第94話 妖綺譚 3
6歳の千代を連れての登山は不安しか無かったが、何せ美代との約束だでな…何としても連れて行かなければなんね
千代はと言えば、まるで遠足気分ではしゃいだり疲れたからと言っておんぶをせがんだりして来る。
それは仕方のない事だ。
不動明王様が掘られた石が祀られた祠が見える。まるでこの先は入るべからずと無言の警告をしている様にも見えるが、美代との約束を果たさないで下山する訳にはいかね。
山頂まで後4分の1
この先は道らしい道はなく、行く手を阻む様に立ち並ぶ木々の間を縫うように歩かなきゃなんね。
オラは、不動明王様に無事に山頂へと辿り着けます様にと祈りを捧げた後、千代をおんぶして木々の間をすり抜ける様に入っただ。
「やっぱり無くなっている…一体どおなってるだ?」
此処に来るたんび次に繋げる為に樹木に目印さ付けているだども、まるでそこだけ新しい木に変えられているかの様に目印が消えているだよ。
何か変だ…
今まで、もっと良い薬草や薬膳を…としか考えていなかったせいか、何故?と言う疑問が湧かなかっただが、今回は目的が違うせいなのも手伝ったのか、考える余裕が生まれただよ。
「おっとう…大丈夫だか?」
そんなオラを気遣う様に千代が声を掛けて来る。
娘に励まされるなんてと情け無さを感じつつも山頂目指して歩き続けるが、景色も変わらなければ霧も出て来る始末。
今まで霧が出て来たなんて事あっただか?
何度も挑戦しているだが、今まで1回も霧に包まれるなんて事は無かった。
それどころか、樹木に翻弄されている内に何時の間にか祠の前に戻されていただよ。
霧が出て来た地点から、心做しか樹木の密度も薄くなった様な気がする。
とは言え、霧のせいで周囲が殆ど見えないのは痛すぎるだ。
折れそうになる心を何とか奮い立たせて、前へと進む。
「五平さん…五平さん…こっちよ…」
どれだけ歩いた事か解らねぇだが、唐突に聞き覚えの有る声が聞こえて来た。
この声の主は間違いなく美代の声だ。
どおして美代の声さ聴こえて来たか解らねぇだが、オラは美代の声に導かれる様に霧が立ち込める中、雨土山の山頂目指して歩いただ。
どれだけ歩いたか解らないだが、霧が晴れたかと思ったら急に開けた場所に出たから、千代を背中から降ろして周囲を見渡すと
グルルル…………
唐突に現れた3つの頭を持つ身の丈7尺をチョイと切れる位は有ろうかと言う大きな黒い犬がオラ達の前に立ちはだかっただ。
この犬っ子…何で頭が3つも有るだ?
オラ達を牽制する様に唸声をあげる三首の犬が怖くてオラの後ろに隠れる千代。
ザッ…
頭が3つとか呑気に考えている場合じゃない…こうしている間にもヤツはジリジリとオラ達との間合いを詰めて来ているだ。
異形の姿をしている犬っ子を目の前に恐怖から萎縮して動けなくなる千代を庇う様に身構えるオラ達を観察する様に見つめる犬っ子の表情が一瞬、ニヤリと笑みを見せる。
ニヤリ?
この犬っ子…敵意は無いだか?
敵意が無いから笑った?
いや…笑ったのはオラ達が人間だからか?犬っ子の姿を見て怯えるオラ達の様子が面白いから笑ったのか?
ガオン!
混乱するオラに狙いに定めたのか犬っ子がオラ目掛けて一気に飛び付く。
ヤバいと思う間もなくオラに飛び付いた犬っ子が大口を開けてオラをガブリ…
「おっとう!!」
あまりの恐怖に腰が抜けて動けなくなる千代が悲鳴を上げる。
オラの命も此処までか…せめて千代だけでも…と考えていただが、一向に痛みも何も感じなかった。
それどころか柔らかい物がオラの顔を舐め回す感触が駆け抜ける。
あまりの出来事に犬っ子にされるがままに立ち尽くすオラと千代。
良く見ると、千切れんばかりに尻尾を振っているのが解る。
敵意は無い?
恐る恐る犬っ子の頭を撫でてみる…
クゥ〜ン…
この犬っ子…見た目はアレだけど、意外に良い奴なのか?何時の間にか千代も笑顔で犬っ子の頭を撫でている。
「ほぉ?地丸が心を許したか…人間よ…そなたの名は何と言う?」
「オラの名は五平
この子の名は千代と言うだ」
不意に聞こえて来る男の声。
声から想像するにヒゲモジャのゴツい男だと思うのだが、声の主が見当たらない。
けんど、質問されて返事をしないのは失礼に当たると思ったオラはつい、名乗ってしまった。
バゥッ!
そのやり取りに反応する様に犬っ子が着いて来いと言わんばかりに歩き出す。
そこから半刻は経っただろうか。犬っ子に導かれる様に歩いたオラ達は遂に雨土山の頂上へ辿り着いただが頂上には護符が貼られた祠が在るだけで薬草も薬膳も何も無い原っぱが広がるのみであった。
まぁ、今となってはドオでも良い事だけど、何も無いってのはちょっとガッカリだ。
「ほぉ?五平…お主の中に別の魂が入り込んでいるな…女子だな…」
祠の前に立ったオラに再び聴こえる男の声。
どおやらオラの中に女子が入り込んでいて、その女子がオラ達をこの場に導いたらしい。
「お久しぶりです…山神様…お約束した通り旦那様と娘をお連れ致しました。」
オラの中に居た何かが男の声に反応する様にオラの中から出て来た光る玉が人形を型取り祠に向かって跪く。
「み…美代…オメェ…」
その人形は間違いなく美代であった。一体全体どおなっているだ?
混乱するオラを他所に男と美代の会話は続く。
「・・・そうか・・・我の神通力を持っても・・・美代よ大儀であった!」
「そんな…勿体ないお言葉…ありがとうございます…」
「五平さん…私の役目は此処までです…後は…」
男との短い会話を終えると、何か言いたそうな少し寂しそうな表情をしたまま美代はゆっくりと消えて…逝った…
「一体全体どおなっているだ?何故、美代が…」
混乱の極地に達したオラを叱り付ける様に男の声が飛んでくる。
「落ち着かんか!このバカ者!!」
いきなり聴こえて来た大声にオラも千代もビクッとなる。
千代には美代の記憶はねぇ…ねぇが、姿を見ただけで自らの母親だと気付けた筈だ。
オラと美代そして千代も他人には見えない者達を見る事、声を聴く事が出来る。
美代が病弱であったのはその力が強過ぎたせいも有ったのだ。
それに気付けたのは美代の死後であったのが悔やまれるが、これは仕方がない。
と…今はそんな事を考えている場合ではない。
ないけど、何で山神様と美代が知り合いであったのかと言う事。
「五平よ…そなたはあの祠の内側に存在している薬草を採った事が有るな?」
落ち着いたのを見計らって男の声が事の経緯を話し出す。
要約すると、オラが祠の内側…つまり、あの迷路の様な木々の中に生えている薬草や薬膳を採って美代に食わせていた。
その薬草や薬膳にこの男…山神様の神通力が宿っていたのだと言う。
そうする事で山神様と美代は繋がり、オラ達をこの場所に導く事が出来たのだそう。
「そう言う事だっただか…」
事の経緯は理解出来た。
だからと言って、山神様はオラ達に何をさせようとしているだ?
意を決してオラはその事を山神様に問う事にした。
「身勝手な話だと解っているのだが…コレばかりはお主を頼る事しかないのだ…」
その話はオラが住んでいた村にも伝わっている。
然し、飽くまでも昔話としてだ。
その昔話がまさか本当の話だと思ってもみなかったオラは驚愕の二文字しか浮かんでは来なかった。
山神様はこの場で力を回復をする為に眠りに着いていたが、この場ではこれ以上の回復も見込めない上に自力で封印も破る事も叶わない。
山神様の声を聞ける者を使者にして妻である風神 楓夏様が持つと云う宝珠を使わなければ自身の世界に帰還も出来ないと言う事だ。
ならば、オラが封印を破って山神様を開放したら自らの力で楓夏様を探しに行けるのでは?と思っただが、それをやってしまうと山神様の力と周囲の力が混ざり合って暴走して大爆発を起こすとの事だ。
「頼む…」
血を吐くような願いに折れるしかなかったオラはどおしたら良いか詳しく聴くことにしたのであった。




