「死霊の都」ジェレミーの憂鬱
ゴーン、ゴーン、ゴーン……。
終課(午後九時)の鐘が都に鳴り響く。
王に呼び出されたのは、噂好きの伯爵夫人だ。
物憂げに王の間の玉座に座っているのは、金髪緑眼のジェレミー。
王冠を頭上に載せ、白貂の縁飾りのある紅いマントを羽織り、片手に王錫、もう片方は肘掛に肘をついて手のひらに顎を載せ、天鵞絨のトラウザーズを穿いた長い足は組んでいる。
「伯爵夫人。そなたはリリアーヌと親しくしていたと聞く」
「はい、陛下。畏れ多くも王妃さまは、私に胸の内を何でも明かしてくださいました」
「では、聞くが。余の王妃はいったいどこに行ったのだろう?
リリアーヌが王都を出奔してからというもの、四方へ手を尽くして探させているが、いまだ何の手掛かりも得られない」
「王妃さまは、公妾さまのことでお悩みでしたので」
「それは、余も知っておる……。
リリアーヌが心配なのだ。王妃の実家は断絶しているゆえ、行くところなどないはずなのに」
「陛下、王妃さまが何を考え、どのようなお気持ちだったのか、分かっておられますか」
「いや……」
「まずは王妃さまのお気持ちを、陛下がご理解される事が大事だと思います」
ジェレミーは伯爵夫人に勧められて、リリアーヌがよく訪れていたという孤児院に行ってみることにした。
側近の武官と文官を連れて、王宮から馬車に乗る。
王の突然の訪問に、驚いた様子の孤児院の院長と修道女が出迎えた。
「……聖女リリアーヌさまは、こちらの遊戯室で子供たちによく絵本を読んでくださいました。また、あちらの浴室では子供たちの入浴介助もしてくださいました」
修道女が中を案内しながら説明する。
ジェレミーは頷きながら、耳を傾ける。
満月に照らされた中庭に出ると、木の枝に吊るされたブランコが風に揺れ、球技用のボールが隅に転がっていた。
ジェレミーはブランコに座り、在りし日のリリアーヌの姿を思い浮かべる。
それからしばらくの間、物思いにふけった。
ゴーン、ゴーン、ゴーン……。
讃課(午前三時)の鐘が都に鳴り響く。
「陛下、そろそろ王宮にお帰りにならないと」
「この後、舞踏会が予定されています」
「中原に名高い魔術師も招いておりますので色々と、最近の周辺国の情勢やリリアーヌさまのお噂なども聞けるかもしれません」
側近たちが、ジェレミーに帰途をうながす。
「――そうか、では戻ろう」
ブランコから立ち上がると、ジェレミーたちは子供たちのいない孤児院を後にした。