第54話 マッドサイエンティストの真髄
幸いなことに、10分ほどで所長の意識は戻った。
ある程度覚悟していたからか、思っていた以上に早かったな。
「あははははっ!? これが死の痛み、苦しみか! すごい。すごいぞ!」
意識が戻るなり興奮状態の所長。
「やはり何事も経験しないと。データだけじゃ、この苦しみは分からないね。ふふん。死にそうな痛みや苦しみを味わったことのある人はたくさんいると思うけれど、実際に死んだ痛みを経験したのは私くらいだろう」
……いや、目の前に1万回以上経験した人がいるんですが?
まぁ僕以外だと所長だけかもしれないが。
「さて、次はどの死に……」
「ちょ、ちょっと待った」
また死のうとする所長を慌てて止める。
「なんだい不死君。邪魔しないでくれる」
「いやいやいや、邪魔とかじゃなく……とりあえず服を着てくれ」
「おやっ? そういえばどうして私は裸なのかい?」
今気づいたのかよ。
……でも、僕も気づかなかったから、人のことを言えないが。
「ベルが所長の死体を供物として取り込んだんだよ」
僕がそう言うと所長は納得した。
「ふむ。供物にしてもらうのは構わないけれど、服が無くなるのは困るね」
……供物になるのは構わないんだ。
「じゃあしょちょーさんを供物にする時は、服は供物にしないね」
「……できるのかよ」
「仕分けるのが面倒だから、まとめて供物として取り込むけど、本来欲しいのは生命エネルギーだからね。それ以外はむしろ邪魔だよ」
面倒だから服ごとだったのか。
「ベル。じゃあ僕も今度から死んだ時は服を残しておいてくれ」
どうせ、僕も死んだら体ごと取り込まれるだろう。
多分、体を取り込むなって言ったって、無駄だろうし、後処理のことを考えると、一度無くなってしまった方がありがたいまである。
「おっけー。でも、流石に生き返った時に、服を着た状態には戻せないよ」
……まぁそれは仕方ないだろう。
「じゃあ話も終わったことだし……」
「だから待てって。というか早く服を着てくれ」
いつまでもオッサンの裸は見ていたくないぞ。
だが、僕が言っても所長は着替えようとする素振りすら見せない。
「いやぁ。どうせまたすぐ死ぬんだから、着替える必要はないんじゃないかと」
「だから何でまた死ぬんだよ。不死になったのは分かったんだから、もういいだろ」
「そんなことないよ。せっかくだから、あらゆる痛みを試してみないと。不死君にだって試したよね」
「確かに色々試されたし、同じ痛みを味わわせてみたい気持ちはあるけど、今する必要はないだろ」
「ははっ。正直だね。でも、私は不死君と違って10日間しかないからね。色々とやっておかないと」
別に契約魔法は何度でも使えるから、10日が過ぎたら延長することだって可能だと思うけど……それ以前に何で不死になったか忘れてないか?
「あのさ。当初の目的を忘れてないか? 所長が不死になったのは、空を飛んで研究所に向かうからだぞ」
「あー、そういえばそうだったね。忘れていたよ」
本当に忘れていたのかよ。
「う~ん。私はここに残るから、不死君とベル君で行ってきてよ」
「「はぁ!?」」
さっきとは真逆の意見に僕とベルは驚く。
「空を飛んでみたいことは事実だけれど、今はそれより死を体験したいからね」
所長って、マッドな研究者かと思わせて、実は意外と常識人だったけど……やっぱりマッドな研究者だったな。
「……まぁ置いていっていいなら置いていくけど」
所長が不死になったから、死ぬ不安はなくなったけど、飛行魔法に不安が残るのは変わらずだから、置いていっていいなら置いていくだけ。
「あっ、じゃあさ。この馬車の中に魔法陣を設置していい?」
ベルがいれば所長の死体を供物にできるが、ベルが近くに居ないと、供物として取り込めない。
だが、広場同様魔法陣があれば、そこで死ねば供物として取り込めるらしい。
「ああ。それは助かるね。是非お願いするよ」
所長としても、馬車の中が血や肉片で汚れるのが防げるからありがたいらしい。
それと供物のカウント稼ぎも考えているのかもしれない。
僕と同じように1万回死ねばベルにお願いできるもんな。
……10日じゃ物理的に無理だろうけど。
馬車に魔法陣を設置した後、僕とベルは馬車を降りる。
入れ違いで所長が馬車に部下を一人入れていたけど……彼が所長を殺す役割をするのかな。
洗脳中とは言え、損な役回りだよな。
「じゃあボクたちも早く行こうよ」
「ちょっと待て。今からイメージするから」
契約魔法は融通がきかないからな。
しっかりとイメージしないと。
――自由自在に空を移動できるようになれ。
単純に空を飛べるようになれと唱えると、飛ぶだけで思うように進まなくなったり、進めるけど移動速度が遅かったりしそうだ。
自由自在と条件付ければイメージ通りに空も飛べるはず。
「わわっ!?」
試しに浮かんでみろと念じると、まるで無重力空間に言ったようにふわりと体が浮かんだ。
「おっちゃんと浮かべたね。じゃあ少しだけ飛行練習したら出発しようか」
僕は10分ほどベルと飛行練習をし、研究所へ向かった。




