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君のプロテインを飲みたい【肉マッスルフェス3用短編】

「それでは検査の結果をお伝えします」


医者が神妙な面持ちでそう言った。


俺はごくりと唾を呑み込む。

隣にいる母も不安そうな顔をしていた。

当然だろう。

家族同伴で病名を聞くなど

結果が悪いと言っているようなものだ。


一呼吸の間を空けて

医者が想像通りの絶望を口にした。


「急性ゴリマッチョ症候群です」


病名を聞いた途端、

母が顔を突っ伏して泣いた。


俺はある程度の覚悟をしていたため

泣くまでには至らない。

だがしばし頭の中が真っ白になった。


一分一秒がやけに長く感じられる。

母の嗚咽を聞きながら俺は口を開いた。


「・・・治るんですか?」


「残念ながら・・・現代医学では・・・」


医者が途中で言葉を切る。

言葉を言い切らないのは医者のせめてもの優しさか。


俺はまた長い間を空けたのちに

意を決して尋ねた。


「・・・俺に残された時間は?」


「長くても・・・一ヶ月でしょう」


「・・・分かりました」


その後、医者と今後の方針を相談した。

だがその会話はほとんど上の空だった。

一通り話を済ませると、

俺は泣いている母を支えて部屋を退室した。



=====================



「どうしたの? 急にデブニーランドにデート行こうなんて」


付き合って三年。恋人である彼女がそう不思議そうに聞いてくる。

首を傾げているが顔は上機嫌に笑っていた。


「別に・・・お前も行きたいって言ってただろ?」


俺は笑いながら彼女にそう告げた。

ただ上手く笑えたかは自信がない。


何にせよ彼女には気付かれなかったようで

ランドで購入した菓子を食べながらクスクスと肩を揺らした。


「だって君、いつも面倒臭がって遠出しないじゃん」


「そうだったっけ? もしかして迷惑だった?」


「そんなことないよ。珍しいと思っただけで嬉しい」


彼女がコロコロと笑う。

彼女のこの笑顔を見れるのも今日が最後だろう。

俺はそんなことを考えながらデートを続けた。


デートの時間は瞬く間に過ぎていく。

彼女は終始笑顔ではしゃいでいた。

俺も不自然にならないよう

楽しそうに振る舞おうと努力した。


だがやはり不自然だったのだろう。

二時間が経過した時、彼女の笑顔に陰りが差した。


「・・・なんだか元気ないね?」


「・・・そんなことないよ」


「そんなことあるよ。ねえ、何か悩み事でもあるんじゃない?」


「・・・なんでもないって」


「ちょっと待って――え!?」


逃げようとした俺の腕を彼女が掴んだところ

彼女がはっと表情を強張らせた。


俺は自身の失態に内心舌を打つ。

デートが終わるまで黙っておくつもりだったが、

どうやら彼女に勘づかれたらしい。


息を呑んで呆然としている彼女に、

俺は袖をまくり腕を見せた。


数日前まで貧弱だった俺の腕は――

筋肉タレントビックリの太い腕に変貌していた。


「急性ゴリマッチョ症候群・・・だってさ」


俺は苦笑気味にそう告げた。

彼女から返答はない。

この病に掛かればどうなるのか。

それは子供だって分かることだ。


固まっている彼女に俺は頭を振る。


「先日、医者にそう言われたんだ。

俺に残された時間はあと一ヶ月もない・・・」


「・・・どうして黙ってたの?」


「言えるわけないだろ? 

だから・・・黙ったまま終わらせるつもりだった」


「・・・終わらせる?」


「俺と・・・別れてくれ」


彼女の表情がみるみると青ざめる。

彼女は溌溂として強い女性だ。

その彼女が見せた弱々しい顔に

俺は思わず顔を背けた。


「・・・どうして?」


彼女からこぼれた吐息のような疑問。

俺は息が詰まるのを感じながら答える。


「それしかないだろ。お前だって

この病気になった人間が最終的に

どうなるのか知っているはずだ」


「だからって・・・そんな急に」


「俺は・・・お前を不幸にしたくないんだよ!」


気が付いた時、俺は声を荒げていた。


「俺に残された時間は一ヶ月もない!

そんな人間と付き合って何になるんだ!?

俺の不幸にお前まで巻き込みたくないんだ!

俺なんかと関わってたらお前を――」


パシンと頬に衝撃が走る。

俺はしばし硬直した後、

背けていた顔を正面に戻した。


俺に平手打ちをした彼女が

ハラハラと涙を流していた。


「馬鹿にしないで!」


俺は混乱して何も言えなかった。

呆然とする俺に彼女が涙ながらに言う。


「どうして私が不幸だって勝手に決めつけるの!

君と一緒にいることで私が不幸になるわけないのに!

君が一人で苦しんでいる時、私が笑えると本当に思っているの!?

私がそんな薄情な人間だと思ってたの!?

馬鹿にしないで!私は・・・私は君と一緒にいることが幸せなの!

どうして・・・どうしてそんな簡単なこと分からないの!

この馬鹿! ばかばか・・・ばかぁ・・・」


彼女の最後の言葉は嗚咽に混じりでよく聞き取れなかった。


理知的な彼女がこんなにも取り乱すのを初めて見た。

人目も憚らず涙を流して声を荒げているのを初めて見た。

気付いた時には俺も自然と涙をこぼしていた。


「・・・ごめん・・・ごめん・・・」


泣きながら声を震わせる俺を

彼女が優しく抱きしめる。


「どんな結果になろうと・・・・

君と最期まで一緒にいたい。

それが・・・私の幸せなんだよ」


彼女に抱かれたまま

俺はコクコクと頷いた。



=========================



彼女のためにも俺は病と闘う決意をした。

だがそんな俺の決意をあざ笑うかのように

病魔は俺の体を確実に蝕んでいった。


「・・・食事・・・やっぱり食べられない?」


「ごめん・・・どうしても喉を通らないんだ」


彼女の手料理を前に俺は申し訳なくそう話した。

彼女は明るく笑いながら頭を振る。


「仕方ないよ。それじゃあ、いつものでいい?」


「・・・うん」


彼女は席を立つと慣れた手つきで

プロテインジュースを作った。


今日はチョコレート味だ。


「体・・・大きくなったね」


プロテインを呑んでいる俺を見て

彼女がそう言った。


普通に話しているようだが

彼女はやはりどこか悲しそうに見えた。


「・・・ああ。 胸筋の発達が止まらなくてね。

足もほら・・・こんなに」


俺は丸太のような太腿を見せる。

彼女は表情を曇らせつつ訊いてくる。


「トレーニングジムはどうなの?」


「前は週一だったんだけど・・・・

最近は週二、三と日に日に増えてきている。

極力いかないようにはしているんだけど

体がどうも・・・調子悪くてさ」


「無理してない?お医者さんは何て?」


「・・・できればジムに泊まり込んだ方がいいって

・・・つまり入院しろってことさ」


「お医者さんの言うことなら聞いた方がいいんじゃない?」


「どうせ治る病気じゃないんだ・・・

ならせめて・・・少しでも長くお前と一緒にいたいんだ」


「でも・・・辛いんでしょ?

私知ってるよ?君が深夜に一人で

筋トレをフルセットやってるって」


「・・・気付いてたのか」


「うん・・・ドタドタ煩かったし」


考えてみれば当然だ。

十数キロのダンベルを上げ下げしていれば

物音ぐらい出るだろう。

そんなことにも気が回らないとは・・・

きっとこれも病気のせいなのだろう。


ここで彼女が驚くべきことを口にした。


「私も一緒にジムに行く」


「な・・・なにを馬鹿なことを!?」


声を荒げる俺に

彼女は毅然とした口調で言った。


「だって苦しいんでしょ!?

私は君の重荷になりたくない!

一緒にジムに通えば一緒にいられる!

最後の最後までずっと一緒にいられるじゃない!」


「駄目だ! 幾らなんでも

お前にそんな十字架を背負わせるわけにはいかない!」


「十字架なんて思ってない!

君の苦しみを共有したい!

私は君と一緒に病と闘いたい!

これは私の選んだことなの!」


「・・・しかし」


「私はもう決めたよ。

私が頑固だって君も知ってるよね?」


神妙な顔をしていた彼女がここで

おどけるように笑った。


彼女の言う通りだ。

彼女は一度決めたことは頑として譲らない。

俺なんかよりよほど強くて逞しい子なんだ。


そしてそんな彼女だからこそ――

俺はどうしようもなく彼女に惹かれたんだ。


「・・・ごめん」


「欲しい言葉はそれじゃないよ」


優しく微笑む彼女に

俺もまた笑顔を返す。


「うん・・・ありがとう」



=========================



闘病生活一ヶ月――


俺は家族と愛する彼女に見守られる中

ジムのベンチプレスの上で

完成されたゴリマッチョになった。



=========================



それから半年後、

俺と彼女はともにボディビルの大会で好成績を収め

それをきっかけに入籍した。


挿絵(By みてみん)



ハッピーでーす!!



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― 新着の感想 ―
[一言] シリアスでハラハラして…。 最後は吹き出しました。 面白かったです。 こういう発想もいいですね。
[良い点] もうめっちゃ笑いました。 シリアスにお話が進むごとに込み上げる笑い。 どういう結末になるかと思えば……!! ラストの筋肉イラストに一行がとりわけ良かったです(^^)
[良い点] 急性ゴリマッチョ症候群!? 一ヶ月でどうなるんだろう…とハラハラしました(゜o゜; プロテインしか飲めない、夜でも体を鍛えずにはいられない(辛い)って、実は深刻ですもんね。 それに耐えつづ…
感想一覧
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