第23話 ガチ鳥の怪4
マンションの屋上に到着した私は茜色に染まる街が宵闇に染められ、街灯が街を照らし出す様子を眺めつつ暫し熟考する。
ガチ鳥の店長さんの後ろに居た黒い影そしてひび割れたお地蔵さん。
あの黒い影は料亭の社長がR級化…(既にSSR化したと言っても良いのかな?)したモノと考えるのが普通よね。
それにあの言葉…
あの口振りだと既に仕掛けられていると考えて良いと思う。
そのせいか、何もしなくても余命は後1ヶ月そこそこではないだろうか…気力で保ってはいるみたいだけど、かなり衰弱しているのよね…あのまま死んだら間違いなく過労死で片付けられてヨシでしょうね。
まぁ、生者が死のうが生きようが知った事ではないけど、そこに幽霊が絡んでいるとあっては黙ってはいられないわよ。
そんな事を考えているとレイが妙な事を言い出した。
社長に拘り過ぎじゃね?家族揃ってR級化してんだろ?例えば、親父を守る為に敢えて他の家族が犠牲になって封印されたとかよ?それで家族の解放を狙う親父があの店長に仕掛けているとかよ
そこまでは気が回らなかったわ…そうよね…社長一家とは聞いていたけど、家族構成までは知らないのよね…1番悪意の強いだろう社長に拘り過ぎて他に気が回らなかったわ…
やっぱり1人より2人だわ
うーん…森田警部がいたら協力して貰うのだけどと思わず考えてしまうところは悪い癖なのだろか…兎に角情報が欲しい…
時刻は20時を少し過ぎたところ
そろそろコヨミが帰宅していないかと思いレイと入れ替わりコヨミの部屋に移動したのだけど、トンでもないタイミングだったらしく俺の姿を確認したコヨミからギガトン級の張り手を食らった…かと思ったら怒るどころか真っ赤な顔をして
「お嫁に行けなくなったら責任取ってよね」
等と言ってくる。
オイオイオイ…何でそうなるんだよ…冗談にも程があるぞ…等と思いながらジト目でコヨミを見ると深刻な顔をして…こんな事を言い出した。
話によると来月末から10年もの間、母親である神野命と修行をするために海外へ旅立つ予定だとの事。
「だからね…あたしが戻って来たら再び会うと約束を込めてこの紙にサインして欲しいの…」
真っ赤な顔をしてピンク色の紙を俺に提出するコヨミ。
こ…コレは…
紙に印刷されていた文言に焦る俺…それは紛れもない婚姻届であった。
単なる約束をする為のものの筈なのに何で婚姻届にサインしなければならないんだ?
何なんだこの展開は…?
毎度毎度やることが読めない女だよな等と考えていると、サインしてくれないの?と今にも泣きそうな表情で訴えかけて来るコヨミ。
ハイハイ…サインしたら良いんだろ?
日頃の訓練でペンを持つ事も出来る様になっている俺はしぶしぶ婚姻届にサインをした。(シッカシ…俺もとことんコヨミには弱いよな…)
って…こんな事をしてる場合じゃないんだって!ガチ鳥だよあの店の謎解きを早急にしないといけないんだっての!!
サインをし終えた俺は感慨に更けるコヨミにガチ鳥の事を話すと。
「明日、お母さんが来る事になったから一緒にガチ鳥に行きましょう」
と返して来るが婚姻届を胸に抱き心ココに非ずと云った感じだよ。ダイジョウブカコイツ…
何か、俺がコヨミの婚約者として既成事実を積み重ねられているような気がしてきたぞ!?これでは頑固親父を何とか攻略しようと母親を見方につけようとする恋人達みたいだぞ!?てか、昨日は父親に会うと言ってなかったか?コヨミの家庭環境って思ったより複雑なのかな?
俺の中で何とも言えない感情が沸き起こる。
真智子は項垂れ肩をフルフルと震わせているが敢えて何も語らず。(展開が面白すぎて笑いを抑えるのに必死だったらしい)
何で婚姻届なんだ?と訊いた俺に
「辛い修行中でもコレがあるとレイと確かな絆で繋がっている気持ちになれて頑張れるから」
との事なのだけど、何か怪しい…深く追及しても良いのだけど、薮蛇になりかねんわな。
確かに俺もコヨミの事が愛しく思っているのだが、本気にはなれないのだよ本気には。
あぁーもう!何でこんな事になんだよ!
もし、俺が生きててコヨミと同い年位なら間違いなくラブコメ路線必死だった所だぞ。
なんてボヤいても仕方がないので、あの結界を張った奴の事を訊いたのだけど、真智子の情報とあまり変わらなかった…しいと言えば雨土山の霊園の管理人をやっている事が判明した事かな…てか、直接会いに行くわけにはいかないよな。
「でも、お母さんが来るから問題ないよ」
と宣うコヨミの母親ってのは余程の実力者みたいだな?で、その旦那…つまりコヨミの父親ってのは相当な化け物の予感しかないぞ。
等と考えていたら私の師匠でもあるし相当な化け物よと返事をしてくる真智子ではあるが、コヨミの母親とは会った事がないのだとか。
まぁ、コヨミの両親の事は何れコヨミの口から語られると期待しつつ黙っておく事にしよう。
それに、百聞は一見に如かずと言うしな。
その後、翌日夜閉店後のガチ鳥の前で落ち合う事で約束した俺は雨降山に戻ったのだけど、到着するなり大爆笑しだす真智子。
てか、元婚約者だったのだろう?フラれていたのを知って悔しくねぇのかよ!?
そう、突っ込みを入れると
「だって、レイと私は一心同体だし、私の存在に気付けずにレイ相手に恋する女の子になっている姿が面白すぎて…それに、死んだ時点でコヨミへの想いは消えているから大丈夫よ?」
とか言っているけど、ホンマかいな…疑いの目で見る俺に
じゃなければレイと同化なんてしてません!
と、ピシャリと言い切ったと同時に 俺の中から飛び出して今日もビシビシ行くよと木刀擬きを俺に渡したのであった。
翌日夜
ガチ鳥の店長が帰った頃を見計らって姿を表した俺を待ち受けていたコヨミと一緒に居た見た目30代後半の女性に挨拶した俺を舐める様に観察した後
「何で成仏しないの?成仏したくないの?」
と俺に質問責めして来た。
なので、自分に関しての記憶が無い事や俺の目的を説明してこのまま成仏してやる訳にはいかねぇ!過去に何があって何でこんな目に遇っているのかを知り、因果の鎖を断ち切らねぇと…モヤモヤを残したまま前に進んでやるわけには行かねぇ!と言い切ったら説得は無理と踏んだのか、妙に納得した表情になり
「既に霊視は終わっています。どおしてこうなったのかをこれから説明しますので」
と言って弟子が運転するワゴン車の中へと誘いわれた。
先ずは社長一家の家族構成だけど
父親 水内隆也 68歳
母親 朋子 63歳
長男 隆明 38歳
長女 恵美 35歳
次女 由比 30歳
の5人家族で長女の恵美は2児の母となり、都内で暮らしていて事件直後に生存を確認されてはいるが、事件5日目に姿を消して以来、消息不明となっているとの事。
当時、社長宅に数人のヤクザが出入りしている姿が目撃されている事から何かしらのトラブルに巻き込まれて殺されたか、遺体が見付かっていない事から殺人事件に見せかけて夜逃げを慣行したとか様々な噂が絶えない。
まぁ…普通に調べるとこんな事しか出てこないんだな…コレが…てか、夜逃げをしているのなら幽霊騒ぎなんて有り得んわな…ホント…
此処からが命さんの霊視の結果なのだけど…一家は確実にこの場所で殺されており、遺体は何処かに持ち去られて遺棄されているとの事。
で、どおやら犯人は4人のグループで押し入って犯行に及んだ模様。何で解るかと言うと、家に居た家族はほぼ同時に殺されたと霊視で見えたとの事なんだけど、数年前の出来事なのに当時の事がハッキリと見えるなんて霊視ってスゲェな…。
社長一家の幽霊が目覚めたのは事件後数日が経過した後の事で、自分たちが死んだと気付けずに家で生活していた所、心霊マニアや自称霊能者がやって来て家を荒らしだした。
この事により怒り狂った社長一家の幽霊がR級化して侵入者に対しての報復を始める。
その後、地主から依頼を受けた花岡玉斉が祓おうとしたのだけど、それでも手に追えなかったらしく結界で封じた。
これが大まかな流れらしいのだが、レイの予想通り封じられてしまったのは社長以外の3人で玉斉の来襲を察知した家族が社長を逃がしたとの事。
その事に関して玉斉は気付いて居らず、現在に至るとの事らしい。
「そもそも花岡玉斉がやった事は間違っていたの」
社長一家の霊を鎮めたいのなら、結界を用いての封印ではなく、祠を建てて浄霊するが正解だったみたいだな。
無理矢理押さえ付けるより、ゆっくりとでも悪意から解放した方が良いだろうしな。
然し、花岡玉斉が話を拗らせてしまった以上、祠を建てても今更の話であるのは自明の理だわな…
と…なると…事件の発端を知り犯人グループの特定と警察に逮捕させる事を優先しないとねらねぇのか…
考えていた事が言葉になって出ていたらしく命さんが頷きながら正解ですと答えるが、その答え自体が巨大な壁なんだっての…だってそうだろ?現場は取り壊されている、詳しい現場の情報は警察が握っている、社長に話を訊こうにも訊いてくれるか解らんときてる。
「その為に私が来たのですよ」
成る程…で?どおやって調べるのかな?と思っていたら、コヨミと共に車を降りて何食わぬ顔をしてひび割れしていない北側と北東側のお地蔵さんを勢いよく蹴り倒してしまう。
倒れた衝撃で砕けるお地蔵さんをフンッ!とゴミを見る様な目で一瞥する二人。
この親にしてこの子ありとはよく言ったもんで、二人とも非常識だよ。
って・・・アレっ・・・!?
倒れただけで砕けた?
首や手が割れたとかなら解るけど、石の塊がそう簡単に砕けるか?
気になってお地蔵さんを確認しに行こうとする俺に結界が消えるから近寄るなと云う命さん。
おぉぉぉぉおぉぉぉぉ・・・
結界の効力が消えたと同時に聴こえてくるおぞましい程のうなり声。それと同時に盛り上がる様に沸き出てくる黒い影が3人の人影を形作るが、3人を捕らえる様に新たな結界が出現する。
お・ま・え・ら・・・許さん・・・!!!
3人を捕らえたと同時にガチ鳥から飛び出して来た4人目の黒い影が命さんに襲い掛かる。
恐らくその影が社長なのだろう。
「はいそこまでよ!」
黒い影が命さんまで後1メートルの距離でピタリと止まる。
クッ!クソッ!解け!解きやがれ!このクソババァ!!
コヨミの術により黒い影の動きを止められてしまったのだ。
「あらあら酷い言われようね?解けと言われて解く奴は居ませんよ!?水内隆也さん?」
動けない状態で暴言を吐く黒い影に努めて冷静に問い掛ける命さんに驚いた様な声で何故その名前を知っていると驚きの声色で問い質そうとする黒い影。
「そんな事はどおでも良いでしょう?単刀直入に問います…貴方方家族を殺したのは誰!?」
誰と訊かれて素直に話せば可愛いのだが、相手はR級だぞ?そう簡単に答えるとは思えないのだが命さんの背後を見て急に大人しくなってしまう。
ふ…不動明王…?
そう、命さんの背後に現れた炎を纏いし赤肌の男…畏敬の念すら覚えさせられるその姿…それは先日図書館で見た不動明王そのものの姿であった。
突然の出来事に金縛りになった様に動けなくなった俺、そして、両手で口を塞ぎ、腰が抜けた様にペタンと女の子座りになり何やら呟く真智子。
本物…なのか…
ブルー達が使っていたあのスライム擬きみたいな妖怪が不動明王に変化していないとも限らない。
俺の中で僅かに疑念が沸き起こる。
然し、社長にはそれで十分であった。
「コヨミ…もう良いわ………さぁ、何があったのか全てを話して頂戴」
社長から目を離さずにコヨミに術の解除させた後で何が起こったのか全てを話せと迫ると言葉に合わせて不動明王が持っている剣の切っ先が社長に向けられる。
「全ては私の店を乗っ取ろうと画策した副社長の大澤義彦と関東に本店が在る老舗料亭 鶴乃屋 社長 勝野拓郎 の策略です」
逆らおうものなら地獄に送られるどころかこの場で消滅させられる可能性すらある状況では嘘偽りを吐く事は出来ない。
命さんに平伏し、当時何があったのかを話し出す。




