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邪神の牲  作者: あすか
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第14話 優しさには必ず裏がある

この投稿前に、10話後に10.5話、12話後に12.5話を投稿しましたので、よろしければそちらも御覧ください。

 僕は今、門の休憩所で体を洗っていた。


 話を聞く前に、まずは体を綺麗にしなくちゃな。

 門番のおじさんはそう言って、お湯とタオルと石鹸、そして着替えを用意してくれたからだ。


 確かに山を降りてきたから……まぁ途中からバッコスさんに背負ってもらっていたけれど。

 それでも汗もかいているし、スッキリしたい気持ちはあった。


 石鹸……ずいぶん久しぶりだ。

 母が居た頃は、たまにだけど、仕事場から石鹸を持ち帰ってくれた。

 ……仕事場からってのが、少し複雑な気分だったけれど。

 それでも、石鹸が使えること自体がありがたかった。


 今使っている石鹸も、日本で使っていたのよりは質が悪いが、スッキリする爽快感が堪らなかった。


 体を拭いた後は、用意された汚れのない真っ白なシャツに袖を通す。

 こんな普通のことに感動してしまう。


 着替えはあの母娘が用意してくれた服を着ていたのだが、それしか持ってないと言うと準備してくれたのだ。

 ちなみに元々着ていた服は、一角猪(ポーンドボア)に殺された時に、大穴ができていた。

 あれ、バッコスさんは何も言わなかったけれど……ファッションでした、とは思ってくれないだろう。

 たとえバッコスさんが忌み子の話を知らなかったとしても、一目瞭然だったわけだ。

 というか、僕がバーバラの町の出身とも知っていたし、間違いなくバレていた。


 それでも助けてくれたし……門番のおじさんも親切にしてくれている。

 もしかしたら、バーバラの町が異常だっただけで、他の町は普通の町なのかもしれない。


 もしかして、この町でなら、ちゃんとした生活が送れるかも?

 僕はそう期待してしまった。


「おっすっかり小綺麗になったな」


 着替え終わったタイミングで門番のおじさんが戻ってきた。


「おじさん。本当にありがとうございました」


 この世界に転生してから初めて人らしい対応を受け、心からお礼を言う。


「これがおじさんの仕事だからね。別にいいってことよ。それより腹が減ってるだろう?」


 おじさんは僕の目の前にシチューを置く。

 暖かい料理……。

 昨日の焼き肉も美味しかったけれど、それとはまた違った魅力がある。


「ははっ、見てるだけじゃお腹は膨れないぞ」


 僕はシチューに目を奪われていると、おじさんが笑う。


「でっでもお金が……」


 既にシャツを貰っているのに、この上シチューまで貰ったら……。


「子供がお金のことなんか気にすんな。それに、もし経費で落ちなかったら、バッコスから請求してやるから、大丈夫だ」


 いや、バッコスさんに請求がいくのは申し訳なさ過ぎるんだが……でも、目の前のシチューの魅力には勝てなくて。

 心の中でバッコスさんには謝りながら、僕は食べ始めた。


「じゃあ俺は仕事に戻るからよ。食べたらそこのベッドで休んでてくれ。交代が来たら戻ってくるから、そしたらバッコスのところに行こう」


 おじさんの言葉に僕はほぼ無意識に頷く。

 それほどまでに、このシチューは美味しかった。

 別に特別なシチューではない。

 肉すら入ってない野菜のシチュー。

 それでもこんなに美味しいと感じるなんて信じられなかった。

 このままいつまでも食べ続けたい。

 食べ終わった器を舐め回したい。

 そう思っている間に、僕はシチューを完食していた。

 ……いや、流石に舐め回さないけどね。


 ――そういえばあのおじさんは何て言っていたっけ?

 確か仕事が終わるまで待ってろとか、そんな感じだったような……。


 ベッドも使っていいと言ってたよね?

 そういえば床でしか寝たことがなかったから、ベッドで寝るのは初めてだ。

 ……さぞかし気持ちいいんだろうな。

 食べたら眠くなってきたし……遠慮なく使わせてもらおうかな。


 起きたら、もう一度おじさんにお礼を言おう。

 その後でバッコスさんにも忘れずにお礼を言わなくっちゃ。



 この時の僕は、完全に浮かれていた。


 母娘に助けられ、バッコスさんに助けられ、体も洗って、美味しいものを食べて、そしてベッドで寝られる。

 これがどれだけ幸せなことか。


 でも……優しさには必ず裏がある。

 そんなことは重々承知しているはずなのに。


 本当なら滞在許可証を発行するためにここにいることを。

 それなのに、いつまで経っても話すら聞かないことを。

 起きたらバッコスさんに会いに行く?

 その前にすることがあるはずだろうと。


 少し考えれば分かることだったのに。

 それなのに 満足して何も考えずに眠りについた。

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