パミスメイトは、たかしがパミスムを得たときに恋した人、そしてたかしが一番好きな人ですね」
「つまり、正利と藤田か。この二人は連れていけるんだな?」
いいぞ!二人がいれば無敵だ!何たって、パミスムは愛の力だからな。
『n座標の迷宮』とやらに、俺たち三人の愛を見せつけ、簡単に∞を手に入れてやるぜ。
「話は大体わかった。じゃあ、正利 藤田 ヤバいことに巻き込んですまないが、これから……」
俺がそう言いかけたところで、突然 謎の声が俺の言葉を遮った。
『ちょおおおおおっと、待ったあああああああああ!!!』
俺はびっくりし過ぎて、思わず飛びのいた。何だ何が起こったんだ?
よもや悟空の襲撃か?と身構えたが、聞こえた声は女性のものだ。
そして、声と共に俺の目の前に転移して来たのは……。
「国光命か!?どうしてここに!?というか、お前だって俺の記憶の世界の住人のはずだろ?」
現実世界にもいるのかも知れないが、元の地球が今2050年なのだとすれば、もう少し歳をとってても良さそうなものだ。
いや、こいつは3000歳なんだったな。3000歳が3044歳になったって、大して変わらないか?
『わらわは神じゃぞ。お前がやったのと同じ方法で、自らを実体化させたに決まっておろう』
「じ、自分を実体化させた!?」
そんなことが可能なのか?というか、い いやこいつもパミスムを持ってるんだし『願いを叶える』ことはできるかも知れない。
『そんなことはどうでも良いのじゃ。ともかく、わらわも『n座標の迷宮』とやらに連れて行くが良い。面白いシーンが見られそうじゃからな』
こいつはBLソムリエだからな。面白いシーンというのは、俺が藤田や正利と仲良くする場面ってことだろう。
だが、俺はこいつがちょっと苦手だし、そもそも『n座標の迷宮』に入れるのは六次元人とパミスメイトだけだ。こいつを連れていくことはできない。
「悪いが、『n座標の迷宮』に入れるのは、六次元人と俺のパミスメイトだけらしいんだ。国光命を連れていくことはできないんだよ」
『そんなことはわかっておるわい!言っておるじゃろう。わらわは神じゃぞ。当然、六次元の力も使えるのじゃ!』
そう言って、国光命は胸元を開いてパミスムを見せてきた。その模様は複数の人間のイラストが混ざったようになっている。これは神パミスムの特徴だ。
「じゃ、じゃあ国光命は本当に六次元人……いや、神ってくらいだから、それ以上の次元人なのか?」
『まあ、その辺は追々じゃな。ともかく、わらわにも着いて行く資格はあるということじゃ』
あんまり連れて行きたくないが、いざってときに役に立ちそうでもあるよな。仕方ない。俺たちの邪魔さえしなければ、戦力は多い方がいいだろう。
「俺たちの邪魔をしないことと、ホントにピンチになったときに協力してくれるんだったら、連れて行ってもいいぞ」
『ふむ、もちろん構わんぞ。お前たちに死なれては困るでのう。力は貸すし、どうしてもの時はパミスムを渡しても良い』
パミスムが5つになれば、さらなる力が得られるだろう。というか国光命のパミスムは神パミスムだから、さらに次元の壁を越えられる可能性もある。
「よし!わかった!じゃあ、俺と正利、藤田 そして国光命の4人で、『n座標の迷宮』に向かおう!!」
俺がそう言うと、それまで黙っていた正利が遠慮がちに話してきた。
「信孝様、戦いの前にこんなことを言うべきではないと思うのですが……」
「ん、どうした?お前らしくもない。俺とお前の仲で遠慮することなんてないだろ」
時代は違うが、正利もまた藤田と同じ義侠の者だ。度胸において誰に負けることもないだろう。
そんな正利が言いよどむほどのこととなると、よっぽどのことかも知れない。
「信孝様、私は……できればこんな曖昧なことは申し上げたくないのですが、何か兆しのようなものを感じるのです。この戦いによって、私と信孝様の間に何か大きな変化が起こると」
「それは、俺たちの愛がより深まるってことか?」
それなら、概ね問題ないはずだ。しかし、正利が言いよどんだことを考えると、恐らくそれだけではないのだろう。
「それもあるとは思うのですが、もっと……こう、清濁が入り混じったような、すべてを根底から覆されるような……すいません、私自身もよくわからないのですが」
ふうむ、よくわからないけど……。『n座標の迷宮』に行くと、俺と正利の間に何かが、もしかしたら『良くない何か』が起こるってことか。
もちろん正利は占い師でもなんでもないから、信用するかどうかは微妙だけどね。
「とはいえ、悟空のやっていることは信義にもとります!彼の悪事を何としてもとめなければなりません」
「ですから、よくわからぬ不安など、気にしないことにします。私と信孝様なら、きっと大丈夫。二人の愛で∞とやらを手に入れ、悟空を倒しましょう!」
正利のモヤモヤは晴れないようだが、どうにか覚悟を決めてくれたらしい。
すると、横で藤田が『くっくっく』と笑った。
「『n座標の迷宮』に神が同行するだと?訳が分からな過ぎて笑ってしまったぞ。全く、お前は楽しませてくれるな」
藤田はとても楽しそうだ。
「その上、俺とお前とそのイケメンが全次元を救うヒーローときてる。イカれた話だが、面白いことこの上ない」
「じゃ、じゃあ藤田も着いて来てくれるんだな?」
『n座標の迷宮』は得体が知れない。藤田は来てくれるとは思うけど、確認は重要だ。
「もちろんだ。お前の……いや、私たちの奇跡を見るのに、これほどの機会はないだろう。共に全次元を救おうではないか!」
「よし!じゃあ準備はOKだ。最初の宇宙の……あの廃屋に向かうぞ!」
『ならば、わらわが転移させてやろう。わらわの体に触れるが良い』
「ああ!!」
そう言って、俺と正利と藤田は、国光命の体に触れた。
国光命の体が光り、それと同時に周囲の景色が移り変わる!!
【 2050年 信孝22歳 藤田浩正 32歳 正利20歳 地球 廃屋 】
「ここは……」
確かに見覚えのある廃屋だ。でも、あの頃より、さらにボロボロになってるな。屋根なんかほぼ崩れ落ちて部屋の中から空が見えるし、床も今にも踏み抜きそうだ。
44年の時の流れをうかがわせる。元々廃屋だったんだしね。
俺たちは『開かずの扉』の前に立った。全てはここから始まったんだ。そして、ここで終わる。
今こそ∞を手に入れ、全次元を救う!!
俺が扉に触れると、ゆっくりと扉が開いた。そして、中からすさまじい引力が発生し、俺たち4人は部屋の中に引き込まれた!!
【 2050年 信孝22歳 藤田浩正 32歳 正利20歳 地球 n座標の迷宮 】
なんだ、ここは?
距離……いや、まさに座標がわからない。意識だけがぼんやりとあって、俺の体が細胞一つ一つの『座標』がどこにあるのかわからない。
脳の位置さえわからない。俺の脳は本当に存在しているのか?い、いや考えることはできる。脳の位置がわからないのに、何故か意識は途切れていない!
俺が不思議な感覚を感じていると、『どこか』から国光命の声が聞こえた。やはり位置関係が掴めない。『座標』という概念がないせいか。
『のう、大丈夫か?いや、お主らなら大丈夫じゃろうのう。何せお主らの愛は『最強』らしいから』
『ぐふふ』を笑う声が聞こえる。しかし、どういうことだ?今、俺が意識を保っていられるのは愛の力なのか?
『そうじゃのう。お主も感じておるであろうが、ここ『n座標の迷宮』では座標が感じとれん』
『よって普通の者ならば、脳を含む体の全細胞との『距離』が『0か1か無限か』わからなくなり、意識そのものが消滅してしまうのじゃ』
なるほど、俺がさっき感じた感覚と同じだ。六次元人じゃないと、あのまま意識が消えてたわけだな。
『じゃがのう、六次元人の意識は『愛そのもの』じゃ。愛には時間や距離が関係ない。じゃから形がなくとも意識が存在できるのじゃ』
何か大分めちゃくちゃな論理を聞いてる気がするが……。しかし、五次元のパミスムですら、記憶の世界の藤田たちを実体化させたんだ。
六次元のパワーなら、何ができても不思議ではないだろう。
「待てよ!じゃあ、正利と藤田はどうなる?二人は六次元人じゃないんだぞ」
『案ずるでない。パミスメイトは六次元人と愛で繋がっておる。じゃから、お主を通じて意識を保っておるはずじゃ』
国光命がそういうと、俺の意識に直接 正利の声が流れ込んできた。
「その者の言う通り、私は無事でございます」
それと同時に藤田の声も流れ込んできた。
「ああ、私も無事だ。何とも不思議な感覚だがな」
良かった。こんな状態でも二人は無事みたいだ。
しかし、こんな状態でどうやって∞を探すんだ?座標が無いんじゃ、今『ここがどこで』、∞が『どこにあるのか』わかんないだろう。
『ふふふ、そうじゃのう。ならばヒントをやろう。『∞は今ここにある』ということじゃな』
「∞はここにある?」
と言っても座標が無くちゃ『ここがどこか』わからないからな。ここにあったとしても手に入れる方法がわからない。
『なんじゃなんじゃ、まだヒントが必要かの?では、『転移』について考えてみるが良いぞ』
「転移?」
転移ってテレポートというか、瞬間移動のことだよな。さっきも国光命がやってたやつだ。
しかし、∞を手に入れる方法とどう関係があるんだ?
ちょっと考えてみよう、転移ってどうやってやるんだろう。ゲームとかだと、対象のエネルギーを感じたり、行き先をイメージしたり、地名を口に出したりだよな。
いや、待てよ。そう言えばあったな。昔のゲームで転移するとき『座標』を指定するやつが。マップ外を指定すると全滅するやつだ。
けど、そもそも∞が『ここにある』っていうんなら転移してもしょうがないんだよな。ここから動く必要はないんだ。
だったら、どう転移がヒントになる……?
待てよ、座標指定……!!
そうか、このn座標の迷宮では座標が0か1か無限か不明なだけで、座標が無いわけじゃないんだ。
ということは、∞のある座標が0だろうと1だろうと無限だろうと、対象の座標を『n(未確定)』に設定して、魔法を使えばいいんじゃないか?
もちろん、∞はここにあるんだから、転移魔法じゃ意味がない。そうだな、n座標に触れるマジックハンドみたいな魔法があればいいんだ。
それくらいなら、神パミスムの力で作れそうだぞ。
『どうやら、いい方法が思いついたようじゃな。けど、まだ問題はあるぞ。『n座標に干渉する魔法』は神パミスムでも作れんのじゃ』
「なんだと?六次元人なら、なんでもありじゃないのかよ!」
と言っても、この『n座標の迷宮』は∞次元になるための∞が置いてあるくらいだからな。いくら六次元人でも、そう簡単に干渉できないのは納得と言えば納得だ。
『信孝の考えた『n座標に干渉するマジックハンド』を作るためには……。正利と藤田もパミスムに目覚める必要があるのう。ぐふふ』
また、ぐふふって言ってるよ。しかし、二人がパミスムに……って、つまり敵を愛さないといけないんだよな。
けど、二人の敵なんて今ここにいるのか?
『そりゃあ、おるじゃろうよ。正利と藤田は、信孝を巡る恋のライバルじゃろうが』
そう言われて、愕然とする。俺は、正利も藤田も平等に愛しているつもりだ。だが、確かに二人の方から見たら、そう考えてもおかしくない。
しかし、そうか正利と藤田が愛し合えば……。
『フィーバータイムじゃああああああ!!!それ!イチャイチャするのじゃ!お前たちの愛を見せよ!!』
テンションが振り切った国光命を、俺たち三人は冷めた目で見つめていた。