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第三章 地獄のランチタイム

遅くなって申し訳ございません。第三章です。登場人物が増えます

午前中は一通りの業務説明で終わった。さあ、ご飯だご飯だ。

休憩は一時間、三十分ごとにずれて取っていくシステム。一番早いチームは11時半から、遅いチームは13時から休憩だ。これを週ごとにずらしていく。

わたしたちは今週は十二時から。一番覚えやすい。

休憩時間少し前からとりあえずキリをつけるべくみなさん片づけたりなんやしている。わたしの場合、マキウチさんがずっと隣にいて、そろそろ時間だねーと教えてくれるのでありがたい。

前職の時は休憩一時間どころか、トイレ行ったのを除けば正味十分しか休憩してなかった気がする。マジで滅びよブラック企業。とりあえず、前職への呪詛はこれくらいにして、楽しいごはんだ。

今日のお昼はわたしはコンビニで買ったサンドイッチとスープである。一緒にご飯をたべるニシノヤさんとミヤマさんは可愛らしいお弁当箱だった。明日はお弁当作ろう。

マキウチさんとカノウさんは、外に出たらしい。そういえば近くにラーメン屋さんとファミレスあったな。あほ弟もそうだけど、男の人ってラーメン好きだよな。ラーメンはわたしも好きだけど。

休憩室でのんびりとごはんの時間だ。それなりに広いスペースで、あれ、あんな人いたっけかという人がちらほらいるので、ビルに入っている会社すべてが利用できる休憩室なのだろう。

「どう、仕事は?」

「いやあ、なんとも……」

とはいえ、あのジャブは果たして何なのかというぐらい、マキウチさんの説明は丁寧だった。あほみたいなこと聞いても怒らないで教えてくれたし。前職はそんなこともわからねえのかブスとか平然と言われたので、マキウチさんは本当に神様みたいに思えた。

「でも、キジョウさんパソコン動作慣れてるし、事務のほうはすぐできるようになると思いますよお」

ミヤマさんがニコニコと笑いながら言ってくれると、なんだかそんな気がしててへへ、と頭をかいた。お世辞でも嬉しいです。綺麗な人に褒めてもらえるのはなおのこと光栄です。

「問題は、本業のほうよねえ、ピストルってほら、結構重いから」

「ですよねえ、わたし初めて撃った時、脱臼しちゃったんですよお」

おっと、一気に生臭い話になったぞ。獲物はピストルですか、お二人。

まあまあ怖いことを笑顔で言われると、リアクションに困ります。わたしはははは、と引きつった笑いをするしかできなかった。

そしてこの二人も殺し屋っぽくは見えない。ニシノヤさんは普通の主婦に見えるし、ミヤマさんも普通のOLさんに見える。果たしてなぜ殺し屋をやることになったのか、すごく気になる。

「でも大丈夫よ、訓練もやるし、最悪事務だけ専任っていう働き方もあるのよ。実働を回したい所長は渋るけどね」

なるほど、そういう手もあるわけだ。マキウチさんはでもきっと、事務だけやりたいんだったら他探せば?っていうんだろうなあ。それを思うと、実働―――つまり、殺し屋に手を染めざるを得ないわけで。

「そういえば、ユヅキさん、結局事務専じゃなくて、辞めちゃうんですね」

「ほら、イガラシさんだし、リーダーが」

と、そんな話をしていたら本人がすうっと横切ってきたので、わたしは本当に心臓が止まるかと思った。ニシノヤさんとミヤマさんも、腰が引けている。えー、さっきの、聞こえてましたか。わたし何も言ってないので、勘弁してください。

イガラシさんはつめたく私たちを一瞥して、二つ席を開けて座った。彼女もまた、ショッキングピンクのスープジャーを袋から取り出し、蓋を開けた。ちゃんと自炊してる、えらい。すごい。

微妙な沈黙がしばらく続いた。わたしはとっくにサンドイッチもスープも食べきってしまったので、黙々と食べるというポーズが取れない。いたたまれず、ごみまとめて捨てときますねーと二人に捨てるものはないかさらっと聞いて、集めてごみ箱に捨てに行った。うう、気まずい。多分イガラシさんは苦手なタイプだ、悪い人じゃないと思うんだけど。

とまあふらふらと戻っていたら、マキウチさんとばったり出くわした。

お疲れ様です、と頭を下げると、お疲れ、と言ってごみ箱横の自販機の前にマキウチさんは立った。指を宙に動かして、お金を軽やかに放り込んでいく。ぱっと赤ランプが灯るのと同時に、マキウチさんは慣れた手つきでボタンを押しつづけた。あ、この自販機、レバー回さないとお釣りが出ないタイプなんだあ、と妙なところに気づいた。ガコン、ガコンと連続で音が鳴る。ひょいひょい、とジュースを抱えると、一本わたしに差し出した。

「とりあえず、これ飲んで元気だしな」

「……ありがとうございます」

差し出されたのはミニサイズのペットボトルに入ったリンゴジュースだった。子供の頃、よく飲んだやつだ。どうやら、浮かない顔でごみ箱の周りをうろうろしていたので、心配してくれたみたいだ。やっぱりいい人だなあマキウチさん。

マキウチさんにニシノヤさんたちあっちいる?と聞かれたので、たぶんまだあのあたりにいるはずです、と座ってた方を指さした。向かうマキウチさんの背中を見送って、そういやイガラシさんいたじゃん、とようやく気付いた。朝の一触即発状態を思い返して、引き返してもらおうかと考えていたところだった。

「だから、なんであんたがユヅキが辞めるってことをわたしより先に知ってるのよっ!?」

イガラシさんのスピーカーいらずの叫び声が響き渡った。

ごめんなさいマキウチさん。先に言えばよかった。

心配なのが大半と、野次馬根性少々で忍び足で向かう。朝以上の修羅場だった。イガラシさんの顔はもはや般若面みたいだし、マキウチさんからも怒りのオーラが出てる。顔見えないけど、結構怖い顔してる気がする。そしておびえた顔のミヤマさんと、困惑しきったニシノヤさんの姿が見えた。本当に申し訳ない。

「逆になんであなたが知らないのか、そっちのほうが僕は不思議ですよ。ユヅキさんのリーダー、あなたですよね」

声にドスが効いてます、マキウチさん。どうでもいいけどマキウチさんの声、すごい良く通るな。なにか舞台とかやっておられましたか。それかコールセンターとか。

完全に修羅場過ぎて、周りの人も遠巻きだった。どうしよう、なんか、声かけた方がいいのかしら。おろおろとしていると、ヨシカワさんがやってきた。この人もいつの間にかやってくる人だなあ。さすが殺し屋、なのかな。

「なに、なんかあったん」

「い、いや、その……」

わたしはおどおどとするばかりだった。情けない。とりあえずなんとか、よくわかんないけどイガラシさんとマキウチさんが揉めてるっぽいですとだけ伝えると、マジかよーとヨシカワさんは頭を抱えた。

「まー、俺がマッキーにユズキングの退職予定ばらしたのがあかんのだけどさあ。でも俺もまさかガッシーに言っとらんとは思わんかったもんな……」

まさかの戦犯はヨシカワさんだった。でもユヅキさんも、退職の意向は所長に伝えるにしたって、直属の上司にも挨拶はするべきだと思うけど……まあ、顔を見ずに退職したいがために死んだ親父のコネ使った私が言えた義理じゃないか。というか辞める理由、もしかしてイガラシさんとうまく合わないからなんじゃないかしら。まだちゃんと話したわけじゃないけど、マキウチさんと話してる姿観ると、おとなしそうな人っぽいし。ああいう人とイガラシさんって、たぶん相性とても悪い気がする。

「あのお二人って、元からあんな感じなんですか……?」

「まあねえ。あと、マッキーはここの生え抜きだけど、ガッシーは出向組ってのもあるかなあ」

あー、テレビドラマで見る奴だ。所轄でずっと働いてる人とキャリア組の衝突みたいなものかな。とここでマキウチさんはずっとここで働いてるのか、すごいなーと素直に感心した。

「でもあれだね、キジョウさんはマッキーに気に入られたんだね」

「はい?」

意味が分からず、思わず聞き返した。やめろとしか言われておりませんが。前職のやめろコールとちがって、君には向いてないよという優しさからくる言葉だけども。いやでも待て、そういってもらえるというのは、ある意味気に入られてるということかもしれない。だってどうでもよかったら、別に勝手にしろよ、だろうし。

「いや、ジュース。それマッキーでしょ?」

「あ、はい、あそこで買ってもらいました」

「マッキー基本、甘える気しかないやつには厳しいから、マジで。逆にガッシーはああみえて面倒見ええ人なんや、見た目あれだから誤解されやすいけど。初日でマッキーからジュースもらったやつ、俺が見た中で一人もいなかったよ」

おお、そういわれると謎の自信がついてきた。ちょっと嬉しい。

だが待ってほしい。わたしは今日、はちゃめちゃにマキウチさんに聞きまくったし、頭の回路が回ってないせいでおかしい質問をしてメタパニ状態にさせてしまった。怒らないでちゃんと答えてはくれたけど、果たしてそれは甘えてるに近いのではないか?少なくとも前職だったらわかんねえ奴はやらなくてもいいよと言われてコードごと引っこ抜かれる所業だったと思う。何も言わないでコード繋いで黙々と仕事再開した当時のわたしも頭だいぶおかしいけど。

そんな中で、二人の言い合いはかなりヒートアップしてた。そのうちイガラシさんがスープジャーをマキウチさんに投げつけたりしたらどうしようと考える程度には、激しさを増していた。

「大体さ、あんたテラニシやキタオには随分厳しかったくせに、今日入ってきた子にはずいぶん甘いよね、ほんと何なのっ!?」

えー、イガラシさんから見てもそうなのか。むしろなぜそれを糾弾する流れになったんですか。わたし、いたたまれないです。多分、気に入ってるも何も、仕事だからとしか言いようがないと思いますが。

「彼女は新人なんで、一から教えてるだけですよ」

ですよね。わたしがあほな新人だからきちんと教えてくださってるだけですよね。

「はあっ!?何その言い訳、わかった、あの子が妹と同じ名前だから、変に親近感感じてるんだ、そうでしょ」

その瞬間、大きな音がした。何の音かと思ったら、マキウチさんが拳で机を殴った音だった。カタカタ、とかすかに机が振動している。飾ってあった小さい花瓶がひっくり返って、花が倒れて水がこぼれ出ていた。

完全に空気が固まった。どうしようどうしよう、と頭がパニックな中で、妙に冷静な自分が、マキウチさん妹さんがいるんだ、と考えだしていた。言われると、ちょっと接し方がお兄さんっぽいかな。向こうが年上だからそうなるのが自然なのかもしれないけど。

絶対マキウチさんめっちゃキレてる。多分、鬼みたいな顔してる。どうしましょう、と横を見たら、いつのまにかヨシカワさんはいなくなってた。ちょっと!逃げないでくださいよ!?置いていかないで!

「……勝手に決めつけないでください」

絞り出すような声でマキウチさんはそれだけ言うとくるりとイガラシさんに背を向けて、歩いてきた。ヤバい、こっち来る。逃げる間もなく、マキウチさんはわたしのところに来た。

「ごめん、変なもの見せた」

ふう、と大きなため息をついた。どう声をかけたものかと迷っていると、マキウチさんに肩をぽん、とたたかれた。顔を見ると、さっきよりは緩んでるけどだいぶ険しい表情だった。そして、だいぶどっと疲れもにじんでる。

「さっきのはイガラシさんが勝手に言ってるだけだから。気にしないで」

それだけ言って、ふらふらとマキウチさんは、階段のほうへ向かっていった。あ、そういえばお昼の時間、もう終わりだ。急いで戻らないと。

とりあえず、ニシノヤさんとミヤマさんと合流して、三人で事務所に戻った。先にマキウチさんとカノウさん、最初に休憩に行ったチームの方々(申し訳ない、名前まだ覚えられてないのです)がすでに座って作業をしていた。

「ニシノヤさん、ミヤマさん、キジョウさん、おかえり」

あ、よかった。マキウチさん、笑ってる。あんまり怒りを引きずらないタイプなのですね。そのことに安堵して、わたしは席に座って、ロック解除のために指紋を通した。ピロン、と軽やかな音が鳴って、デスクトップ画面が現れる。

「さっきは二人もごめんね、変なもん見せた」

「えっどうしたんですかマキウチさん。何かあったんですか」

二人が気にしないでください、と穏やかに言う中で、カノウさんが食いついた。

勇者かよカノウさん。そういえばカノウさんだけは居合わせなかったな。そりゃ気になるかもしれないけど、あんまり愉快な話じゃないですよ。そう言いたいのを飲み込んだ。

「んー、イガラシさんと喧嘩したった」

「えー、またですか。仲悪すぎですよ」

「知らねーよ、向こうが突っかかってくるんだよ」

あー、帰りてえ、とマキウチさんは椅子の上で大の字になった。めっちゃだらけてる。確かにあんなことあると、帰りたいかもしれない。あと半日、イガラシさんの顔見るの、わたしも正直しんどいです。とはいえそのだらけモードはすぐに通常モードに切り替わった。ぴん、と起き上がって、二枚ほどA4サイズのコピー用紙を渡される。

「じゃあ、キジョウさんには復習がてら、こいつ打ち込んどいてもらおうかな」

なんかあったら呼んでー、といって、マキウチさんはまた席を離れた。とりあえず私は言われたとおりに、渡された紙の内容をポチポチと指定のエクセルファイルに打ち込んだ。名簿っぽいけど、これあれかな、これから殺す奴リストかな。日付と班長さんの名前が横にあるし。グレーで塗りつぶしたのは殺したやつってことかしら。

なんかこういうのを打ち込んでると、あーほんとに殺し屋なんだなーってなる。知り合いの名前が出てきたらどうしよう、と考えだしたあたりで、イガラシさんが戻ってきた。

再び微妙な空気になる。その後ろから、ユヅキさんと……ごめんなさい、お名前これから覚えます。イガラシさんのチームの方々がぞろぞろとやってきた。ゆるふわパーマの子と、編み込みヘアの女性と、あ、フジタさん。フジタさん、イガラシさんのチームだったのか。

「マキウチさんって、結構私情挟むタイプなんですねえ」

ゆるふわパーマ女子がくるくると髪の毛をいじりながらそんなことを言い出した。

うっ。何故かあの、男に取り入るためにぶりっ子な態度をしていたクソアマを思い出す声だった。ねっとりしてて甘ったるい。水飴みたいな声だ。いや、水飴にさらに砂糖放り込んで煮詰めたぐらいの糖度がある。嫌な記憶の蓋を開きたくなかった。思い出すだけで胸焼けがする。フジタさんともう一人の女性は苦笑いしていた。苦笑いで済ませないでくれー。

「挟んでなきゃ、おかしいわよ」

イガラシさんはそれに乗るように、鼻で笑った。

やめてください。多分その話、マキウチさんの超特大級の地雷です。地雷どころか核兵器レベルかもしれない。踏んだら最後、あたりが荒野です。もうやめましょう、やるなら業後にチームの皆さんとカラオケボックスとかで愚痴ってください。

「だっせえなあ……」

いつの間にか戻ってきたマキウチさんが、ぼそっとそういうのを私は聞き逃さなかった。ダサいのは同意します。ああいうのは聞いていて気分悪い。どこの職場でもつきものなんだな。

「しょっぱなから変なもん見せてほんとごめんね……」

「マキウチさんが謝ることじゃないですよ」

突っかかってくるのはイガラシさんの方というのはよくわかった。多分だけど、この仕事は国からの業務委託で、出向してきたって言い方をしたなら、たぶんイガラシさん、まじでキャリア官僚かなんかなんじゃないか。それなのに、学歴もろもろ自分より格下(だとイガラシさんは思ってる)マキウチさんと同格なのが気に入らないんだ。

そんなことしたって、自分の品格下げるだけだと思うけどなあ。実際、下がってるし。逆にマキウチさんのほうが、格を上げちゃってるのが皮肉だ。マキウチさん本人がそれを意に介してないのがなおのこと。

「いやあ、でもあれですよ、マキウチさん、テラニシにはめっちゃキレまくってたじゃないですか。ミサキっちとかオノにもつっけんどんだし。なのにキジョウさんには優しいから、みんなにあれっすよ、怪しまれてるんですよ」

「そういうのマジでやめろ。キジョウさんにも失礼だろ」

ねえ、と同意を求められましても。というか、カノウさんから見てもそうなのか。なんだなんだ。逆にマキウチさんをキレさせてたテラニシさんという人の所業が気になる。何やらかしたんだろ。とりあえずメタパニ状態で質問する以上の罪を犯したんだろうなとは思うけど。

「別に特別扱いしてるつもり、ないんだけど、そう見える?」

「まあ、少なくとも、イガラシさんやミサキさん相手よりは楽しそうですよ」

ニシノヤさんの言い方に、少々の毒がこもってる。ニシノヤさん、品のいいマダム感あるけど、今のはちょっと殺し屋っぽいオーラが出てました。これは意外と断絶が深い。これ、実はマキウチ派とイガラシ派とで派閥があるとかそういうのなのか。

「よくしゃべってるし、すごく気が合うんだなあって思いましたよお」

ミヤマさん、ありがとう。あなたのほわんとした言葉にちょっと癒された。気が合うのは、そうなの、かしら。

じゃあ、これからうまくやって行けるかしら。どうかしら。

ちらっとマキウチさんの方を見たけど、背中を向けられていて、どんな顔をしているのかわからなかった。

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