偽りの聖女
気づけば川に落ちたリリアーヌとニコラは、王宮の対岸に打ち上げられ、土手でスケルトンたちに囲まれていた。
「ニコラ、これはいったい……?」
スケルトンたちからは害意を感じなかったが、リリアーヌは驚きと戸惑いを隠せない。
「死霊系魔物たちが、俺たちをまた助けてくれたようだ。
むかし国境で、ラグランジュ一族が襲われた時と同じだな。
あの時も動く屍となったラグランジュ侯爵家の騎士たちが、リリアーヌと俺を守ってくれたんだ。夜明けまで」
「そう、だったのね……」
空は暗く、雨が降り出している。
「行きましょう」
「どこへ?」
リリアーヌが立ち上がると、ニコラが手を差し伸べる。
「あの広場の向こうには、孤児院が。子供たちを守ってあげないと」
王都はおびただしいスケルトンたちで大混乱になり、人々は我先にと逃げ惑っていた。
二人はスケルトンたちに守られるように囲まれて、石畳の道を雨に打たれながら歩いて行く。
広場を抜け、路地裏の空き地に隠れていた孤児たちを見つけると、リリアーヌは声を掛けた。
「私についていらっしゃい」
「聖女さまだ!」
「リリアーヌさまっ」
子供たちが、捨てられた家財道具などの粗大ごみの中から飛び出して、リリアーヌのもとへ集まる。
「孤児院の他の人たちは?」
「修道女たちは、教会に逃げて行ったよ。貧窮院の寡婦たちも」
「そう、なら安心ね」
リリアーヌは、子供たちの顔を見回した。
大きい子から小さい子まで。
時折、稲妻がピカッと光り、辺りに不気味な印影を落とす。
「選んで。教会に避難するか、王都を出て行くか。
私たちは、これから王都を出るわ。
あなた方が教会に行くなら教会まで、王都を出るなら受け入れてくれる村まで送り届ましょう」
すこし大きい子たちが、顔を見合わせて相談する。
すぐに答えは出た。
「「「王都を出ます」」」
「……賢明だな」
ニコラが子供たちを見て、笑った。
子供たちを連れて、リリアーヌたちは王都から外門へと進んで行く。
途中で、貧窮院の寡婦たちとも合流した。
「リリアーヌさま、あたしたちも連れて行ってください、お願いします」
「あなた方が、小さい子供たちの世話をしてくれるなら」
「もちろんです!」
屋敷の上階に隠れていた人々は、窓からリリアーヌたちがスケルトンに囲まれて、街路を歩いて行くのを見た。
彼らは貴族や富豪の特権階級の者たちで、リリアーヌの神判を高みの見物をしていた。
特権階級の人々は考える。
リリアーヌがここにいるという事は、どういうことなのだろうか、と。
神判では、教皇より『無罪』を言い渡されていた。
ならば、自分たち民を救うために、来てくれたのではないか?
彼女は『プロヴァリー王国の聖女』なのだから。
「聖女さま、助けて下さい!」
「死霊系魔物を鎮めてください!」
「聖女さま!!」
リリアーヌは、窓から呼びかける彼らをチラリと見たが、すぐに前を向いた。
歩み去っていく聖女を見て、特権階級の者たちはリリアーヌが自分たちを救う気がないことを悟った。
「偽りの聖女!」
「恥知らず!」
「人殺し!」
窓から罵声を浴びせられ、本や燭台、花瓶などの物が投げつけられる。
ニコラはリリアーヌをかばい、投げつけられたものがスケルトンたちに当たった。
すると、それまで大人しく歩いていただけだったスケルトンが、急に攻撃的になってぶつけた人々に向かい、襲い掛かる。
屋敷の壁をよじ登り、窓から侵入していく。
それを見た寡婦や孤児たちが、青ざめた。
「何もしなければ、アンデットたちは攻撃して来ない……多分」
ニコラが一緒について来た者たちに教えると、彼らは黙って頷いた。
王都の外れの倉庫街まで行くと、ペドリーニ商会の荷馬車と荷を積む商会の者とそれを守る傭兵が、スケルトンたちと交戦していた。
ペドリーニ商会は、間もなくスケルトンたちに押されて、荷馬車と荷物を捨てて逃げて行った。
「これを頂いて行きましょう。子供たちを受け入れてくれる村にも、手土産の物資が必要でしょうから」
ニコラとリリアーヌは御者台に座り、小さな子供たちを荷台に乗せた。
寡婦が、荷台にあったフード付きの外套をリリアーヌとニコラに渡してくれた。
二人は外套を着て、フードを深く被った。
スケルトンたちに怯える馬を、ニコラが宥めた。
荷馬車はやがて街壁と外門に辿り着く。
ここを守るべき門番の姿はすでになく、王都から逃げて行く人々の列が続いている。
家財道具を背負い、家族を連れて王都を見捨てる人々は、口々に嘆きの言葉を呟いた。
「聖女さまさえいらっしゃれば、こんな事にはならなかった」
「どうして俺たちが、ひどい目に遭わなきゃならないんだ……」
荷馬車の御者台で、ニコラの隣に座っているリリアーヌは「歴史は繰り返す」とささやいた。
「ん? どうしたリリィ」
「以前もね、同じようなことがあったの」
リリアーヌは、古き神が伝えたかったメッセージの映像を、ニコラに話して聞かせた。
荷台に座っている子供たちも、耳を澄ませて聞いている。
大昔、この大陸が呪われたのは、古き神の一人娘を人間たちが奪ったから。
古き神は、一人娘を救おうとして死霊系魔物の軍勢を送った。
娘は結局殺されてしまい、古き神は怒りのうちに新しき神に封印された。
殺された娘には黒髪の人間の夫がいて、彼は神の娘との間に生まれた子を育て、それがラグランジュの民の祖となった。
神の娘の血を引く、真紅の髪と金色の瞳をもつ一族の娘の中には時折、古き神の死霊系魔物の軍勢を眠らせ、また目覚めさせる力を持つ者がいた。
いつしか聖女と呼ばれるようになった娘達は、古き神の怒りによって、大陸の人々が滅んでしまわないように祈りを捧げ、死霊系魔物たちを鎮めた。
「古き神は、精神も身体も封じられているの。時折、怒りと孤独の感情が湧きあがるままに、民や死霊系魔物たちを海底の廃墟から呼んでいる」
主神フレイアは、リリアーヌに忠告した。
この大陸すべてを、死霊系魔物の闊歩する大地に変えることなどなきように、と。
「それでリリィは、どうするつもり?」
外門を潜り抜け、王都を出ると雨は止んでいた。
振り返れば、小高い丘の上にある王宮は暗雲に覆われている。
「ここを死霊の都とする。
人々が古き神を忘れないように。
古き神への恐れと鎮魂の祈りが、彼の所に届くまで」
リリアーヌとニコラは、孤児たちを受け入れ先の村に送り届けると、祖国に向かって出発した。
「私もニコラが見つけた礼拝堂を、訪ねてみたいの。
それから、ラグランジュ一族のゆかりの地も」
「リリィの行くところなら、どこまでもお供するよ」
やがてふたりは、祖国の海辺にある朽ちた礼拝堂に祀られた、古き神の像の前に野の花を供えて共に祈る。
すると、古き神のおわす海底の廃墟に、供えられた花々の花びらが降り注いだ。
古き神は水底から空を見上げ、リリアーヌたちの幸福を願い、ふたりに加護を与えた。
ふたりは、辺境の地で静かに暮らし、たくさんの子宝にも恵まれた。
ニコラはそれから生涯、リリアーヌと子供たちを守った。
その後、リリアーヌは平和に暮らし、二度と聖女の力を使うことは無かった。
かつて栄えたプロヴァリー王国の王都は、『死霊の都』と呼ばれるようになった。
そこには一年を通して暗雲が垂れ込み、雨が降り続いている。
都を闊歩するのは死霊系魔物のみ。
しかし、この死霊系魔物たちは都の外に出ることは無く、こちらから危害を加えなければ襲ってくることもない。
このことに関しては、後の学者たちの間では諸説紛々別れて、議論が続いている。
ある学者は、王妃リリアーヌは偽りの聖女だったという。
またある学者は、死霊を王都だけに留めることが出来たのは、リリアーヌが聖女だからだという。
プロヴァリー国王ジェレミーは、死霊の都で行方知れずとなった。
王姉の子が王位を継いだが、内乱が続けざまに起こり、国力は疲弊した。
やがて他国に領土を吸収され、プロヴァリー王国は名実ともに滅びた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
まだこの後、短い番外編「死霊の都・ジェレミーの憂鬱」があります。
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