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邪神の牲  作者: あすか
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第7話 たった一つの願いさえも

 十歳になったら母と二人でこの家から逃げる。


 そう決意してから早五年。

 僕は八歳になった。


 基本的に生活は変わっていない。

 僕は父から暴行を受け、母は相変わらず自分の体を売って稼いでいる。


 ただ全く変わっていないかと言われればそうではない。


 五歳頃からだろうか。

 僕が死ぬ回数が減ってきた。


 決して父の暴力が減ったわけではない。

 僕が成長したことで、父の暴力だけでは死ななくなったのだ。

 体を鍛えた効果がでてきた……わけではないと思う。

 体を鍛えると言っても、父に見つかれば止めろと暴力を振るわれる。

 それに外に出ることもできないから、やれることは父が不在の時に筋トレをするくらい。

 正直、あまり効果があるとは思えなかった。


 それでも、年相応の成長で、父の暴力で死ぬことは減ってきた。

 父は僕に暴力を振るう際、武器は使用しない。

 殴るか蹴るかのどちらかだ。


 理由としては、おそらく僕に利用されるのを恐れているから。

 父が僕に負ける可能性があるのは、武器を使われたときだけ。

 武器が僕の手に渡れば、殺されるとでも思っているのかもしれない。

 だから、この家には僕の行動できる場所に刃物などは一切なかった。


 もちろん、武器がなくても当たり所が悪いと父の暴力で死ぬこともある。

 それでも、以前は毎日死んでいたが、今では週に1、2回。

 しかも死因の殆どは殺されることではなく自殺だった。


 殺されないだけで、暴力が減ったわけではない。

 死なないことで痛みがなくならないというデメリットがあった。

 特に骨が折れた場合は、死んだ方がよかったと思えるくらい痛みが続く。


 悩んだ結果、最近では骨が折れた場合や、痛みが引かない場合は自殺して生き返ることにした。

 ただ、刃物もないし、この家から出ることもできないので、自殺の方法に関しては苦労した。

 最終的には自分の服をロープの代わりにして首を絞めることで落ち着いた。

 下手に刃物で自殺をすれば、血とか飛び散っただろう。

 それを考えると、生き返った後に服を着れば自殺の証拠もないので、ちょうど良かったかもしれない。

 まぁ首吊ではなく、自分の力だけで絞め殺すので、最初は苦しいだけで苦労した。

 まぁ一度成功したら、二回目以降はそう苦労しなかったが。


 転生前に天使に自殺は最大の罪とか言われたけど……これは生き返る前提だから問題ないと思う。

 もし、これも罪に入るのなら……ははっ、僕はいつまで経っても罪を償いきれないかもしれない。

 まぁこれもこの家にいる間だけのこと。


 十歳になり、この家から逃げ出したら、もう死ぬことはないだろう。

 そこで、母と二人で暮らしながらゆっくりと罪を償っていけばいいんだ。


 その母だが……母の方も少し状況が変わってきた。


 母の収入が減ってきたのだ。

 あの天使と瓜二つの見た目ってのが少し複雑だが、五年経っても母は変わらず美しい。

 でも、どれだけ美しくても母も三十代。

 客が遠のいていっているようだ。


 僕としては母が体を売らなくて良くなるのはむしろ歓迎なのだけれど……母が稼げなくなれば、父は容赦なく母を捨て、僕を忌み子として国に売るだろう。


 ――僕の成長と母の収入減。

 もしかしたら、この生活の終わりが近いのかもしれない。

 十歳と言わずに、少し早めに行動を起こすか?



 ――そんな事を考えていた矢先に、その事件は起こった。



 僕と母が一緒に寝ていると、バンっと玄関のドアが壊れそうなくらい大きな音を立てて父が帰ってきた。


 どうやらかなり機嫌が悪いらしい。

 どうせギャンブルで負けたか、女に相手にされなかったのか。

 そんなとことだろう。


 だいぶ酒も入っているようなので、このままおとなしく寝てくれれば……と思ったが、そううまくいくはずもなく。

 そして、僕と母を見つけると、有無を言わさず母から僕を取り上げようとする。


「やめて! この子に乱暴しないで!」

「うるせぇ!!」


 父は母の頬をぶつ。

 普段なら顔は絶対に傷つけないのに……かなり悪酔いしているようだ。


 母がぶたれた反動でよろめいた隙に、父は僕を引っ張り上げ、母から離す。


「くそっくそっくそおおお!!」


 そして、叫びながら僕に蹴りを入れる。


「貴様のような忌み子を飼っているから負けるんだ!! 全部……全部貴様のせいだ!!」


 やはりギャンブルで大損したらしい。

 父のこの理不尽な八つ当たりに、僕は何もせずにされるがまま。

 下手に睨みつけたり、反撃したりすると、僕が忌み子だということを公表し、国に売るだろう。

 僕は亀のように丸まって身を守る。

 前世でもそうだったが、この体制が一番ダメージが少ないと思う。


 ……だから気づくのが遅れた。


 今日の父はかなり……ではなく、とんでもなく機嫌が悪かったことに。


 ――父が刃物を持っていたことに。


 父の踏みつけがいつもより早く終わったかと思った瞬間

「しねえええ!!」

「だめえええ!!」


 父と母の叫びが同時に聞こえ……僕の背中に母が覆いかぶさった。


「え……」


 一瞬何が起こったか分からなかったが……母の悲鳴と、背中越しに母に何かが突き刺さる感触が伝わった。

 ぐらりと母が僕の背中から力なく崩れ落ちる。

 僕は慌てて起き上がり、倒れている母を抱き上げる。


 抱き上げた左腕にぬるっとした生暖かい感触。


 ――血だ。

 母の背中にはナイフが刺さっていた。


「かあさまっ!!」


 僕はあらんかぎりの声を上げる。


「よかった……ぶじで……」


 母がか細く声を上げる。


「なん……で」


 僕には目の前の光景が理解できなかった。

 母は僕が刺されても死なないことは知っているのに!!

 かばう理由なんてないのに!!

 なのに良かっただなんて……それで死んだら……ただの無駄死にじゃないか!?


「私は……あなたの……母親だから」


 母は苦しそうに、そう答えた。

 息子が不死だとしても関係ない。

 たとえ自分が死のうが……それがただの無駄死にだろうが、愛する息子が傷つけられようとするのを守らなくて何が母親だと。


「もう少し……一緒にいたかったけれど……ごめんなさい」


 そこでゴホと母が吐血する。


「かあさま! もういい。喋らないで!」


 早く助けないと!

 背中のナイフを抜いて……いや、そうすると血が飛び出す。

 どうすればいいの!?

 戸惑う僕の頬に母の手が差し伸べられる。


「母は先に逝くけれど……母から最後のお願い……聞いてくれる?」


「最後だなんて!?」


 そんなこと言わないで!!


「ごめんね……でも、お願いだから、復讐なんか考えないで」


 最後のお願いが……こんなときまで……。


「最後まで……決して諦めないで。そうすれば……最後は……きっと幸せになれるから。だから……まっすぐに生きて愛しい我が子――」


 それが母の最後の言葉だった。


「かあさまああああ!!」


 僕は母の亡骸に抱きついて泣いた。

 なんで……どうしてこんなことに……。


 そこに強い衝撃が僕に襲いかかった。

 背中を強く蹴られたようだ。


 母を刺したことで呆然としていた父が我に返ったようだった。


「おいっ!? てめぇのせいで、大事な金づるが死んじまったじゃねえか!! ええっ!? どうしてくれるんだよ!!」


 そう叫びながら父は僕を蹴り続けた。


 ――そうだ。僕のせいだ。


 終わりが近いと分かっていたじゃないか。

 すぐに行動を起こすべきだったんだ。

 母が死んだのは僕のせいだ。


 でも……母を殺したのはこの男だ。


 ――お願いだから、復讐なんか考えないで


 たった今聞いたばかりの母のお願いが頭をよぎる。


 母の……最後のお願い。

 でも……僕は父が憎い。憎くて仕方がない。


「わああああああ!!」


 僕は半ば無意識に母の背中に刺さったナイフを抜くと、父に向かってナイフを振り回す。


「うわっ!?」


 思わぬ反撃に、父が後ろに下がる。

 僕が振り回したナイフは父の腕をかすめただけだった。


「てめぇ……」


 怒った父はすぐに僕の腕を取り、ナイフをはたき落とす。


 そして、拾ったナイフで僕を突き刺す。


「忌み子の分際でえええ!!」


 そのまま父は何度も……何度も僕の体をナイフで刺す。

 痛みはあまり感じず……僕の意識は急速に薄れていった。


 ――このまま僕も母と一緒に死ねたらいいのに。


 でも、その願いはかなわない。

 母だけ死んで……僕はきっと目を覚ます。


 ――母と二人だけで穏やかに暮らしたい。

 この理不尽な世界は、たった一つのささやかな願いさえも、僕から奪っていった。

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