ランクマッチ・スタジアム~勝てば魔神になれる!~
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【エルフ神聖王国 石狩領 上川郡 真愛の神殿】
「このダンジョンにいないはずって、どういうこと?」
「この真愛の神殿には、魔界につながる『ワームホール』があるだけのはずなんだ。あのモンスターは『バグ』だね。何かがあって、ここに住み着いた……ダンジョンとは関係ない生物だ」
なるほど。長年ダンジョン探索してるコメットくんが見ると、違和感があるってことね。
「でも、実際とおせんぼしてるんだから、どけないと進めないんじゃないかしら」
「いや、『ワームホール』の位置はすでに確認した。一旦、あそこにワープすれば、こいつと戦わずに魔界に行けるはずだよ」
そっか、コメットくんにはワープがあるのよね。一瞬で出口まで移動できるんだったら、あの黒いやつと戦う必要ないわ。
そう考えていると、コメットくんが空間に穴を開いた。
「ほら、こっちだよ」
そう言って、コメットくんは私の手を引き、穴の中へと導いた。
そして穴を抜けた先に、別の穴があった。これが魔界に繋がるワームホールかな?
「ここから魔界に行けるの?」
後ろでは、まだ黒い何かが蠢いているみたい。行くなら早く行った方が良さそうね。
「ああ、そのはずだ。そして、魔界には魔神になる方法があるはずだ」
コメットくんは、嬉しそうにワームホールを見つめている。魔神になった未来を想像してるのかな?
そんな風に思ってたら、急に手を引かれた。
「よし!行こう!!」
コメット君はそう言って私の手を引っ張りながら、魔界に通じるっていうワームホールに入った。
続けて私も入ると、いきなり目の前が『ぐにゃぐにゃ』になった。
そして、しばらく『ぐにゃぐにゃ』が続いたあと、少しずつ目の焦点が合ってきた。
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【魔界 魔帝国 デスデーモン 首都 ツネザリア ランクマッチ・スタジアム】
その瞬間、周囲に聞いたこともないほど大きな声が響き渡った。
「あーっと!!ここで新しい転移者があらわれたーー!!」
周囲を見渡すと、広い空き地を取り囲むように円形状の座席が設けてある。ここが魔界なのかしら。
そう思っていると、コメットくんが顎に手を当てて『うーん』と言った。
「なんだか、昔のコロッセオみたいな施設だな」
私はコロッセオという言葉に聞き覚えはなかった。でも、コメットくんはこの施設に心当たりがあるみたい。
コメットくんにこの施設のことを聞こうとしたけど、その直前、私たちの足元に奇妙な模様が現れた。
それは黒い光を放って私たちの身体を包んだ。そしてしばらくすると消えた。
「鑑定魔法によると、転移者の氏名は男の方が『コメット』、女は『マナミ・タチバナ』です!それでは早速、転移者に対し説明魔法によるルール説明を行います!!」
大きな声がそう言った瞬間、私の頭の中に情報が流れ込んできた。どんな仕組みになっているのか全くわからない。
【ランクマッチ・スタジアムのルール】
1.転移者は必ずランクマッチ・スタジアムに飛ばされる
2.転移者はA~Eの『バトルランク』に分けられる
3.同ランクの選手を三回倒せば上位ランクに上がれる
4.同ランクの選手に三回負ければ下位ランクに下がる
5.Eランクで三回負けると、奴隷落ちになる。
6.Aランクで三回勝つと、魔神への挑戦権が得られる
7.魔神に勝った者は、新たな魔神になることができる
8.スタジアムには、死に至るダメージを無効化する機能がある
9.スタジアムにいる間の衣食住は保証される
10.スタジアムから逃亡した者は処刑される
あまりにも不条理な条件に、私はあんぐりと口を開けて呆けていた。すると、コメットくんが大声で抗議をした。
「こ、こんな条件が認められるか!僕は戦えるとしても、愛美は一般人だぞ!!」
そうよ!私は普通の女の子だもん。突然、三回負けたら奴隷だ。戦えと言われても、そんなの無理だわ!!
でも、これって抗議したからと言ってどうにかなるとも思えないわよね。だって『逃げ出したら死刑』なんて言うくらいだもん。きっと、この施設には選手よりも強い警備がいるんだわ。
だったら、戦う?そんなの、いくらなんでも無茶だわ。コメットくんがどのくらい強いのかわからないけど、私を守りながらじゃ、まともに戦えるとは思えないもん。
そうやって私がひたすら悩んでいると、そんなことお構いなしに、あの大きな声が響き渡った。
「さあ!新転移者の相手をするのは、先週 転移してきた流浪の剣豪『カゲキヨ・ヤナギ』だ!!」
声がそういうと、私たちから見て反対側の門から、刀を持った三十代くらいのおじさんが出てきた。
だらしなく腰まで伸びた黒い髪、伸びっぱなしのヒゲ、ボロボロの服に汚れた体。
何もかもが、すごく不気味だ。とても怖い。
「刀は全てを語る。刀は命を紡ぎ、そして絶つ!!我は刀を愛し、刀のために生きる!!」
虚ろな目をした、そのおじさんは私たちの方を見て、舌なめずりをした。
「今宵の刀は血に飢えておる。うぬらの血をたっぷりと吸わせてもらうぞ」
おじさんがそう言うと、例の大きな声が試合開始を告げた。
「では本日の第一試合、『カゲキヨ・ヤナギ』VS『コメット・愛実コンビ』!!試合開始!!」
とうとう、戦いが始まってしまった!!私はどうすればいいの?そう思っていると、コメットくんは神妙な顔つきで『やるしかないか』と言った。
冷静なフリをしてるけど、コメットくんの額からは汗がダラダラ流れている。息も苦しそうだ。
そう思っていたら、コメットくんは私の方に向き直り、とても苦しそうなのに無理やり笑顔を作った。
「愛だ。ねえ、愛美。今から、僕のことだけを考えていてくれ。愛美のすることは、それだけでいい」
私はびっくりした。コメットくんのことを想うだけでいいの?剣士のおじさんは、今にも攻撃してきそうなのに、本当にそれでいいのかな。
「で、でも、今からあのおじさんと戦うんでしょ?私も戦わなくていいの?」
「いや、愛に集中することが、君の戦いだ。二人の愛識が……いや、説明は後にしよう。とにかく君が愛を念じるほど、僕の使える力は上がるということだ」
よくわからない。でも、とにかくコメットくんを信じてやってみるしかないわ。どう考えたって戦いのことは、私よりコメットくんの方が詳しいもん。
きっと愛を念じれば『魔法』のような特別な力が働くんだわ。愛で戦うなんて、恋愛っぽくていいじゃない!!
よし!念じてみよう。コメットくん……コメットくん……。
宇宙を旅して、ダンジョンをめぐる……カッコいい!お星さまからやってきて、空から落ちても全然平気で……。不思議で自由で強い!!
コメットくん……。
「よし!それでいいよ!そのまま念じていてくれ!!」
『愛の機関銃』
コメットくんがそう叫ぶと、彼の回りにピンク色の小さな弾が無数に浮かんだ。
「こいつを食らえ!!」
そして、すべての弾がおじさんに向かって、ものすごい速度で飛んで行った。
「愛の機関銃の弾はマッハ7だ!!絶対、誰にも避けられない!!」
「無念無想、心を清らかにすれば、刀はおのずと動く」
おじさんの刀が黒く、怪しく光った。その瞬間!!
「ば、馬鹿な!?」
おじさんの刀が目にも止まらない速さで、コメットくんの放った弾を一つ残らず切り刻んでしまった!!
それを見たコメットくんは、愕然としてうなだれた。非常に動揺して、体はガクガクと震えている。
「ぼ、僕の弾はマッハ7だぞ。やつの剣速は、それをはるかに上回るっていうのか!?」
私も体が震えてきた。怖すぎて、愛を想うのに集中できない。まずい!私が集中しないとコメットくんの力も下がっちゃうのに!
「お前たちは戦いにかける想いが足りない。それでは我に敵うはずもない」
『銀河断裂斬』
おじさんがそう言うと、周囲の空間が刀によって断ち切られた。周りの背景が、どんどん細切れになっていく。当然、私たちの身体も細切れに……。
「はっ!?」
「勝負あり!!カゲキヨ・ヤナギの勝ちとします!!」
い、生きてる?私たち、生きてる。そ、そうか。確かスタジアムには、死に至るダメージを無効化する機能があるんだっけ。
でも、ホントなら今の攻撃で死んでたんだ。
怖い……。コメットくんは、こんな世界で生きてるのかな。
愛を貫きたいけど、死んだら元も子もないよね。
私、どうしたらいいんだろう。
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【魔界 魔帝国 デスデーモン 首都 ツネザリア 選手寮】
「愛美!ねえ、愛美ったら!!」
コメットくんに声をかけられて、私は目覚めた。ここはどこだろう?
周りを見渡すと、床には絨毯が敷き詰められている。それに、そこそこ立派な家具が置いてある部屋だ。
「ここは……?」
「ここは、ランクマッチに参加する選手が住む、寮だよ。僕達は試合の後、気絶したんだ。そして、救護班が『選手寮』の僕達に割り当てられた部屋に運んだそうだよ」
そっか。そういえば衣食住は保証するなんて言ってたっけ。じゃあ、このお部屋がしばらく私たちの家になるのね。
私たちに割り当てられたお部屋は、5、6室ほどに分かれていて、各部屋が八畳くらいはある。私のいたお屋敷より広いかも知れない。お庭はないけどね。
「奴隷落ちや魔神化をしない限り、いつまででもここに居ていいらしいよ。もっとも歳をとって戦えなくなれば、いつかは奴隷落ちするだろうけど」
怖いこと言うなあ。でもそれは事実だわ。なんとか、奴隷落ちを防ぐ方法を考えなきゃ。
そして、そのためには元気なうちに、『Aランク』になって、魔神を倒すしかないのよね。
でも、Eランク同士で、ここまで実力差があるんじゃあ、どうやって勝ち抜けばいいか全然わかんない!
私は、この先どうしたらいいかわからなくなって泣きそうになった。
そして、すがるような目でコメットくんのことを見た。
すると、コメットくんは随分落ち着いた表情をしていた。後二回負けたら奴隷落ちだっていうのに。
もしかしたら、何か勝つ作戦があるのかな?
「コメットくんは、落ち着いて見えるけど、何か作戦があるの?」
私がそう言うと、コメットくん親指を立てて、『バッチリだ』と言った。
「ああ、チャンピオンに話をつけて、直接指導してもらえるようにしたんだ」
チャ、チャンピオン……って一番強い人って意味だよね!?そんな人が一体どうして、Eランクでボロ負けした私たちに指導してくれるの!?
「チャンピオンは、酷いダンジョンマニアでね。僕の話を聞いたら、奴隷落ちさせるわけにいかないって躍起になってくれたんだ」
チャンピオンがダンジョンマニア!?マニアっていうのは、すごく好きな人って意味かな?
そっか、チャンピオンがコメットくんと同じ趣味の人なら、助けてくれてもおかしくないかも知れないよね。
そう考えていたら、『トントン』と部屋の扉が叩かれる音がした。
「おや、ノックだ。誰か来たのかな」
そっか。扉を叩くのは、誰かが来た合図なのね。なんて考えていたら、とてつもなく綺麗な女性が入ってきた。
金色の髪が腰まで伸びている。目が青い。身長が高い……そしてお胸が大きい。
「えっと、この人は?」
「ああ、チャンピオンのルシアさんだ」
そう言われた瞬間、私の頭の中が真っ白になった。
ええと、チャンピオンが女性で?コメットくんとまるきり同じ趣味で?私たちの指導をしてくれる…?
それってちょっとアレじゃない?
コメットくんが、ものすごく気に入られてるのもアレだけど。
綺麗なお姉さんに、誘われてホイホイと受け入れちゃったのよね?
ものすごくモヤモヤするんだけど。
そのことを口に出しそうになって、思いとどまった。だって、コメットくんは二人で生き残るために、私を奴隷にさせないために、チャンピオンに話をつけてくれたんだもの。
決して下心は……ないはず。だったら文句をつけるのは筋違いだもんね。
私はできるだけ、怒りや不安を顔に出さないように、ゆっくりと笑って、ルシアさんに挨拶をした。
「こ、こんにちは。私は橘愛美です」
「ええ、こんにちは。私はルシア、このランクマッチのチャンピオンよ」
聞けば、ルシアさんはAランクになってからも、ひたすら連勝を続けているらしいわ。それで、何度も魔神に挑んでいるけど、まだ勝ててないんだって。
「でも、いくら趣味が合うからって、どうして私たちを指導してくれるんですか?」
私がそういうと、ルシアさんはちょっと顔を赤くして、早口になりながら言った。
「それはもちろん、コメット君の才能が抜群だからね。愛で弾丸を作ってマッハで飛ばすなんてユニークだし、初参加にしてはものすごく強いし、冷静だしそれに顔もいいし!すごく好みの……」
ルシアさんは、そこで言葉を区切って咳ばらいをした。
んんん?これは気に入っているというかもしかして?
私は、あまりにデレデレのルシアさんを見て、なんと言っていいのかわからなくなった。そして、しどろもどろになりながら、何とか言葉を絞り出した。
「ず、随分コメット君がお気に入りなんですね」
「ふふふ、そうね。彼なら、魔神にだってなれるかも知れないもの。これからは、私が付きっ切りで特訓してあげるわ」
付きっ切りで、という言葉に私は強く反応した。ルシアさんとコメットくんが二人きりで付きっ切りで特訓?
ルシアさんの態度は、コメットくんに惚れているように見えた。このまま二人っきりになんてしたら、コメットくんがひたすら口説かれてちゃう!私がコメットくんの『彼女』なのに!!
「ありがとうございます。さっき少し指導を受けただけでも、随分強くなった気がしますし、このままいけば魔神も遠くないですよ!!」
コメットくんは、私が寝ている間に、もう特訓ってのをしてたみたい。
それにしたって、そんなすぐ強くなるものなのかな?
ルシアさんの態度と、急激な強化に違和感を感じた私は、コメットくんにそのことを伝えようとしたんだけど……。
それより早くコメット君が言ったの。
「ねえ、愛美。僕 強くなるよ!絶対に君を奴隷落ちなんか、させやしない!!魔神化も重要だけど、まずは君を守ることだ!」
……ダメだ。嬉しい。まずいなあ。このままルシアさんと二人きりにしたら、絶対何か起こるよ。コメットくんにその気が無くたって、ルシアさんがバリバリ押してくるはずだもん。
でも、しょうがないか。それに上手くいけば魔神化できるんだよね。もっと強いダンジョンに行くための強化ができるんだ。
それはコメットくんの夢なんだもんね。
こうして、この日からコメットくんは毎日ルシアさんの部屋に出かけて、『秘密の特訓』をするようになった。
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【魔界 魔帝国 デスデーモン 首都 ツネザリア トレーニングルーム】
私は、ルシアさんに言われて『とれーにんぐるーむ』というところに来ている。
『この部屋に入ると、五感が著しく制限される。その状態で『愛』に集中することで、『愛識』を感じ、自由に使えるようになれ』
って言われたんだけど、この部屋はすっごく不快だ。五感が制限されるのが、こんなに辛いなんて思わなかったわ。
んー……
何とか愛に意識を向けようとするけど、無理ね。何を考えていても部屋の効果で、気がそれちゃうもん。
別のことを考えるってわけでもなくて、さっきまで考えてたのに、いつの間にかボーっとしちゃうんだ。
こんなこと続けてて、強くなれるのかなあ。
ひたすら特訓をしてると、どうしてもコメットくんのことを考えちゃう。それが恋心だけなら、きっと強くなるのに役立つんだろうけど。
ルシアさんと何してるんだろうとか。もしかしてイチャイチャしてるんじゃないのとか。大きいお胸を見てニヤニヤしてないかなあとか……。
モヤモヤした気持ちがどんどん浮かんできちゃうのよね。
しかもこういう『嫉妬心』はあんまり、部屋の効果で打ち消されないみたいだし。
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【魔界 魔帝国 デスデーモン 首都 ツネザリア 選手寮 コメット・愛美自室】
【それから何日か経って】
私は、どうにか今日も訓練を終えて部屋に帰ってきた。
「今日も、コメットくんは遅いのかな」
ルシアさんの部屋に通い始めてから、コメットくんはずっと帰りが遅い。深夜に帰ってくるので私はもう寝ちゃってることが多いんだ。
だって12歳だから、寝ちゃうのはしょうがないでしょ?
朝はお話できるけど、それもルシアさんの話が多い。彼女がどんなに強くて、どんな特訓をしてもらったか。そしてコメットくんがどれだけ強くなったかを延々と話すの。
コメットくんが強くなった話は、まあ楽しいんだけど、ルシアさんの話が続くとイライラしちゃう。
でも、コメットくんは私を奴隷落ちさせないために、戦ってくれてるんだよね。文句なって言っちゃダメだ。それに私自身も自分を守れるくらい強くならなきゃ。
そんな風に考えてたら、部屋の隅にある機械が激しい音を立てた。
トゥルルルルルルル……トゥルルルルルルル……
この機械は『電話』と言って、魔界では普通に使われているんだって。何と!お互い電話を持っていれば、離れたところにいても話せるんだよ。すごいよね。
私は受話器をとった。多分、コメットくんからの連絡かな?もしかしたら『ランクマッチ』運営側からの連絡かも知れない。
「も、もしもし?」
電話での会話には、まだ慣れていない。どうしても声が上ずってしまう。
「ああ、愛美だね。僕だよ」
コメットくんだ。良かった。知らない人が相手だったら、どうしようかと思ったよ。
「すまないが、今日はルシアさんの家に泊まることになった」
…………………は?
私の怒りが頂点に達した。