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父と子

 

 

「父上に、目元がよく似ているな」


 ジェレミーはエレオニーの側仕えの女から赤子を渡されて、こわごわとその頼りない小さな身体を腕に抱いた。


 赤子の澄んだ 緑柱石(エメラルド)の瞳にジェレミーの姿が映り、奇跡のような小さな手はしっかりと握られている。


 自身の血を引く、愛しい我が子。

 綿々と祖先から連なる、親から子へと、命が継がれていく神秘。

 ジェレミーは、心の奥底から自然と湧き上がる感動に、身をゆだねていた。


 この、今は無力で小さな赤子が、ジェレミーの持つすべてを受け継ぎ、次のプロヴァリー国王となるのだ――と思うと、身が引き締まる思いがした。


「そうでしょうか。全体的な造形はやはり、アラン……いえ、陛下によく似ておいでです」


 穏やかに微笑むエレオニーは、出産で少しやつれていたがすでに子を慈しむ母親の顔になっている、とジェレミーは思った。


 ジェレミーは、リリアーヌには告げずに黙って離宮に来た。


 ――我が子に、早く会いたかったから。


 離宮に来れば、どうしても子の母親であるエレオニーと顔を合わすことは避けられない。

 それが後ろめたい気持ちになり、リリアーヌには言えなかったのかも知れない。



「父上の名を取り、フェリクスと名付けよう」

「よき名です。将来は、立派な国王陛下となられる事でしょう」


 ジェレミーはわずかに眉をひそめた。

 王位継承については、軽々しく口にするものではない。

 ましてエレオニーは、王妃でもなく王族ですらないのだから。


「いや、まだフェリクスが次期王位継承者と決まったわけではない。

 リリアーヌに今後、子が生まれれば……。

 あるいは、甥たちの中から王太子を選ぶ可能性もある」

「ええ、もちろんです。

 ですが、甥御さまの王位継承は、国が乱れる元となりましょう。

 他国に嫁がれている王女さま方も、いらっしゃいますし」



 王妃には、未だ懐妊の兆候はない。


 そして過去の歴史を振り返れば、国家間で幾度となく王位継承戦争が起きている。

 同盟を強めるための婚姻政策が、時には仇になる。


 国内の貴族に嫁いだ姉たちの子のいずれかを次期王に定めれば、他国に嫁いだ姉の子が我こそは正当な王位継承者だと、とプロヴァリー王国を狙って戦争を起こすかもしれない。


 また甥を王太子にすることで、国内の貴族たちの勢力図も大きく変わり、内外に火種を抱えることになる。


 王太后が死に際になにを血迷ったのか、甥たちの中から次期王を選べと言ったが、それはあり得ない。


 ジェレミーもそのことはよく分かっていて、甥のことを持ち出したのは単に、エレオニーの身の程をわきまえさせるための牽制だった。



「――ところで、宮廷の皆様はお変わりありませんか。老宰相さまは、相変わらずでしょうか」


 抱いていた赤子をジェレミーが側仕えの女――エレオニーの母親に返すと、エレオニーは話題を変え、取って置きのワインを勧めた。


「ああ、宰相は変わらない、頑固者だ。

 以前から余が提案している、国内の教会既得権への改革案は、時期尚早だと言ってまた却下された」

「確かに教会の荘園に対する課税は、聖職者たちから反発されるでしょう。

 ですが、神の名と信仰を隠れ蓑にして民から搾取する不届き者がいることは事実。

 陛下の改革案は大変合理的で、王国のためになりますのに」

「そう、まさにその通り! 

 だけど、宰相をはじめ他の大臣たちは、過去の因習に縛られている。

 つまり頭が古いんだ――」


 エレオニーは、ジェレミーの話に熱心に相槌を打ちながら、いかに王が正しいか、それにくらべて臣下たちは狭量で先見の明がないと、嘆いて見せる。


 ジェレミーは美味なワインも手伝ってか口が緩み、日ごろのうっぷんをエレオニーにすべて話す。

 気づけば自分がまだ若造扱いされ、国の重鎮たちから軽んじられているのではないかという、これまで誰にも言えなかった悩みまで口にしていた。


「陛下は親政をなさるべきです。

 王権はフレイア神から与えられたものであり、全ての臣下、国民は陛下に従うのが当然で、反抗するなど許されるものではありません」


 そのエレオニーの言葉に、ジェレミーはいたく感銘を受ける。

 ジェレミーは自分では気づかなかったが、それが後になって宰相を老齢を理由に辞任させることへつながっていく。




 それからというもの、ジェレミーは頻繁に離宮を訪れるようになった。


 始めのうちこそ日帰りで通っていたが、天候が崩れた折に泊まったのをきっかけに、宿泊していくのが当たり前になる。



「そなたと、再びこのような関係になるつもりはなかったのだが……」


 朝になって寝台から起き上がり、帰り支度をするジェレミーの後ろ姿に、エレオニーはほくそ笑んだ。


「フェリクスには、治世を支えてくれる弟妹が必要ですわ。

 そしてわたくしは、アランの愛よりほかは、望むものなどありません」


 エレオニーの慎ましく控えめな態度に、ジェレミーは「悪いようにはしない。また、来る」と約束した。


 リリアーヌへの罪悪感はあったが、フェリクスを理由にエレオニーとの逢瀬を、心の中で正当化した。



 そうしているうちに上王夫妻の喪が明けた。

 来たるフレイア教の公現祭の祝日に、フェリクスの洗礼式が行われることになった。


 これに合わせて、フェリクスの王宮入りの日取りも決められた。



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