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金木犀の出会い

温かい作品を書いてみたいと思いました。

第1章:朱色の出会い


淡い朱色の金木犀がそよ風に揺れて、光の粒が舞い上がる。

甘く品のある香りがふわりと一帯に優しく漂い、鼻の奥をくすぐった。

地面には儚く散ったオレンジの可愛らしい花弁達が姿こそ小さいが存在は大きく宝石のように輝いて水玉模様の柄を作っていた。

下を向いて歩いていた私もその姿に心躍り、つい顔がにやけてしまった。


「もう秋か…。」

時間の流れというのは、季節というものがあってこそ実感するのかもしれない。

小さい頃、祖母の家にあった金木犀の木が秋になって咲き誇るのをクリスマスを待つ子供のように楽しみにしていた。

それほど好きだった金木犀。

懐かしさが込み上げるのと一緒にあの頃の純粋さをなくしてしまった自分に少し胸が痛くなった。


《ざぁぁ…》

いきなり強い風が吹き抜けた。

小さな宝石たちがどこか遠くへ飛んでいく。


「わっ!!」

私は咄嗟にスカートを押さえた。

朝、20分かけて丁寧にセットした髪型も台無しになり溜息が出る。

長く黒い髪をかきあげると視界の先に1人の男が立っていた。


男は端正な顔していてどことなく雰囲気があり、白い肌に金色とも茶色とも言えない色の柔らかく猫毛のような髪の毛がふわりふわりと風に遊ばれていた。身長は180cmはあると思われる。

男の目線の先には青い空を背景に生き生きと咲き誇る金木犀があった。


(あの人...)

なぜだかその男の存在が私の心の奥底をくすぐった。

とくにあの髪の毛。

私は彼の髪の毛が気になりはじめた。

なんだか懐かしい気持ちになったからだ。


(あれはなんていうんだっけ...?

金とも黒とも茶でもない...。)

私の中にある記憶の引き出しを必死に開け閉めして探すがその単語は一向に出てこない。

喉のところまで出ているような、出ていないような気がするがあと一歩でやっぱり出てこない。

(うぅ...何だっけなー?

あれ...あの〜あの色。)

そんなことを道端で止まりながら考えている自分はどうだと思ったが、思考と好奇心がもう止まらない。


そしてもう一度男の方を見た。

その瞬間、男の瞳から一粒の小さな涙が流れた。

涙は頬を伝い、顎先で一粒の雫となってポツリと下へ落ちていった。

それまで世界は木々がザワザワと騒ぎ、鳥は囀り、人の話し声や日常の音で賑わっていた。

だがそれは一瞬にして音を失った。

それほど時間の流れが止まったかのようにそれは静かだった。嘘みたいに静かだった。


私はついそれに見惚れてしまった。


男は目をこすり、流れる涙を無理やり拭った。

唇を震わせながらもグッと噛み締め、握っている拳に力が入っていた。

目を瞑り、一瞬眉間にシワがよって苦しそうな表情を浮かべた。

何かに耐えているようだった。だが、次第に緩んでいき、男は一つ深呼吸をした。

涙はもう流れなかった。

男はもう一度空を見上げた。

その先にある何かを見つめて。


《パンッ!!》

男は両手で顔を強く叩いた。

「うぅ。」


痛みに声が漏れ、頬はうっすら赤く色をつけた。

男は頬を優しくさすった。

さっきまでとは違う清々しさを取り繕うとしているが、どこか濁りを残したような表情で彼はニカッと力一杯空に笑った。


私はただそれを全て見ていた。


私は何故だか目を離すことができなかった。

おかしな光景とも、美しいとも奇妙とも思うことが出来ず、なんとなく寂しい気持ちにかられた。

そして彼の流した一粒の涙に込めらた想い、瞳の先にある景色に少しだけ触れたいと思った。

思ってしまったのだ。

こんなことを思う私はやはりどこかおかしいのかもしれない。


途端、私の頬を冷たい何かが流れていった。


「雨?」

(あ、違う。)


雨ではない。

それは涙だった。

私は泣いていた。


(あ、やばい…。)

胃の底から吐き出るよなムカつきと、絞られるような痛みが容赦なく私の感覚を奪っていった。


「気持ち悪い…」

一度外に出てしまえばもう止めることができない。どんどん溢れてくる不快なものを必死にハンカチで拭い抑えながら、私は急いで家に向かって走った。


《カッカッカッカッ!!》

普段履きなれない7cmのヒールはすごく走りづらくて、靴のことも気遣って、いっそ裸足で走ろうかと一瞬頭をよぎったが流石にそれはできなかった。治りかけていた靴擦れは絆創膏が剥がれてしまったらしくまた血が出て振り出しに戻ってしまった。いつもよりも何倍も痛いような気がして余計に涙を増やした。

次第に身体が上手く動かなくなってきた。


「ハァハァハァッ」


マスクをしているせいで余計息が苦しくなる。

一生懸命飾った化粧も髪も涙と汗と泥のような心でグチャグチャになった。周りの人がチラチラ見てくる視線が針になって追い打ちをかけるように体じゅうをグサグサと刺してきた。

気持ちは今すぐ走りたいのに、足は錘がついたみたいに重くなった。

『バンッ!!』

勢いよくドアを開けて、転がるようにして家に入った。

急いでヒールを脱ぎ捨てたら、力が抜けて玄関の冷たいタイルの上に座り込んだ。

「ハハッ…」

恥ずかしくて、悲しくて、情けなくて、涙と一緒に笑いが込み上げてきた。

私の世界の天気が次第に曇りから大雨、雷に変わっていく。

「アハハッ…グズッ。ズズッ。うっうっ。」

私はどうして泣いているのかもよくわからなかった。

(どうして泣く必要があるの?)

私は私に問いかける。

二重人格なんかではない。

ただ私はなぜ泣いているのか本当にわからなかったから。

(流れてくるものが答えだとしたら、私はそれをどう言葉で表せばいいの?

泣いたからって状況は変わらないし、何も解決しないのに。)

ただ目頭が熱くなって、涙が次々と溢れてくる。喉の奥がギュッと絞られて痛い。必死に出てくる嗚咽を抑えようとしたけど、うまくできず更に胸を痛くさせた。

ハンカチは涙をたっぷり吸って重くなった。

たぶん私の一部がこれに込められた。


その時、

《ブーッ!ブーッ!》

携帯の着信音が部屋に鳴り響いた。

着信は今日、昼食をホテルのビュッフェでと、約束をしていた元同僚の彩花からだった。


慌てて電話を取る。

「ご、ごめん!!ちょっと寝坊しちゃって!!」

すぐさまいつもよりも声を数段低くして、何もなかったかのように振舞った。


『ちょっと!!マジ勘弁してよ!!予約の時間になっちゃうじゃん!!』

あまりの声の大きさに耳がキーンと痛くなる。


「本当にごめんね。ちょっと…」

『なんかさ、鼻声じゃない?風邪?』

話を割って、次の言葉を投げかけることは彼女にとってはあたりまえで癖だった。

なんでもハキハキさせないと気が済まない彼女の性格にこの時ばかりは救われたと思った。


「そうかも。ちょっとだるいんだよね…」

『マジかー。じゃあ無理じゃん。』

「本当に申し訳ないです。ホテルには私が電話するね。今度奢ります。」

『うぅ〜ん。まぁ、仕方ない!!それじゃ!!風邪お大事に!!じゃっ!!』


《ブッ!プーップーッ…》


それは台風のように色んなものを混ぜ込んで、あっという間に過ぎ去った。

余韻に燻んだ灰色の感情を残した。


彩花はさばさば、はきはきしているが、実は情が深いのを私は知っている。

踏み込んでほしくないところは決して触れないし、ひそひそと陰口を言うようなこともしない。言うなら目の前にして言うと彩花は言っていた。誰にも媚びることなく、自分の芯をしっかり通すその姿勢はいつも輝いていた。中身の美しさについていくように外見も美しかった。化粧などしなくても、十分なほど。目鼻はくっきりと凛々しく、肌は陶器のようにきめ細かい。彩花の周りにはいつも必然と人が集まった。

私と正反対の彩花。

私はいつも彩花のように生きたいと思っていた。


「ハァァ…」

溜息をついたら、体中の全ての関節がギシギシと軋み、さっきにも増して歯痒い痛みを呼び覚ました。

(痛い。)

(痛いよ…。)

「もう、本当に勘弁してよ…。」

私は鞄の中から痛み止めの薬を取り出し、すぐさま飲みこんだ。

『ゴクッ』

「ふぅ…」

(彩花に悪いことしちゃったな。あ、電話しなくちゃいけないんだっけ。めんどくさい。そもそも本当に行きたかった?なんで1時間もメイクとか髪とかやってさ、歩きづらいヒール履いてんだろう…。

あ、でも彩花ぐらいだな今でも変わらずに接してくれるね。

誘ってくれたのも彩花なりの優しさだったのかな?だとしたら本当に悪いことした。次はもうないかも。)


「もうよくわからない。」


とりあえず予約していたホテルにすぐ電話した。対応してくれたスタッフは声からしておそらく新人で若そうな女の子だった。焦りと拙さが所々出ていたが、それがかえって私の緊張をほぐした。短時間にもかかわらず丁寧で、きっと優しい雰囲気をまとっている子なんだろうと勝手に想像した。彼女は私の鼻声から状況を察したのか会話の最後に、

『あの、風邪ですか?あの、いつでもイベントとかやっているので、どうぞいらしてください。あ、勝手にすみません。お大事にしてください。』

と言った。

「そうなんです。優しいお心遣いありがとうございます。」

そう一言感謝を伝え、電話を切った。

彼女の温かい優しさが心の奥深くまで染みて、また涙が出そうになった。こんなに良い子が働いているんだったら、行かないなんてちょっと損したかもと私は後悔した。私はなんてげんきんで自分勝手な女なんだろうと思った。

彼女のおかげで少し現実に戻ってこれた。


それからはしばらくそこから動かなかった。

いや、正確に言うと動けなかった。

全身が壁に張り付いたように重くピクリともしない。頭はさっきよりもだいぶ冴えきっているが、石のようにガンガン音が籠った感じがした。


(今夜は熱がでるかもな...。

こんなんで熱発するとかなさけない...。)

「はあ...。」


ふと足元を見ると踵から半分剥がれかけてる絆創膏と瘡蓋が取れてグジュグジュになり、そこから血が出ていた。さっきまで忘れていたじんじんとした痛みが復活してくる。ヒールの踵部分には血が酸化して茶色くなって跡がついていた。

お気に入りの桜色のハイヒール。

この季節には似合わないかもしれないけど、わたしにとっては関係ない。ショーケースの外から眺めていたこの靴を初めての給料で手元に渡された時は、帰り道スキップをしたい気持ちになった。

7cmを上手に履きこなすことは予想以上に難しかったけど、我慢した。

それくらいどってことなかった。

そんな私の可愛い桜色のハイヒール。


「ねぇ、もう限界?」

私の声は自分でも驚くほど弱弱しかった。


それから私はその場から動くことなく、ただただ脳を機能させず、ボーっと座り込んでいた。

まるで電池の切れたおもちゃぼように。



何時間か経ち、ふと窓の外を見た。

丸くて大きい真っ赤な西日が堂々と照りつけている。

私はあまりの眩しさに、カーテンを閉めようとようやく重たい身体を持ち上げ、立ち上がった。


カーテンを閉めて、時計を見ると、

「18時…。」

(身体がだるいし痛い。頭がガンガンするし、喉が枯れているような違和感がひどい。それになんだか瞼も重い気がする。お腹はなんだか空いてない。とりあえずシャワー浴びるか。全てなかったかのように洗い流してしまいたい。

それで寝てしまおう。そのまま目が覚めないくらいぐっすりと、深く、長く。)


「あ」

(そういえば、

熱を測らないといけないんだった。)

(めんどくさいな...。)

医者から毎日朝、昼、夕、夜、と体温チェックをするよう言われている。

私の身体が『おかしい』からだ。

私がそう言ったわけじゃない。

医者が、私以外のみんながそう言った。

悔しかったけど、否定の仕様もなかった。


《ピィーピィー!!》

〈37.5°〉


(うん。まぁ、それぐらいか。)

私の今の平熱は37度だ。

数字で表されるのを見るとなぜだか怠さが増した気がした。


怠いながらも洗面所へ向かった。

化粧を落とすと、なんだか自分が頑張って作り上げたものが一気に崩れていく、そんな感じがした。

どれだけ一生懸命作り上げても、水に流せば、『お前はやっぱりこうだろ』と言われているような気がして、向かいどころのない淋しさに駆られる。


鏡を見ると、途端に今までのことが蘇ってきた。

私ははそれをかき消したかったけど、出来ずに、むしろ前より鮮明にそれは頭の中を占拠した。


(なんでこうなちゃったんだろう。)


私の人生がフラッシュバックして、鏡のスクリーンに映し出される。


(…。)


私は、鏡に映るロードショーを無理やり止め、何も浮かんでこないように、急いで浴室に行き、シャワーのレバーを回した。もうすぐ10月になるが、気温は例年と比べて高いらしい。地球温暖化の影響みたいなことをテレビで報道してた気がする。

なのに、なぜだか私には寒くて仕方がなかった。

シャワーの温度を42度に設定しているにもかかわらず鳥肌が立つ。

肌も気が付いた時には死人のように青白くなっていた。私は死神が近くにいるのではと本気で考えた。


「痛いっ!!」

踵の靴擦れしたところに水が染みていて痛覚が働く。

(そういえば手当するの忘れてた…。)

バスチェアーに腰掛け、シャワーの水が傷に当たらないように浴槽の上に脚をあげる。


30分ほどして出た。そこからは早かった。


紫色のモコモコふわふわのパジャマを着て、ドライヤーで髪を乾かしたら、薬罐に水を入れてお湯を沸かす。お湯が沸いたら半分は湯湯婆に入れ、もう半分は薬を飲む用の白湯とお茶の作り置きに使う。今時、ポットという便利な物があるにもかかわらず、薬罐を使うというのはいささか不便ではないかと母親から耳にタコができほど言われているがそこは譲れない。

薬罐は白に紅牡丹が書かれた昭和レトロなデザインで祖母から引き受けた物だ。

祖母がいらないから捨てると言った際、

「長い時代を渡ってきたのにしっかり手入れがされていて綺麗な状態。もったいない!!なんとか使ってあげたい!!」

と思った。

それからは私の家でこうして毎日働いてくれている。


《ピーッ!!》

お湯が沸いた。先ず湯湯婆の容器の内3分の二ほど湯を入れ、キャップで口を閉めたら、布団の中、足元に置く。残りをお茶パックを一つ入れた作り置き用の瓶とマグカップに注ぐ。

これが毎日、寝る前のルーティンだ。


「フーフー」

ゆっくり白湯を冷ましながら、じっくり時が流れる。

薬は睡眠薬がニ種類。安定剤が一種類。あとは、解熱剤が二錠。飲み続けて3ヶ月が経つ。日に日に薬負けして量も増えてきた。私の場合、薬を飲んだからといってすぐさま死んだように寝れるわけじゃなかった。

昔観たテレビのドキュメンタリー番組で、

『酒か薬がないとろくに寝られない。』

と密着取材された人が言っていた。

その時はそんなことあるのかと訝しく思っていたが、まさか私がそうなるとは思いもしなかった。


(人生何があるかわからないものだな…。)


薬を飲み、温かくなっているであろう布団に潜るようにして入ろうとして、固定電話の留守電ボタンが黄色く光っていることに気が付いた。


嫌な予感がする。

私は、恐る恐るボタンを押した。

《ピッーと発信音の後にメッセージを、、

『みのり、母です。仕事辞めて何してんの!!

一度家に帰ってきて!!

お父さんも怒ってるわよ!!』

ブッ!!ツゥー。ツゥー。》


母の声は甲高く、私の鼓膜と心臓を突き刺さした。


(...。)

(もう...ほんと..やめてよ。無理だよ。)

か細い声ただ、そう心の底で言うだけだった。


なかったことにして、すぐ電気を消し、目を瞑った。

なかったことになんてならないのに、どうしようもなく全てを忘れたい。

携帯もチェックしなくちゃいけないような予感がしているが、あえてふれなかった。今までの私だったら、メールも電話も細かくチェックしてすぐに返信していたと思う。だけどそれをするほどの余裕はもうない。


薬を飲んだはずなのに、脳が負けじと戦っている。

真っ暗なところは想像を掻き立て、記憶を掘り起こし、不安を呼び覚ます。


『[○○○○○]だって、かわいそう。』

あの嘲笑うような言葉が記憶の中から這い上がり、耳の奥底に突き刺さり、こだまする。私は咄嗟に耳を塞いだ。あの音は今発せられたものではないのに、私の心に刻み込まれてしまって、何度も何度も響いていく。

(…。)

(思い出したくないのに…。)

涙が出そうになる。つい布団の中で丸くなってしまう。

布団の中で丸まっていると、肺が圧迫されて、息がつまった。もう顔を出してしまおうかと思った時、ふと昼間みた男のことを思い出した。


「ライ麦畑。」

(そうだ。あの人の髪は、太陽の色を写したみたいに光り輝いていた。


あの人は..


あの人はなんで泣いたんだろう…。)


(あんなに苦しそうだった…。

何かに耐えてる感じだった。でも最後は笑ってた。

太陽みたいに。誰に向けての笑顔だったのかな…。

何が彼をそうさせたのだろうか…。)

(私はそれを見てなんで泣いたのだろうか。

今までどれだけ辛く苦しくても、家以外で泣いたことなんかなかったのに。)

悶々と考えが広がっていく。


(彼もそうだった…のかな?)


(…。)


(わからない。)

金木犀の甘い香りとライ麦畑色の髪の男。

そして彼の一粒の涙が忘れられない。

笑顔が太陽みたいに優しかった。

猫毛質の髪はおもわず手を出して触ってしまいそうになるほど軽くフワフワと気ままで可愛いらしかった。

彼のことがなかなか頭から離れない。


だんだん考えれば考えるほど頭が痛くなってきた。

それに薬も効いてきたみたい。私は意識がなくなるようにねむりについた。



ー翌朝

カーテンの隙間からギラギラと元気の良い太陽の日差しが私に向かって一本の線を作っている。


「うぅ~…ん。眩しい…」

私は眉間にシワをよせて眼を開けた。

(何時だろう…。)

枕の隣にある目覚まし時計をみると9時を指していた。

(薬の効果は凄まじいな。

確か20時くらいに寝たから、1.2.3.4...え!!

14時間!!

そんなに寝てたの!?人間そんなに寝ることができるの!?)

私はベッドから飛び起きたい気持ちだったが、そうもいかず、重々しい体でゆっくり起き上がった。

その時、

『グゥゥ~』

お腹が鳴った。


(昨日何も食べてないから流石にお腹空いたかも…。)

どうやら、熱も下がったようで食欲も帰ってきた。


冷蔵庫を開けると、中にはヨーグルト一つと魚肉ソーセージ二本、もやし一パック、卵三つ、缶酎ハイ三本がガランガランに空いてるスペースに自分の存在を示すように置いてあった。


(流石にスーパー行くか。)

もともと食欲が強い方ではないせいか、自炊はあまりしていない。働いている時も昼食は大体病院の食堂かコンビニで適当に済ましていた。


顔を洗い、歯を磨き、適当に動きやすそうなダル着を着て、メイクなんてせず、マスクだけして家を出た。


外は日差しが強いせいか思いのほか暖かくポカポカしていた。風は昨日ほど強くはなく、お淑やかに木々を揺らしていた。


ここには昔ながらの今も活気づいた商店街がある。これから行くスーパーももうすぐ80歳になるおばあちゃんがやっているお店で家から約15分。

さらに渋い色の瓦屋根の家が連なる住宅街。

ところどころにあるお地蔵さんには供物の花や折り鶴が生き生きと並んでいる。

人情味と下町感溢れるこの街に私は一目惚れした。

特にお気に入りなのは[月実橋]と呼ばれる橋だ。

橋の下には澄んだ川が通っている。川の流れる方向に沿って植えられている金木犀。毎年秋になると、目黒川の桜並木のように美しい朱色の花道が出来上がる。


そんな美しい世界を私は歩いている。

重たい足で、一歩一歩ゆっくりと踏み出す。


(もう足が動かなくなってきた。)


足元を見るとガクガクと小刻みに震えている。

妄想なんかではない。

病気なのだ。

医者曰く、今まで蓄積されてきた疲労が脳や自律神経、筋肉、免疫機能をまで駄目にしてしまったとのことだ。看護師を数年やっていたが、初めて聞く病名だった。そのせいで私はすこし動いただけで疲労感がすごい。週一回は熱発するし、細菌にもやられやすいためマスクが手放せない。

最初はそんな馬鹿なと思ったが、なってしまったからには仕方がない。


自分で病気を認めなくてはならないというのはなんと難しく、苦痛なものか、正常な身体を持つ人にはわからないであろう。

と、私はこの体になって学んだ。


「はぁ…」

大きな溜息をついた。

(私はたった15分の距離をあたりまえに歩くこともできないのか。情けない。)

こうなると心まで動かなくなってしまう。

頭の中は、スーパーに買いに行くことよりもどうやってこの小刻みに震える足と重い身体を解決するかでいっぱいになった。

とりあえず少し休むことにし、道の端によった。

しゃがみ込みたい気持ちだったが、そんなことをしたならば周りに変な目で見られてしまう。そっと壁に肩をかけた。

(困ったな~。家に帰っても食べ物はないし…。)

(自転車に乗ることができたら…。

いや、今の体じゃ事故を起こしかねない。)


「歩くか…」

ゆっくりと歩くことにした。

うずうずしてても仕方がない。

だってとにかく歩くしかないのだから。


住宅街をぬけると[月実橋]が現れた。スーパーに行くならこの橋を渡って真っ直ぐ進む方が近い。


だが、この時私は何を思ったのか橋を渡らず、あの金木犀の美しい道を歩くこと選んでしまったのだ。

そうあの朱色の美しい方へ。


《後から振り返ればここがまさに運命の分かれ道だった。》


金木犀の誘惑に惹きつけられたのか。

神が私の体を糸で引っ張ったのか。

履いていた白のスニーカーがこっちの道に行けと誘導したのか。

それとも、運命を変えたいと希望を込めて足の小指に塗った黄色いペディキュアが良かったのかもしれない。


私はゆっくり歩きながら昨日のことを思い出していた。

(あの人もこの町に住んでいるのかな...。)

なんとももやもやとした不思議な気持ちに駆られる。

足を止めて空を見る。


(青だ。いや青か?水色かもしれない。

雲ひとつない清々しい背景なのに、気持ちは全然晴れていない。今日もまた、明日も、明後日も...晴れないのかな。)

この青は私にちっとも優しくない。


その時、

『にゃぁぁ~!!』

「えっ!?」

猫の声がどこからか聴こえた。


月二回猫カフェに行くほど猫好きな私としては堪らないあの声だ。すぐさま日頃は隠している頭の中にある猫レーダーに神経を研ぎ澄ます。声からして近くにいると思われる。さらに複数いると読む。

こっちか、あっちかと周りをキョロキョロしながら、静かに進む。

すると一つの小さな公園にたどり着いた。


公園には、古く錆びついた高さ2mほどの滑り台一つ、1mくらいの鉄棒一つ、たたみ一畳ほどの小さな砂場があった。あまり活発に使われていないのか、静かでどこか寂しそうな雰囲気を醸し出していた。


《ガサガサッ》

「ん?」

公園の奥住に行くと、

『みゃぁー!!みゃあー!』

そこには、ちょうど母猫が赤ちゃんに授乳をしている最中であった。

野良でありながら黒く艶やかで絹糸のように美しい毛並み、澄んだ黄緑色のビー玉ガラスみたいな瞳、ピンク色ではないが肉厚でハリのあるもっちりとした肉球。強かにバシバシッと気持ちを表現するしっぽ。どれも素晴らしい。


(うおぉー!!!)

私は今日一番の力を振り絞って愛しのにゃんこ達の元へ向かった。

たぶん、周りから見た私はきっと公園に競歩で突っ込んだ変人だ。

この時ばかりは変人に見られてもいいと思った。

猫が逃げないように背を低くして、ゆっくりそろりそろりと近づいていく。

テレビである芸人のネタでこんなのあった気がする。なんて芸人だっけ?と一歩一歩近づきながら頭の中でふと思った。


猫達との距離、1m。

『ミャァ~!!!』

(1.2.3.4.5...うわぁ~!!子猫~!!!)

子猫は母猫の乳に群がり、ふみふみしながらおっぱいをチュパチュパと一生懸命吸っている。

母猫は「どうぞ勝手に吸いなさい」とも言ってるような態度で、横たわって堂々としていた。


(黒白のタキシードにゃんこだ!!!やばい!!!)


「か、可愛すぎる...。」


(うわぁ~もう堪らない。触りたいけど、怒っちゃうかな?)

目の前にある柔らかそうなモフモフについ手を伸ばしたくなるが我慢した。


その時、猫達の視線の向こうに一つの白いランドセルがポツリとおいてあるのが見えた。


白いランドセルはすこし草臥れていて、色あせていた。ただ目立ったキズ汚れはなく、綺麗な状態でそれが大切にされていることを示していた。

ランドセルの横についているフックには猫柄の巾着袋がついている。

その時、

「あっ」

後ろから誰かの声がした。


振り返ると、一人の男の子が立っていた。


男の子は小学生ぐらいで一見して女の子に間違えるほど可愛いらしいかった。 くりっとした目に、茶色の瞳はとてもキラキラ輝いていて、光が差すと美しいガラス玉の中にひまわりの花が咲いているようだった。細い手足は高級な花瓶のように白く艶やかだ。


(なんて可愛い男の子...。)

(背、小さいから低学年かな?)


男の子は無言で私の方をじっと見ている。

「・・・」

私もつられて無言になる。

「・・・」


(あれ?今日って平日だよね?そしたらこの時間は学校なんじゃ・・・)

一瞬、考えたが、それを聞くのはやめた。


『ペコリ。』

私が軽く会釈をすると、

男の子は少し驚きながら、

『ペコリ。』

と返してくれた。


男の子はすこし戸惑っているようだった。

私は少し話しかけてみることにした。


「こんにちは。

可愛い猫ちゃんたちだよね。私こんなに小さな猫ちゃん見るのはじめてなの。」

私は出来る限り声に棘のないように、ゆっくり、ゆっくり気を付けて囁くように言った。


男の子は最初こそ緊張した様子だったが、すこしホッと安心したように口を開いた。


「ぼ、ぼくも猫好き。

ここは猫のたまり場なんだ。

この子達は5日前に生まれたばかりなんだよ。」


最初こそもじもじしていたが思っていたよりもしっかりと受け答えのできる子だった。


「そうなんだね。触っても大丈夫かな?」

私は恐る恐る聞いていみた。

男の子は私の横にきてちょこんとしゃがんだ。

「優しく撫でて上げれば大丈夫だと思うよ。」

「怒らない?」

「僕もよく触ってるから大丈夫だよ」

そういうと授乳中の母猫の頭を優しく撫でて見せた。

『ゴロゴロゴロゴロッ...』

母猫は喉を鳴らしながら、光悦の表情を見せている。

私もモフモフと毛並みのよい背中に手をそっと置いた。

≪もふっ≫

「うわぁぁ~」

柔らかく優しい毛が手いっぱいに広がって思わず、顔がにやける。

「やわらかいね!!!」

自然とテンションが高くなり、ついつい声が大きくなった。

「しぃ〜。赤ちゃんが起きちゃうよ。」

男の子は人差し指を口に近づけて静かにと合図した。

「ごっ、ごめんね!!」

私は慌てて声を小さくした。


『チュパチュパチュパ』

《フミフミフミ》

母猫のおっぱいを一生懸命吸う子猫の可愛いさは他のものとは比べられないほど愛らしく、見ているこちらも母性が湧き溢れてくる。

「可愛すぎるね」

私がそう言うと、

「うん。」

男の子は口角を少しだけあげてニコッと小さく笑った。

控えめな笑顔であった。

だが、ふわりと可憐でとても可愛らしかった。


(可愛い!!)

あまりの可愛さに胸がキュッとなる。


その時、あの白いランドセルが目に止まった。

「あの・・・」

『あの白いランドセル素敵ね。』と言ってしまいそうになったが、やめた。


(きっとこんな愛らしい子でも、学校に行けない何かがあるんだろうな。)

そう思うとなんとなく虚しく、悲しい思いに駆られた。

その時...

日葵ひまり!!!」


声のする方をみると、こちらに向かって汗だくになりながら走ってくる一人の男の姿が見えた。


驚くことに私が昨日みたあのライ麦色の髪の男だった。


その時、大きな風が吹いた。

金木犀の甘い香りと温かい日差しが混ざりあって私たちを包み込んだ。それはとても温かくて優しかった。具体的にとか、何をもって優しいと感じたのかよくわからないが、それはとにかく優しかった。


≪私はこの時の奇妙な感覚を

今でも忘れられないでいる。≫


「ハアッ..ハアッ…ハアッ...」

男が私たちの前で止まった。

よっぽど走ったのか、肩が上下に揺れていて、額からは汗の雫が顎先に向かっていくつも落ちている。膝に手を置き、荒くなった息を必死に整える。

「ふう~。あついあつい。」

そう言うと男は顔を上げ、額の汗をぬぐい、ニカッと太陽のように笑った。

ニカって笑うのが彼なのだろうと私は思った。

そして私の顔を見て、


「急にすみません。この子をみててくださったんですか?ありがとうございます。」

と言い、深々と頭を下げた。


「いえいえ。こちらこそ、嬉しい癒しを頂いて。

ありがとうございます。」

咄嗟に出た言葉はあまりにもバカ正直で、私はもっと他の言い方はなかったのかと恥ずかしくなった。


「あははっ。優しいですね。

ありがとうございます。」

男はまた笑い、また丁寧にお礼を言った。

そして私の横にいた男の子の方を見て、目線が合うようにしゃがみ、ゆっくり優しく話しかけた。


「ここにいたんだね。猫さんたちと遊んでいたのかな?」


「…」


あの可愛らしい笑顔はどこに行ったのか、男の子は無反応だった。表情は硬く、目を合わせるばかりか、下を見て俯いている。


(?)


男は何事もなかったかのように続けた。

「アハハ…。そっか...。とりあえず学校に連絡するね。保健室登校にする?それとも休んじゃおっか?」

男は気まずそうな顔で愛想笑いをしながら、彼に再度聞いた。


「…」

これにもやはり無反応。


(どうしたんだろう?)

二人の様子を見ていた私もつい気になってしまう

「う~ん。それじゃあ、今日は休んじゃおうか!!家に一人でお留守番は危ないから、図書館でいいかな?」

「え!!」

私は思わず声が出てしまった。

「え?」

男もつられて声が出る。

「あ、急にすみません。あのいくら家に一人で留守させるのが危ないからといって、図書館に子供を一人で置いておくのも十分危険だと思うのですが…」

部外者がしゃしゃりでるのもどうかと一瞬思ったが、子供の安全を願うのは親だけではない。大人だったらだれもがそうであるべきだ。少なくとも私はそう思う。そしてこの時の私はそれがまさに出ていた。


男はすこし驚いた顔をしたが、落ち着いた様子で口を開いた。

「あ、僕の職場なんです。確かに子供一人で図書館って結構危ないですよね。僕もなるべ目を離さないように注意しなくては。」

怒るどころか、親切に説明してくれる彼の心の広さを尊敬したい。


「あっ!!そうなんですね。すみません。急に口をはさんで。」

(恥ずかしい!!)

急いで取り繕ったからか、思っていた以上に早口になり、さらに恥ずかしさを増幅させた。


「いえいえ。そんなことないです。この子の安全を気遣ってくださりありがたいです。」

と彼は明るく言った。


(すごい。この人。なんかすごく人としてできてる。でもなんだろう…)

私は男の子の方を見た。

表情は相変わらず硬いままで、下を向いてる。男の声なんてまるで聴こえていないようなそぶりだった。


(違和感。)


「じゃあ、行こっか。」

男がそういうと、男の子はランドセルを背負い、最後に猫たちを優しく撫でた。そして私の方をみて控えめに小さく手を振った。

私も慌てて、

「ばいばい。

猫ちゃんたち触らせてくれてありがとうね。」

と言い、手を振って返した。


「失礼します。」

男はそういうと、男の子に行くよと手招きをした。


私はしばらく二人の後ろ姿を眺めていた。


(…)

(手つながないんだ。)

男の子は、男の1m後ろをぽつりぽつりと歩いている。

男は何も言わず、時々後ろをチラチラ見ては無事ついてきているか確認している。

さらに、男の子の歩くスピードに合わせているのか、かなり歩くスピードが遅い。二人の間に何があるのか私は知らない。

だが、そこにはむず痒いような、もどかしいような、でもたぶんあの風のように控えめで優しいものがあると思った。


その時、男の子が振り返った。

《パチっ》

目が合った。


私は幼い彼の瞳の奥に隠れる寂しさに触れた気がした。

私の足は、声はもう動いていた。


「あの!!」

私の呼び止めた声に彼らは振り向いた。


柔らかそうな雰囲気を帯びていた男は不思議そうにこちらを見ている。

私は彼らのところに駆け寄ろうと、必死に足を動かした。

(うぉー!!はやくー!!)


そして彼らの前に着くと、

少しの躊躇を含ませながら言った。

「あの、急に呼び止めてしまってごめんなさい。初めて会った方にこんなこと言うのおかしいと思われるかもしれませんが、

あの...


私とお友達になってくれませんか?」


こんなフレーズを使うのはいつぶりか、いい年した大人が、と最初は思ったが、出てしまったものは仕方ない。見知らぬ女が自分の子供と少しの間戯れていたというだけで、こんなこと言ってと不振に思うだろうか。私の心臓はドキドキと忙しく音を加速させた。だが、私はどうしても、この男の子が弱弱しくも訴えた言葉ない感情と彼らの間にある【違和感】の正体を知りたくなってしまった。他人が自分の関係やスペースに踏み込んでくることは余計なおせっかいでもあると私は知っている。だけど、この時は止まれなかった。


「えっと...」

男は少し困った様子で言葉を詰まらせた。

「あ、いや、怪しい意味ではなく。って言っても疑っちゃいますよね。」

私の今の服装は長そでのTシャツにグレーのスウェット、ノーメイクにマスクをしていて、髪はぼさぼさ。休日のカッコといったらいかにもそうらしく聞こえるかもしれないが、怪しくも見えるかもしれない。

せめて、マスクはとって、ふにゃっと笑顔を作った。


「実はすごい猫好きで、一緒に猫と触れ合えて、久しぶりに心の底から笑えて。それで、それで....」

素直に伝えたいことを言えばいいのに、いろんな言葉が溢れて、混ざってうまく整理ができない。もどかしい。私の昔からの生きる上で悩ませている嫌な癖だ。


男は自分から少し離れた男の子の方をちらっと見て、私に無言の合図を送ってきた。私はその信号を受け止め、じっと私を方を見ている男の子の目を見て、しゃがんだ。

彼の心と向き合った。


「私も猫が好きなんだ。あとね、君の控えめで優しい笑顔にも一目惚れしちゃった。

私と友達になってくれませんか?」


男の子は頬を熟した林檎のようにポッと赤らめ、自分のTシャツの裾をいじりながら気恥ずかしそうにもじもじしている。そしてようやく決心したのか、こちらを見た。


「いいよ。」

と小さな声でぼそっと言った。

「ありがとう。」

私は自然と笑みがこぼれた。

そして、男の方を見た。

すると、男は意外な反応をしていた。

「えっ...」

目を大きくさせ、驚いているようであった。

「あ、いや、どうぞ続けてください」

男は手でどうぞとジェスチャーをした。


私は小さな彼に、

「私の名前は鈴木実すずきみのりです。

漢字は、ちりんちりんと鳴る(すず)()があって、そこに木の実が(みのる)でわかるかな?」

私は、よく病院で勤めていた時に小学生の子供に使っていたやり方で今できる最大の明るさで自己紹介をした。


「すずちゃんって呼ばれることが多いから、すずちゃんって呼んでくれるとうれしいかな。君の名前は?」

男の子はもじもじしながら、またTシャツの裾をいじいじしてる。緊張している時の癖なのかもしれない。だが、頑張って、

「ぼ、ぼくの名前は藤野日葵ふじのひまりです。向日葵(ひまわり)って漢字の1番上をとったやつです。小学二年生です。」

と自己紹介をしてくれた。


「ひまりくん...。素敵な名前だね。よろしくね!!」

私はそう言うと、日葵君の前に手を出した。日葵君は少し躊躇いながらもその小さな手で私の手をキュッと掴み、握手をした。


その小さな手が、力の弱さが子供の、この子の全てを表しているように感じた。


私は立ち上がり、男の方を見た。

「驚きますよね。こんな急に。」

ヘラヘラと肩をすくめながら言うと、

「いえ、僕が驚いたのはそっちではなく...」

「?」

(どういうこと?)

私は疑問に思った。

男はなにか言いかけたが、それは出ることなく自己紹介を始めた。

藤野春(ふじのはる)と申します。春は四月のほうのはるです。よろしくお願いします。」

「あ、改めまして鈴木です。よろしくお願いします。」

二人して深々と頭を下げた。


これが私と、彼らの出会い。


雲一つない清々しいほどの青空の下、甘い金木犀の香りと、肌をくすぐるそよ風が見つめる10月のある日。


朱色の金木犀と、

白いランドセルと、

ライ麦畑色の彼の髪と。




第2章へ続く。




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