藤田と『ヨンリオ・グッズ』
【 2006年 望月たかし 17歳 藤田浩正 32歳 ♂×♂ヴァージン・ロード】
俺が一歩を踏み出すと、突然周囲の景色が変わった。これは、転移ではなく幻覚系か?それとも、わざわざ『ロード』の上に施設を生成したんだろうか?
俺たちが飛ばされた場所は……、何だかファンシーなグッズがたくさんある店だ。りんご3個分の某猫を始めとして、ヨンリオ・キャラクターが並んでいる。
「なん……だ?ここは?」
俺は、あんまりにも場違いな雰囲気の場所に、思わず言葉を詰まらせた。一方で、藤田は表情を隠しているけど、妙にウキウキしているように見える。
ヨンリオキャラに興味があるのだろうか?
『ここは我の能力で『ヨンリオ・ショップ』を再現した施設じゃ!お主たちが仲良くなるには、ここが最適じゃと判断した!存分にイチャつくのじゃぞ!!』
国光命の妙に上ずった声が聞こえる。涎を流していそうだ。とんでもない変態に捕まってしまったのかも知れない。
だが、BLソムリエから見て、この『ヨンリオ・ショップ』が最適な環境だと言うのなら、願ってもないチャンスだ。
ここでキメてしまおう!!俺が藤田に惚れ、藤田が俺に惚れれば全次元が救われるんだからな!
そのためにも、今はデートを楽しむことだ。
そう考えて藤田の顔を見ると、藤田の意識は完全にヨンリオ・グッズに向けられていた。
よほどグッズに興味があるのだろうか?藤田の視線は、ある一つのぬいぐるみに注がれている。
体が黒く、紋付き袴を着て、三角の目をしたペンギン?のキャラクターだ。
「そのキャラクターが好きなのか?さっきからずっと見てるけど」
「ん?ああ、済まない。少しヨンリオには思い入れがあるのだ。とくに、この『義侠のクロマル』にはな」
義侠のクロマルは『おひけえなすって』が口癖で、『曲がったことが大嫌い』なペンギンの少年だ。ちょっと拗ねたような表情が魅力的らしい。
その和風っぽさと極道がモチーフという特異性で、ヨンリオでは異色のキャラクターとも言える。
「よかったら、何で好きになったのか教えてくれないか?お前と仲良くなるためにも、お前のことは何でも知りたいんだよ」
「お前、まさか あの変な女の言うなりに、私と恋などするつもりなのか?」
確かに国光命の言うなりになるのは、ちょっと悔しい。だが、俺と藤田が恋をしなければ全次元が滅ぶんだ。ここは利用させてもらうしかないだろう。
「ああ、お前と恋できるなら、国光命の策に乗るのもいいだろう。やつは、ちゃんとお前の好みの場所に連れてきてくれたみたいだしな」
俺の言葉に、藤田は『ふぅ』とため息をついた。少しがっつき過ぎただろうか。呆れられているように見える。
「どうやら本気で私と恋するつもりらしいな。全く妙なやつだ。私は男と恋をするつもりはない。だが、ここから出られなければ二度と桃に会えなくなってしまう。それは私も困るのだ」
そう言って、藤田は少し微笑んだ。恋をする気はないが、ともかくこの状況に付き合ってはくれるらしい。
「だから、聞きたいと言うなら話してやろう。私が何故、ヨンリオに入れ込んでいるか、だったな」
そう言って、藤田は棚にあったクロマルのぬいぐるを手に取り、それを見つめながら話し始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「私が6歳ほどの頃だ。私がテレビを見ていると、そのキャラクター『クロマル』が私の目の前に突然現れた」
「他の可愛いキャラクターたちが、愛嬌を振りまき楽しくじゃれている中、『クロマル』はとにかく異彩を放っていた」
「そのアニメでは、街に何か問題が起きて、皆でそれを解決するのが毎度のパターンだった。だが、皆がどうしても解決できない大問題に当たったとき、『義侠のクロマル』が現れる」
「そして、ニヒルな笑顔で『大丈夫、オイラに任せな』と言い、こともなく問題を解決する。その姿に私は魅了されたのだ!」
「姿かたちも、他のキャラクターとは違ったが、何より違うのは信念だ。弱きを助け強きをくじく、あれは父が教えてくれた任侠の道、そのものだった」
ヨンリオのキャラクターは、基本的に夢に溢れた存在だ。ヤクザや任侠などとは、完全に無縁と言っていいだろう。
アニメだからギャグテイストになっているとはいえ、ヨンリオキャラで任侠を信念に持つキャラクターなんて、どう考えても異常だよな。
「もちろん、アニメのメインはほのぼのだから、そう何度も出番があるわけじゃない。だが、ここぞというところで全てをかっさらうその姿は、私にとって憧れの存在に映ったわけだ」
「それから私は貪るように、ヨンリオのアニメを見続けた。グッズも買おうとしたが、当時はあまり裕福でなく、小遣いを貯めに貯めてやっとクロマルのぬいぐるみを一つ買えた」
「それを自分の部屋に飾り、どんなときも心の支えにしていた」
「やがて、クロマル以外のキャラクターの魅力に気づき、可愛いもの自体にもハマっていった。もちろんイチ推しはクロマルのままだがな」
藤田はキラキラした眼をして、噛みしめるように自分の体験を語っている。俺にかなり心を許してくれているのだろうか。
「そして大人になって金ができてからは、ヤクザの幹部がヨンリオグッズを集めていては部下や敵対組織に舐められるため、やはり集められないでいる」
「だが、バレない程度にそこそこは買い集め、書斎に飾ってあるぞ」
そんな風に語る藤田を見て、俺はひしひしと感じていた。
「可愛いじゃないか!!」
「な、何だ急に。確かにヨンリオのキャラクターは可愛いが」
「そうじゃない!藤田だ!そんないかつい顔をして、ヨンリオにはまりキャラクターを愛でている!これが可愛くなくて、何だと言うんだ!?」
「わ、私が可愛い……だと?ふざけたことをいいやがる。こんなオヤジを捕まえて……」
「そこだ!まさにクロマルと同じ、渋さと厳つさと可愛さのコラボ!!そうか、これまで気づかなかったが、藤田は思った以上に魅力的じゃないか!」
俺があまりに褒めるので、藤田は顔を赤くして黙り込んでしまった。普段とにかく冷静なやつだから、この姿は貴重だ。
そう思っていると、不意に国光命の声が聞こえた。
『どうやら、中々上手くやっているようではないか!ならば、そなた達にこれをプレゼントしよう』
国光命がそう言うと、俺たちの目の前に巨大な機械が現れた。これはすごく見覚えがある……UFOキャッチャーじゃないか!!
そしてその機械の中には、1/1スケールのクロマルの人形がある!プレゼントってのはこれのことか?
『そなた達 二人で上手く協力し、その『クロマル』をとるのじゃ!!その過程でお主たちの中で何かが変わるであろう!ぐふふ』
ぐふふって……。いや、まあともかく国光命の見立てでは、あのクロマルをとれば、俺たちの中で何かが……つまり、恋愛感情が生まれる可能性が高いってことだな。
すでに俺は藤田の見た目、性格にかなり好感を抱いている。藤田の方は、はっきりしないけど……。
そうだな、だったらここで男をみせてやる!ここで頑張って恋人同士になるんだ!!
「じゃあ、俺が……」
俺がそう言いかけたところで、藤田に言葉を遮られた。
「私にやらせてくれ!!」
普段、落ち着いて喋る藤田が叫んだので、俺は少しびっくりした。そんなに自分で採りたいのか。
「け、けど俺はこのゲーム、結構自身あるんだぜ?金も使ったが結構やりこんで……」
自宅に一万円もかけてとった犬のぬいぐるみがあるのは内緒だ。
「いや、あのクロマルの顔を見て見ろ、あの尖った瞳、私にとってもらいたそうにしているだろう」
そんなこと言っても、相手はぬいぐるみだからな。とても表情があるようには見えないが……。
「わかった。じゃあ、藤田がやってみてくれ。クロマルがそう望んでるんなら、藤田がとるのがベストだからな」
とりあえず、話を合わせて藤田に任せることにした。藤田も名乗り出るからには、それなりに自信があるんだろう。
とれれば良し。失敗してアドバイスするにしても、藤田が納得するまでやってからだな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
それから藤田は何度も挑戦した。何度も何度も……あれから二時間ほど経っただろうか。
藤田は手を地面につき、うなだれている。
ヤクザの強靭なメンタルでも、さすがに折れてしまったらしい。いい加減、アドバイスが必要だな。
藤田の取り方の問題は、やはりアームで掴んでとることしか考えてないことだろう。
いわゆる『押す』とか『寄せる』と言った技術を全く使ってないからな。それじゃあ、とれるものもとれない。
さて、どうやって上手く教えるかな。俺がとってやる、という訳にはいかないよな。藤田いわく、クロマルがとって欲しがっているっていうんだから、藤田の意思を尊重したい。
そう思っていると、藤田が真剣な目で俺を見つめてきた。そして、俺の肩を抱き 俺の体を揺らして訴えかけてきた!
「私は諦めるわけにはいかないんだ。クロマルのためにも!だから、お前が詳しいというなら教えてくれ。どうすればとれるんだ?」
俺は揺らされて、ガクガクしながらもとにかく答える。
「ま、待て。とりあえず落ち着こう。やり方はもちろん教える。どうも国光命は、教えるのを通して俺たちを仲良くしたいみたいだしな」
俺がそう言うと、藤田は俺から手を離し、深呼吸をした。
そして『ふぅ』とため息をつくと、いつもの冷静な表情に戻った。
「よし。言われた通り、落ち着いたぞ。次はどうすればいい」
そう言って藤田は俺の手を握り、UFOキャッチャーまで引っ張っていく。
さすがに男と手を繋ぐのを意識したりはしないみたいだ。こっちは少し気になるんだけどね。
そして、俺はUFOキャッチャーの技術を説明する。これは俺が犬のぬいぐるみと格闘する上で身に着けた技術だ。
ネットで検索すれば良かったことに気づいたのは、一万円を失った後だったからな。
「ここで、こうだ。つまり持ち上げるだけじゃなくて、押したり寄せたり……タグにひっかけたりする必要がある。特に大きいものだと、工夫が必要だ」
「そうか。実際にやってみなければわからないが、理屈は理解できる。なるほどな」
そう言って、藤田は再び機械を動かす。ちなみにお金を入れる必要はないみたいだ。回数制限がないってのはありがたいね。
「なるほど、ここでこうすれば……」
やはり藤田は何をするにも筋がいいみたいだ。俺だったら、コツがわかってから十数回はかかるからな。ましてや、あのクロマルのぬいぐるみはでかい。
押すにも寄せるにも、テクニックが必要だ。ちょっと聞いただけでできる藤田は、とんでもなく優秀ってことになる。
「む……これは……」
突然、藤田の動きが鈍くなる。穴の近くまでクロマルを寄せることはできた。もちろん、穴はクロマルが通るほど十分にでかい。
……だが。
「バリア……か?何でこんなもんがあるんだ!!」
先に叫んだのは、俺の方だった。
『ははは!!そこが最後の試練じゃ!!今こそ、二人の愛のパワーでバリアを破るのじゃ!!そして二人は……ひゃあーーっ!!』
こいつのこれが無ければ、もっと違和感なく藤田と仲良くなれる気がするんだが……。まあ、ともかくバリアを破るのが最後の試練か。面白いじゃないか。
国光命はパミスムを使う五次元人だから、バリアを張れてもおかしくない。そしてパミスムの力を破るにはパミスムの力が必要だろう。
つまり、結局愛し合わないとバリアが破れないってことになる。
そのためには、やはり俺が男を見せること……だが、そもそもUFOキャッチャーをきっかけにするつもりだったのに、そこまで関係を進められなかったな。
「どうしたもんか……」
無意識にそう呟いた俺に対し、藤田が言った。
「何を弱気になっているんだ!!お前は、私をクロマルをここまで寄せるのに貢献し、男を見せたではないか!!そうだ、私が……ちゃんと私を導いてくれたお前を、頼もしいと思っているわけだから……つまり」
「「つまり……」」
俺たちは見つめ合ったまま沈黙する。
そうか。チャンスはあるってことか。もう一押しで。
「もう一息、バリアを超える方法を考えてくれ。お前の言葉で、私の心を動かすんだ」
「俺の言葉で……?」
つまり告白ってことか。そいつで藤田の心を動かせば……二人の間に愛が生まれる。
なら、俺はどんな言葉を選ぶ?
軽々しい言葉は口にできない。今や俺は藤田の心を掴みたいと思ってるからな。全次元の運命も重要だが、今は目の前の人を見るべきだ。
この数時間で、藤田と紡いだ絆を思い出せ。双子との戦い、そしてここに飛ばされてから、俺たちがやってきたことを思い出せ。
藤田の性格、気持ちを想像しろ。俺はどんな言葉をかけるのが、一番ときめかせることができる?
藤田はクロマルに憧れていた。クロマルは皆が突破できない難問を引き受け、簡単に解決してしまうキャラクターらしい。
また今、藤田はクロマルのぬいぐるみをあと一歩まで動かすことができたのを『男を見せた』とか『頼もしい』と言っていたな。
つまり藤田が求める要素は『頼もしさ』しかも、他の誰もができない問題でも解決するくらいのすごい『頼もしさ』だ。
そして、双子の打倒とUFOキャッチャーで、ともかくも藤田は俺に『すごい頼もしさ』を感じてくれている。
だったら、俺の選ぶ言葉は、その『頼もしさ』を後押しする言葉、俺に頼りたいと思うような決め台詞だ!!
俺は頭の中で言葉を作り上げた。
そして藤田を見つめ、今できる最高の言葉を伝えた!!
「藤田、お前の人生 これからの全てを、俺に任せてくれないか?」