第5話 優しさに包まれながら
僕は3歳になった。
何度も死んでは蘇生を繰り返していたので、成長しないんじゃないかと思っていたが、ちゃんと歩けるようになったし、一人でトイレにも行けるようになった。
この世界の言葉だって覚えた。
文字はまだだが……母と会話できるようになっただけで十分だ。
だけど、相変わらず僕は毎日のように父に殺され、地獄のような日々を送っている。
煩くしてもない、臭くもないのにだ。
結局、父にとって、僕を殺す理由なんてなんでもいい。
単純に僕のことが嫌いなだけだから。
どうやら僕は忌み子と呼ばれる呪われた存在らしい。
まぁ不死の呪いを持っているから、呪われた存在というのも間違いではないが……おかげで父は僕のことを嫌っている。
忌み子は周囲にも災いをもたらすと言われているいるので、僕がいるだけで不幸になると思っているようだ。
だが、その考えは父だけではなく……この世界の人間すべての考えでもあるようだ。
その為、僕はまだ一歩もこの家から外に出たことはない。
外に出れば、周りは父のような人間ばかりに違いないから。
――成長しても、僕の世界はこの家の中だけ。
でも、それでいいと思う。
だって、この世界で唯一、僕を忌み子として扱わない母が一緒にいてくれるから。
僕と同じく、この3年間、母の生活も変わらなかった。
いや、以前よりもより過酷になったと思う。
……僕が成長したせいで。
僕が成長したことにより、母乳だけじゃなく、食事が必要となったのだ。
だけど、僕の食費のせいでお金が減ったら父に怒られてしまう。
だから、その分余計に働いて……稼げなかったときは、自分の食事を減らしてでも僕に分けてくれて。
正直な話、僕は食べなくても問題ない。
だって仮に餓死して死んでも、すぐに蘇生するからだ。
しかも蘇生時は健康状態なので、空腹感もないし、栄養が足りてないってこともない。
まぁ毎回餓死していたら、外部から栄養を摂取しない分、成長は遅くなるだろうけど。
ただ、その心配も必要ない。
だって餓死するよりも早く父に殺されるから。
だから、毎日死んで蘇生すれば、毎日ちゃんと食事を取ったことと同様の状態になるのだ。
でも母は違う。
母は死んでも蘇生できないから、食べないと生きられない。
母には生きてもらわないと……母が死んでしまうと、僕の生きる意味がなくなってしまう。
僕は母がいるから、この地獄のような環境でも我慢して生きられるんだ。
前世よりも痛い目にあっても、僕のことを愛してくれる人がいるだけで、前世よりも幸せだと感じるんだ。
だから僕は母に死ねばいいだけだから、食事はいらないと。
自分の分を分け与えてくれなくても良いんだと。
僕の食費の分まで無理して働かなくても良いんだと。
そう母に伝えると……初めて母に怒られた。
「死ねばいいだなんて……そんなこと二度と言わないで」
悲しそうに……今にも泣きそうになりながら母は言った。
僕が死なないのは知っているのに。
それでも死んじゃだめだと。
「私は母親失格です」
父から僕を守れないこと。
ほとんど一緒にいてあげられないこと。
満足に食べさせてあげられないこと。
死んだら駄目だと言っているのに、何度も何度も死なせてしまったこと。
母としてこんなに悔しいことはないと。
「それでも……どんなに母親失格だろうとも、それでも私はあなたの母親なんです」
せめて手の届く範囲にいるときだけでも守ってみせる。
母親だからちゃんと大きくなるように食べさせる。
だから自分から死ぬなんて言わせない。
「愛する息子のために頑張ることが無理なもんですか」
そう言って母は笑顔を浮かべ、僕を抱き締める。
――この温もりを手放したくない。
この温もり……母を守るためなら、僕は何でもする。
僕は母の優しさに包まれながらそう誓った。