二つの鍵と『タイム・ディストピア』
【愛界 宇宙ダンジョン 最下層 第五十階層 深層心理の迷宮 ツバサの部屋】
茂は皆の顔を見回して、自分に注目が向いていることを確認した。そして、ツバサたちのキスについて、ゆっくりと語り始めた。
「そう、あのキスの理由だ。そして、今俺があいつらの力を使えていることも……!!」
「キスの理由?」
キスというのは、心が惹かれ合ったからしたんだと思ったが、よく考えれば体が自動的に引き付けられていたのはおかしい。もちろん体が輝いたのもおかしいけどね。
茂の言うように、あの時、何かが起こったってことだ。二人しか分からない何かが!
そしてそれが何なのかわからないと、鍵モンスターが求める『キー』ワードはわからないんだろう
「ああ、やっぱりわかって無かったのか『黄金同調』のことを」
知るか!そんなもん!!今初めて聞いたわ。
「つまり二人が思い合うことで、何らかのパワーが同調し、そのせいで体が輝いたり引っ付いたりしたってことか?」
「それもそうだか、重要なのはそこじゃない」
「黄金同調が起こるのは、二人が心の中で同時に『キーワード』を思い浮かべたときだ。その時の二人にとって、最も重要なキーワードをな」
なるほど。『最も重要』なキーワードを『同時に』ってのがポイントなんだな。
そして、そのとき思い浮かべた言葉こそ、今『鍵モンスター』を突破するための『キーワード』になるんだろう。
「おそらくだが、この部屋は、今の記憶で『黄金同調』を起こした時に生成されたんだ。大事な思い出をしまっておくための宝箱としてな」
「そして『キーワード』を心に浮かべることで、鍵を開き思い出に浸ることができる。人格を無くしてなければな」
なるほど。本当なら、コメットが自分で思い出すための『鍵』なのか。だが、今のコメットではそれができない。人格が壊れてしまってるもんな。
「だから、今回は俺たちが無理やり鍵を開いて、思い出に浸らせてやらないといけないってことなんだろう」
つまり、三つの『キーワード』を見つけて、コメットを恋人との『三つの思い出』に浸らせることで、心の扉が開くってわけか……。
だとしても、とにかくツバサのキーワードがわかんなきゃどうしようもないな。
「それで、その『キーワード』は何なんだ?今の口ぶりからすると、ツバサのキーワードが分かったんだろ?」
「ああ、そうだな。ツバサたちは『共に守りあう』ことと『互いをヒーロー』だと感じていたようだ。多分、そこが一番重要だ」
ふむ、つまりキーワードは……守りあう……ヒーロー?
そう考えたときに、何かしっくりくるものを感じた。この言葉が最もコメットとツバサの関係を表していそうだ。
「そうか!!『守りあう英雄』それがキーワードなんだな!!」
俺がそう言った瞬間、鍵モンスターが黄金色に輝いた。
そして部屋中にコメットの声が響いた!!
『う……あ、ああ。そうか……。そうだったな。ツバサ……思い出したぞ!!』
鍵モンスターの身体がさらに輝き、周囲に光を放った後、一気に収束した!
「か……鍵!鍵だ!!鍵になったぞ!!」
鍵モンスターは、ツバサのフィギュアみたいなものが意匠としてついた鍵に変化した。これが『ツバサの鍵』なのか。
俺は鍵を手に取り、見つめた。これが三つ揃えば、コメットの意識を目覚めさせることができる。
「これをあと二つ手に入れれば、心の扉とやらが開けられるわけですな」
そう言った正利の方を見返して、俺は言った。
「ああ、あと二つだ。次は『愛美の鍵』だな」
とりあえず一つ目は何とかなったな。茂の機転のおかげという気はするけどね。
愛美の部屋やハルナの部屋でも誰かが機転をきかしてくれるとは限らない。自分で乗り越えるという、覚悟をして臨んだ方がいいだろう。
「やったわね!まさか本当に鍵を手に入れられるなんて思わなかったわ!!」
愛美も大喜びだ。まあ何百年も、何も進まなかったことが、どうにかなったんだから、そりゃあ嬉しいか。
「ああ!!この調子で、『愛美の鍵』や『ハルナの鍵』も手に入れてしまおうぜ!!」
愛美は涙を流しながら『うん……うん』と頷いている。
そのとき、部屋の中心が大きく光り、俺たちは部屋の外にワープさせられた。
【愛界 宇宙ダンジョン 最下層 第五十階層 深層心理の迷宮 】
「どうだった!?」
部屋の外に出ると、ツバサが心配そうにかけよってきた。
俺はツバサに向かって鍵を見せながら言った。
「ああ!やったぞ!!ほら、これが『ツバサの鍵』だ!」
ツバサは鍵を手に取り、まじまじと眺めた。
そのとき、鍵が黄金色に光った!
「わっ!何これ?」
「多分、『キーワード』を思い浮かべたんだろ。この鍵はツバサが『キーワード』を思い浮かべるとツバサとコメットに思い出を思い出させるらしいぜ」
なるほど。だとすれば、コメットの心に刺激を与えるためにも、鍵はツバサに持たせておいた方が良さそうだな。
「ええ?この鍵が思い出を?そうか、心の鍵だもんね。じゃあ、鍵の仕様はまるきり信孝の言うとおりだったんだね」
「概ね、そうだな」
とりあえず、何をすればいいかはわかったからな。『NO.3』が悟空を足止めしてくれてるうちに、早いとこ残り2つの鍵を集めよう。
「じゃあ、次は愛美の部屋だな。ハルナの部屋は情報共有が大変そうだからね」
俺がそう言うと、愛美はコメットとの思い出について語り始めた。俺たちも、愛美の記憶でみた情報と整合性を取っていく。
そうして情報交換をしながら、歩いていき、ついに愛美の部屋の前まで来た。
「ここが愛美の部屋か。多分、部屋の仕様は同じなんだよな?」
「僕達が前に来たときは、他の部屋と同じだったよ」
だとすれば、何かで変化してない限り同じってことだな。恐らくは、今回も鍵モンスターの前でキーワードを言えば、コメットと愛美の思い出がよみがえるはずだ。
「じゃあ、私は入れないけど、皆 頑張ってね!」
愛美が、力強くそう言って俺たちを送り出した。
【愛界 宇宙ダンジョン 最下層 第五十階層 深層心理の迷宮 愛美の部屋】
愛美の部屋に入ると、やはり部屋の奥に鍵モンスターが鎮座していた。
今度のモンスターは黒い体毛はツバサの時と同じだが……。
ツバサの鍵モンスターがネコ科っぽかったのに対して、愛美の鍵モンスターはイヌ科っぽいな。
黒毛の巨大なフェンリルってとこか?
これも愛美がモデルになってるんだろうか?本物の愛美は、見た目だけなら和風美人と言う感じだ。ノリが明るすぎて大和撫子とは呼び難いけどね。
さて、コメットと愛美の恋愛には、結構インパクトの強い場面が何度もあるんだよな。
それでも、やっぱり一番の見せ場と言えば、ルシア戦でコメットの過去に触れ、愛美だけの魅力を語り、二人が魔神になったときだ。
俺たちは精神を集中し、あの瞬間を状況再現する!!
【愛美とコメットの思い出】
あのとき、コメットの過去を見た愛美は、コメットが『家族を理不尽に殺された』ことと、『家族のような存在の愛美を殺されたくない』ことを知った。
それに感動した愛美もまた、コメットを家族のように思っていた。
だが、恋人として限界を超えるために、『愛美自身の魅力』を語るようにコメットに迫った!惚れた理由を示させたわけだ。
そして、その『愛美の魅力』とは……!!
コメットは魔獣になって、ほとんど発生器官がない状態で必死に語った!
「そ、そうだ……。て……天真爛漫」
愛美は、突然の四字熟語に意味を理解できず、コメットは何とかその思いのたけを伝えようとして、必死にこれまで抱いてきた想いを言葉に変えてぶつける!
「嬉しいときには喜び、悲しいときに泣き、イライラしたら怒り、楽しければ笑う」
「そんな風に、感情を一切隠さず、言葉と態度に現す!その純粋さに、僕は惹かれた!」
「そして、この魔界で本当に辛くなったときは、心の底から僕を頼ってくれていた。」
コメットの想いは、いつでも自由な愛美の性格への憧れだった!!
そしてそんな愛美に頼られたことで想いは爆走した!!
「そ、そして何より!!今、今 君は『僕を助けたい』と言った!!」
「僕がこれほど君を守りたいと思っている中で、君も僕を助けたいと言った!!こんな人には会ったことが無い!!」
共に助け合うことを願ったのは、ツバサのときと同じだけど大きく違うのは二人はお互いを夫婦だと思っていたことだ。
これによって、二人は唯一無二の存在となった!!
「だから、君じゃなきゃ!愛美じゃないとダメだ!!愛美しかあり得ない!!」
この時、二人の身体が黄金に輝き始めた。黄金同調だ!!
そして黄金同調で身体が引っ付き合う前に、二人の身体は愛の進化を起こし、『魔神』になった。
【愛美とコメットの思い出 終わり】
俺は状況再現を止めて、『キーワード』について考え始めた。
恐らくは、黄金同調を起こす直前の台詞が『一番の思い出』になっているはずだ。
だとすれば……!!
俺がそう考えた瞬間、ツバサの部屋と同じように鍵モンスターが輝き始めた。
『二人の思い出の中で、二人にとって最も『重要な点』を述べよ』
さて、ここからが重要だ。
会話の中に出てきた言葉で、候補になりそうなのは『天真爛漫』『夫婦』そして、『助け合う』あたりか。これらを組み合わせたようなキーワードの可能性が高い。
そう考えていると、突然 正利が妙な声を上げた。
「あ、あああ~!!ああああ~~!!!!」
俺は愛する恋人が狼狽する様子にいてもたってもいられなくなり、キーワードを考えるのを中断して、正利に声をかけた。
「ど、どうした?正利? 何かあったのか!?」
「そうか!そうだったのですね!!わかりますぞ!『天真爛漫』や『夫婦』ではない、二人が思い浮かべた『キーワード』が!!」
俺は正利の言葉に驚愕し、体が震えた!!
俺の考えていたキーワードを、全て正利が否定したのだ。だが、正利も思慮深い男ではある。彼なりの考えがあるはずだ。
そして、それは恐らく俺の気づいていない盲点を突いている。
「ほ、本当か?」
「ええ!!信孝様と『あの経験』をした私だからこそ!思い至ったのです。私たちの愛の勝利と言っていいでしょう!!」
その言葉に俺の体は打ち震えた!!汗が全身から流れ、全身が小刻みに震える……!!
「そ、そうか!!わかったぞ!だとすれば、二人のキーワードは……!!」
「「開拓者だ!」」
二人の言葉が重なった。そう、開拓者だ。俺たちがそう考えた理由は……!!
俺たち二人にとって、忘れえぬ思い出、あの『プロポーズ』のときにある。
あの時に、二人が心の中で抱いていた意思!!
愛をパワーに変えて、どこまでも『強力なパワーを持って筋を通す』
コメットと愛美が抱いていた思いも同じだ!!『強力なパワーで無限の未開拓領域に挑戦する』!!
自分の知らない『恋愛の世界』をどこまでも開拓したい、愛美の想いと、自分の知らない『ダンジョン』を開拓したいコメットの想いが一つになったんだ。
「だから、開拓者!!二人は家族として夫婦として想いあい、お互いの望みを遂げようという決意を固めた!!」
「それが共通の目的、『未開拓分野の開拓』だったというわけですな」
そのとき、俺たちの『開拓者』という言葉に反応して、鍵モンスターが黄金色の光を放った!!
そして、コメットの声が部屋 全体に流れる!
『そうか、俺たちは共に『開拓』をしようとしていた!!ああ、愛美!!思い出したぞ!!』
そして、鍵モンスターの身体が収縮し、そこには愛美の意匠がついた鍵が落ちていた。
「やった!これで……」
俺がそう言おうとした瞬間、突然 部屋全体に巨大な爆発が起きた!
俺は無我夢中で愛美の鍵を握りしめた。一体、何だ?
この部屋は、茂が言ったように思い出をしまっておく宝箱だと思う。
だから、手順通り鍵を手に入れられれば、危害を加えられるはずはないんだが……。
「まずいな、こいつは悟空の気配だぜ」
茂が、『ゼロ次元』の力で爆発を吸収しながら言った。
「悟空だって?だが、悟空は『NO.3』が食い止めてるんじゃないのか?」
俺がそう言った瞬間、俺と茂の頭に言葉が入り込んできた。
――――システムメッセージ――――
システムNO.3からシステムNO.1とシステムNO.2へ
“ゴクウ ムジュンヲ マナビソウ モウジカンナイ”
その言葉に俺は一瞬、思考が停止した。何だ?何を言っている?悟空が矛盾を学びそう?
「こいつは思ったよりやばそうだな。今はNO.3が『矛盾魔法』で悟空を食い止めてるんだろうが、悟空が『矛盾魔法』を学びつつあるとなると……」
「つ、つまり『時間軸を作る』力に加えて『矛盾』の力も手に入れた悟空が、俺たちを攻撃してくるってことか!?」
それはまずい!!時間軸を作れる+俺たちの行けない時間軸にいるってだけでも手の打ちようがないのに、それをどうにかできる『矛盾』の力まで手に入れたら全ての宇宙、全ての時間は完全に悟空に支配されてしまう!!
あらゆる行動が悟空によって制限される管理社会……い、いやあらゆる時間が悟空によって管理される時間管理社会か……。
「ダメだ!そんなことになる前に、一刻も早く最後の鍵を手に入れて、コメットを目覚めさせないと!!」
「そうだな。どっちみち俺たちのやるべきことは同じってわけだ」
茂がそう言った瞬間に、俺たちの身体は愛美の部屋から外へワープさせられた。