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悔悛する国王

 

 

 新教皇には、ペドリーニ枢機卿が即位した。


 先教皇葬儀後の十二人の枢機卿による教皇選挙は混迷したが、聖女リリアーヌに神託が降りた出来事が最後の決め手となった。


 聖地神託調査官による公式記録によれば、神託の内容について聖女は『主神フレイアは重要な選択について語られた』という。


 『重要な選択』とは、もちろん教皇選挙のことである。


 聖女は神託が降りるとすぐにペドリーニ枢機卿との面会を望み、葬儀の直前に二人だけの話し合いの時間を持った。


 後になって、ペドリーニ新教皇はその時のことを振り返り「主神フレイアから、人々を導くための精霊が下った」と話した。



 教皇戴冠式は、大聖堂宮殿で厳粛に取り行われた。


 中原に限らず大陸中の様々な国々から多くの信者たちが集まり、大聖堂前広場に詰めかけて、新教皇の誕生を歓迎する。


 やがて新教皇がバルコニーに現れ「聖地から世界へ」ではじまる在位最初の祝福を人々に与えた。


「聖地から世界へ。奇跡の業を行う者に注意しなさい。それが主神フレイアから来る者なのか、邪神から来る者なのか、見極めなければなりません。邪神から来る者を警戒し、彼らを決して信じてはなりません――」






 プロヴァリー国王夫妻も、教皇即位戴冠式に列席し、その後帰国の途に着いた。


「ジェレミー、どうして私に、あの(ひと)が懐妊したことを話してくれなかったの?

 馬車で旅している間、ずっと一緒に居たのに!」

「話そうとは思っていた。

 何度も言おうとして……、でも言えなかった」

「私は、新教皇からその話を聞かされたのよ。

 なんの心の準備もなく!

 私がどんな気持ちだったか、分かる?」


 帰りの馬車の中で、はらはらと泣くリリアーヌを前に、ジェレミーは心底後悔していた。


「悪かった、謝る。

 君が傷つくだろうと思うと、どうしても言い出せなかった。

 帰国する前までに、話そうとは思っていたんだ」


 思わぬ謝罪の言葉にリリアーヌは驚いて、ジェレミーを見た。


「本当は、僕は君との子供を望んでいた。

 でもそれが叶わないのなら、こうするしかなかった」

「ジェレミー……?」


 突然のジェレミーの悔悛と告白に、リリアーヌは戸惑う。


「エレオニーは遠ざけるし、生まれた子は君の子として育てよう」


 リリアーヌは信じられない思いで、ジェレミーの話を聞いていた。

 ジェレミーが、エレオニーをあっさり捨てようとすることへの不安も感じた。

 彼の言う事を真に受けたら、また傷つくのではないか、とも思った。


「そんな簡単に……」


(子供が欲しくても授かれなかった私の悲しみを、ジェレミーも感じて理解してくれていたのかしら。もしそうなら、やっぱり嬉しい)


 夫の言葉に今まで心に淀んでいた、澱が溶けていく気がした。


 ただ、ものごとは単純ではない。


「エレオニーを遠ざけるなんて、本当に出来るの?」

「少し前から考えていた。

 彼女には公爵位と、城を一つ与えよう。

 宮廷を去った後も、次期王位継承者の生母として体面を保った暮らしが出来るように。

 再婚を希望するなら、それも許す。

 それでこちらの誠意も分かるだろう」


 リリアーヌは、ジェレミーがこの場の思い付きで寵姫を遠ざけると口にしたのではなく、きちんと考えていたと知る。


「でも……彼女は納得するかしら」

「叔父が教皇になったんだ。

 今の公妾の立場は、教会の教義では不貞にあたる。

 このままではまずいと、エレオニーも分かっているだろう」

「――生まれて来る子を、取り上げてしまうのは……」


 母としてそれがどんなに辛いことか、と自分の身に置き換えてリリアーヌは考えた。


「庶子では正当な王位継承者として、認められない。

 子供のためにも、君が母親になって育てて欲しい」


 ジェレミーは席から身を乗り出し、向かいに座っているリリアーヌの手を握った。

 彼女よりしっかりした男らしい手で、華奢な両手を包み込む。


「もう一度、僕たちはあの浄化の旅をしていた頃の気持ちに戻って、やり直そう」

「――本当に? 本当に、信じていいの?」

「ああ」


 彼が王になってから感じていた心の隔たりを、一気に取り払らわれ――。


 ジェレミーの端整な顔がリリアーヌに近づく。

 黄金の前髪がかかった緑柱石(エメラルド)の瞳は、真剣な眼差しでこちらを見つめている。


 リリアーヌは、昔の純粋な王子だった頃の彼を思い出して、胸が詰まった。






「――それで結局、リリィはジェレミーを許すことにしたんだ?」


 気まずそうに話すリリアーヌに、ニコラは複雑な気持ちを抑え、茶化すようにお道化(どけ)て見せた。


「ニコラにはたくさん心配かけて、申し訳なかったと思ってる」

「俺はリリィが幸せなら、いいんだよ。そんな顔しないで。

 丁度良かった、これから祖国に行って色々調べようと思っていたから。

 リリィを置いて行くのが不安だったけど、ジェレミーが改心して、しっかり守ってくれるなら安心だ」


 あれからニコラは、リリアーヌから神託の内容をくわしく聞くと、祖国に行くことを決断していた。

 自分たちの一族、ラグランジュ侯爵家について調べるために。


「でもニコラが一人で、祖国へ行くのは心配だわ。

 なるべく早く、帰って来てくれるわよね?」

「ああ、もちろん。俺はリリィの守護聖騎士だからね。

 これまでも、これからもずっと」


 しばしの別れを惜しむリリアーヌとニコラだったが、もう一人、この離別に納得のいかないエレオニーがいた。






「許さない、絶対に許さない……!」


 身重のエレオニーは癇癪を起し、ガシャン、ガシャンと次々にテーブルの上の茶器や、暖炉の上の飾り棚(マントルピース)に置かれた花瓶や燭台を床に叩きつける。


 床は割れた陶器の破片や水が散らばり、壁に飾られた絵画はペーパーナイフで切り裂かれ、豪奢な部屋は燦々たるありさまになっていく。

 侍女たちはすっかり怖れをなして、逃げ出した。


「見ていなさい、王妃リリアーヌ。

 決してあなたたちを、幸せになんかさせないから!」





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― 新着の感想 ―
[気になる点] エレの子供は本当は、前王と現王どちらの子? [一言] エレオニーってここで満足してれば、公爵位と次期国王の生母の立場でそこそこの生活出来たんですよね。 実際、側室産んだ子供を正室が育て…
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