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邪神の牲  作者: あすか
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第4話 転生したその先で

 僕の願いはやっぱり叶わなかった。


 目を覚ますと、僕は赤子の姿になっていた。


 ……学校や家でイジメられて、自殺したこと。

 そして世界の狭間で天使と会話したこと。

 全部ハッキリと覚えている。


 つまり、あの天使の話が全部真実だとしたら、ここは来世で、しかも異世界ってことになる。

 そして、僕は不死の呪いを受けていて、前世より過酷な人生を送ることになる。


 嫌だ!? そんなの絶対耐えられるはずがない!?

 僕は思わずそう叫んだ。……つもりだったが、赤ん坊の僕が叫べるはずがない。

 実際にはぎゃあぎゃあと泣き声にしかならなかった。


 ――次の瞬間、まるで走行中の自動車にぶつかったかのような、ものすごい衝撃を受けた。

 あまりの衝撃に、僕の体はその場から吹き飛んで、壁にぶつかる。


 いったい何が起こったのか!?

 突然のことに驚きすぎて、泣いていたことすら忘れ呆然とする。

 そして……少し遅れて全身に痛みがやってきた。


 痛い痛い痛い痛い!!!

 痛いどころじゃない!? これ絶対どっかの骨が折れている。

 でも……赤ん坊の僕は、痛みでのたうち回ることも、痛い場所を触ることもできない。

 今の僕にできることはただ泣き叫ぶことだけ。

 すると……また体に衝撃を受ける。

 ただし、今度は横からじゃなく上から。

 その衝撃は、連続して何度も何度も……。


 ――ぎゃははは

 ――あはははは


 ふと、頭の中に笑い声が蘇る。

 ここにはいないはずの、クラスメイトの笑い声が。


 ――ゴミにはお似合いだな。

 ――ほら、便所虫なら、舐めて汚れを拭き取りな。


 ああ……この痛みはあの時と同じなんだ。

 トイレでイジメられているときの……うずくまっている僕の背中を踏み続けているクラスメイトの攻撃と。


 そっか……今僕は踏まれているんだ。

 さっきのは、蹴られたんだ。

 赤ん坊だから……思いっきり蹴られたから、サッカーボールみたいに僕の体が飛んでってんだ。


 でもなんで……なんでいきなりこんな目に……

 僕はそう思いながら、また気を失った。



 ****


 目が覚めると……はぁ。

 思わずため息が出そうになる。当然ながら僕は赤子のままだった。

 やはり夢じゃなかったのか。


 でも、気を失う前の痛みはどこにもない。

 あの痛みは完全に骨が折れてたし、あれだけ踏まれたんなら、アザだらけになっていそうだ。

 まぁまだ寝返りも出来そうにないし、目もボーッとして、ほとんど見えないから、自分で確認することはできないが。

 でも、本当に全く痛くないから、アザもない気がする。


 どういうことだ?

 あの天使の話だと、不死の呪いは死なないだけで、怪我は治らないはず。


 ……もしかして夢?

 すでに転生も天使の話も疑っていないが、さっき蹴られたのは夢だったとか。


 う~ん。

 あの痛みは夢とは思えなかったけど……もし夢だったら、どんな悪夢だよと言いたい。

 それとも過酷な人生ってのは、毎日悪夢を見るって効果でもあるのか?


 そう思っていたが……たとえ悪夢だったとしても、夢だったらどんなによかったことか。

 これが現実だと気づくのに、そんなに時間はかからなかった。

 なぜなら、全く同じようなことが何度も起こったから。

 同じように蹴られ、踏まれ……そして、その度に気を失って、目が覚めると痛みと怪我がなくなっていた。


 この繰り返しの過程で、やはりこれは不死の呪いの効果だと気づいた。


 天使の言う通り、不死の呪いに回復効果はなかった。

 何度か気を失わずに、痛いままの状態で治らなかったことがあるので、間違いないだろう。


 不死の呪いの本当の効果は、肉体が死んだ時に生き返る……自動蘇生だった。

 蘇生時に怪我が完全に治って健康状態にまで戻るようだ。


 まさに呪い。

 僕が絶対に自殺できないようになっている。

 しかも、怪我や痛みは肉体が死ぬ直前までそのまま。

 死なないようにするだけなら、怪我した瞬間に回復するようにすればいいのに。

 ギリギリまで苦しめてやるという天使の悪意を感じる。


 そして、この不死の呪いは、僕が罪を償いきるまで、無くなることはない。

 罪を償うには善行を行うしかない。

 でも、すでに赤子の時点で何度も蹴り殺されている。

 これからの未来……待っているのは間違いなくこれ以上の地獄。

 僕は本当に耐えられるのだろうか?



 ****


 新たな世界で……何度も蹴り殺されている間に、分かったことがある。


 まず一つ目。

 どうやら僕のいるこの家には、僕を含めて三人の人間がいる。

 状況から考えて、残り二人が僕の両親だろう。

 ただ、ここは日本ではなく異世界。

 言語翻訳なんて便利なものを持っていない僕には、言葉が理解できなかった。


 そんな僕が、この世界で初めて理解した言葉は『うるせぇ』だった。

 僕を蹴り殺していた人物――僕の父の行動から、それを理解した。

 父は僕が泣き声を上げると、決まって同じ単語を口にしながら僕を蹴った。

 だから僕は父が放つ単語が『うるせぇ』だと理解した。


 だから僕は父の前では声を出すことを止めた。

 痛いのを我慢して、必死で声を出さないように。

 これで蹴られることはない……はずだった。


 次に僕が理解した言葉は『くせぇ』だった。

 僕が排泄したら父に『くせぇ』と蹴られた。

 毎回、排泄してからしばらくして蹴られたから『くせぇ』で間違いないと思う。

 赤子の僕には、声を発することは我慢できても、生理現象を我慢することなんかできない。

 もちろん父が処理をしてくれるはずがない。

 だから僕は蹴られた痛みと、お尻の気持ち悪さを我慢し続けるしかなかった。


 おそらく父は僕が死なないことを知っている。

 というか、あれだけ蹴られて死なないし、怪我もなくなっているから、気付かないほうがおかしい。


 だから父は平気な顔して僕に暴力を振るった。

 むしろ父は僕の存在自体が気にくわないようで、殺したいのに殺せないから、八つ当たり気味に暴力を振るい続けているように見えた。


 正直、前世の父も最低だったが、それでも暴力は振るわなかった。

 まさか、あの最低な父以上に最悪な父になるなんて……今世がより過酷なのは間違いなかった。


 ただ……こんな最悪な状況でも、唯一前世よりも良いことがあった。


 それは母の存在。


 最初、母への印象は最悪だった。

 なにせ母の顔……それに髪の色と瞳の色まで、僕をこの世界に送った天使と瓜二つだったから。

 もちろん似ていたのは顔だけ。

 翼も生えていないし、天使のように性悪ではない。

 それどころか、母は僕を優しく抱いて……愛してくれた。


 ただ、母は家にいないことが多かった。

 働かずに昼間から酒を飲み、暴力を振るう最低な父の代わりに、母が働いているからだ。

 母は仕事から帰ると、父から蹴られている僕を見つけ、『やめて!』と叫びながら体を張って庇ってくれた。

 この『やめて』が僕が覚えた三つ目の言葉だった。


 もちろん父は母にも容赦はしない。

 僕を庇うことで、平気で母にも暴力を振るう。

 ただ、母に対しては、髪を引っ張ったり、背中を踏んづけたりと、体に傷が残るような暴力は振るわなかった。

 体を傷つけると仕事に影響があるからだ。

 母がどんな仕事をしているか……何となく想像がつく。

 そして父は母から金を取り上げると、酒を飲みに外へと行く。


 父がいなくなった後、母は泣きながら僕に同じ言葉を投げ掛けた。

 それが四番目の言葉『ごめんね』だ。


「ごめんね……ごめんね」


 母はそう言いながら、僕の汚れたお尻を綺麗にして、優しく抱きしめる。

 前世でさえ味わうことの出来なかった母の温もり。


 この短い時間が、僕の唯一の幸せだった。

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