星の君(ほしのきみ)とダンジョン・プリンセス
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833年5月 愛実 12歳 嘉智子(姉さん) 15歳
【山城国 橘家 前庭】
私はあんまりにもびっくりしたせいで動けないでいた。
父上に天から巨大な岩が降ってくる『隕石』というものを教わったことはあるけど、天から人間が降るなんて聞いたことない。
それに、人間は高いところから落ちたら死ぬはずだもん!
私は目の前で起こっていることが信じられなかった。
けれど、日常からあまりにもかけ離れた光景に、すごく興味をひかれた!
そして私は……よせばいいのに、そのとてつもなく怪しい少年に声をかけた。
「あ……貴方は……?」
私が話しかけたので、少年はこちらを見た。そして腕を組み、首を傾げてからこう言った。
「名前か……。僕達の星では名前を名乗らないんだ。強いて言うなら『認識番号00938』だけど」
……変な人だ。名前がない?認識番号??一体どういう人なんだろう。
それより、彼は気になることを言った『僕達の星』って言ったよね?
「僕達の星って何?あなたはお星さまから来たの?」
すると、突然その少年はこちらを見た。
「ん?ああ、そうだよ。ワームホールを開いて、ワープしてきたんだ。ここから4光年も離れていないとこだよ」
少年が言ったのは、距離の単位だと思うけど、私が聞いたことがない単位だった。私はあまり考えもせず、単位の意味を聞いてみた。
「よん…こうねん?それってどのくらい遠いの?」
「ああ、えーとここの言葉だと」
少年は何か鉄でできたものを弄ってから、答えた。
「そうそう。一光年が二兆三千億里くらいだから……ざっと十兆里というとこだね」
「じゅっちょう……り?」
私は、数の想像がつかなくてクラクラしてきた。一里がどのくらいかはわかるけど、十兆なんて数値は聞いたことがない。
彼の言うことが本当だとしたら、彼はお星さまから……少なくともお星さまくらい遠いところから来たってことになる。
天から落ちても死なない人、遠くから『わーぷ』してきた人、そしてお星さまから来た人。
何とも言えない不思議な存在に私は興味を惹かれた。
心がワクワクしてきた私は、彼を質問攻めにした。
「『わーぷ』って何?どうしたら、そんな遠くから来られるの?」
「どうして日ノ本に来たの?目的は?」
「どうして高いところから落ちても死なないの?」
………………………………………
それらの質問に彼は一つずつ丁寧に答えてくれた。それは私の常識を根底から覆す答えばかりだった。
1.ワープは空間と空間を繋ぐ『穴』を作り、一瞬ではるか遠くへ移動する技術
2.彼は『宇宙冒険家』で宇宙中にある『ダンジョン』を攻略している
3.地球にあるという『真愛の塔』と『神愛の塔』というダンジョンをクリアするために来た
4.『LOVE』が高いと肉体も強化されるため、少々のダメージでは死なない。
もしウソや冗談だとしたら、あまりにも出来過ぎた話だ。けど、もしこれが本当なのだとしたら……!!
彼こそ、まさに私の理想の男性!!お星さまから来た『星の君』!!
胸がときめく……これが『もののあわれ』なのかしら。
よし!ここね。ここが最大の機会よ。自由な恋愛をすると、姉さんと誓ったもん。
今こそ、誓いを果たすときだわ。
それには、そうね。そう。どんな障害も乗り越えないといけないのよね。
今できる最高のことは、すこしでも長くこの人と一緒にいて仲を深めることのはず。
つまり……!
私は覚悟を決めて、自分の思い付きを言葉に出した。
「私をダンジョンに連れて行ってちょうだい」
私が一大決心して発した言葉に対して、この少年はあまり深く考えず、軽く『いいよ』と返した。
そして『さっそく行こうか』と言って、空間に穴を開けた。これが『わーむほーる』らしい。
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833年5月 愛実 12歳 嘉智子(姉さん) 15歳
【エルフ神聖王国 石狩領 上川郡 神居古潭】
私たちが『わーむほーる』を抜けると、そこには……
どこまでも深い森林が広がっていた。その真ん中を巨大な川が流れている。ここはどこなのかしら。
星の君は、ダンジョン攻略のために私たちの星(私たちもお星様に住んでるんだって!)に来たと言ってたわね。
だから、少なくともここは他の星ではないはずだわ。
「ねえ、ここってどこなの?」
「ああ、ここは『真愛の塔』がある神居古潭だ。君たちが蝦夷地と呼んでいる島の中央付近かな」
蝦夷地というのは、父上に聞いたことがあるような気がする。でも、未開の蛮族が住む場所としか知らなかった。
まあいいわ。つまり、この蝦夷地が私の恋の戦場ってわけね!
さて、私はこの男と恋愛しなくちゃいけない。そのためには……。
この『恋愛・虎の巻』が役にたつわ。
この『恋愛・虎の巻』は私と姉さんが研究してきた恋愛の秘訣を解りやすくまとめたもの。これがあれば『星の君』だろうとイチコロよ!
おっと、その前に
「そういえば、貴方のこと、なんて呼べばいいの?『認識番号00938』じゃ呼びにくいんだけど」
これからずっと、彼と旅をするとしたら呼び方は重要だ。
それに何より『認識番号00938』なんて名前じゃ、全然ときめかない!!
「それじゃあ……そうだな。僕のことは『コメット』と呼んでくれ。僕達の星で彗星という意味だ。宇宙を渡り、ダンジョンを制覇する。僕にふさわしい名前だろ」
彗星というのは、よくわからなかったけど、きっと空に浮かぶ星々の一つなのかな?『星の君』は名前も星ってことね。
私はニコニコして手を上げて喜び、彼の名前を褒めたたえた。
「うん、いいわ!!『コメット』くん。素敵な名前ね!」
「そうだろう?星は巡る。僕も宇宙を巡るのさ!」
そう言ってコメットくんは私の手を握った。
「さあ、一緒に行こう。この神居古潭の川底深くに神殿があるんだ。そこの扉をくぐれば『真愛の塔』に行けるらしいんだ」
「川に潜るの?どうやって?」
水練はあまりしたことがない。女性はもちろん、男性の公家でもあまり自由に泳げる人はいないと思う。
「魔法だ」
「え、魔法?」
意味が分からず呆けていると、コメットくんが空中に手をかざした。
すると、私とコメットくんの周りを空気の膜のようなものが覆った。
「ほら、こっちだよ」
コメットくんは、私の手を握ったまま水の中に入っていった。
「ちょ、ちょっと待って!!」
コメットくんに引っ張られて、私も水の中に入った。空気の膜のおかげで全然濡れない。魔法って凄い!
私たちは、そのままどんどん沈んでいった。
……沈んでいく……どんどん沈んでいく
結構長い。な、何か話した方がいいのかな?
『恋愛虎の巻』心得一は「とにかく話すこと」だもんね。会話を途切れさせちゃ駄目だわ。
でも、何の話をしよう?
私は姉さんの言葉を思い出した。
『男と話すべきは相手の夢』
夢か。コメットくんの夢は、宇宙中のダンジョンを回ることだっけ。じゃあダンジョンの話をすればいいのね!
「これから行く、『真愛の塔』ってどんなところなの?」
「そうだね。真愛の塔には、魔界につながる扉があるらしいよ。魔界で試練を突破すれば、魔神になれるんだってさ」
私は、思わず『えっ』と声を上げた。言われたことの意味があまりにもわからなかったからだ。
「ま……魔界!?って何?」
「魔界は異常な憎悪によって神に至った、魔神という生き物が住んでいる世界らしいよ。そこを『クリア』すれば人間も魔神に至れるんだ」
人間が神様になる?そんなことがあり得るの?私の知っている限り、神様は最初から神様だ。古事記なんかではそうだ。
それに……クリアしたらって、コメットくんは魔神というのになるつもりなの!?
「人間が魔神に……なる?」
「ああ、そうなれば今よりはるかにパワーアップできる。そしたら、もっと難しいダンジョンだってチャレンジできるんだ!」
コメットくんはどこまでもダンジョン馬鹿なのね。ダンジョンをクリアする目的が、難しいダンジョンに挑戦することなんて……。本当に不思議な人だわ。
それにしても、人間じゃなくなるなんて怖すぎるわよね。このまま着いてっていいのかしら。
いやいや、こんな理想の男は他にいないわ。いいじゃない。ワープでお星様から来た『星の君』、ダンジョン馬鹿で……強くなるために魔神になろうとしてるなんて。
このまま普通に生きていったら、自由な恋愛なんてできないもの!何があってもいいわ。どこまでも挑戦してみせる!!
そうして私たちは、ついに川底までたどり着いた。
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【エルフ神聖王国 石狩領 上川郡 真愛の神殿】
私たちが川底まで沈むと、そこには大きな神殿があった。その神殿の門には、これまたものすごく大きい扉がついていた。
私は、あんぐりと口を開けて、その巨大な神殿に見とれていた。
「ここが真愛の神殿らしいね」
コメットくんは、扉をペタペタと触り神殿の様子を確かめていた。
「とっても大きな扉だけど、私たちの力で開けられるかしら?」
私がそういうと、コメットくんは大笑いして答えた。
「はっはっは!この扉は力で開けるんじゃないんだよ」
力で開けるんじゃないってどういうことかしら。もしかして開け方にコツがあって、力じゃなくて技術で開けるってことかも知れない。
「この扉は『真実の愛』を持つ者しか、通さないんだって」
「真実の愛!?」
真実の愛って、やっぱり男女の愛ってことよね?それも、嘘偽りのない本当の愛ってことよね!!
なんだか、私にぴったりのお題じゃない!!いいわよ。運が向いてきた気がする!
あ……でも。
「真実の愛って、コメットくんは、誰かここを一緒に開けるアテがあるの?」
ここは重要よね。ここへ来たからには誰かアテがあるのかしら。これだけ自信満々なんだから、何も考えずに来たってこともないとおもうけど。
「え?アテ?」
「い、いやだから、ここを開けるには男女の……その、『真実の愛』が必要なんじゃないの?誰か愛し合う女性がいないと開かないんでしょ?」
私はコメットくんのことを好きだけど、コメットくんも好きになってくれないと開かないと思う。
それに、まだ『真実の愛』かどうか自信がないのよね。
「あ、あーーーーーっ!!しまった!!そうか!!扉を開ける方法がないぞ!」
…………は?
そうね、よく考えたらこれは予想できた事態だわ。
この人は『ダンジョン馬鹿』で『猪突猛進』よく知らない地球まで来ちゃうくらいだもん。
何も考えずに、来ちゃった可能性も考慮するべきだったわよね。
けど、これはチャンスよ。つまり、ここで私の『恋愛・虎の巻』を生かして、真実の愛に落ちてしまえばいいんだわ。
そうすれば、私の恋は実るし、コメットくんの目的であるダンジョン攻略もできるもんね!
「ど、どうしよう。このままじゃ、無駄足じゃないか。せっかく愛美が着いて来てくれたのに」
「大丈夫よ!ついに私の実力を見せる時が来たわ!!」
私にはこれまで姉さんと二人で研究してきた知識と、その結晶である『恋愛・虎の巻』があるもんね!
コメットくんが私のことを好きになれば、すべては解決するんだから!
じゃあ、さっそく『虎の巻 心得二』 とにかくほめること!!
そのコツは『さしすせそ』!『さすが』『知らなかった』『すごい』『世界が違う』『そうなんだ』
でも一気に入れたら変だよね。とりあえず会話の中で使っていこう。
「実力って……一体、何をするって言うんだい?」
「簡単よ!今から、貴方を私に惚れさせる!そうすれば、扉は開くでしょ」
そのためには、まず……ほめることね!さっそくやってみようじゃない。
「え、でもそれだと、まず愛美が僕のことを……」
「いいからやってみるわよ!!」
さて、ほめると言っても何を褒めようかしら。コメットくんといえば、やっぱりダンジョンよね。これだけダンジョンが好きなら、自慢話の一つや二つくらい持ってるでしょ。
それを話してもらって、褒めればいいんだわ。
「ええと、そうね。貴方はこれまで、どんなダンジョンを旅してきたの?とびっきり面白いやつを教えてよ!!」
私がそういうと、コメットくんは楽しそうな顔で『そうだなあ』と言って考え始める。これまで行ったダンジョンでの出来事に、思いを馳せているのかしら。
「やっぱり、一番大変だったのは『逆さダンジョン』だな。一番盛り上がった戦いでもあったけどね」
「逆さダンジョン?何か変な名前のダンジョンね?」
何が逆さなのだろうか。まさか天井に足をつけて、逆さのまま行動するダンジョンってこと?
「逆さダンジョンはね。重力が上を向いていて、逆さに歩くダンジョンなんだけど……」
ホントに逆さに歩くダンジョンなんだ!頭に血が上りそうだわ。
「他に、熱いものを冷たく感じたり、冷たいものを熱く感じたりするんだ。それに痛みを受けると心が安らいで、回復すると苦痛にさいなまれるっていうのが一番ヤバくて……」
「思った以上に危険なダンジョンじゃない!!そこがホントに一番面白かったの!?」
感覚が狂うというのは、危険だ。だって、自分が今どんな危険にさらされているのかわかんなくなるんだもん。
特に痛みで心が安らぐというのが本当に怖い。攻撃を受けても痛くないので安心していたら、いつの間にか死んでいたなんて、想像もしたくないもの。
「ああ!最高のスリルだったね。本気で死にかけたのは、あのときがはじめてだったから!」
「そ……そうなんだ」
やっぱりコメットくんは、ダンジョンのことになるとちょっとおかしいな。
はあ……でも普通の考え方の人よりは何倍も魅力的よね!
って、ビックリしてる場合じゃなかった!褒めないと!!
えーと……とりあえず、そんな過酷そうなダンジョンをクリアしたのはすごい?
めちゃくちゃ強くってカッコいい?
んー……それは確かに私の本心だけど、喜んでくれるかなあ?
「そこのボスが、これまたヤバいやつでね。相手の長所と短所を逆転させるんだ。炎が得意な人は氷が得意になったりね。戦いにくいったらなかったよ」
「そんなの倒したんだ!?すごい!!」
あまりにびっくりし過ぎたおかげで、かなり自然に褒められたわ!それに、今気づいたけどこれは『虎の巻』心得三『とにかく聞き上手になれ』も成功してるんじゃないかしら?
これはチャンスね!今こそ、最後の一押しで落として見せる!
愛美と姉さんの『恋愛・虎の巻』心得四!!『とにかくひっつけ!!』
女に引っ付かれて喜ばない男はいない!!これが私と姉さんがいきついた究極の心理よ。
「よし!いくわよ!!」
私がそういうと、コメットくんは驚いた顔で固まった。それまで大人しく聞いていた私が急に大声を出したからだろう。
「わ!?急にどうしたの!?」
「いい感じに会話が盛り上がってきたもの、ここで決めるわ!!食らいなさい!!」
私は両腕を大きく広げ、コメットくんの胸に飛び込んだ!
そして、彼を強く抱きしめた!!
…………
「ど、どう?」
「えーと、どうっ……って?」
反応が薄い。女の子が抱き着いてるのよ!?
「ど、ドキドキしたり……しない?私を好きになってきたり」
こっちは心臓バクバクなのよ?
「なんか、ごめん。色々頑張ってくれてるのに」
あ、謝った!?じゃあ、私がやったきたことは全部無駄だったってこと!?
じゃ、じゃあ私は、ただの恥ずかしい女ってことじゃない!!
「く、くぅぅぅ」
私は、コメットくんから離れ、近くにしゃがみこんでうめき声を上げた。
恥ずかしくて、恥ずかしくて消えてしまいたい。
「ね、ねえ。ごめん。愛美、元気を出して……ん?」
コメットくんが、私の身体を見つめてきた。鬼気迫る表情だ。これまでの、穏やかな顔とはまるで違う。
これは……多分、ダンジョン関係で物珍しいものを発見したときの顔ね。いい加減、私にもわかるようになってきたわ。
そう考えていると、コメットくんが酷く興奮した様子で、叫んだ!
「だ、ダンジョン・プリンセス……!!い、いや、まさかこんなところに!?」
「だ、……だんじょん・ぷりんせす?ってなあに?」
どうも私のことをさして言ったみたいだけど、全然身に覚えがない。コメットくんに会うまでダンジョンの存在すら知らなかったんだもん。
「すべてのダンジョンを活性化させ、ダンジョンが持つすべての力を引き出す『ダンジョンの申し子』。それがダンジョン・プリンセスさ!ダンジョンの王女様って意味だよ」
「私が、その王女様だっていうの?」
私は家柄はいいけど、王女様ってほどじゃないんだけどな。
「そうさ!君にはダンジョンの力を引き出す能力がある!!まさに理想の女性だ!!」
そう言うと、コメットくんの態度が急に変わった。なんだかモジモジし始めたみたいだ。
「そうか、ダンジョンプリンセスに抱き着かれたのか。えへへ……」
なんだかデレデレし始めた。私に好意を持ってくれてるんだとすると、良いことなんだろうけど……。
私と言うよりダンジョン・プリンセスが好きなだけだとすると、どうも納得がいかない。
「よし!これですべてOKだね!僕が君のことを好きになったんだから、これで扉は開くはずだ!」
「んー……コメットくんの方が、ちょっと不純な気がするけど。まあ、いっかな?」
『真実の愛』っていうのが、どんなものかはわからない。
でも、私自身じゃなくダンジョン・プリンセスに恋してるんじゃ、ダメなんじゃないかしら。
「それで、どうすればこの扉は開くの?」
「うん、この『世界樹の杖』を二人で扉の穴に差し込むんだ」
そう言って、コメットくんは立派な杖を出してきた。杖はなんだか神秘的な淡い光を放っている。っていうか、これまでどこに隠してたんだろう。
「ほら、そっちを持って」
二人で杖を持った。
「それじゃあ、差し込むよ」
私は言われた通り、一緒に杖を扉の穴に差し込んだ。……すると!
『聖女の真実の愛は認められました。勇者の愛は真実ではありません』
「「…………」」
私の恋は真実の恋だったのね。でもコメットくんの方は、ダメらしい。やっぱり、ダンジョン・プリンセスに憧れてるだけっっていうのが問題なのかしら。
「むう、そんな馬鹿な!こんなに愛美を愛しているのに!!」
その言葉に私はときめいてしまう。顔が赤くなり、俯いてしまった。
でも、このままじゃ話が進まないわ。落ち着いて深呼吸をして……。ふぅ。
とにかく、『真実の愛』に目覚めさせるしかないんだから、もうちょっとコメットくんと会話してみよう。
「ええと……他に何かないの?ダンジョン・プリンセス以外に、私の魅力は?」
「そんなこと言われても……。そうだなあ……」
コメットくんが私を見つめる。頭の先から足の先まで、しっかりと見回す。私は緊張と心臓の鼓動でおかしくなりそうだ。
「待てよ!そのかけらは……?」
「ふえ?かけら?かけらって何のかけら?」
私は言われた意味がわからなくて、変な声を上げてしまった。
「『愛の核』のかけらだ。かけらには双子星と言われる、異常に相性のいいものが、ごくまれにあるっていうけど……」
何の話かよくわからない。『愛の核』って何だろう。そのかけらの相性がいい?
「君と僕のかけらは、まさに双子星だ。いや、これは運命の恋人だ!!そうか、僕は産まれる前から愛美に恋をしてたんだ!!」
いよいよ、話が分からなくなってきた。コメットくんは、産まれる前から私に恋をしていた!?
「『運命の恋人』は何度生まれ変わっても、その度に恋人同士になり結婚する。僕達は前世でも夫婦だったはずだよ」
運命の赤い糸みたいなものかしら。私は、彼の不思議さや常識外れな行動に惹かれて恋に落ちた。……と思っていたけど、本当は私も産まれる前からコメットくんに恋をしていたのね。
「でも、だったら何で扉に真実の愛じゃないなんて言われたのかしら」
「ダンジョンのことに夢中になるあまり、君の美しさに目が行ってなかったんだ。だから、恋愛感情が曇っていた!でも、もう大丈夫だ」
『運命の恋人』にも関わらず、ダンジョンに夢中過ぎて私が見えていなかった!?随分、ひどい話だけど……。
でも今は私だけを見てくれるようになったのね。だったらいいわ。
「君のことをじっくり見つめるうちに、しっかりと君の魅力に心を奪われた。これなら扉も開くはずだよ」
コメットくんは優しい瞳で私を見つめてくる。まあ、これでよかったのよね。無事に両想いになれたんだから。
そうよ!自由な恋愛!!両想いに慣れたのなら、これからイチャイチャし放題じゃない!
『政略結婚』なんて認めない!私はずーっとコメットくんについていくわ。
私は再び、杖の根元を持った。これから、愛し合う二人の旅が始まるんだ。
杖を差し込むと、ギギギという音がして扉が開いた。
「ウオオオオオオオオオオオオオオーン」
部屋に入ると、深く重い鳴き声が部屋中に響き渡った。
部屋の中を黒いヌメヌメした何かが動き回っている。ここが魔界なのだろうか。
私が怯え始めたのを見て、コメットくんは頭をなでてなだめてくれた。
「大丈夫だよ。それにしても妙だな」
「妙って……あの黒いの?確かに不思議で気持ち悪い生き物だけど……」
私がそう言うと、コメットくんは首を振って言った。
「そうじゃない。このダンジョンにあんな生物はいないはずなんだ」
どうやら、このダンジョンではコメットくんの想像を超えた何かが起こってるみたいね。