第106話 洞窟内にて4
馬番の定岡近元が勘兵衛…どおりで前川家の家系図やその他諸々の資料を漁っても出てこなかった訳だ…然も、定岡近元って名前と言うより、馬番は筆頭の皆川五郎兵衛は載っていてもその部下の名前迄は載っていないからね。どおりで解らない筈だ。
てか、定岡近元の事を守る為に敢えて名前を載せなかったのかと推測出来るよな…これは。
まぁ…今となってはドオでも良い話ではあるが…
然し、村岡君惜しい!あと一歩って所まで来ていたのに…
村岡ノートでは、前川家の城門の閂を守る者の職業(現在で言う警備員的な意味合いがあるのか?)を勘兵衛と呼んでいたらしく、定近とは、恐らくはその門番の内の誰かであろうと考察されていた。
更に、勘兵衛と云う呼名は前川家の家臣のみで使われていた言葉らしく、一般的には門番とか番兵とか言われていたらしい。そして勘兵衛と言う呼名は史実にも載ってはいない。
こう言ったことを踏まえ、勘兵衛=人名ではなく職業を指す言葉だと理解出来なければ解けないこの謎をたったの1人で解けたのは称賛に値すると思うし、生きていたら高名な人物に育っていただろうと思う。
今更ながら本当に惜しい人材を失ってしまったのだなと思った俺は、村岡と浦川学園で被害に遭った生徒達に改めて哀悼の意を抱いたのであったのと同時に言い方悪いかも知れないが、今後は浦川学園を監視して行かなければと決意した次第である。
「さぁ、休憩は終わりじゃ!やらなければいけない事がまだまだ有るのでな」
その一言で再び依代作りを再開した俺とコヨミは目眩すら覚えるその作業…果たして俺達は依代を完成させる事が出来るのか?
………
……
「・・・いけませんねぇ・・・まったくいけませんねぇ・・・」
八岐の大蛇を前に腕組みをして一人考え込む大佐。
何をしていたかと言うと、自身が設置したアンテナの映像を視ていたのだ。
大佐が設置したアンテナはレイが使うそれとは違うもので、洞窟内の壁に同化するタイプのものだ。
更に超低妖力で使用出来るのでレイはもとより楓夏ですらも気付けてはいないと言う優れもの。
敢えて名付けるのならステルス・アイと言えば良いだろうか。
そのステルス・アイが捉えた映像を視ていた大佐はレイとコヨミが何をやっているかをハッキリと捉えていたのだ。
そんな大佐を訝しげに見ながら話し掛ける中佐に論より証拠と言わんばかりにステルス・アイの映像を共有すると、中佐もまた先程の大佐と同じリアクションをしてしまう。
「万が一、アレが完成して風神が開放されでもしたら厄介な集団に育ってしまう」
今すぐにでも奴等の所に行って依代の完成を阻止したいのだが、二階級特進と言う進化を果たしてしまったおかげで未だ力を制御出来ずにいる大佐はこの場から動く事は出来ない。
「それでは私が20名の部下と共に行って阻止して来るとしましょう
なぁに、たかが幽霊
我等の力を結集すれば一捻りでございましょう」
その言葉を訊いて止めようとする大佐。然し、元部下であった少佐があの幽霊と対峙した事によりトンでもない進化をしてしまったが為に悔しい思いをしている中佐にとってこのタイミングで幽霊共を始末出来たらと言った打算も有るが、妖怪より強い幽霊なんか認められない的な感情が強い。
(あの幽霊共を倒すには増援戦力を合わせて全員でかからねば勝機が見えないと言うのに…)
止めようとする大佐の言葉に聞く耳を持たず、部下を集め洞窟内へと出撃する中佐の背中を見送る事しか出来ない大佐は、気を緩めれば暴走しようとする己の力を一刻も早く制御する事に専念するのであった。
………
……
「うーむ…どおやら真智子の存在がネックになっている様じゃの」
依代創りは順調に進んでいるかの様に見えるのだが、最後の最後で上手く融合しないといった問題が浮上して来た。
と言うのも、レイが如何に細心の注意を払おうとも分身体の中に真智子の一部が混ざってしまうからだ。
その状態でも完璧なる分身体は出来るのであるが、融合の段階で上手く行かない。
その様子を見て原因は解るのだが、何の解決策も思い浮かばないのが現状だ。
「どおじゃ?気分転換に組み手でも…ムッ…!!」
流石に根を詰め過ぎだと思った楓夏がレイに気分転換に組み手を提案をしようしたまさにその時。
洞窟内の空気が重くなったと思ったら大人数の妖怪が降って湧いた様に出現したのだ。
「チッ…!厄介な…」
「何かアンタをご指名みたいよ?ホント、妖怪にはモテるよね…」
「喧しい!あんなのにモテてもチッとも嬉しくないやい!まぁ…鬱憤を晴らすのには丁度良いけどよ」
「21対3ねぇ…然もほぼ格上ばかり…お手上げだわ…」
「アイツと同等クラスばかりかよ…それでもやるしかねぇだろうが」
「それじゃぁ…「待つのじゃ!」
「楓夏様?」
「奴等の相手は天丸と左近に任せる!お主達は作業を続けよ!
万が一に備えゆう子は二人の護衛じゃ!」
「御意!」
「バウ!」
絶望的な戦力差を前に臆することなく戦闘に入ろうとするレイとコヨミを呼び止める楓夏は二人の抗議には一切耳を貸さず強引に妖怪共の相手を決めてしまう。
女帝…いや…暴君だよな…ホント…こんなんが神様だなんて…やりますよ…やりぁ良いんでしょ…マッタク…
結界の外に躍り出る左近と天丸を横目にガックリと項垂れる俺とコヨミは顔を見合わせ、引き攣った笑みを浮かべながらも再び依代創りに没頭する事になったのである。
(何故じゃ…何故目覚めぬのじゃ…目覚めぬのなら、せめて邪魔するのだけは止めよ!)
依代創りに没頭するレイ
その中で出来る限りの協力をしている真智子…
然し、楓夏はレイも真智子も視てはない。
視ているのはその最奥で眠りに着いている存在。
それは、真智子がBと呼んでいる存在。
(見ているのであろう?妾の声が届いているのであろう?今こそ覚醒の時の筈じゃ…何故応えぬ…)
依代創りが上手く行かない理由はレイにもコヨミにも真智子にもない。
全てはBが邪魔しているに他ならない。
融合する時、ほんの少しだけコンマ1秒、微かな力を放出するだけで依代は完成しない。
それだけ緻密でデリケートな作業が要求されているこの状況において黙って視ているのならまだしも邪魔ばかりされては何時まで経っても何も変わらない。
戦況はと言うと、GR級中位に相当する力の持ち主である天丸と左近に対しLR級中位に相当する妖怪達では左近と天丸には敵わないのは当たり前なのだが、それは1対3迄の戦力差での事であり、そもそも1対10然も連携攻撃を仕掛けて来ているとあっては此方側が圧倒的に不利なのは自明の理。
この状況をひっくり返す事が出来るのは楓夏が依代を手に入れ、加勢するしか勝ち目はない。
解けそうで解けない数式を前にした様なイライラ感が募る楓夏
(えぇ〜いい加減に応えぬか!)
そして楓夏のイライラが頂点に達した時…
ギャワン!
洞窟内に響き渡る天丸の悲鳴…
そう、妖怪達の揺動に撹乱された天丸を地面に潜んでいた妖怪が斬ったのだ。
妖怪の刀は天丸の右前足を深く傷付ける事に成功し、これを合図に畳み掛ける様に襲い掛かる妖怪達に防戦一方になってしまう左近と天丸。
ヤロ…よくも天丸を…!!
その様子を見ていたレイとコヨミの髪の毛が怒りに逆立つ。
「もう良い!コヨミ…次で終わらせるぞ!」
「うん!!」
天丸を傷付けられたと言う怒りと左近と天丸が倒されるかも知れないと言った危機感が二人の集中力を極限まで高め、完全なる25%の分身体を創り出すと今まで上手く行かなかったのが嘘のように完全に混ざり合う。
「イカン!」
然し、それを黙って見ている程お人好しではない中佐が即座に反応し持っていた短銃をぶっ放す。
その弾丸は如何なる結界をも貫通し、確実に獲物を仕留める程の威力を持つ。
凶弾が融合を始めた分身体に迫る中、そうはさせまいと楓夏もまた依代に飛び込む。
その時…
それはアタチの身体なの!オバアさんは来ないで!
オ…オバ…そんな事を言うておる場合ではない!あの銃弾が命中したら元も子もないのだぞ!
それは刹那の出来事…楓夏から奪う様に依代に入り込もうとしたもう一つの魂。
然し、車は急に止まれないの例えがある様に、1度行動を起こしてしまった後では止まる事さえ出来ずに楓夏と名もなき魂が同時に依代に宿ってしまったのだ。
「ふぅ~間一髪のところであった…」
暴風の壁を作り出し銃弾の勢いを殺し、速度が弱まった弾丸をキャッチした楓夏は依代が自由に扱える事を確認したかと思ったらその場から消える。
エッ・・・?
それは一瞬の出来事であった
左近と天丸を追い詰めた妖怪共がほぼ同時に消滅したのだ。
あ然ボー然の一同を無視するかの様にその場に立ち尽くし何かと会話する楓夏。
そして…
「思った通りなかなか良い依代じゃ…素性が解らぬ魂さえ飛び込んで来なかったらな…」
・・・!?
思わず耳を疑ったレイとコヨミは無言で顔を見合わせ、そして楓夏を見て初めて驚きの声を上げる。