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交差する想い

 

 

「もう休んだと言ってちょうだい」

「ですが……」


 侍女は不満そうにリリアーヌを見た。

 エレオニーを公妾にしてからというもの、王は王妃の寝所から遠のいていた。

 離宮に滞在している今は、あの寵姫が居ない。

 王の寵愛を取り戻す絶好のチャンスなのに、と侍女は思う。


 王に顧みられなくなってから、リリアーヌは華やかな社交の場から離れ、質素なドレスを着て辛気臭い教会や孤児院ばかり出かけている。

 なんて仕えがいのない主人だろうと、侍女たちはみんな歯がゆい思いで、日々過ごしているのだ。


「陛下の御渡りを無下になさっては。せっかくご寵愛がいただけるのに、もったいのうございます」

「いいから断って! なんなら具合が悪いとでも……」



(御渡りですって? エレオニーを抱いたジェレミーに、触れられたくなんかない――!)


 リリアーヌはぞっとして、鳥肌が立った。

 侍女は王を迎えるつもりがない王妃を見て、しぶしぶ出て行く。


 すぐに眠れそうにはなかったけれど、リリアーヌは目を瞑り、ベッドの中で息を潜めるようにじっとしていた。

 しばらくして外からガヤガヤと人の気配がすると、寝室の扉が開けられた。


「具合が悪いって聞いたけど、医師を呼ばなくてもいいのか?」


 蝋燭の燭台を持ったジェレミーが、つかつかと中に入って来て、リリアーヌの天蓋ベッドの紗幕(カーテン)を開けた。

 そして燭台を置くと、ベッドに腰掛けてブランケットを捲り、リリアーヌの顔を覗こうとする。


「大丈夫よ、すこし頭が痛いだけだから。寝ていれば治るわ」


(うそ、何で侍女は、ジェレミーを寝室に入れるのよ?)


「熱はないようだね」


 ジェレミーはリリアーヌの額に手を当て、顔を彼の方へ向けさせる。

 背を向けて身を固くしているリリアーヌに、夫の手が回され、引き寄せられた。


「いやっ! あの (ひと)を触った手で、私に触れないでっ!」


 とっさにパニックになって悲鳴を上げ、夢中でジェレミーを突き飛ばす。

 ジェレミーは、妻に拒絶されて驚き、目を見開いた。


 そこへ、廊下で警護していたニコラが、侍女たちの制止の声を振り切って、二人の居る寝室へ飛び込んだ。


「リリアーヌさま! 御無事ですか!」


 ニコラの姿に、ハッとしてジェレミーは我に返る。


「無礼者! 誰かこの者を捕らえよ!」


 外には王の護衛騎士たちも待機していた。

 ニコラが王妃の寝室に飛び込んだのを見て、自分たちも王を守るために貴婦人の寝所に踏み込むべきか躊躇し、判断に迷っていた。

 しかし王の呼ぶ声が聞こえたので、彼らも駆けつける。


 ニコラは剣の柄に手を掛け、真っすぐにジェレミーを睨んだ。


「俺は、主神フレイアの聖騎士だ。リリアーヌさまを守るよう教会から命じられている。例え、国王陛下であろうと、リリアーヌさまを傷つけることは許さない!」


 リリアーヌは真っ青になって震えた。

 自分のしたことが原因で、こんなに大さわぎになってしまうとは――。

 王の騎士たちが、剣を抜いてニコラを取り囲もうとしている。


(いけない、このままでは、ニコラが……!)


「待って! 何でもないの。ちょっと、その……眠っていたところに陛下がいらして、驚いただけです。皆も下がってください。ニコラ、あなたも」


 王の騎士たちは王妃の言葉に剣を降ろした。

 ジェレミーの方を見ると黙って頷いたので、彼らはほっとした顔で退室した。


 ただニコラだけは、まだ納得のいかない顔をして、その場に留まっている。


 リリアーヌはそんなニコラに、ジェレミーの腕を取って見せた。


「この方は私の夫です。いいから下がりなさい、早く!」


 ジェレミーはニコラとリリアーヌを交互に見て、不愉快そうに形のいい眉をしかめた。


「――そういうことか。ならば、君を気遣って遠慮することもない。夫の権利を行使させてもらおう」


 ニコラは自身の短慮から、さらにリリアーヌを苦境に立たせてしまったことに気づき、歯噛みをする。

 激情を堪えて手を握りしめると、仕方なく退室した。


 かすかに震えている妻を見て、ジェレミーは薄っすらと笑った。


「安心するがいい。僕は、君とニコラが情を通じているなんて、疑ってないから。昔から、君たちは主従でありながら姉弟のような親しさがあったけど。それは男女のものじゃなかった」

「……そうよ。ニコラは乳兄弟で、私に残された、たった一人の身内なの」


 上質なリネンの寝衣に結ばれたリボンを、ジェレミーがするりと解く。

 リリアーヌは顔を背け、口もとを手で押さえて嗚咽をこらえる。


 そしてただ、その時が過ぎ去るまで耐えた。



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