学園ダンジョンの、変な女校長
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1536年8月 信孝22歳 正利24歳 稙宗4048歳
【愛界 宇宙ダンジョン 上層(学園ダンジョン) 第十一階層 校門前】
『第13回 学園ダンジョン入学式』
俺たちは謎の看板を前に呆気に取られていた。
正利は純粋に困惑しているようで、首を傾げている。ナタリアは想定外が起こり過ぎて頭がパンクしたようで、ボケーっと看板を眺めている。
茂は『こうでなくちゃな』とか言いながらニヤニヤしてるな。
そもそも、俺と茂は記憶チップを通じて『入学式』というものを知ってるけど、ナタリアと正利は何のことだかわからないだろう。
そう考えていると、フッと気を取り戻したナタリアが、顎に手を当てて『うーん』と唸りながら言った。
「入学式……でござるか?つまり、我々が『学園ダンジョン』とやらに入るお祝いをしてくれるのでござるかね?」
大まかにはそんなところだろうけど……。そもそも、さっきの『ダイモンダイ』もそうだが、学園自体とても信用できるものじゃないからな。
といってもどんな罠が仕掛けられてるかなんて、この看板一つじゃわからないけどね。
そう考えていると、銀河全体に響く大きな音で『アナウンス』が流れた。
『これから、入学式 および新入生説明会を行います。新入生の皆さんは講堂へ向かってください』
講堂ってどこにあるんだよ?というか、あからさまに怪しすぎるだろ。行ったらモンスターに取り囲まれるんじゃないか?
俺がそう思っていると、茂はウキウキしながら『ほほう』と言った。
「おもろいやんか。こら、行ってみるしかないやろ」
茂は危険なことに興奮するのか、講堂に行く気まんまんのようだ。
すぐに、『こっちやな』と言ってどこかへ向かって歩き始めた。俺は慌ててやつの肩を掴んで止めた。
「ちょ、ちょっと待てよ!どんな危険があるかもわかんないんだぞ!」
焦る俺に対して、茂は平然とした顔で答えた。
「まあ、ええやろ。嬢ちゃんは高レベル、たかし達は『ラブ次元』があるんやろ。ちっとくらい冒険しても何とかなるで」
確かにそれはそうだ。20階層までのモンスターがLOVE20くらいまでだとすると、この辺の階層でピンチになったとしても回避する方法はあるだろう。
けど、だからと言って、わざわざ危険に足を踏み入れる理由にはならない。
「『郷に入っては郷に従え』というやろ。恐らく、『新入生説明会』とやらでダンジョンのルールを説明するはずや。そいつがわからんと、より仲間を危険にさらすと思うけどな?」
確かに俺たちは『学園ダンジョン』のルールを知らない。すでに学園に足を踏み入れていることを考えれば、ルールを知らないと危険なのは間違いないだろう。
けど、講堂に行ったとして本当に『ダンジョンのルール』を説明してくれるんだろうか……?
そこまで考えたところで、正利が耳打ちをしてきた。
「行きましょう。信孝様。このダンジョンには強い愛を感じます。あそこ……あのとてつもなく強大な愛を放っているあの建物……あれがきっと『講堂』でしょう」
確かに、あの建物の『愛』はすさまじいな。強く温かい愛が溢れている。少なくとも、まるで敵意を感じないことだけは確かだ。
「二人が言うなら、行ってみるしかないか。ナタリアもそれでいいか?」
俺がそういうと、ナタリアはいつものまぶしい笑顔で答えた。
「大丈夫でござるよ。ともかく講堂とやらに行って、この事態が何なのか、確かめてやりましょう!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
1536年8月 信孝22歳 正利24歳 稙宗4048歳
【愛界 宇宙ダンジョン 上層(学園ダンジョン) 第十一階層 講堂】
俺たちは、何が起こっても対処できるように、ギリギリまで集中して周囲を警戒しながら、強い愛を感知した建物に入っていった。
中は、正に学校の講堂といった感じだ。だだっぴろくて奥が高くなっていて、演説用の台が置いてある。
台の上にはマイクが置いてある。魔道具か機械かはわからない。
そんな風に思っていると、演説台にスーツに身を包んだ、金髪で胸のでかい女性が現れた。
それと同時に俺の目の前が光った!!
『奇跡・愛の束縛』
なんだ?これは!?あ、愛識そのものが拘束されているような感覚だ。体が動かないのはもちろんだが、愛を飛ばすことさえできない!!
ま、まずいぞ。やはり罠だったのか。いや、愛を念じろ!飛ばせなくても愛に集中することで多少は状況が良くなるはずだ。
「あら、なかなかやるわね。ならば!」
あ、愛が消えていく……!!俺の心の中から愛が消える……!!違う……ダメだ正利正利正利……!!この思いを消してはならない!!
俺は意識が朦朧とし、口からよだれが垂れる。もうここがどこなのかも怪しくなってきた。俺はどうしてこんなところに……正利とは誰だ……。
「こんなところで良さそうね」
彼女がそう言った瞬間、俺たちの体の束縛が完全に解かれた!心に愛が戻ってくる。ああ、良かった。また正利のことが大好きになれた。
一旦、落ち着くと、俺は演説台に立つ女性に目を向けた。こいつが今のをやったのか。そして殺そうと思えば殺せただろうに、術を解いた。一体、何のつもりなんだ?
「あんたは何モンだ?どうして俺たちにこんなことをする?何より、どうして殺さなかったんだ!?」
まくしたてる俺に対して、その女性は『はっはっはっ』と声を上げて笑った。
そして、俺を指さして『そりゃ決まってんだろ』と言った。
「もちろん、せっかく来てくれた新入生に死なれちゃ困るからさ」
俺たちは驚愕した!つまりこいつは、新入生である俺たちに力を見せつけるために、今のをやったってことか。
死なれては困るが、逆らわれても困るから、死ぬ直前に追い込む技で俺たちをビビらせたんだ。
実際、今のをもう一度食らうかもと思うと、この人に逆らう気にはなれないな。
「つまり、あんたと俺たちには圧倒的な差がある。だからあんたに従えと?」
だが、俺たちはこの上層を超えて『愛の核』までたどり着かなくてはならない。この人のいいなりになって、いつまでもここにいるわけにはいかないぞ。
その女性は大きく手を振って『ノンノン』と言った。
「いやいや、わが校のモットーは自由よ!きちんと授業を受けてくれる分には、何も強制なんてしないわ」
わが校?そうか!学園ダンジョン!!じゃあ、この人は俺達に生徒としてきちんと授業を受けさせるために、絶大な力でビビらせたのか。
加えて言うなら、『真面目に授業を受ければ、このくらい強くなれる』という意味でもあるんだろう。
「なるほど。大体話はわかった。真面目に授業を受けるのは約束しよう。今のままじゃ下の階層に行ってもすぐ死にそうだしな」
この人……先生かな?に敵わないようでは、上層でそこそこ戦えても21階層からの中層で詰まるはずだ。それより、ここの授業を受けて、十分パワーアップしてから降りた方が賢明だろう。
女性は、口に手を当てて『オホホ』と言った。
「よろしい!素直な子は大好きよ!それでは、授業の説明に移ります」
いきなり授業の説明に入るようだ。その前に、あんたが誰なのか説明して欲しいんだがな。まあ学園ダンジョンの教師だか校長?なんだろうけど。
「待った待った!!あんたは先生でいいのか?いや、校長先生か?というか、俺たちは敬語で喋った方がいいのか?」
俺がそう言うと、女性は両手両足を広げ、目を見開いて『あらまあ!』と言った。
「あらあらあら、久しぶりの新入生が嬉しくて、すっかり忘れてたわ!そう。私がこの学校の校長:橘 愛美よ。教師や生徒からは『ラブ・マスター』と呼ばれているわ」
ラブ・マスター!?いや、それより『橘 愛美』だって!その名前は日本人か!?
「授業さえ、きちんと聞いてくれれば敬語なんてどうでもいいわね。むしろ親しく接して欲しいわ」
なるほど、敬語はどっちでもいいのか。しかし、この宇宙ダンジョンで日本人?が校長をやってるとは……。
そう思っていると、正利も校長の名前が気になったらしく質問した。
「橘とは、源平藤橘の橘ですか?すると、校長先生は日本人で?」
正利がそういうと、校長は腕を大きく振り下ろして、正利を指さし『エクセレント!』と言った。
「もちろん!私は今から700年前、日本で樹海に迷い込んだのです。そして宇宙ダンジョンでひたすら自分を鍛えたのですよ」
700歳以上だと?それは日本人ならあり得ない。いや、愛識を鍛えていくと長生きになるのか?その辺の知識も教えて欲しいところだな。
いやいや、そうだ そうだった。校長のことよりも、ここで何を教えてるのか聞かないといけない。どうやったら校長のように強くなれるのか?
そして、授業のカリキュラムは?
「あんたがとてつもなくすごいのはわかった。それで、ここではどんなことを教えてくれるんだ?授業の時間割とかあるのか?」
とにかく強くなることが必要で、ここで教えてもらえるんならこのまま流れに乗るしかないからな。学校側の方針を教えてもらわなければいけない。
「そうね!まずわかっていると思うけど、この上層は『11階層~20階層』の合計10階層からなっているわ。で、階層それぞれに教員がついているの。私は20階層の担当よ」
ふむふむ、各階層に一人教員がいて、そいつが強くなる方法を教えてくれる……と。
「訓練方法は?あんた達は何を教えてくれるんだ?」
「私たちが教えるのは『愛の核』と一体化する方法よ!30階層以下に降りるには必須の技術ね!」
愛の核と一体化!?何だそれは?愛の核に触れなくても、それを利用できる技術があるのか。だったら是非教えてもらわないといけない。
もしかしたら、それを習っただけで時間転移できるかも知れないしな。
「そこの女の子が30階層の中層主を倒せないで、苦労してるのも『愛の核』の力を利用する方法を知らないからね」
そこの女ってのはナタリアのことだな。ナタリアはもうLOVE32だけど、30階層で詰まってるのか。
もしかして特定のスキルがないとダメージが通らないやつがいるんだろうか。だとしたらどうしてもここでの教育を受けていかないといけないぞ。
そう考えていると、ナタリアがすがるような声で、手をバタバタさせながら、校長に向かって言った。
「ええ!!拙者が中層主を倒せないのは、『愛の核』と一体化できていないからなのでござるか!?」
校長は『うんうん』と頷きながら、落ち着いた声で答えた。
「そうね。これはLOVEの高さの問題じゃないわ。どんなにLOVEが高くても『愛の核』から引き出したエネルギーでないと、中層主 そして31階層より下のモンスターには一切ダメージが通らないわよ」
話からすると、愛識のエネルギーと『愛の核』のエネルギーは全く異質なものらしいな。そして愛の核の方が上位互換っぽい。
「ふむ、だったら、どうすれば『愛の核』と一体化できるんだ?というか一体化って何だ?」
俺は『一体化』という言葉に恐怖を感じていた。
ちょっと前、愛識に目覚めたときに、愛族たちの意識に飲み込まれて自分を失いそうになったことがある。
もし愛の核と一体化するというのが、自我を失うようなことなら、あまりやりたくないけど……。
「いい質問ね。もちろん詳しくは授業でやるんだけど、少しだけ教えておいてあげるわ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
この世には、最初『愛の核』だけがあった……。このときはまだ純粋な愛だった。
『愛の核』は細胞分裂を繰り返し、そこから無数の宇宙が産まれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「つまり、この世にあるすべての宇宙も……宇宙の中に生まれたあらゆるものも、『愛の核』が分裂したものってことね。そして……」
校長は、そこまで言ってから一呼吸置いた。そして、『そう』とひとこと言ってから、俺を指さして言った。
「今でも、あらゆる物質の中には、『愛の核』の『かけら』が入っているわ。貴方や私の体内にもね」
そう言った瞬間、校長の中にある『何か』が強い光を放った……気がした。目には見えないが愛識でなんとなく感じる。
俺たちにも解りやすいように『愛の核』の『かけら』を見せてくれているんだろう。
「その『かけら』を認識することができれば『愛の核』と繋がることができるんだけど……」
そう言うと、それまでおちゃらけ気味だった校長の顔が急に真面目になった。かと思えば『テストに出るのでちゃんと聞きなさい』などとふざけたことを言っている。
「私たちは元々『愛の核』の一部だった。だから深く繋がるほど、私たちの『かけら』は『愛の核』に取り込まれ元通り一つになろうとするの。『かけら』が取り込まれれば、当然その人は消滅してしまうわ」
俺たちすべてが、『愛の核』の『かけら』でできている……?突拍子もない話過ぎて信じるべきかどうか全くわからんが……。
ただ、校長から溢れる愛には、やはり悪意を感じない。本当にすべての物質は『かけら』でできているんだろう。
しかし……だとすると。
「愛の核と一体化したら、取り込まれちゃうんだろ?だったら、愛の核のエネルギーを利用するなんて無理じゃないか?」
「繋がり過ぎれば……ね。そこは、ちゃんと教員が側について取り込まれないように指導するわよ。
上手く調整すれば、部分的に一体化しつつ取り込まれずにエネルギーを使えるってことか。そして、用が済めば接続を切り離せる。……けど、そのためにはコツを学ばないと本当に取り込まれてしまうんだな。
「はは、面白そうやないか。しかもめちゃくちゃパワーアップできそうやん。こら、授業受けてみた方がええんやないか?」
茂は能天気に言っているが……。まあ確かに授業を受けるしかなさそうだな。
「で、授業ってのはいつどこでやるんだ?」
「とりあえず、一旦は『寮』に行って眠ってもらうわ。それで明日、『運動場』に集まってもらうわね」
その言葉を聞いて、『寮』と『運動場』の意味のわからなさに、また頭を抱えた。いや、『寮』は宿泊施設ととれなくもないが、運動場って何だよ?
「待て待て待て、いくら学校って言ってもここは宇宙ダンジョンだぞ。寮もおかしいけど運動場って何だ?」
「この上層には各層にただただ荒野が広がっている巨大な星があるのよ。そこを私たちは『運動場』と呼んでいるわ。学校っぽく行ってみたいだけね」
どうも、この校長は『学校』へのこだわりが強すぎて妙な感じだな。
「それで、その運動場惑星への行き方は教えてくれるのか?」
「ええ、もちろん。地図を渡すわ」
そう言って、校長が指を鳴らすと俺たちの目の前に地図が落ちてきた。
愛識で通じているのか、地図をパッと見ただけでこの講堂から運動場までどう行けばいいのか分かった。正利たちも分かったような顔をしている。
『寮』までの道もわかった。やはり星ごと宿泊施設になっている惑星があるようだ。
泊まれと言われたんだから泊まるとするか。ここまでロクに休憩も無しに来たからね。
「それじゃあ、俺たちは寮のある惑星に行けばいいんだな?」
「ええ、それじゃあまた明日会いましょう。最初の訓練は私も立ち会うから」
そうして、俺たちは『寮』の惑星を目指した。そこに、初日最初の……命がけの課題が待っているとも知らずに……。