第172話 レイ達家族が消えた後
レイ達家族が消えた翌日
幽霊屋敷にて
「・・・てな訳でレイさん達家族は魔界へ行ってしまったが為に暫くは人間界には居られなくなりました。勿論、無事に人間界へ返す事をお約束致しますのでご安心を。」
レイの代理として訪ねて来た大嶽と名乗る紳士から昨夜の説明を受けた三条と命であったが、何故この男がそんな事を知っているのかと疑惑の目を向けた。
そんな2人の目に気が付いたのか
「あぁ…大嶽と言うのは人間界での仮の姿で本来は超獄丸と言う魔王軍筆頭を務める妖怪でございます。かなり昔の話ですが匠自動車と言う会社で整備士をやっていた事があります。」
と、自己紹介するも匠自動車を知らないし、目の前にいる紳士が妖怪だと言うことが俄に信じられないと言った様子だが、昨夜何か事件が起きたのは幾つもの妖気を感知出来ていたので大嶽の言う事は間違いないだろう。
万が一を想定して臨戦態勢を取っておいた方が良さそうだ。
「念の為に言っておきますが、私はこの状態でも貴方方より遥かに強いですから妙な気を起こす事がない様にお願い致します」
三条と命に殺気が籠もったのを察知した大嶽は1言釘を刺すと
「レイさん方を連れ去ったのは魔界の都合です
いきなり彼等が居なくなってしまっては此処の運営や幽霊絡みでのトラブルを処理し切れない可能性が有りますよね?ですので私共でフォロー致しますのでどおかご容赦を」
提案してきたのだが、レイ達が居なくなったからと言って運営がどおにかなる訳ではないし幽霊絡みのトラブルは三条と命が睨みを効かせているが為にどおにでもなる。
なので、臨戦態勢から警戒態勢に切り替えつつもヤンワリとお断りしたのだが
「株式会社オタクと言いましたかね
魔界の娯楽産業を発展させたいと思っていましてね
色々と学ばせて頂きたいと考えているのですよ」
と、退く事を知らない大嶽が三条が経営している会社の事を盾にして詰め寄ってくる。
株式会社オタク
幽霊屋敷は元より書籍出版・アニメ制作・飲食店経営・アミューズメント等々雨音周辺の娯楽産業の経営を担っている会社であり社員の実に90%は何かしらのスペシャリストで構成されている。
そんな会社に務める社員達を人々は
「稼げるオタク集団」
と呼んでいて、最近ではアミューズメント部門が中心となってコスプレイベントを開催したりしている。
魔界にも娯楽産業は存在している。然し、人間界の娯楽産業と比べると月とスッポン程の差が在る様で何とか発展させようと試みてはいるのだが妖怪では人間の様な発想力は無いらしい。そこで目を付けたのが株式会社オタクだったのだ。
「魔界の社会は飽くまでも人間界の社会を真似て作られているのですが、真似であって発展は有りません。ですので、人間の発想力を学ばせたいと考えているのですよ。」
そう言うとパチンと指を鳴らす大嶽。
それが合図だったのか、数名の妖怪が現れ「既に我等は人化の法を受けているので能力等は人間と変わらないです。決して御迷惑は掛けません何卒宜しくお願いします」と綺麗な挨拶をするではないか。
要はこの妖怪達を株式会社オタクの研修生として使ってくれと言う事なのだろう。
あまりにも強引な要求に辟易してしまう三条と命であったが、即答する事は憚れた。
返答は一旦保留とし、社長や月光ら主要スタッフを招集しレイの事と大嶽と名乗る妖怪の申し入れを話して対応を考える事にしたのであった。
「大嶽…?
三条さん確かに大嶽と名乗ったのですね?」
大嶽達が去った後、何からの厄介事が起きたのかと心配になってやって来た社長が妖怪の名前を確認すると間違いないよと返事をする三条。
「大嶽………?
匠自動車とか言ってなかったですか?」
暫し思い出す素振りを見せていたが、急に思い出したのか社長の口から匠自動車の名前が出でくると「そこで整備士をやっていたと言っていた」と命が言うと急に涙を流しながら何で忘れていたのだろうと悔いる様に呟いたので慌てた様に何があったのだと三条が問うと
「匠自動車と言うのはこの辺一帯でカナリ有名な会社でしてね…そこの整備士で特に腕が良いと人気が有ったのが天野・山野そして大嶽…この3人は有名人でしたが、ある日突然会社を畳んだ後、忽然と姿を消しましてね驚いたもんです。確か社長は匠昌子と言うシングルマザーで息子は…何だっけ…」(頼む…思い出せよ…俺…!)
喉元まで出て来ている言葉が出て来ない気持ち悪さに何度か思考が停止かける。
何時もなら此処で辞めてしまうのだが、それでは何時もと変わらない。大嶽と言うキーワードで忘れていた記憶が戻りそうになっている現状で辞めてしまうのは愚の骨頂だろう。
三条さん申し訳ないが、思い切り俺の頭を叩いてくれ!
唐突な申し入れに驚く三条は当然ながら拒否をする。
思い切り叩けと言うことは霊力を込めて叩けと言う事であり、罷り間違えば社長を消滅させてしまう可能性だって有り得る。
「思い出せる筈なのに何かが邪魔している気がしてならない…大丈夫だ…へなちょこ霊力では俺は消滅しないよ」
長年、レイのサポートをしているせいなのか善行を重ねているせいなのか、はたまたこの地が龍脈の真上だからなのか解らないが社長もまたLR級下位へとランクアップしている。
もう、このレベルに到達してしまうと幾ら祓い屋の力が強かろうとそう簡単には消滅させられない。
それを解っていて叩いてくれと言っているのだろうが、三条とて並の祓い屋ではないし、毎日怠る事なく修行を続けているが為に社長クラスの幽霊なら難なく消滅させる事が出来る。
「じゃあ、コレで叩いて差し上げたらどお?」
二人のやり取りを黙って訊いていた命が徐にハリセンを取り出して三条に渡す。
このハリセンはレイに対して使用しているダメージ特化型ハリセンとは仕様が違い、幽霊に対して浄化・鎮静・癒やしの効果に特化している。
勿論、叩くと云う行為が発生する為に一定量のダメージは有るのだが、その後に来るのは圧倒的な回復なのだ。
「何でも良い…兎に角頼むよ」
三条の前に背を向けドカっと 胡座をかき座る社長。
要は後頭部から思い切り頼むと言いたいらしい。
〜〜〜〜〜〜〜〜ってぇ〜〜〜〜〜〜!!
意を決した三条がまるで4番バッターにでもなった気分で手に持ったハリセンで社長の後頭部を振り抜く。
パコーンと小気味よい音がすると同時に前方向に吹っ飛んだ社長はあまりの痛みに頭を抑えて蹲ってしまった。
そんな中でも必死に思い出そうと思考を巡らせる。
匠自動車…大嶽…天野…山野…匠昌子…そして…!?
それは唐突に訪れた。
「匠達人…そうだ…!達人坊っちゃん!
レイの旦那は達人坊っちゃんだ!」
浦川学園のオカ研に在席し、妖綺譚を翻訳してあの日、朗読会をしたあの達人坊っちゃん。
何度も店に来て水乃の料理のファンだと言っていたあの達人坊っちゃん!
何で忘れていたのだろう…
ハリセンの影響なのか、それともレイに過去の記憶が戻った影響か、はたまたその両方かは定かではないが達人との想い出が決壊したダムから流れ出た濁流の如く溢れでる。
社長?
やっと…やっと思い出せた…
社長の頬に流れる一筋の涙に驚いた命が問い掛けるが聴こえている感じがないので、落ち着くまで待っていたが…落ち着いた社長の口から出て来た言葉は大嶽を呼んでくれであった。
「お久しぶりです…社長…」
社長に記憶が戻った事に気が付いたのか三条も命も呼びもしないのに現れた大嶽が社長に対して恭しく挨拶をすると
「テメェ等雁首揃えて何やってたんだ!?
テメェ等なら坊っちゃんを守れた筈だろ!?」
レイと関わってしまったが為に色々な事を知ってしまった。大嶽が妖怪だと言う事そして三条以下弟子の力を総結集して漸く撃退出来るかどおかだろう事は大嶽を見ただけ解ってしまう。そして、大嶽を見ただけで達人に何が有ったかを見えてしまったからこそ言わないと気が済まなかった。
「申し訳ありませんが、今は詳しい話をする事は出来ません ですが、あの時は手を出すことは出来ませんでした 私共としても忸怩たる思いをしていた事をご理解して頂けると有り難いです」
見ていることしか出来なかったのにはそれなりの理由が有る。然し、それを云うことは魔王に止められてしまっているので話すことは出来ない。
大嶽からしたら社長も三条も命も第三者でしかないのだ。
「き…いや…やめておこう…」
一瞬ではあるが消滅覚悟で大嶽に掴みかかろうとした社長であったが、此処で消滅する事は出来ない。なのでグッと我慢する社長に対して「本当に申し訳ありませんでした」と深々と頭を下げる大嶽に対して
「坊っちゃん…いや…レイの旦那は無事に返して貰えるのだろうな?」
と、問うことしか出来なかった。
「それはお約束出来かねます」
社長の問いに対してそう返す事しか出来ない大嶽。無事に帰ってこれるかどおかはレイ達家族次第だろう。なので、名言を避ける返答しか出来なかった大嶽に対して
「もし、旦那方が無事に帰る事が無かったらこの街…いや…人間界の全幽霊が妖怪に対して敵対すると肝に銘じておけや」
と、静かに然し怒気を孕んだ言い方で言い放ったのであったのだが、今度は三条が怒り心頭と云った表情で大嶽に噛み付く。
「先程貴方は無事に人間界へ返す事をお約束致しますのでご安心をと言ったが、あの言葉は私達を丸め込む為の方便だったのか?」
確かに言っていたし、一度言った言葉は取り消しなんて出来ない。完全に揚げ足を取られた形になった大嶽は内心、冷汗を流すことになる。