第98話 妖綺譚 7
日照りが何十日も続いたある日の事
「日照り続きのせいで
川の水が少なくなって田畑がヤられてしまっただ…このままでは…」
「長!今直ぐ雨乞いの儀式を!」
「長!」
「「「「「長!」」」」」
村長の家の前に集まった男達が必死に抗議をしている。
数年毎に起こる60日以上にも及ぶ日照りが干ばつ被害を招き、村は危機的状況に陥る事がある。
雨無村にはこの現象の事を雨無山に住み着く日照り神の仕業とされていて、若い娘を日照り神に差し出し、その代わりとして雨を降らせて貰うと言った事をやっている。
それを雨乞いの儀式と呼んでいるらしい。
然し、この村には年頃の娘は存在していない。
何故、年頃の娘が存在していないかと言うと、この雨乞いの儀式が問題なんだ。
せっかく育てた我が子が幸せになる前に生贄になるなんてと言った気持ちから、女の子が生まれると直ぐに里子に出してしまう。
だから、見た感じはこの村に19歳迄の女の子は存在していない事になる。
然し…
やっぱりそれは無理があり、皆何も言わないだけでどの子が女の子かは知っていると言うか周知の事実となっている様だ。
何故かと言うと、当然ながら里子に出す事を拒否する母親もいる訳で、そう言った理由で里子に出すことなく育った女の子は20歳までは男装を強要され男の子として生活しなければならないと言ったしきたりがある。
まぁ、この話は周辺の村々にまで伝わっている程の有名な話だけど、現実を目の当たりにして驚いたのは言うまでもない。
「然し…雨乞いの儀式をするにしても生贄になる年頃の娘が居ねぇだ…」
詰め寄る村人に困惑する村長。
村長からしたら雨乞いの儀式はやりたくねぇだよな。
「何言ってんだ!?弥太郎とこの弥次郎が居るでねぇけ!あの子は間違いなく女の子だ!」
そう言う事には目ざとい関守一之輔が声を挙げると皆も一斉に騒ぎ立てる。
雨乞いの儀式をせよと次第に大きくなる声を遮る様に弥太郎が1人で否定すると、今度は「じゃぁ、オラ達の前で今直ぐ身体検査をやるだか?それで男だと証明されれば許されるだよ」と言われてしまう。
これにはさしもの弥太郎も返答に困っている様子であっただが、それでも弥次郎は男の子だと言い張る弥太郎に追い打ちを掛ける様に六郎が
「今迄、五平どんに対して酷い事をしても村人が庇っていたのは何の為だと思う?全てはこの為に庇っていただぞ!?」
と詰め寄る。
要はこの日の為に恩を売っておいたのだから黙って言う事を聞け!と言う事だろう。
こう言われてしまっては何も言い返せない弥太郎は項垂れてしまうかと思われたのだが
「それなら、五平とこの勘太郎もそうでねぇけ!あの子も女の子だぞ!?」
と言い返したのだ。
ああ言えばこう言う…
弥太郎…本当に言い逃れだけは得意だな…然し、他の皆は弥太郎の言う事を信じていない。
何故かと言うと、あの舞謙草のおかげで勘太郎の見た目は完璧に男の子であったのだから。
然し、弥太郎のヤツ…どおして勘太郎が女の子だって解っただ?
そこんとこの疑問を弥太郎にぶつけたいと思っただが、グッと我慢しただ。
何故かと言うと、騒児が踊る様に駆け回っていたからだ。
五平♪五平♪アイツは危ない♪アイツは危ない♪アハハ…
ってな…
何が危ないのか問いたいところだが、皆が居る前で出来る事ではない。
まぁ、騒児が危ないと警告しているので近寄らない方が良いだよな。
長と村人の話は弥次郎を生贄にして明後日に行われると決まるとガックリと肩を落とす弥次郎であっただが、その目は何か良からぬ事を考えている目に見えるだよ。
気になるのはこのまま弥太郎が素直に皆の言う事を聴くとは思えねぇ…
こればかりは様子を見る他はない。騒児に勘太郎を守る様に依頼した後、長がオラに薬を調合する様に頼んで来る。
理由は解らねぇだども雨乞いの儀式に選ばれてしまった娘は雨土山で採れた薬草を調合した軟膏を持たすしきたりになっているからだそうで、今からその薬草を採りに行かねばなんね。
・・・!?コレも使うだか?この薬草は人間にとっては毒の筈だが・・・
薬草の種類を見て思ったのは、単なる傷薬じゃねぇなって事だ。
ー!!
五平!?弥太郎が動いたよ!!
薬草を採取して戻る途中、オラに騒児が警告を発する。
普段は戯ける様にしか話さない騒児が緊迫した声色で話し掛けて来る。
騒児はオラと勘太郎を護衛する役目を担っている為、こう言った離れ離れになった時、何方かには分身体を着けている。
今回、オラに着いているのは分身体の方だ。
村までの距離は後一里って所か…オラの足ではどお急いでも四半刻は掛かっちまうだ。
騒児の話では勘太郎の腹を一発殴って気絶させ連れ去ったとの事。
本体も着いている事だし日照り神の所へ連れて行こうとしているのだから殺される心配は無いと思うだが、弥太郎…今度という今度は許さないだよ!
「僕が勘太郎を守るから
五平は兎に角急いで!」
騒児に急かされ、帰路を急ぐオラは騒動を知らせに来た六郎と合流して村へと帰る。
生贄が決まると、その娘は村人の手により拘束され儀式迄の間、厳重な監視下の下に置かれる事となるが、親の方は何も無い。
要は親は自由に振る舞って良い事となっている。
今迄は黙って運命を受け入れる者達ばかりだったのだろうから深く考えた事は無かっただと思われる。
「す…すまねぇ…オラ達の監視が甘かっただ…」
長の謝罪なんてどぉでも良い。今は弥太郎を追わなければならないだよ。
オラは直ぐに弥太郎を追うと言うと薬草だけを渡して走り出す。
お〜い場所は解るだか〜??
って声が聞こえて来るけど、そんなの訊かなくても解るだよ。
弥太郎の行き先は雨無山しかねぇのだから。
………
……
やっと着いただ…
雨無村から雨無山迄は距離にして7里あるかどおか。
それだけの距離を勘太郎を抱えて一晩で駆け抜けた弥太郎は雨無山の麓に在る日照り神が住み着いていると言われている洞窟の前に居た。
「何で皆はコイツを男の子だって勘違いしているだ?」
手足を縛られ、口には猿轡を噛まされ為す術もない勘太郎を睨んで吐き捨てるように言う弥太郎は洞窟入口に在る岩影に勘太郎を降ろして雨乞いの儀式用に置いてある松明に火を灯し、再び勘太郎を担いで洞窟の中へと入って行く。
なんでこんな目に…
雨無村に住み着いてから今迄、他所者と言うだけで酷い扱いを受けていた五平。
然しそれは五平だけではなく勘太郎も同じ事であった。
病気や怪我をした時は、まるで神様を崇める様な目で頼って来る癖に治ってしまえば好き勝手やりたい放題。
長でさえ見て見ぬ振りをする。
もお嫌だあんな村もこんなヤツも!
勘太郎…いや…千代の心に怒りが灯った時、急に周囲が開け広い空間になった場所に辿り着く。
「アレが祭壇だな…」
広間の奥にはまるで能舞台を連想させる舞台の上に祭壇が設置されている。
その舞台に生贄を置いて独りにするのが通例だ。
「勘太郎…オメェが女じゃなかったらこんな目に遭わなかったのにな…全ては村の為だ…悪く思うなよ…」
後は弥太郎が立ち去るのみ…
弥太郎を射殺さんばかりに睨む勘太郎に自己弁護の言葉を吐き捨て立ち去ろうとする弥太郎。
然し…
ガオン!!!
あの時の…
初めて山神様の祠の前で遭遇した地丸と同じ咆哮が轟いたかと思ったら弥太郎の姿が消えていた。
いや…正確に言うと、松明を持っていた右肩から先のみが残って他が消えたのだ。
ヒッ…!!
突然の事とは言え、弥太郎が消えた光景に恐怖が支配し、まるで金縛りにあったかの様に固まってしまう勘太郎。
「無作法を犯した者は天丸が喰らってしまうから気を付けろと言ってあった筈じゃ…今の村長は使えんヤツの様じゃの…然も、こんな男の子を……ムッ…そなたは…」
祭壇の上に胡座をかき高圧的な話し方をする見た目10歳位の女の子が祭壇から飛び降りると見た目20歳位の絶世の美女へと姿を変える。
「今、拘束を解いてやるでの…」
美女が勘太郎の拘束を解いている間、黒い布を頭から被った男が弥太郎の右腕であった物を持って周囲に在る篝火に火を点けて回っている。
「どうじゃ?痛い所は無いかの?」
拘束を解かれ、自由になった勘太郎を心配そうに覗き込む美女に言われ、拘束されていた箇所を確認する勘太郎。
「あ…ありがとうございます…大した事はありません…」
ところで、お主はどおしてそんな姿をしているのじゃ?
名乗りもせずに質問攻めをする美女に困り果てる勘太郎。
「その先はオラに話さ…「ガオン!!」
返答に困る勘太郎がどおしようかと迷っていた所に聞こえて来る聞き慣れた声。
五平が到着したのだがまたもあの咆哮が響き渡ると黒い塊が五平を押し倒す。
………
……
コヨミ「7里って…だいたい28Km位?」
レイ「そうだな…今で言うと、公立高校が在る場所から風龍神社迄の距離位だな」
真智子「てか、何で弥太郎は舞謙草の効力が効かなかったの?」
レイ「それは…この後の5巻を読めば解るよ」
コヨミ「そうなのね…」
レイ「何か寂しそうだな…コヨミ…」
コヨミ「だって…せっかく男の子になっていたのだから男装した娘にあんな事やこんな事を…」
レイ「だ・か・ら!その変態思考は何とかならんのか!?」
コヨミ「男装した女の子との恋愛を軸にした勘太郎無双って…想像しただけでマニア垂涎物じゃない?」
レイ「知るか!!」
真智子「ハイハイ!サッサと次行きましょう」