第11話 食べる喜びと食べられる恐怖
僕は教えられたとおり、隠された抜け穴を通り抜ける。
――本当に外に出られた。
でも、喜んでいる場合じゃない。
早くこの場から逃げ出さないと。
僕が逃げ出したことが分かると、国に引き渡すことができなくなるので、絶対に追手がかかるはずだ。
しかし、どこに逃げればいいんだ?
道沿いに逃げればすぐに見つかってしまう。
じゃあ山の方へ逃げる?
山の方が追手に見つかりにくいのは間違いないだろう。
しかし、僕が山に逃げるのは多分予想されている。
追手の殆どが山狩りを行うだろう。
しかし……隠れられる場所ない道沿いよりも、隠れる場所が多い山の方が逃げられる可能性があると思う。
僕は山へ向かうことにした。
と、その前に……これが荷物か。
抜け道の直ぐ側にリュックが置かれていた。
僕は中身を確認する。
水とパン……それにナイフと着替え。
そういえば、今僕が着ている服は二週間以上そのまま。
槍で刺されて穴ぼこだらけ、匂いもきついだろうし……ボロボロだ。
こんな姿の人間に会ったら、追手じゃなくても怪しまれてしまう。
僕だけだと着替えなんか準備しなかっただろうから、本当に助かる。
そしてナイフ。
最低限の護衛のためだろうが……最悪、これで自殺することもできるな。
逃げる途中で怪我をしたり、体力がなくなって動けなくなった時には自殺もする必要があるだろう。
水とパンは……別になくても自殺すれば餓死する心配はない。
でも……僕はゴクリと生唾を飲み込む。
二週間以上、飲み食いをしていなかった僕にとって、その固そうなパンはどんなごちそうよりも美味しそうにみえた。
今すぐ喉を潤したい。
今すぐパンにかじりつきたい。
でも、急いでここから逃げ出さないと。
僕は必死にその欲求を抑え……荷物を背負い、山へと向かった。
****
初めての山歩きは想像以上の辛さだった。
家で筋トレはしていたけど、本格的に歩くのはこの世界に生まれてきて初めてのこと。
夜だから暗くてよく見えないし、時おり魔物の鳴き声が聞こえてくる。
僕はすぐに体力を消耗してしまう。
それでも僕は懸命に逃げた。
歩けないほど疲れたら、ナイフで自分の首を斬り、死んでリセット。
健康状態に戻るを繰り返した。
……今のところ、追手の気配はない。
まだ気づかれてないのか、山じゃなく道沿いの方に追手を差し向けているのか。
そうならどれだけありがたいことか……だが油断は出来ない。
僕は引き続き慎重に進むことにした。
夜が明けた。
やはり山に追手が入った気配がない。
……少し休憩するか。
そういえば、結局まだ何も食べてない。
せっかくだから、貰ったパンを食べることにした。
「あ……」
食べた瞬間、自然と涙が出た。
特に味もない固いパン。
それなのに、こんなにも美味しいと感じる。
餓死しないから食事は必要ない。
以前僕は母にそう言ったけど、それは間違いだった。
食べることで、こんなにも心が満たされるなんて……改めて母は僕をちゃんと育てていてくれたんだと実感した。
「……ん?」
食べることに夢中で全然気づいてなかったが、そこに木の実がなっているのを発見した。
……食べられるのかな?
見た目は木苺っぽいけど……流石にこの世界の木の実のことは全く分からない。
でも……食べてみたい。
なぁに、毒なら死ねばいいだけだ。
僕は迷わず木の実を口に入れた。
「~~~っぱい!?」
口の中に酸味が広がる。
すっぱい。とてもじゃないけど食べられたものじゃない。
だけど……味がある。それがどれだけ嬉しいことか。
僕は一心不乱に食べた。
――他にもないかな?
僕がそう思い探し始めると……ガサっと音がした。
しまった!? 油断した。
食べることに夢中で全く周囲を警戒していなかった。
僕は慌てて音がした方を振り向くと……そこにはイノシシがいた。
いや、僕が知ってるイノシシとは少し違う。
そのイノシシは……僕の想像しているイノシシの倍以上の大きさがあり……さらに角があった。
このイノシシが父の言っていた一角猪だ!
初めて相対する魔物に僕は震えが止まらなかった。
どうやら一角猪はかなり怒っているようだ。
理由はイノシシの視線を見れば分かる。
僕が食べ散らかした木の実。一角猪はこれを狙っていたのだろう。
「フゴッグルルゥ」
一角猪が僕を威嚇するように鳴く。
――食べられる!?
その瞬間、僕はそう感じた。
イノシシが草食か肉食か知らないが……この一角猪は両方とも大丈夫なのだと思う。
僕は震えながらナイフを手に持つ。
こんなナイフで一角猪に勝てるとは思えないけど……この状態で逃げ切れる自信はなかった。
負けて死ぬだけならそれでいい。
だけど……もし食べられたら、僕はどうなる?
仮に僕を殺した後で食べようとしたら……僕は生き返るだろう。
その時、僕は生きている状態で一角猪に食べられることになる。
おそらく、一角猪の腹が満足するまで何度も何度も……。
ただ……生き返る際に、食べられた部分は再生するのか?
今までの死では、槍で刺されたり、ナイフで切ったりしたが、肉体が欠けることはなかった。
結局、縛られているときも、父が切り落とすと逃げられるから切り落とすなと言ってたけど……再生するかどうかまでは分からない。
血は流れたら、流れっぱなしで、体に戻ることはなかった。
血が足らないって印象はなかったので、ちゃんと血液は再生されたのだが……肉体はどうだろう。
生き返った時に、切られた部分とくっついて再生するのか。
それとも、切り落とされた部分はそのままで、生き返る場合に新たに生えてくるのか?
生き返った時に、傷がふさがるだけで、再生しないのか。
試してないので分からない。
というか、試したくもない。
だから……もしこの一角猪に食べられるようなことがあったら……最悪、食べられた部分が再生すれば問題ない。
だけど、再生しなかった場合と……もし再生しても、食べられる部分が心臓だったら?
僕の死と再生がどこを基準にしているか分からない。
心臓なのか脳なのか……それとも、残っている肉体が多い部分なのか。
下手したら一角猪の腹の中で、死と再生を繰り返す肉塊となってしまうかもしれない。
それは……死よりも怖い恐怖だった。
「う……うわああああ!!」
僕は……ナイフを構え、正面から一角猪にぶつかっていった。
だが、僕は逆に一角猪に吹き飛ばされる。
「がはっ!?」
やっぱり勝てるわけない。
何とか逃げるしか……。
だが、僕が体制を立て直す前に、一角猪の角が僕の体を突き刺す。
「ぐあああああ!」
痛い! とてつもなく痛い!
槍で刺されるよりも痛い気がする。
でも……今なら……。
僕は痛みを我慢して、ナイフを一角猪に向けて振り下ろす。
ガチンっ!?
だが、僕の渾身の一撃は、一角猪の硬い体毛に傷ひとつ付けることが出来ずに弾かれた。
「ブォオオオ!!」
一角猪が怒ったように雄叫びをあげる。
そして一角猪の角が更に深く僕の体に突き刺さる。
「ぐぁあああああ」
もうダメだ……このまま食べられてしまうんだ……。
そう思いながら、僕は意識を失った。




