ヤクザを愛するために!俺は過去の記憶へ飛ぶ
【 1536年 信孝22歳 ナタリア22歳 妲己??? 深層心理の迷宮 】
[信孝視点]
「あの特訓って、まさか……『鉛漬け』か?」
茂の口から、とんでもない言葉が飛び出し、俺は恐怖に怯えた。
「鉛漬け……って、何だよ!!そんなので過去を追体験できるのか?」
「ええ。鉛漬けは体の穴と言う穴から、鉛に似た特殊な金属を流し込みます。苦痛にのたうち回ることにはなりますが、安全性は保障されてますよ」
しずくのその言葉に、茂は頭を押さえ、呆れたような表情で言った。
「安全性って、地獄では永遠に拷問を続けるために、死んだら元の状態に戻されるってだけだろうが」
それを聞いたしずくは、目をそらして微妙な表情になった。
どうもしずくは、地獄の仕組みについては知ってるけど、状況が状況なので俺を行かせるしかないと考えてるっぽいな。一応、心配はしてくれてるわけだ。
それにしても、表情の変化で何となく考えてることがわかるな。こういうところも高校の頃のしずくと変わってないみたいだ。
「そう……ですねえ。それについてはその通りです。ですから、たかしがどうしても嫌なら、他の方法をとるしかないですねえ」
「何か他の方法があるのか?」
茂が訝し気に聞くが、しずくの表情を見る限り他の方法なんてないんだろう。
「可能性は薄いですが、私が自分で∞を取りに行くとかですねえ。ただし、あれはたかしにしか適合しませんから、結局無駄かも知れません」
しずくがボソボソと喋る内容を聞いている限り、どう考えても俺がやるしかなさそうだ。
「じゃあ、結局俺が何とかするしかないわけだな」
「そうですねえ。たかしさえよければお願いします」
しずくは自らの力のなさを申し訳なく思っているみたいだ。
そして、たかしの分身ともいえる俺に死んだり、精神を病んだりして欲しくないんだろう。
しずくの俺を想う気持ちがダイレクトに伝わってくる……。だが、だからこそ、俺がやるしかない!
「いいだろう。じゃあ挑戦してやるよ。その鉛漬けってやつに!!ここまで来たんだ。超えてやるぜ、最後の壁を!」
「ごめんなさい。たかし、必ず生きて帰ってください。貴方に全次元の運命を託します」
俺は何か、色んな運命を背負ってばかりだな。世界の運命に宇宙の運命、ついには全次元の運命と来た。
そこまで話していると、それまで黙っていた正利が、意を決して話に割り込んだ。
「信孝様、できることなら私もついて行きたいのですが、やはりダメなのですよね?」
「ああ、すまん。できることなら俺だって正利と片時も離れたくはないけど、全次元が滅びたら、お前も死んじゃうからな。お前の夫でい続けるためにも!ここは一人で頑張らないといけないみたいだ」
正利は悲しそうな表情になった。ああ、今はこいつを傷つけてる場合じゃないのに。
正利の顔は悲しい顔でも、とても美しい。でも、それに見とれてる場合じゃないな。
「正利、俺は絶対生きて帰ってくるぜ。そして∞とやらを手に入れ全次元を守る!そしたら、また二人で旅をしよう。どこにいても俺たちは永遠の絆で結ばれているんだからな!」
正利は俺の決意に満ちた瞳を見つめ、涙を流した。そして、俺の肩を抱いて言った。
「ならば!せめて、戦いに赴く前に一つだけ、私のお願いを聞いていただけますか?」
「お願い?そりゃあ、正利のお願いならなんでも聞きたいと思うけど」
俺がそう答えると、正利は顔を赤らめて、モジモジとしながら言った。
「で、では『出立の接吻』を……。それがあれば、信孝様が戻ってくるまで、待っていられると思うのです」
『出立の接吻』?いや、いってきますのキスってやつか。今時やってるやつがいるのかわからないけどね。
それでも、そうか。寂しい想いをさせるんだから、ここは正利の願いを叶えるべきだな。
俺たちだって夫婦なんだ。恥ずかしがってる場合じゃない。
「よし、わかった!接吻……キスだよな。いくぞ!!」
俺も正利の瞳を見つめ返す。二人の気持ちが通じる。待たせてばかりですまん。だが、悟空さえ倒せば、二人で幸せになれるはずだ。
もうちょっとだけ待っててくれ!
「信孝様、私は生涯、貴方と共にいられることをとても嬉しく思います」
そう言うと、正利は俺の唇に唇を重ねてきた。
俺のやる気が溢れる。これなら、地獄の訓練なんか怖くないぜ!
そして、唇を放すと、名残惜しそうに言った。
「では……。どうか、頑張ってきてください」
俺たちの姿を見て、ナタリアと妲己は妙にそわそわしている。まあ、そりゃあ男同士のキスなんて珍しいか。
そんな空気を振り切って、しずくがこれからのことについて話した。
「え、ええと、では妲己ちゃんの『転移』で、たかしを『焦熱地獄』に送ってください。そこからは、獄卒が担当するよう、話はつけてありますので」
「あたしが送るの?まあ、そりゃそうか」
そう言うと、妲己は俺の方に向き直って、ジロジロと俺を観察する。
「博士が随分信用してるみたいだから、手を貸すわ。精々、死なずに戻ってきなさいよね」
急に言われて、俺は一瞬反応できなかった。だが、すぐに笑顔を作り、精いっぱい自信を込めた言葉で言った。
「ああ、もちろんだ。全次元の皆を死なせるわけにいかないからな」
俺がそう言うと、妲己は『ふん』と言いながら、俺の手を握ってきた。
「じゃあ行くわよ。準備はいいわね」
「ああ、行ってくれ……」
こうして俺は、『焦熱地獄』で『鉛漬け』の特訓をすることになった。
【 1536年 信孝22歳 焦熱地獄 】
「ぐおぐああああ!!ぎぁあああああ!!」
痛い熱い痛い熱い!!ダメだ。激痛と炎の熱さで、他に何も考えられなくなる。何なんだ、ここは、何だよ鉛漬けって!!
究極体の俺にここまでダメージを与えられるものなのか!?
ぐ、ぐ……ダメだ……体が……。
―――システムメッセージ―――
フィールド・地獄の特殊効果により、全焼した肉体を再生します
「どうやら、また死んだようだな。この地獄に愛を知るために来るなどと聞いたときは、呆れたものだが……。どうやら、大した男ではないようだ」
こいつは、俺の担当になった獄卒だ。生者といえど扱いは罪人と変わりないらしく、容赦なく拷問を加えてくる。
「く、クソ。どうすれば、過去を追体験なんて、できるんだよ!!これじゃあ、タダ苦しいだけじゃないか」
「だから、さっきから言っておるだろう。怒りを憎しみに変えるのだ。恨んで恨んで恨み尽くせば、その記憶の場所へと飛べるはずだ」
そんなこと簡単そうに言うけど、この熱さと痛みの中では、恨みも何も浮かべることはできない。まともに思考ができないんだから!
クソ、どうしてこうなったんだ。しずくのせい?悟空のせい?
いや、やっぱり始まりはあのヤクザだ。あのヤクザがしずくを、麗美をさらったりしなければ、こんなことにならなかった。
ヤクザ……俺を騙してしずくと麗美を殺させた。そして、それを金持ち共の見世物にした。
ヤクザ……あのヤクザを……!!
「いいぞ、その調子だ。恨め!もっと恨め!!」
俺の恨みが限界点まで達した。そして、俺の意識は、あの日あの場所の記憶へとトリップする……!!
【 2006年 望月たかし 17歳 天宮しずく 17歳 高木茂 17歳 望月麗美 7歳】
ここは……!!
俺は周囲を確認する。ここは、例の『開かずの間』がある廃屋だ。『開かずの間』の中には手術室があって、臓器の摘出をしてるんだったな。
そして、この場にいるのは俺と、茂と……『藤田』!……あのヤクザだ!!
「たかしさんの押したボタンは、しずくさんに薬液を注入すると申しましたが、実はこれは正確ではありません」
「実はこのボタンはしずくさん以外、もう一人にも薬液を注入する仕組みになっているのです」
藤田が、聞き覚えのある台詞を話す。どうやら、この場面は俺が藤田の用意した『ボタン』を押したせいで、しずくと麗美に『脳死に至る』薬液が注入された場面らしい。
このあと、騙されたことに気づいた俺は激昂するが、すぐにヤクザたちに拘束されるんだったな。
ヤクザの藤田は30代くらいのおっさんだ。顔は真面目なインテリ系に見える。常に笑みを絶やさず、風貌だけなら優しそうに見えるな。
体型は、少しやせ型だが、基本的な筋肉はしっかりしてるみたいだ。
「医師からの報告では、麗美さんも無事に脳死状態に至ったようです。これで本日分の臓器が滞りなく確保できます」
藤田の言葉を聞いていると、ただ過去をなぞっているだけなのに、俺の中にどうしようもない怒りがこみあげてくる。こいつらは臓器の確保のために、しずくと麗美を……!!
いや待て、今はそんなこと考えてもしょうがない。今の俺なら藤田や、モブヤクザたちを片付けることなんて簡単だろうが、それじゃあ過去を追体験している意味がない。
しずくと麗美を殺された、このシーンで、俺は藤田を愛さなきゃいけないんだ!!
「さて、これでたかしさんには全く利用価値がなくなりました。せっかくなので、貴方もうちの商品になっていただくとしましょう」
ヤクザたちが俺を拘束しようとする。ここで捕まるわけにはいかない。捕まったら藤田を愛するどころじゃなくなるからな。
それに、ここであまり時間をとられるわけにもいかない。この事件の直前、藤田が所属する暴力団は、勢力争いで負け、警察との蜜月関係を保てなくなった。
そのため、警察は『臓器の生産工場』なんてヤバい施設を、黙認する理由も無くなったわけだ。もう十分ほどすれば、ここに警察が乗り込んでくるだろう。
本来、俺と茂はそれで助かったんだからな。
ヤクザが俺に向かってくる。この世界では魔法や愛の力と言った、物理法則に反する能力は使えないみたいだ。
だが、俺には本来の技術、筋肉の制御を100%開放する技術がある。
通常の筋肉と、隠された裏筋肉を70%まで開放する。このくらいの相手なら、脳の機能は開放しなくても済みそうだな。
「はあっ!!」
俺はマッハ3ほどのスピードで動き、10人いるヤクザたちの鳩尾に次々とパンチを叩きこんでいく。
1分と経たないうちに、この場に立っているのは俺と茂と藤田だけになった。
さすがに茂は呆気にとられているが、藤田は余裕の表情を崩していない。さすがヤクザの幹部だな。場慣れしている。
「た、たかし。今のは一体……」
普通の高校生が、マッハで動いてヤクザをぶちのめしたら、そりゃあびっくりするだろう。
でも、悪いけど説明している暇はない。今の俺はとにかく藤田を愛さないといけないんだからな。
「ふふふ、どこでそんな力を身に着けたのやら。だが、無駄ですよ。ここに異変があれば、組のものがすぐ気づきます。結局、貴方は商品になるしか道はないのです」
だが、俺は余裕たっぷりの藤田の台詞に対して、今の現状を説明する。
「単刀直入に言わせてもらう。今からここに警察が乗り込んでくる。だが、俺はあんたを救わないといけない事情があるんだ。一緒に逃げよう!」
俺の台詞に、藤田は呆気にとられる。当たり前だ。俺は今、こいつに幼馴染と妹を殺されたばっかりなんだからな。
過去の記憶だから、と自分を抑えようとしているが、それでも沸き上がる怒りを抑えきれていない。
だが、ここで藤田がつかまってしまったら、愛するどころじゃないだろう。とにかく、今はこいつを助け、保護する必要がある。
「ここに警察が……?ふむ、興味深い意見だ。しかも苦し紛れにいっているようには見えない。どうして、ここに警察が乗り込んでくるんだね?」
「あんたらの組は、勢力争いに負けたらしい。それで警察との関係が切れたんだ。だから、人間をかたっぱしから『商品』にしてるここを黙認する理由がなくなった」
俺の言葉に、藤田はハッとした表情になる。勢力争いについて、思い当たるフシがあったのかも知れない。
「ふむ、貴方の事情は知りませんが……。しかしサツがそこまで来ていると言うなら、どうやって逃げるんです」
「そりゃもうマッハで!」
警察が、この廃屋を張ってるとしても、今の俺の足なら、通り抜けられるはずだ。脳の制御まで開放すれば、相手がどこにいるか把握できるしな。
「今、逃げるだけならそれでもいいでしょうが……。組が無くなるとなると、サツから身を隠し続ける場所が必要ですよ?」
言われてみればそうだな。だが、さすがに俺の実家にかくまってもすぐバレるだろう。後、俺がこの時代で知ってるところと言ったら……。
そうか、この時代にもあるはずだ。
「府中の中心にある、神政復古教の大教会。あそこなら、寄進の額次第でかくまってくれるかも……」
だが、神政復古教に近づくのは危険だな。やつらは洗脳の技術を持っているし、プロの暗殺者集団でもある。
でも、それだけに警察も政府も、暴力団も手を出せない特殊な組織ではある。隠れ蓑にはもってこいだと思うんだが……。
「神政復古教だと!?貴様、あそこの関係者なのか!?」
「いや、今は関係者ってわけじゃないんだが……。多少金をつめば、やつら犯罪者だって匿ってくれるだろ?」
組織が組織だから、リスクも高いんだが、今ここで警察に捕まってしまっては、藤田を愛するチャンスが失われてしまう。
それに、どんな形であれ、こいつと危機を共にすれば、愛情が生まれるかもしれないしな。
「ふふふ、いいだろう。だが条件がある。それがこなせなければ、神政復古教に潜り込むわけにいかないからな」
「神政復古教の大教会には地下室がある。そこには俺の息子が囚われているんだ。そいつを救い出して欲しい」
大教会の地下に息子が囚われている?というか、藤田は神政復古教と繋がりがあったのか。
「やつら、優秀な子供の『クローン』を作って、暗殺の兵隊を作っているようだ。そのモデルとして、俺の息子を『桃』を攫いやがった」
普段、冷静でゆっくりとした口調を崩さない藤田が、少し強めの口調で話す。こっちが素なのかも知れないな。
しかし、クローンのモデルが『桃』?桃ってまさか、あの桃か!?
府中刑務所で知り合い、茂としずくに続く第三の親友で、俺の初恋の男でもある。
あの桃か……!?桃が藤田の息子……!?
だが、本来の歴史で、藤田が刑務所で俺を捕まえたとき、やつは嬉々として教団に従っているように見えた。俺が真意に気づかなかっただけか、それともここから数年で藤田の身に何かあったのか……?
「あの、桃ってまさか……、日ノ丸桃か?あの、可憐で活発で……麗美にそっくりなあの!!」
だが、よく考えたら桃の名字は日ノ丸だった。藤田とは名字が違う……。いや、俺の知ってる桃は府中刑務所に送り込まれた兵隊だっけ。だとしたら彼もクローンの一人に過ぎないのか。
オリジナルの名字は藤田なのかもしれない。
「まさか息子を知ってるのか?ああ、そうだ。確かに君の妹にそっくりなようだな。女の子のように可憐な少年だよ」
名字のことはわからないが、どうやら本当に桃らしいな。それが、神政復古教の大教会に囚われている……。
教団に潜り込むとしたら、まず桃の安全を確保してからじゃないと、藤田はやつらの言いなりになるしかないってことだな。
後がないこちらにとって、それはあまりに危険すぎる。
「よし。ならば、とっとと大教会に行こう!俺のスピードとパワーなら、ちょっとやそっとのセキュリティは突破できるからな!!」
「セキュリティに関しては、私がどうにかしよう。あまり派手に動いては、教団に潜り込むどころではなくなるからね」
それは助かる。筋肉に頼ると、どうしても破壊する方向に行っちゃうからな。
「だが、大教会には地獄の門番と呼ばれる双子の戦闘師がいる。彼女たち自身の身体能力も異常だが、教団の開発部が作った、無敵のパワースーツ……あれはお前でもてこずりそうだぞ」
「パワースーツ?そんなのがあるのか」
俺は藤田の話を聞いて、今回もとにかく激しい戦いになりそうだと感じた。
過去の記憶の中でも、結局 俺のやることは、恋愛とギリギリのバトルらしい。