第63話 それぞれの朝
「夢…だったの…?」
レイが去った後、優香が目覚めたのは午前4時30分過ぎ。
普段は6時過ぎに起床するので、もう少し寝ようとしたのだが、レイと名乗った幽霊の言葉が気になって仕方がない優香は何気に浦川学園裏サイト通称「裏川屋」を覗いてみた。
「全てを知る者・・・?コレッて・・・」
スレッドを開いてレイの書き込みを見付けた優香が驚いたのは何も貴史の事が書かれていたからではない。
何故なら、貴史が優香に3度フラれたのは本人同士しか知らない筈だし、優香自身も誰にも話した事はないし貴史も自らの恥になる様な事を暴露する事をしない筈だ。
後、知っているとしたら夢枕に立ったあの幽霊しかいないのだ。
従ってこの書き込みをしたのはレイと言うことになるが、たかが幽霊がそこまで出来るものだろうか…
考えれば考える程深みに嵌る優香であったが、今は幽霊どころではない。
「新雨音総合病院308号室…確か…一人部屋だった筈…確かめなきゃ…」
それまで、幽霊の存在を信じていなかった優香であるが、最後に言われた言葉を思い出す。
もし、それが事実なら見えていないだけで幽霊は存在し、なんの因果か秀一を助け、更にその事を優香に伝えに来たのだと信じる事が出来る。
そう思ったらいても立っていられなくなった優香は学校を休んで病院に行く事にする。
…………………
・・・Gのせいで眠りが浅かったぜ・・・
田中貴史が浅い眠りから覚めたのは7時過ぎ。
普段から寝起きが悪く、寝すぎて遅刻する事も屡々ある貴史だが、昨夜の出来事で腸が煮えくり返る思いで床についた。そのせいで眠りが浅く半寝半起き状態で朝を迎えていて、その為に何時も悪い寝起きが更に悪い。
このまま学校を休もうかと考えもしたのだが、秀一が生きていると判明しているので、今後の事を話し合う為に俊哉達と会う必要があるので休む訳には行かない。
・・・何か変だ・・・
登校途中もそうであったが、何故かクラスメイトの反応がよそよそしい。
何時もなら、数人のクラスメイトが気軽に声を掛けて来るのに今日に限って誰も声を掛けて来ない。
たかし…たかし…
上履きに履き替え、教室に向かう途中、人目を気にする様に近付いて来た藤掛雄一に小声で呼び止められ屋上へと連れて行かれる。
「どう言う事だよコレはよぉ!!」
屋上に到着するなりスマホの画面を貴史に見せて詰め寄る赤野俊哉の剣幕に気圧されながらも「なんの事だ?」と返事しながらもスマホの画面を見て驚愕の表情を浮かべる。
「お前・・・三上に女を寝取られたって言ったよな?だから俺は手を貸したんだぞ!?それが何だって!?フラれた男の腹いせか!?」
貴史の胸倉を掴み鬼の形相で迫る俊哉に目を逸らし俊哉と目を合わせようとはしないどころか「これは何かの間違えだ…こんな書き込みを信用するのか?」と言って逃げに入る始末。
「まぁまぁ、俊君もちょっと抑えてよ…こうなった以上、取り消しは効かないだろうから打開策を考えないと…」
険悪な雰囲気を填めようと雄一が二人の間に割って入る。俊哉はスレッドに書かれていた事を怒っている訳ではない。
学園の負のループを知っているからなのだ。
この浦川学園はある時点から悪意の巣窟と化していて、虐めや犯罪が絶えた事がない。
三上秀一を虐めていたグループはその一端でしかなく、公になっていないだけで常に5件以上の虐めが発生している。
1つの虐めが終わると直ぐに次の虐めが始まる。
三上秀一を虐めて殺そうとしていた件は全生徒の周知の事実であり、それを高みの見物を決め込んでいたり面白がって煽ったりしていた。
悪意を持った目で見ながら…邪悪な笑みで嘲笑しながら…
「馬鹿か?1度でも失敗した以上、次の標的は俺達なんだよ!言った筈だぞ!?それでも殺るのかってよ!」
そう、虐めの目的が達成されたら英雄扱いされ、失敗したらG以下の存在として誰かの虐めの対象になる。
この法則こそが浦川学園全生徒の鉄則であり、1度でも虐めに加担したら最後、天国か地獄の究極の2択しか残されていないのだ。
「まだ失敗していねぇ!最悪、病院から連れ出して殺っちまう手だって残されている。まだ終わった訳じゃねぇ!」
「馬鹿かテメェは!俺達が殺したら警察行きだぞ?それはゼッテー避けなきゃならねぇ!」
然し、幾ら対象が死んでも自らが手を出したら唯の犯罪者として扱われるだけ。
条件は虐めの対象が自らの死を選んだ時だけなのだ。
「「じゃあ、どおすんだよ…」」
「…知らね…既に掌返された状況では手が付けらんねぇよ…テメェ等とはもう2度と関わらねぇ…」
まさか失敗するとは思っていなかった貴史と雄一を見限った俊哉は2人に背を向け手を上げて左右に振りながら去って行く。
その姿を呆然とした表情で見送るしか出来ない2人は逃げる様に帰ってしまう。
………………
6時30分
「全てを知る者って誰だよ…」
昨夜、秀一をFZの屋上から飛び降り自殺する様に誘導したが、当の本人は何故か途中で止めてしまい、煽りに行こうかと考えていた所に救急車やら警察がやって来て大騒ぎになってしまい、計画失敗の一報を貴史にメールした後、恋人である岡村誠の部屋に行き今後の事を話し合った幹元康介はそのまま誠の部屋で一晩過ごし、目覚めたのは6時半少し前。
そして、日課と化しつつある寝起きのSNSとメールのチェックをしたところ、見付けたのがレイの書き込みである。
通常なら、この様な書き込みは無視されるか管理人に消されてしまうのが常なのだが、ここ数ヶ月の間、管理人はサイトの管理を放棄していて連絡もつかない。それどころか、反論の書き込みや否定等の書き込みも一切ないのだ。
然も、秀一の虐めに関わった人間全員の名前が曝され、更に全員血祭りにあげてやると云った書き込みや貴史達への誹謗中傷が此処ぞとばかりに書き込まれていた。
ヤベェ…このまま学校へ行ったら…
スレッドの反応を視て顔面蒼白になる康介は隣で寝ている誠を起こしてスレッドを見せる。
学園内での虐めから自殺をさせる成功率は約50%で前述した通り失敗したら地獄へ一直線。
こうなってしまったら虐めていた側がとる行動は引きこもるか退学しかなく、私は第三者です貴史とは関係ありませんを貫き通して通学すると云った選択肢は残されていないし、全員で病院に押し掛けて秀一を拉致して自殺させると言った暴挙に出れなくはないが、それは単なる犯罪と変わりがない。
何故こんな事になっているかと言うと、諸悪の根源は5悪であり、R級の中で熾烈なトップ争いを演じており、生徒達はその巻き添えになっているからに他ならないのだが、元々幽霊が見えない彼等達には知る由もない事なのだ。
「直前でビビって止めたアイツが悪いに決まってる…」
「拉致りに行く?」
「それこそ無理に決まってんじゃん…」
「じゃあ、どおする?てか、貴史達はどおすんだろうな」
画面を凝視しながら力無く呟く誠にこれからどおする?と意見を求める康介を横目に熟考するが、八方塞がり状態では何か出来る訳でもない。
「知らね…こうなった以上、退学しかねぇだろ…アイツ等からラインが来たぞ…取り敢えず俺の部屋に集合な…っと…」
誠と康介は他県から理系大学への進学を目指して受験して入学した為に親元から離れて一人暮らしをしている。1年生の夏休みまでは真面目に勉強していたのだが、二人が同性愛者だと知ると直ぐに恋人関係になり、更に貴史達と友達付き合いをする様になってからは進学への志しを忘れてしまったかの如く悪事に手を染めてしまう。
「退学したら大学への進学だって…」
「…諦めろ…アイツ等と出会った事自体が間違いだったんだ…」
「…アイツが死んでさえくれていたら…」
「終わった事をグチグチ言ってもしかたがねぇだろ…それよりも、どおやって被害者にならない様にするかだ…」
自分達の悪行を棚に上げ、全て秀一のせいにして逃げの一手にでようとする康介達だが果たして…
……………
5時10分
「次から次へと…アイツめ…!」
明け方、寝ているところに現れた真智子に起こされて言われるがままに裏川屋のスレッドを開いた森田警部は、レイの書き込みを読んで頭を抱える。
それもその筈で、ワンダーランドの捜査が大詰めに来ている段階で多忙を極める所に昨夜の自殺未遂騒ぎの真相と浦川学園の内情を知らされたのだから無理もない。
とは言え、毎年の様に自殺者が出ている浦川学園の内情を知れたのは大きな収穫であったのは間違いない。
「で?俺に話しを持ってきたって事は、R級の仕業だけじゃぁないのだろう?」
付き合いが長いせいか、皆まで言わずとも大方の予想が付く様になった森田警部は真智子にサッサと要件を話せと要求すると、少々困惑気味にこんな話しをしだす。
浦川学園の虐めは学園中に広がっているのは事実だけど、その全ては理事長は知らず、全て校長で止まっている。
そして、校長こそが学校裏サイト「裏川屋」の管理人だと言うのだ。
更に、雨音の最高権力者でもある参議院議員「四谷清十郎」と繋がっており、虐めで死人が出ると校長から四谷に連絡が行き、全てをもみ消すのだそう。
「なるほど…」
浦川学園の生徒の自殺者は他校と比べても多いが、何故か全て捜査させて貰えなかった。その理由が四谷からの圧力がかかっていたのかと理解したが、四谷と学園が繋がっているだけでそこまでしてやるメリットが解らない。
然し、話しを持ってきた以上、ある程度の証拠を持っていると踏んだ森田は遠慮なく真智子に疑問をぶつける。
「最初は学園内に蔓延っているR級の動きを監視していただけなんだけど…」
実を言うと、佐藤美穂の事件の後、レイに内緒で浦川学園の幽霊の動きを監視していた真智子は学園内の幽霊が組織みたいな動きをしているのに気が付く。
と、言う事は、教師か生徒の中に必ず頭が居る筈だと踏んで更に調べると、校長が四谷と接触する場を目撃してアンテナを操作して探りを入れると以下の様な会話が聴けた。
1・生徒の犯罪を揉み消す代わりにその生徒達を四谷の息がかかった会社に就職させる事。
その生徒達が進学や他の会社に就職しようとしても必ず潰す事。
2・揉み消す為に一人頭一律100万円を上納する事。
3・選挙の時は教師及び生徒の家族(有権者)には必ず四谷に投票させる事。
この3つであるが、もし、この条件が守られなかった場合は全ての責任を校長に被って貰う条件が付けられているのである。
「四谷のジジイ〜!!!」
怒りのあまりに森田警部の白髪混じりの髪の毛が逆立つ。
所謂、怒髪天を突くと言うやつだ。
今まで、浦川学園の生徒とその親から虐めの相談が何件も寄せられていたのだが、その都度何故か上の方から圧力が掛かり捜査させて貰えていなかったのだ。
更に、学園の卒業生で四谷の息がかかった会社に就職した者達は例外なく入社後3年で海外の工場に移動させられているのだが、移動後1年以内で全員消息不明になっているのだ。
「平気で他人を虐め殺す奴等に人権など要らないってのが四谷のモットーみたいなものだからね…それを逆手に取ってやりたい放題って訳ね…まぁ、三上秀一君が生きているから早めに保護した方が良いかもよ」
「・・・解った・・・四谷と学園の方は俺が何とかする!露払いは任せたぞ!」
怒りで腸が煮えくり返る思いの森田だが、相手は雨音最高権力者 四谷清十郎!舐めてかかると怪我だけでは済まない。
気合も新たに雨音署に向かう準備を始める。




