近所の暴力団がこんなヤバいとか聞いてない
次に目を覚ました時、俺は拘束されていた。手足が動かないし目かくしと猿轡もされているようだ。
とりあえず生きていることに安堵したが、これまでの行方不明者が見つかっていないことを考えると、いつ殺されてもおかしくない状況だ。
あのまま解体されなかったってことは臓器売買が目的じゃないってことか?
けど、教員にも購入者がいるっていってたよな。人身売買とは考えにくい。
普通の教員が、家に人間を監禁し続けるのは難しいだろうからな。
どちらにせよ、逃げる方法を考えないといけない。やつらの目的がなんであれ、こんなところで殺されるのはまっぴらごめんだからな。
「おい、茂!大丈夫か?」
急に近くからたかしの声がした。
たかしか!無事だったんだな!
俺は声をあげようとしたが猿轡のせいでくぐもった声が出ただけだった。
「目と口を自由にしてあげなさい」
さっきまで電話で話してたのと同じ声がした。さっきのヤクザらしい。
周りのヤクザと思われる人たちが俺の目かくしと猿轡を外していく。
部屋にはがっちりとした体格で優しそうな風貌だが威厳のある男がソファーに座っていた。
側にいるだけでも、とてつもない威圧感がある。
その他にも目かくしとかを解いたヤクザが数人と、入口や窓の付近にも数人のヤクザいる。
そして俺のすぐ隣にはたかしがいた。
ヤクザ達は屈強な肉体で、運動なんてしたこともない俺やたかしが掴みかかってどうにかなるようには見えなかった。
まあ、拳銃とか持ってるかも知れないし、取っ組み合いでかなうかどうかはあまり関係ないかも知れない。
どちらにせよ、相手がこちらに危害を加えるつもりなら、絶体絶命と言ったところか。
「やっと、こちらにおいでいただけましたね」
俺と電話していたであろうヤクザがゆっくりとした口調で話しかけてくる。
「ここはどこだ?それにしずくはどうした?」
「ここは例の廃屋ですよ。しずくさんには別室でお休みいただいております。
貴方にいきなり逃げられたりしたら、話し合いになりませんからね」
しずくは話し合いしてる間の人質ということらしい。だが、そもそも俺が逃げるなんて
無理そうなんだから、人質も何もないと思う。
「さっきも言ったが何を話しあうってんだ?あんたみたいな恐ろしいのが相手で
周りをヤクザに囲まれてたんじゃ、俺はあんたらの要求にうなずくしかないだろう」
「そうですね。ですが、口封じ以外にもいくつかお願いしたいことがあるのですよ。
とくに茂さんには特別なオファーが来ていましてね」
口封じ以外にお願い?どちらにせよ、この状況では飲むしかないと思うが…。
しかし特別なオファーってのは何だ?
「特別なオファーだと?」
「ええ、実は中国のクライアントから、小柄で童顔の男子高校生を要求されて
ましてね。茂さんは美形というわけじゃないが、小柄で童顔ではあるでしょう。
タイで少し弄らせてもらえば、クライアントの要求は満たせます。」
待て待て待て!なんだ?やっぱりこいつらは人身売買組織ってことか?
だとしても小柄で童顔の…俺がそれに該当するって?
「待てよ。クライアントとかってのは何のために小柄で童顔の高校生なんて
求めてきたんだ?まさか労働力ってわけでもないんだろ?」
「性奴隷ですね。ちなみにクライアントは男性ですよ」
聞くんじゃなかった…。つまりどうにか逃げ出さないと、ホモのおっさんの
性奴隷として中国に売られるってことか
「身体を傷物にせずに拷問をする技術はないこともないのですが面倒でね。
貴方がこちらの指示に従っていただければ手間をとる必要もありませんから」
「この廃屋で行方不明になってる人達は、その性奴隷とかで売られたのか?」
「ここでの取引は基本的に臓器です。裏にそこらの病院より何倍も整った施設がありましてね」
そういえば、聞き込みではこの廃屋には開かずの扉があって、その扉が異界に繋がってるって話だったっけ。
まさか、開かずの間の正体が臓器移植のための手術室とは思わなかったけどな。
それにしても、こいつら人身売買と臓器売買の両方をやってたのか。道理で話がチグハグな気がしていたんだ。
そしてその情報を明かすってことは、俺たちに絶対逆らわせない自信があるってことなんだろう。
「おっと、もうこんな時間ですか。君たち、彼女をお連れして」
例の開かずの扉が開いて、そこからベッドが運び込まれてくる
「しずく!」
ベッドにはしずくが寝ていた。さっきまでの俺のように、薬で眠らされているらしい。
「しずくをどうするつもりだ!?」
「言ったでしょう。我々のビジネスは臓器売買です。当然、主な目的はしずくさんの臓器を頂くことですよ」
しずくを殺して臓器を奪うだと!?そんなことさせるもんか!
「最も、心臓だけはそこの、たかしさんに提供することになりましたが」
ヤクザの男が妙な事を言った。心臓をたかしに提供?どういうことだ?
そこでピンと来た。たかしには麗美ちゃんという病弱な妹がいる。
そういえば最近はずっと入院したままだけど、病状が俺の思ってるより悪いんだとしたら…。
「たかし、まさかお前」
「麗美がさ」
「日に日に弱っていくんだ」
「最近はもう意識も朦朧としてて会話もおぼつかない」
「でも心臓さえ移植すればよくなるって医者は言っててね」
「けど心臓なんて誰でも欲しがるだろ?ドナーの順番なんて来やしない」
「その間に麗美は弱っていって、医者もここから数日がヤマだ…なんて」
「俺はさ…もう臓器を手に入れるためなら、手段を選んでられないんだよ」
「例えしずくの命を犠牲にしても…ね」
たかしがここまで追い詰められてたとは…。それに麗美ちゃんの症状がそこまで悪かったとは思わなかった。
だが、だとしたら余計にこのまましずくを死なせるわけにいかない。
まず、さっきも言ったが高校生が暴力団相手に騙されずに取引しようなんて無理な話だ。
どう考えても、しずくの心臓を麗美ちゃんに移植してもらえるはずがない。
それに犯罪の片棒を担げば、当然たかしは捕まる。そうなったら例え生き残っても確実に麗美ちゃんは悲しむ!
けど、麗美ちゃんが死にそうなせいで、たかしはまともな判断ができなくなってるっぽいな。説得は難しいかも知れない。
第一俺は猿轡と目かくしは外してもらったものの手足は拘束されたままだ。
「ま、待て!!麗美ちゃんのことは…わかるが…でも待て!!
こんなやつらが約束なんて守るわけないだろ!」
「下手したら手術にかこつけて麗美ちゃんの臓器まで奪うつもりかも知れないんだぞ!」
俺は湧き上がってくる感情とともに、思ったことをぶちまけた。
「いやいや、茂。この方たちはすばらしい紳士だよ。それに優れた商売人でもある。
知ってるかい?商売人は信用第一。決して約束を破ったりはしないんだ」
「人として最低限のモラルも守れない奴らが、約束を守るもクソもあるか!!」
奴らはこの法治国家で人殺しを前提とした商売を行っているんだ。
誰もが守るべき法律というルールを堂々と犯しているやつらが、他人との約束を
わざわざ守るとは思えない。守るとしたら自分に都合の良いときだけだろう。
そしてしずくの心臓を麗美ちゃんに移植することは、やつらにしてみれば無駄に商品を失うってことだ。その損失と同等以上の、しかも継続的な見返りがなけりゃ、約束を守る意味がないだろう。
「いやいや彼らは約束を破ったりしないさ。彼らに十分な儲けがでるよう、
俺も協力することにしたからね」
「協力たって、普通の高校生に臓器売買の手伝いなんかできないだろ?」
相当ヤバい裏のコネか、高度な医療技術でもないと臓器売買の手伝いなんかできないと思う
「それがあるんだよ!俺とお前にもできることがさ。藤田さんは、それを条件にしずくの心臓を麗美に移植する許可をくれたんだ」
藤田ってのは、この礼儀正しいけど威圧感のすごいヤクザのことだろうな
「条件だと?」
「ああ、そうさ。条件ってのはね、俺がこの手でしずくを殺すことさ」
その言葉にはもはや絶望しかなかった