匿名希望の某関係者(同性愛者エルマー・ジンメル)【後編】
人気のない路地。愛の告白をする場所としては不適切だろう。だが今はこの場所に感謝している。人が一人消えたところで目撃する者などないのだから。
「あなたには失望しました」
だがこのまま亡き者にしても意味がない。それではただの暴力だ。きちんと差別主義者たる彼にも理解させなければならない。何が正しくて何が間違っているのかを。
「あなたも同性愛者を差別するのですね。一言忠告しておきますがそのような低俗な考えはすぐにお捨てになられたほうが良い」
「差別ですか……面白いですね」
彼が初めて営業スマイルとは別の表情を見せる。なんとも無邪気な子供のような微笑み。忌々しい顔だ。何がそんなにも面白いというのか。
「あなたは同性愛について理解できないと――言うに事欠いて気味が悪いとまで言いましたね」
「はい。確かに言いました」
「それはれっきとした差別的発言です。撤回してください」
「撤回しません。それを撤回するということは僕が嘘を吐くことになります。情報屋として意味のない嘘は決してつきません」
「その考え自体が誤りだと話しているのです。あなたの歪んだ考えは差別に他ならない」
「仕方ないでしょう。僕は真愛友源党の信者なのですから」
真愛友源党? なんだそれは。こちらの反応を見て彼が説明を始める。
「真愛友源党とは誠なる愛や友情を追及する宗教団体です。その教義では神の定めた性による愛こそが真実であり、神の意向に背いた愛は偽りである――つまり同性愛を否定しています。私は幼少期より真愛友源党に属しており、その教義を言い聞かせられていました。僕はその教義に背いた行為を認めるわけにはいかないのです」
「宗教ですか……申し上げにくいことですが、なんともくだらない教義だと言わざるを得ませんね」
「僕はこれを心から信じているのです。どうか理解してはくれませんか?」
「理解できませんね。そんな狂った考えなど」
「理解できませんか。では貴方も差別主義者ですね」
彼は一体何を言い出したのか。唖然とする私に彼がとても楽しそうに言う。
「そうでしょう?あなたは僕の考えに理解を示してくれないのですから。さらには狂っていると侮蔑的な発言までしました。あなたの基準で話すのなら――これも立派な差別主義者の考えのはずです」
「……馬鹿馬鹿しい。そんなものただの屁理屈だ」
「僕のなにが間違っていますか?」
「簡単な話だ。あなたの考えは誤りであり、私の考えは正しいということだ。正しいことを主張することは決して差別的なものではない。差別とは誤った思想を押し付けることを指すのだよ」
「なるほど。一理ありますね」
「ようやく理解したか?」
「はい。では貴方の思想は誤っているので僕に押し付けるのは差別的なので止めてください。対して僕の敬愛する真愛友源党は絶対正義のため押し付けても差別には当たりませんね」
「な――ふ、ふざけるな!」
ひょうひょうとそう話す彼に私の怒りが一気に爆発する。
「貴様の宗教のどこか絶対正義だ! そのようないかれた思想が正しいはずがないだろ!」
「いいえ。僕の敬愛する真愛友源党こそが絶対正義です」
「いいか!モノを知らぬお前に教えてやる!これまで人類は長いこと同性愛者を差別し続けてきた!だがようやく近年になりそのような愚かな行為を反省しだしたんだ!貴様の宗教はもはや時代錯誤なんだよ!それを理解しろ!」
「それはおかしな話ですね。あなたの考えが正しいというのならもっと早くに認められているはずでしょう?」
「それは私たちが圧倒的少数派だったからだ!数の暴力で奴らは私たちを弾圧してきた!私たちの地道な活動がようやく世間に認められてきたということだ!」
「真愛友源党の信者は僕を含めて21人です」
情報屋があっけらかんと言う。意味が分からずポカンとする私に情報屋がしたり顔で続ける。
「同性愛者が何人いるか知りませんが真愛友源党のほうが少数派ですね。今はまだ貴方たちの数の暴力で弾圧されている僕たちですが、いずれ僕たちの活動が世間に認められるはずです」
「-―貴様!」
もはや我慢ならない。私は懐に忍ばせていたナイフを取り出すと情報屋にそれを突き出した。
瞬間――景色が反転して背中を地面に叩きつけられた。
「――がは!?」
「あ、ごめんなさい。反射的に投げ飛ばしてしまいました。大丈夫ですか?」
情報屋がにこやかに聞いてくる。肺が収縮して声が上手く出せない。ギリギリと睨むだけの私に情報屋が地面に落ちていたナイフを拾いながら淡々と言う。
「さて――面白い話が聞けるかなと期待していたのですが、やはりこの手の話題は水掛け論にしかならないようですね。まあ僕がそう誘導したのもありますが」
「誘導……げほ……だと……」
「まず誤解を解いておきましょう。僕が話した理解できない、気味が悪いというのは何も同性愛者に限定した話ではありません。通常の恋愛――つまり異性愛者も含めての話です」
拾ったナイフを懐にしまいながら情報屋が続ける。
「僕は人を愛したことがありませんからね。そんな僕にとって人に恋をするという行為自体が理解できませんし、それだけ他人に執着することを気味が悪いとも考えています。同性愛者も異性愛者も僕にとっては異質に他ならない」
情報屋が「ただ」と肩をすくめる。
「初めにも話したように、そんなことは興味もないし、どうでもいいことです。僕は誰かに恋する人を理解できません。ただそういう思想があることは認めています。恋でも何でも好き勝手にやればいい。僕に干渉してこない限りはね」
情報屋が一呼吸の間を空けて続ける。
「思想なんてものはファッションみたいなものです。個々それぞれに拘りがあり時には奇抜なファッションを好む者もいます。ただファッションに優劣がないように思想にも優劣など存在しない。全ての思想がすべからく同列であり――他人には理解しがたいものです。それが当然でありいちいち目くじらを立てるようなことではありません」
「……」
「そして思想を着飾るのはなにも人間だけではありません。情報もまた同じです。他人から収集した情報はその人の思想で着飾られていることがほとんどです。僕たちはそうした飾られたものを慎重に剥ぎ取り裸の情報を抽出する。情報屋にとって思想なんてものはその程度の意味しかないんですよ」
「……あなたが私を侮辱していなかったことは理解した」
咳を堪えながらも私は怒りを露わにして言う。
「だが私の考えとあなたのふざけた宗教を同列に扱われるのは我慢ならない。あなたがどう考えようと勝手だが――正しいのはこの私だ」
「それで構いません。ただ今後はこのような強硬な手段は控えたほうが良いでしょう。まともな同性愛者の方々のご迷惑にもなりかねませんからね。そしてひとつ訂正があります」
情報屋が朗らかに言う。
「真愛友源党なんて宗教団体は存在しません。僕が適当に考えたものなので」
「……は?」
「僕は無宗教ですからね。特定の思想を信仰などしていません。すでにお話ししたように僕にとって全ての思想が――どうでも良くて興味もない。強いて言えばそれが僕の信仰する思想です」
「……情報屋として意味のない嘘はつかないと」
「意味のある嘘ならつきます。ついでにもうひとつ――」
情報屋がにこりと笑う。
「貴方、同性愛者として失格ですよ」
そんな意味の分からない言葉を残して情報屋が路地の奥に消えた。




