第96話 妖綺譚 5
「ところで五平どんは何処へ向かうだ?」
大作がオラに問うて来る。
雨土村には戻れねぇし…どお返事をしたら良いものか…と、考えていたら勘太郎がオラの代わりに
「前に居た村には戻る気はねぇし、オラとおっとうを必要としてくれる村が在ればそこに住むもうと思っているだ」
と返答する。
勘太郎の言葉にこの親子は前に住んでいた村で何かあっただなと勝手に解釈してくれた様子で、ただ考え込むだけで突っ込んだ質問をする事はなかった。
ほんと良い娘…いや…息子だ…こう言う所は美代に似ただな…
オラのお人好しが遺伝してなくてよかっただ…
等と考えていたら、青い顔をした男が大作に駆け寄って来た。
「い…良い所に居なさった…申し訳ねぇが直ぐに来てくんろ…」
血相を変えて駆け寄って来たのは雨無村で猟師をやっている一ノ瀬六郎と言う男だ。
六郎の様子から、良く見なくてもただ事ではない事が起きた事は察する事が出来ただが、果たして何があっただ?
「そっちの方は……?」
六郎に促され大作は連れて行かれようとしたが、行くなら五平も一緒でないと行かねぇと言い出す。
訝しげにオラを見る六郎に親子で薬師をやっている旅の者だと言ってやると一瞬、怯えた様な表情をしのも束の間、直ぐに険しい顔になり
「こんな何処の馬の骨とも知れないヤツは信用出来ないだ!」
と、突っぱね、大作をのみを連れて行こうとする。
唐突の出来事にどおして良いか解らなくなってしまったオラと勘太郎。
と…その時…
五平♪五平♪ソイツの正体は化け狸♪とぉーっても悪いヤツだから懲らしめようよ♪
歌う様に騒児がオラと勘太郎だけに聴こえる小さな声で囁いて来る。
後で解った事だが、この騒児と名付けた妖怪の本当の名は闇小僧と言う名のとぉーっても強い妖怪であるそうだ。
何故、妖怪がアッチの世界での名前を使わずに別の名前を使いたがるかと言うと、本来の名前でコッチの世界で行動しようとすると本来の力の4分の1しか使う事が出来ないからだそうだ。
然し、幾ら名前を付けて貰っても、本来の力の3分の2しか出せないとの事だけど、何事にも例外はあるものでこっちの世界で神として崇められている妖怪は、その力の殆どを使う事が出来るとの事だ。
然し、本気で全能力を開放してしまえば周辺の地形が変わったり最悪、島の1つや2つ消す事が出来てしまうので、本気で戦えないとの事だ。
普通の狸なら勘太郎お得意の犬の鳴き真似や木酢液で撃退出来るだども相手は化け狸…
果たして効果の程が解らねぇだ…
カンちゃんが持ってる木酢液を奴に思い切りブッかけてやってよ♪それで化けの皮が剥がれる筈さ♪
山神様に指導を受けている間に色々な薬を作った。木酢液もその1つだよ。
まぁ、こんな用途で使う事になろうとは思いもよらなかっただがね…
木酢液は徳利に詰めて勘太郎が背負う籠の中に有る。さり気なくオラの前に来た勘太郎が背負う籠から徳利を取り出して六郎の背後から思い切りぶっかけてやっただ。
「く…クッセー!いきなり何してくれてんだよ!」
木酢液を掛けられ、あまりの臭いに悪態をつく六郎であったが、变化が解けかけていて尻尾が出てしまってる。
「化け狸だな?」
「クッ!何でバレたんだ?」
オラの行動に最初こそ面食らっていた大作であったが、尻尾の生えた六郎を見て状況を理解したのか取り押さえて縛り上げるが、元の姿に戻った化け狸を見て驚いた…と言うよりは…
「オメェ…ポン吉だか…?」
体をプルプルと震わせる大作に対して罰の悪そうな表情のポン吉。
大作は尿意でも我慢しているのかと思っただが、どおやらそれは違うみたいだ。
何故かと言うと、このポン吉と言う化け狸は雨無村が出来て以来、度々村に現れては農作物を荒らすだけではなく、人間に化けては女を騙し襲うと言ったトンでもねぇエロ狸であったのだ。
六郎と葉水の二人組に討伐されかけ命からがら逃げ出した後、東の山脈の方へと住処を変えたらしく、それ以来、パッタリと姿を見せない様になっていたとの事だ。
「何で人攫いみたいな事をしただ?」
拳を振り上げ、今にも殴りかかろうとする大作を何とか宥め何で人攫いみたいな真似をしたのか訊ねてみたが、ふて腐れるだけで話になんね。
困った…
何か事情が有るからこんな事をしたと思うのだが、話をしようにもこっただ態度をされては埒が明かないだ。
と…その時…
や…ヤメロ…腹を擽るんじゃ…アハハ…
なんと、勘太郎が化け狸の腹を擽りだしたのだ。
「止めて欲しかったら理由を話すだよ」
擽りながら尋問するも、頑なに口を割ろうとしないポン吉にコリャダメだと思い始めた頃。
「ヒッ…ヒィッ!…言う…言うから…止めてくれ」
突然何かに怯える様に擽りを止めてくれと懇願しだしたので、最初は擽りに耐えきれなくなったからだと思っただが、そうではなかった。
ジィ〜・・・
オラの右肩にちょこんと座る三つ目の妖怪 騒児を見つけたからだ。
確かに三つ目で睨まれるだけで怖いものがあるだが、そんなに怖いだか?特に害を齎す程の妖怪に見えねぇだが…
そんな事を考えながらも、漸く喋る気になったのだからと勘太郎に擽るのを止めさせてポン吉の話を訊く事にした。
六郎と葉水に追われ命からがら逃げ延びたポン吉は、2度と村には近寄らないと心に誓い、ひっそりと暮らしていたのだそう。
東の山脈の麓には以外にも野生動物が多数生息しており、自らの能力で仲間を作り暮らしていたらしい。
そんな中、家族と呼べる存在が出来て漸く楽しく暮らせると思っていた矢先、何処からともなく化け狐がやって来てこの場を自らの縄張りとする宣言をした。
これに我慢出来なかった他の動物達はポン吉を筆頭として抵抗したのだが、化け狐は殊の外強くポン吉側に多大な犠牲を齎したのだそう。
「今迄のバチが当たっただな。自業自得だべ…」
協力する気等ないと事も無げに言い放つ大作であったが、それだけではないとポン吉は続ける。
「化け狐はオイラ達を排除した後雨無村の人間をも排除し、九尾へと進化しようと企んでいます
このままではこの国が滅んでしまう
それでも協力して貰えませんか?」
と…
驚いたと言うのが素直な感想だ。
然し、どお協力したら良い?今迄が今迄なので「はいそうですか」と信用する訳にも行かないと大作は言う。
九尾ってそんな簡単に進化出来るだか?
噂でしか聴いたことねぇが、都でそっただ恐ろしい化け狐が退治されたとか聴いたことあるけんど、九尾は元々海の向こうから渡って来た大妖怪だって話だべ?
まぁ、なれるかなれないかは問題ではねぇべ?要は九尾になる為だとは言え、人間を含めた生き物を殺しまくろうって話なのだから、全力で阻止せねばなるまいて。
・・・ゴニョゴニョ・・・
そんな事を考えていると騒児が耳打ちして来る。
化け狸や化け狐は嘘つきだから話半分で訊いていた方が良いとの事だがポン吉の仲間に熊公が居たらポン吉は信用しても良いかもと言う。
気が付くと勘太郎が不安そうな表情でオラを見つめている。
勘太郎の気持ちは解るだが、どちらにしても村は守らねばなんねぇ。
オラと勘太郎は村の守りを大作にお願いする事にしてポン吉に着いて行く事にした。
こ…これは酷い…
ポン吉の案内で隠れ処代わりの洞窟へと到着したオラと勘太郎はあまりの惨状に目を背けそうになったが、とりあえず手当だけでもせねばなんね。
オラと勘太郎は手分けして動物達の手当をした。
あ…ありがとうございます…
驚いた事に動物達は皆人語を話せる様だった。
とは言え、オラと勘太郎としか話せねぇだども…
これはポン吉の影響と言っても良いと騒児が言う。
動物達の言う事には、化け狐はこの場所から約一里程南に行った場所に塒を構えているそうだ。
一里か…大した距離ではねぇけんど…
どおしたものか…
「ちょっと尋ねるが貴方様方はもしかして雨土山の
山神様と関わりがあるのか?」
思案を巡らせていたオラに熊が話し掛けて来る。
この熊は雨土山に住んでいた事があって何度か山神様の声を聴いたことがあるとの事でその時に喋れる様になったのだと言う。
そうだと返事をすると、畏まり化け狐退治に協力してくれと懇願する熊公。
熊の態度に釣られる様にそこに居た動物達全員でオラに懇願してくる。
・・・仕方ねぇなぁ・・・
オラ…頼まれごとにはホント弱いだよ…
全くおっとうは…と言いたげに勘太郎が睨んで来るけんど、真剣に懇願されたら嫌とは言えねぇだよ。
それに、人間にも危害が及ぶとあっては見捨てる訳にはいかねぇし、これを解決して村人に恩を売っておくのも有りだべさ。
ポン吉の話しでは、化け狐は決まって満月と新月の夜に襲撃して来るとの事。
満月迄後3日か…山神様の所に行って地丸さ借りるにも時間が掛か理過ぎて間に合わねぇだ。
こんな時、地丸さ借りれたら良いだがあの姿では混乱を招くだけだし…
考え込んでしまったオラに騒児が話しかける。
騒児の話では、地丸は3体の魔犬の集合体である為に分離させてそれぞれが独自に行動可能だ。
然し、雨土山頂上付近に張られた結界は迷いの結界と言われる結界で地丸の鼻を持ってしても通り抜けるのは不可能な程の強力な結界との事。
登山する時は美代が協力してくれただが、下山する時はどお歩いたか正直言って思い出せねぇが気が付いたら雨無村側の祠の前に居ただよ。
地丸は山神様の傍を離れられないのは間違いないのだけんど、1度たりともあの結界を通り抜けた事はないそうだ。
では、どおやって呼ぶ事が出来る?と言うか、何で騒児は今でも山神様と話をする事が出来ているだ?
これについての回答は
「此処にいるオイラは分裂体なんだよ♪本体は山神様の傍にいるから五平が何処で何をしているかは筒抜けなんだよ♪」
…だそうだ…
要はオラと勘太郎は山神様に監視されていると云う事だな。
まぁ、当然と言えば当然の事なのだろうな。
話を戻す。
兎に角、難しい事は解んねぇだが、オラがあの結界を通り抜けた事により、結界内に道が出来た。
地丸はその道とオラと勘太郎の臭いを嗅ぐ事により通り抜けて此処へ来る事が可能だと言う事らしい。