第17話 生き物を辞めた日
あれ以来、僕は一度も殺されることはなかった。
それどころか、牢の扉を開くことさえなかった。
父達は僕を殺すことに飽きたのか……それとも、僕が少しでも逃げる可能性を減らすためか。
どのみち牢に入ってこなくても……すぐそばに人の気配があるのは分かる。
それに、拘束された身じゃ逃げることもできないし。
仮に逃げられる方法があったとして……誰かに助けられたとして、僕は逃げるだろうか?
――多分逃げない。
母や……リリちゃん母娘のように、もう僕のせいで誰かが傷つくのは嫌だ。
父達が僕を放置するだけなら……僕はもうずっとこのままでいい。
何も考えず、横たわって眠っているだけで……。
ただ……ひとつだけ辛いのは、殺されないことで、お腹が空くこと。
今まではお腹が空く前に殺されるから、餓死がどれほど辛いか分からなかったが、飢餓というのは……水分すら取れないのは、これ程辛いものなのか。
食べられないだけで、お腹が空かないことは、どれだけ楽だったことか。
自殺もできないこの状況で、初めて理解することができた。
そして……もはや何日過ぎたのかすら分からない。
三回の餓死を繰り返した後。
ついに、国からの使者がやって来た。
「――この子供が例の忌み子か?」
使者が尋ねる。
国からの使者って話だったから、偉そうな人かと思ったら……兵士が数人だけだった。
「はっはい。コイツがどんなことをしても死なない忌み子でさぁ」
父が兵士に返事をする。
へこへこして……いつもの横柄さは全く見当たらない。
「本当にどんなことをしても死なないのか?」
「気になるようでしたら、試してみては如何でしょうか?」
「ほう? 試すか」
兵士はそう言うと持っていた剣を、僕の腹に突き刺す。
あまりに躊躇なく……無表情で刺したため一瞬何が起こったのか分からなかった。
理解が追い付いたのは、腹が焼けるような痛みを発したからだ。
「んんんんんん~~~~!?」
久しぶりに刺されたせいか、槍の時よりも酷い痛みを感じる。
「おい。普通に死にかけているぞ」
「コイツは死ぬまでは普通の人間と一緒なんでさぁ。この傷ならもうすぐ死ぬと思うんで、少し待ってくだせぇ」
兵士は僕から剣を引き抜く。
腹から大量の血が吹き出る。
自分の中で急速に血が無くなっていくのが分かる。
血が流れすぎたせいか、体が急速に冷えていく。
そのまま僕は気を失い……!?
「んぐ!?」
痛みで目を覚ます。
僕の腹には……また剣が刺さっていた。
この兵士……僕が死んで目を覚ます前に、また殺そうとした!?
おそらく傷がなくなったから、また刺したんだろうが……意識が戻る前に痛みで意識が戻るのは初めてだったので……生き返ったんじゃなく、死なずに痛みが継続している気分になる。
「ふむ。どうやら嘘ではないようだな」
そう言って兵士が僕に何度も剣を突き刺す。
「んんっ!? ん、んんん!!?」
刺される度に血が吹き出て……僕は時間を置かずに何度も殺される。
「ふむ。生き返っても、流れた血はそのまま。しかし、体内では血も再生しているのか。腕を斬り落としたらどうなるか」
「隊長。忌み子の確認は取れましたし、これ以上は彼奴等の仕事では?」
僕を刺していた兵士を別の兵士が止める。
「……仕方ない。よし、この忌み子を連れて行け」
「はっ」
隊長の言葉で残った兵士が僕を抱えて移動する。
「あ、あの……その前に、忌み子を見つけた場合の……」
兵士が僕を連れ去ろうとしたので、父が慌てて引き止める。
「……分かっている。では所有者の貴様には金貨百枚。この村は二年間の税を免除とする」
「ありがてえ!!」
「おおっありがとうございます」
父と町長が歓喜の声をあげる。
そして金貨の入った袋を父が受け取ると、中身を確認し……もう僕には一切目もくれなかった。
「さて、貴様には我々の役に立ってもらおうか」
僕は逃げることが出来ずに兵士達に連行された。
この日から、僕は人間でも忌み子ですらない。
生き物とすら扱われず、ただの実験体となった。




