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「女、捕まえた」下卑た笑いを田中は作り、女性の方に向ける。うわ、と引く女性。
「しかも、『マモリ』の女とは、レアモノじゃないか。最高についてるぜ、オレ」
田中は、発砲の危険があるにも関わらず、女性ににじり寄っていく。
「ちょっと、銃が見えないの? ……止まりなさい。撃たれたいわけ?」
「……その銃、どうせゴム弾だろう」男が指を差してきた。
「痛いことには変わらないわ」女性は鼻で笑う。「動かないで。手を挙げて。痛い目を見るわよ」
「問題ない」汚らしい笑みを溢す田中。「それより助けてくれよ。下が苦しいんだ。呼吸するのが難しいんだ。マモリなら、民を助けてくれよ」にじり寄る脚を止める気はないらしい。
どうせ発砲しないだろうと、見当違いとも取れる高をくくり、意味の分からぬ戯言をのたまう田中に苛立ちが生じ、女性は舌を鳴らす。「そう。なら、痛い思いしなよ」相手の太腿に銃口を向け、引き金を引いた。
「――ッ!」
目を見開いたのは、女性だった。引き金が硬い。何故だか、引き金を引けない。
弾丸が出ない。故障。「えッ」女性の視線が一瞬、自らの手に握られている銃に向く。日々のメンテナンスは怠っていない。何で、何で。原因を探って脳を回す。
田中はその隙を逃さなかった、というよりは、女性の銃が不発に終わることを見越していたかのように、躊躇のない突撃を繰り出し、一瞬で、華奢な女性に詰め寄った。
「ぐぇ」ラグビーのタックルよろしく勢いのついた突撃を腹部に受け、女性が喘ぎを漏らし、地に伏す。銃が手から離れ、地表面を滑る。
一切の停滞なしに、田中は女性に馬乗りになった。先ほどより一層、下品な笑顔を顔に張り付けて。
「アンタまさか……ぇぐッ」
女性に、息を整える間も、喋る暇も、反撃の隙も与えることなく、田中が彼女の首を鷲掴みにする。左手のみで、女性の白く細い首をガッシリと絞め、右手は、「楽しもう、お嬢さん」女性の髪を、気持ちの悪いほど、優しく触った。「顔、可愛いよね? 明るい場所で、その顔が歪むのを、見たかったなぁ」総毛立つ女性。
「離せよっ」
絞められて恐怖の色が浮かびそうになる顔を、必死に引き締める。眼前の田中の顔を睨み、筋肉が隆起している腕に目をつける。幸いにも女性の両腕は拘束されたわけではない。太い田中の腕を、彼女の、白く細く、おおよそ筋肉があるとは思えない両手が掴む。
筋肉隆々の田中の腕vs華奢な女性の両手。どちらに軍配が上がるかなど容易に予測できそうな筋力対決が、今、開始されようとしている。
女性の手の甲に、血管が浮かぶ。
「おうおうおうおうおぉぉう!」
と、筋力勝負が始まろうとしていた瞬間に、突如として江戸っ子染みた掛け声が割り込んできた。女性の剣呑な表情がハッと緩む。「……おっそい」掠れた声で、呟く。
「あぁ?」顔をしかめる田中が、声のした方向、つまりは袋小路への入口に目を向ける。