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第十八章 衝撃の結末


 月曜日。マキウチさんに指定された喪服を身に着け、わたしは家を出た。母からはなぜか、特に咎められることはなかった。黒いワンピじゃなくてちゃんと喪服なのに。いや、何も言われない方がいいけどさ。

 しかしなぜか、代わりというと変だが、お弁当を作ってくれた。冷凍食品と卵焼き、それから混ぜ込みタイプのふりかけおにぎり。いや、嬉しいけど。どうしたんだお母さん。今まで私、適当にコンビニで済ませていたのに。

 「なんかね、作りたくなっちゃって。リーちゃんが幼稚園の頃は、これが毎日だったわね」

 「ああ、そうだよね……」

 わたしの頃は、まだ給食制度が幼稚園には導入されていなかったので、イベント以外は毎日お弁当だった。そして、母が作ってくれたのはまさに今日作ってもらったような、冷凍食品のメイン(たいてい肉団子とか、からあげである)と卵焼き、それからおにぎり。おにぎりは混ぜ込みタイプの時もあれば、定番の具を中に入れてのりで巻くタイプの時もあった。

 照れくさいが、いいものだな。しかしちゃんと自分で作れるようになろう。卵焼きなら作れるから、自分でもやれるはずだ。明日はちょっと早起きしてやってみよう。

 「気を付けてね」

 「ありがとう、行ってきます」

 だけど、喪服を着て仕事を行くことになったので、とても気分が重い。カノウさんは無事と聞いているけど、結局この服を着てどこかに行かないといけないということだ。葬式は好きじゃない。好きな人はいないだろうけども、わたしにとって葬式とは、クソ親父の時のしめやかとは程遠い地獄の空間だからだ。本当に、あれはもう二度と体験したくない……。

 電車に揺られて、事務所についた。やだなあ、と思いながら向かう。中に入ると、いたのはマキウチさんと、ヨシカワさんのふたりだけ。あれ、他の皆さんは。そう思っていると、マキウチさんからちゃんと喪服で来たね、と言われた。そりゃ、そういう指示ですから。

 二人とも、喪服だ。黒ネクタイを締めている。誰かのお葬式、なんだよね、やっぱり……。

 「ナカオマキは残念ながら亡くなった。オガワさんには、今回は偶発的な話だからって、一人分代金値下げした」

 売り物みたいだな、と気持ちが冷えたのを感じた。なんていうか、当たり前と言えば当たり前なんだけど、命って軽いんだな、と思った。でもそこで怯んじゃだめだ。

 「で、今回二人にはそのナカオの葬式に行ってもらいたい。そこで、今回突き飛ばしたやつのこと、探ってほしいねん」

 「え、身近にいるってことですか?」

 「カノウが話してくれたんだが、どうもナカオの元カレが、カノウと似てるらしい。せやから、人違いされたらしくてな。わたし見たのよって言われたから、実際にそいつじゃないか、と」

 ああ、それで喧嘩っぽくなってたのか。そしてカノウさんの無事を改めて確認できてよかった。しかし、オガワさんに目をつけるのに、カノウさんみたいな人が元彼だったんだ。

 「それで、揉み合いになった結果、カノウちゃんは轢かれたと。あいつ肉だるまで良かったですね」

 「マッキー、それあんま外で言わん方がいいで」

 肉だるまは本当に可哀想だからあんまり連呼しないであげて欲しい。ふたりが深刻すぎないように話してくれるおかげで、葬式に関して、あまり考えすぎないですむ。……リリアちゃんを追い詰めた天罰、と思えるほど、悪辣にもなれないけど。

 でも、わたしたち、どうやって入るんだろう。顔見知りですらないのに。そう思っていると、適当にわたしが同級生として行け、と言われてしまった。ええ、自分で言うのもなんですが、キジョウなんて苗字、そうそういないですよ。

 そう思っていたら、偽名の名刺を渡された。書かれた名前は、ナカハラリエ。……これだとすごく普通。確かに一人くらいはいそう。逆に本当にいて、鉢合わせしそうで怖い。まあ、わたしはいいとして、マキウチさんはどうするのかな。そう思っていると、別に夫婦できたことにしたらいいやん、とすごいことを言われた。やめてくれ。

 「でも、会社の人も来るならその手は使えませんよ。俺たち、見られてますから」

 「そこは安心してくれ。通夜だけの参列らしい」

 ……一体どうやって調べてるんだろう。マキウチさんはさらに抵抗するかと思ったけど、じゃあそれならいいですね、とそのまま了承した。うそでしょ……。抵抗してくれると思ったのに。もう、仕方ない。でも夫婦っぽいことって何するんだ。今回は、適当に話を合わせるだけかな。

 「まあ、安心しなよ。そそくさ焼香あげて、帰るだけだよ。そこでなんか面白いことがあったら、報告するだけ」

 「……ちなみに今日、人がいませんけど、休みですか?」

 「いーや、みんな見張り。あんなことがあったからねえ……」

 見張りでこんなに人が出払うこと、あるんだ。でも、そうだよな。これで一人分代金が減ったし、さらに続いたら、商売あがったりなんだろう。いや理解を示すな。人の命はお金に換えられないんだぞ、と昔見たヒーローが悪役に説教していたのを思い出して、気分が暗くなった。わたし、悪役側なんだな。でもそれに、落ち込んだってどうにもならない。

 「……終わったら、カノウの見舞いいくから、なんかいい感じのコート買うよ。君、喪服を本当に着てきたんだね」

 だって!そういう話だったじゃないですか!言い返せず、うぐぐとうつむいていると、まあ俺の言い方が悪かったね、と謝られた。それはそれでなんだか釈然としないけども。

 二人で外に出た。寒い。木枯らしだ。そういえば、広告はもうクリスマス一色だ。……今年のクリスマスは、お母さんと二人だな。愚弟が帰ってくるかもしれないけど。愚弟をのぞけば、女二人でこの前みたいにいい感じの温泉宿に止まっておしゃれなディナーというのも、いいかもな。でもめぼしいところは予約埋まってるかな。でも今年は平日だから、そうでもないかな……。

 「キジョウさんも勘違いしてるかもしれないから一応言っておくね。俺の妹は生きてるから。ピンピンしてる」

 「えっ?」

 「今、海外に住んでるからさ。なかなか帰ってきてくれないのよ。おまけに羊飼いになっちゃったもんだから。生き物飼ってるとどうしてもね」

 あ、ああ。そう言えば、遠くに言っちゃって、とは言ってた、とは聞いたけど……。カノウさんの早とちりか。マキウチさんはだからデマ広めたカノウは閉めておいた、と言われた。

 話していると、セレモニーホールにたどり着いた。名前の看板を見て、入ろうとした時だった。

 「キジョウさんさあ、化粧がなんか……おてもやんみたいだから直しなよ」

 「はい!?」

 あんまりですよ、マキウチさん。しょんぼりしながら、わたしはすごすごとトイレに向かった。鏡に映った私の顔は、おてもやんは言い過ぎとしても、ちょっと葬儀向きではなさそうだった。ちょっとチークを薄くするか、と考えていた時だった。

 パン、という音が響いた。風船を、針でつついて割ったときに近い、破裂音。なんだろう。葬儀屋さんって、イベントやることもあるから、そこで風船配ってるのかな、などと考えた。しかし、また同じ音がした。……さすがに続けて、風船は割れないはず。

 何があったんだろう、と思って外に出た。すると、青い顔をした男の人が、わたしに早く逃げろ!と伝えてきた。

 「変な男が突然来て、銃を撃ってるんだ!君も早く逃げないと!」

 なに、それ。突然のことにパニックになった私は、逃げろと言ってきた男の人にそのまま従った。その人は葬儀屋さんらしく、わたし以外の人にも、逃げろと叫んでいた。そうだ、マキウチさん。連絡しなきゃ。そう思って、事務所の電話番号にかけた。

 『おかけになった電話番号は、現在使われておりません』

 え?嘘。どういうこと。なんで、なんで。ヨシカワさんの携帯も、所長の携帯も、繋がらない。どうしよう、と思って、マキウチさんの番号にかけた。――つながった。

 「キジョウさんって、今外?」

 「そうです、なんか、銃を持った男が乱射してるって……。でも、おかしいんです。事務所も、所長もヨシカワさんも出ないんです」

 「そりゃ出ないよ。大江戸事務所は金曜日に解散しました」

 「えっ聞いてません!どういうことですか!?」

 突然の宣告に、わたしは絶句した。どういうことですか。何も聞いてない。だって、普通に仕事はあるものだと思っていた。だって月曜日に来てくれって、言ったじゃないですか。

 「君の給料はちゃんとプラスアルファして払うから。表向きは会社倒産に伴う失職だから失業保険もすぐもらえる。君ならきっと、いいところが見つかるよ」

 「あの、あの!どういうことですか!」

 「さあ?もともと、うちは必要悪扱いだったけど、やっぱり警察の中にはさ、すげえ青臭い正義を語る人もいるんだよ。……違うな、その人たちが正しいんだ。ともかく、うちを潰したい人たちはずっといって、とうとうその日が来ちゃった。キジョウさんには悪いね」

 「なんで、わたしに言ってくれなかったんですか」

 「君は殺し屋になれないから。殺し屋たちの日常なんか、君みたいな夢見る女の子がそのまま大きくなったような、ケツの青い子に送らせちゃお母さんが可哀想だろ」

 冷たい言葉だった。もしかして、わたしを辞めさせるために仕組んでるんじゃないか、と思うくらい。でもそこまでするわけない。わたしごときのためには、動くわけがない。だって、国家承認の殺し屋なんだもの。でも、それってそんなにあっさり、こんなふうに終わってしまうの?国家承認だからこそ、名のかな……。

 「お、お言葉ですが、わたしに蒙古斑はもともとありません!」

 違う、そうじゃない。でも、あんまりすぎて、わたしはそれしか言えなかった。マキウチさんが、ここでようやく笑ってくれた。そんなの、別に知りたくなかったんだけど、とくすくすと。わたしの日常になるって、覚悟を決めてたのに。こんなふうに終わるのは、望んでない。

 「ともかく、君の居場所はここじゃないよ。とっとといい男見つけな。いいじゃん、さっき助けてくれた葬儀屋の青年とかさ」

 そう言って、部陳と通話が切れた。見てたのかな。そして、銃を持った男って、マキウチさんのことじゃないか、とようやく思い至った。ふざけんな、こんなふうに終わらせてたまるか。けれど、中に入るべく足を踏み出したら、まさにわたしに逃げろと叫んだ葬儀屋さんが、腕をつかんできた。

 「危ないってば!何考えてんだよお前!リエ!」

 は、なんで名前知ってるの。そう思ったときだった。今度はボン、という大きな音がした。顔を上げると、窓から黒煙が黙々と上がっている。血の気が引いた。早く、行かなきゃ。こんな別れ方は納得しない。なんで、なんで!

 でも、なぜかわたしを知っている葬儀屋さんによって動きを止められているせいで、動くことはできなかった。おまけに消防車と警察が来て、わたしはその場から離された。もう一度、マキウチさんの電話にかけたけど、電源が切れているというガイダンスが流れるばかりだった。納得いかない。しかも、わたしはごく一般人扱いだった。大江戸事務所で働いてたんですが、と言ってみたけど、警察ならだれでも知ってるわけじゃないらしい。あそこ、突然倒産だってね、可哀想に、とお巡りさん二人に同情されるだけだった。

 カノウさんの所に行こうにも、入院している病院を知らないので、そのまま帰宅するしかなかった。母が帰っていなくてよかった。何をする気にもなれなくて、ただひたすら部屋でうずくまっていた。そして、何度もマキウチさんの番号にかけ続けた。でも結果は、電源が入っていない、というガイダンスが鳴るばかりだった。一度、通話中を知らせるツーツーという音が鳴った。でも、そのあと時間をおいてかけなおしたときには、また電源が入っていない、というガイダンスになってしまった。

 夕方になって、母が帰ってきた。母から、マキウチさんから謝られた、ということを聞いた。何となくそうじゃないか、と思っていたけど、あの通話中の時、母と話していたらしい。

 「畑違いで大変だったと思うけど、リエさんはよく頑張ってましたよ。彼女なら、どこでも生きていけますよって、褒めてくれたわよ」

 それは、直接聞きたかった。そんな、人づてじゃなくて、直接わたしに言ってほしかった。あなたの口からそれを聞けたら、わたしはまだ、踏ん切りをつけれたのに。悔しくて、悲しくて、自然に涙が出た。えーん、と子供みたいに泣くしかなかった。母は、何も言わずに抱きしめてくれた。その温度が、何となく嬉しい。

 次の日になったら、おかけになった電話番号は使われておりません、というものに切り替わってしまった。後日わたしの所に、よくある送付状と、離職票、一番多い金額が書かれた給与明細が同封されて届いた。それを最後に、大江戸事務所からの連絡は途絶えた。

 

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