186話 焔と空
まだ空が魔王ではなかった頃の話し。
それは唐突に視せられた。
「な…ん…じゃ…と…?
何時じゃ何時の時代じゃ…」
魔王城の一室ではなく、自らの専用空間で瞑想していた焔の脳裏に浮かんだ絶望的な未来。
未来を知る事が出来る焔が視た未来とは…
何の前触れもなくこの世の全てが光に包まれ消滅してしまうと云う未来。
状況から考えると現時点から千年以内ではない事は解る。
「クロノスめ…もう少しヒントを与えてくれても良いものの…」
クロノスと言うのは時の神と言われる神様である。魔王になったと同時にクロノスと繋がってしまったがために度々未来の映像を視せられることになる。
然し、この事は秘匿される事項であるが為に予知能力があると云う事にしていた。
それでも回避不可能な未来を視せる程クロノスも悪趣味ではない。
視せられたと言う事は人為的に引き起こされる事象であり、回避出来る未来だと言うことなのだ。
神は万能の力を持ってはいるがその力を行使する事は無いし、与えられている役目以外の事はする事が出来ない。
それ故に事あるごとにこうして予言という形で焔に映像を見せ対処する様にと依頼して来る。
此処まで書いたらお解りかと思うが、妖怪とは神の天敵であり神にもなりうる存在であるのだ。
う〜む……………
結末は解っているのに事の発端は見えて来ない。
映像を視せられた事により、水晶玉を駆使して事象から少しずつ時を遡って原因を究明しようと試みてはいるものの、どおやっても原因と言うか事象を引き起こした犯人の姿を特定出来ない。
何故特定出来ない?
数日後なのか何年後なのかはたまた数千年後なのか犯人は誰なのか一切解らないまま時は悪戯に過ぎて行く…
フン!
天才…いや…天災が来おったか…
どうにもならない不安とイライラが募り爆発寸前になった時、呼びもしないのに専用空間に侵入して来た妖怪の気配を察知した焔はそれらを纏めて吐き出すべく全力で排除に掛かる事にした。
「しぶといのう…我がテリトリーに土足で不法侵入して来ただけのことはあるわい…」
侵入者と戦うこと人間界の時間に換算すること100日。未だ強さの底を見せない妖怪に対して肩で息をする焔。
二人の力量は明確だが、焔とて魔王として意地と誇りがある。
この術だけは使いたくないが…仕方あるまい…
焔の両手に全妖力が集まり黒い球体が出来上がる。
焔最強最大の術 六星崩壊を放とうとした刹那
「やめじゃやめじゃ!
魔王の地位なんぞ欲しけりゃ熨斗つけてくれてやる!今の朕にはこんな事をやっている暇なんぞ無いんじゃ!」
六星崩壊
この術は文字通り6つの星を瞬時に消滅せしめることが出来る程の強大な術であり、如何に空が強大であろうと消滅は免れないであろうと思われる程の威力を持つ。
然し、術の発動には膨大な妖力を必要とする為にもし、相手に通用しなかったら危機的な状況に陥ると云う諸刃の剣なのだ。
そして、この術でさえこの妖怪には通用しないかも知れないと云った直感が訴えかけて来る。ならば、自分が戦闘放棄して無用な戦いはとっとと終わらせればよい。
この考えに至り戦闘態勢を解いた焔に対して驚きの表情を見せたものの、直ぐに真顔になり事情を問い質そうとするが、秘匿されるべき事案だからと焔の口からは語られる事はなかった。
「不法侵入者よ…
ソナタの名は何と言う」
焔が妖怪に問い掛ける。
焔を葬り去り名実ともに魔王の称号を手に入れようと目論んでいた妖怪にとって拍子抜けがあるのだが、それでも名を問われて名乗らない訳には行かず返答してしまう。
「俺の名は 空 太陽の化身と言われ魔界を照らす存在よ」
なっ………
その名を訊いて動揺を隠せない焔。
それもその筈で、太陽の化身 空 とは、空に存在し魔界を照らすのみの存在であり、人形の姿はしていないと思っていたので動揺するのも仕方がない。
とは言え、この者なら安心して次世代の魔王を任せられるのは間違いはないだろう。
なので導き出された答えは当然
「では…
太陽の化身 空!
そなたを次の魔王に指名する!
なお、この指名には拒否権も無ければ辞退する権利も与えられない!」
であった。
なっ…
焔の言葉に対して今度は空が動揺してしまう。
それもその筈で、魔王の称号を得たければそれまでの魔王をブチのめしてその実力を証明する必要があると思っていたのだが、まさかの指名制であったとは思いもよらなかったのでこの動揺も仕方がないだろう。
些か消化不良ではあるがこうなってしまってはやるしかないと腹を括れるのは良いのだが、どおも焔の様子が引っ掛かってならない。
………
……
な…ん…だ…と…?
何時だ…何時の時代だ…
全ての話を聞き終えた空の反応は冒頭の反応と全く同じであった。
それが解かれば苦労はないし先程の戦いも違うものになっていただろう。
「こうなってしまってはそなたにも手伝って貰うぞよ」
魔王になって早々、無理難題の処理を手伝わせられるとは何と言うことだ…内心ガックリと項垂れる空ではあったが、その頭脳の中では何千何万と気の遠くなるようなシュミレーションが始まっていた。