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第九章 えっ!?まさかの自宅訪問!?

 家に帰ると、愚弟がさもずっと住んでいたかのように今でくつろいでいた。

「あんた何でここにいるのよ」

「母さんに会いに来たんだよ、考えたらわかるだろ。相変わらずバカだな」

「お前にバカって言われる筋合いないわボケナス」

 吐き捨てて、寝転がる弟をまたいだ。ほんとマジコイツ何なの。むだに背が高い(自販機くらいある)ので、本当に邪魔である。あまり広いと言い難いアパートに、こいつがいると余計狭く感じる。

「で、お母さんは?」

「西友に買い物行ってる」

「荷物持ちぐらいやれよ、使えねえ男だな」

「手伝おうかって言ったら、留守番してくれって」

「それで引き下がってんじゃねえよ。ほんとでくの坊だな」

 冷蔵庫を開けて、冷えたお茶を取り出した。コップに注いでグイっと飲み干す。お母さん、多分こいつが来たから西友に総菜買いに行ったんだな。わたしも好き嫌いが多い方だが、愚弟はそれを上回る。なんせ好物が、焼く前のホットケーキの生地だからな……。

 そういえば弟が返ってくる予定はクリスマスではなかったか。まだ一か月も先じゃないか。何前倒しに来てんだよコイツ。

 とりあえず母に、手伝いに行かなくて大丈夫かラインを送った。いける準備だけしておくかと、自室に戻ってラフなトップスに着替える。オフィスカジュアル可とはいえ、つい最近までブラック企業勤めだったせいでまともな私服がない。今ようやくちまちまと買い集めているところだ。無難なチャコールグレーのジャケットに、スカートは同じ色のフレアスカートでとりあえず通している。マキウチさんやヨシカワさんからは、「就活生のコスプレ?」「おまえの年やと四年遅いやろ」と散々な言われようなので、早急に買わねばならぬ。後者はともかく、前者のそれはなんか胸に響くので、さっさと買わないと。

 沈黙が続いていると、玄関のチャイムが鳴る音がした。母が帰ってきたようである。荷物が多くて鍵を開けれないのか。お母さん、お帰り、とインターホンをオンにして声をかけると、なぜか別れたばかりのあの人の声がした。

「キジョウさんさあ、もうちょっとお母さんに気を使いなよ」

 一瞬固まった。なんでお母さんとマキウチさんが一緒にいるの!?いや、確かに駅から近いし、エリア的に立ち寄っていても不思議ではないのですが。

 とりあえず恐る恐るドアを開けると、西友の大袋を両手に持った仏頂面のマキウチさんと、小さなビニール袋を持った母が困ったように笑って立っていた。

「仕事終わりで疲れてるのはわかるけどさあ、お母さんにこんな大荷物持たせるなよ」

 ぐうの音も出ません。ついでにそのセリフ、奥で寝転んでる愚弟にも言ってやってください、という言葉は飲み込んだ。ありがとうございます、とお礼を言って、マキウチさんから荷物を受け取ろうと手を伸ばした。が、さらに思わぬ返答が返ってきた。

「お母さんから、ご飯どうですかって御呼ばれしたから、君んちで飯食って帰るよ」

 お母さーん!!!何をしてくれるんだ、このご母堂は。ぱくぱくと口を開閉して母とマキウチさんを見比べた。マキウチさんは靴を起用に脱いでそのまま家に入った。リビングに入って、寝転がる弟を見たらしい彼は一言、「キジョウさんもキジョウさんだけど、弟君も大概だなあ。二人ともお母さんを大事にしろよ」とガチの説教を述べていた。ありがとうございます。わたしにも流れ弾が言ってるけど。

 ……で、母上、これはどういうことですか。

「西友でね、棚にちょっとぶつかっちゃって、品物落としちゃったのよ。それでマキウチさんが、拾うの手伝ってくれて。それで話してたら、リーちゃんの上司だっていうじゃない。娘がお世話になってますからって、ご飯どうですかって」

 マキウチさん、なんて紳士なんだ。ありがとうございます。

 そしてお母さん、ナイスというべきか、余計なことをというべきか。でもマキウチさんとはほとんどお昼を一緒に食べることがない(大体外に行ってしまうか、別の休憩室で眠っているらしい)ので、ちょうどいい機会かもしれない。

「リーちゃんって、ほんと薄い顔が好きねえ……」

 吹き出しそうになった。やめてくれ母上。そしてなぜ私の好みを……うん、知ってるわ。そうね、わたしの初恋の男の子も、大学時代の彼氏も、推しのアイドルも、みんな奥二重のしょうゆ顔だったわね。例外はあのボケナス野郎だけだ。アイツはしょうゆ顔ともソース顔とも判定しづらい顔だちであった。俳優みたい、と友達は褒めていたが。

「で、お母さん、何買ったのあんなに」

「ついでに洗剤とか、シャンプーのの詰め替えがなくなりそうだから、まとめて買っちゃった」

 どうやら日用品もまとめて買ってたらしい。たしかにそろそろシャンプーの詰め替えストックがなくなりそうだとは思っていたので、週末ドラッグストアに行くかとか考えていたのだけど。

「……ごめん、さっさと行かなくて」

「いいのよ、リーちゃん仕事終わりで疲れてるでしょ」

 そういって、母はこれはおやつの大判焼きだから、といって結局荷物を渡してくれないままリビングに行った。とりあえず盛り付けだけでも手伝うかと後に続く。

「キジョウさん、これだけ洗面所に置いてきて」

 いつの間にかもろもろをマキウチさんは仕分けしたらしい。洗面所において来いと言われたのはシャンプーとリンスの詰め替えやら洗顔材、さらにお風呂掃除に使う洗剤の類であった。そうですね、これらは洗面所の下の棚に……わたし、上司にすごい丸裸にされてるよ。

 それらを置いてリビングに行くと、愚弟は隅に座り込み、マキウチさんが母の配膳を手伝うという謎の状況だった。おい、お前が手伝えや。マキウチさんはお客さんだけど、お前は違うだろ。

「君の弟はほんと使えないな。キジョウさんもたいがいだけど、弟君は木偶の棒だな」

 まとめてディスらないでください……。うう、と頭を垂れるしかなかった。なおその罵倒された愚弟は能面のような顔をしていた。お前はもうちょっと落ち込めよ。

 それに対してわがご母堂は困ったように笑うだけであった。お母さんごめん。とりあえず、総菜の鶏のから揚げとフライドポテト、厚焼き玉子にポテトサラダとシーザーサラダを盛りつけたお皿にご飯、朝の残りの味噌汁といういつもよりちょっと豪華目の夕飯を四人で食べることになった。さらにテーブルの真ん中には、大判焼きが控えている。

「すいませんねえ、ごちそうになっちゃって」

「いいんですよ、いつも娘がお世話になってるから」

 母親と上司がにこやかに食事をしているのを横目で見ながら、わたしはもそもそと鶏のから揚げを咀嚼していた。おいしい唐揚げは冷めてても美味しいんだなあ。愚弟はいつの間にかすべてを平らげ、大判焼きを一つ口にくわえ、食べ終わった皿やお椀を流しに持っていき、じゃあ帰ると言って荷物を持って行った。お前、こういう時の動きは早いな。

「なに、もう出てくの」

「たまたま近くに来たから、お母さんの顔見に来ただけだし。クリスマスにまた来るから」

 いやもう来るな。だが、寂しそうな母の顔を見ていると、なんとも言えない気持ちになる。わたしにとっては忌々しいクソ弟だが、母にとっては腹を痛めて産んだ我が子だからな……。

「うん、クリスマスまでにいい男になって来いよ」

 マキウチさんがフライドポテトを口に含んだ状態で弟の背中に呼び掛けた。何だこの状況。弟はそれには一切何も言わず、黙って玄関を開けて出て行った。

「しかしねえ、キジョウさんは冷たい姉だな。やっぱ姉と弟が一番うまくいかないってのは、本当なんだねえ」

 うぐぐ。上司に弟を冷遇する姉だとバレたのは心が痛いぞ。マキウチさんは妹思いの優しい兄だから、余計そう感じるのかもしれない。すいません、ダメな女で……。

「そういえば、マキウチさんはご家族は?」

「両親は健在で、兄弟は妹が一人です。ガキの頃は親からお兄ちゃんでしょ、ってしょっちゅう言われてましたねえ」

 けらけら笑って厚焼き玉子にしょうゆをちょろっとかけて口に放り込んだ。第一子にとっては宿命ともいえるセリフを、マキウチさんも言われてきたらしい。

 なお、わたしは言われるたびに、「わたしはあいつのお姉ちゃんになるために生まれたんじゃない」とギャン泣きしながら抵抗していた。所以にわたしは周りからお姉ちゃん、と呼ばれずリエとかリーちゃんと呼ばれたままであり、奴はわたしを名前で呼ぶ。まあ、西洋人は名前で呼び合うらしいので、いいだろう。フィクションでも、姉を名前で呼ぶ妹はよく出てくるし。

「……あれ、キジョウさんってそういやいくつだっけ、俺の十下で合ってる?」

 突然マキウチさんがそんなことを言い出した。たぶんそれで合ってると思うけど、藪から棒に何ですか。目線をたどると、棚の上に飾ってある、わたしの大学の卒業証書がそこにあった。

「たぶん生年月日としてはそれでいいと思いますが、わたし早生まれなので……」

 そういやマキウチさん何月生まれ何だろう。なんとなく勝手に、冬生まれのイメージなんだけども。

「いや、俺の妹とおんなじ年度卒だから、あれっと思ってさあ。そうか、そういうことか」

 ……妹さん、わたしと同い年なんだ?勝手にわたしよりは年上だろうとあれこれ想像していただけに、予想外の返答だった。逆にそれだけ年が離れていれば、かわいい存在かもしれない。

「あら、結構年が離れてるんですねえ」

「まあ、俺どうも親が駆け落ちした末に生まれたらしいんで。落ち着くまで二人目なんて考えられなかったんでしょう」

 駆け落ち!今日日朝ドラとか時代劇ぐらいでしか聞かなくなった言葉だ。すげえ。そんなこと現実にあるんだ……。

 あらあ、と母も目を丸くして聞いている。

「それにおふくろ、お母さんとあんまり年変わらないかも。教師と教え子で禁断の恋ですから」

 ますますドラマじゃないですか……。母はきゃあ、と黄色い声を上げているが、わたしは無言でサラダを咀嚼することに専念した。シーザーサラダ、チーズとドレッシングがいい具合に交じって美味しい。

 しかしこんな話をしてくれるとは、相当機嫌がいいと見える。あんまり手の内見せるタイプじゃないと思うので、余計に。

「妹がねえ、ちっちゃい頃はお兄ちゃんってついてきてくれてかわいかったけど、大きくなったら生意気になっちゃって」

 昔はお兄ちゃんのお嫁さんになるなんて言ってくれたのに、寂しいもんですよ、としんみりした顔で言い出すので、わたしは何とも言えない気持ちになった。

 マキウチさん、そんなに年が離れて、かわいがっていた妹さんを亡くしたのか。亡くなってからどのくらい経ってるのかはわからないけど、絶対寂しいはず。わたしは弟が死んだって何も感じないけど、マキウチさんは違う。妹さんから見ても、優しくて頼れる(殺し屋だしちょっと怖いところもあるけど)お兄さんで、さぞや心強かっただろう。姉と弟が最悪な組み合わせなら、兄と妹というのは比較的うまくいきやすい組み合わせと聞くし。

 なんか、本当に申し訳ないな。優しいお兄さんであるマキウチさんには、もっとお似合いの素敵な女性が……。違う違う。

「だからね、君はお母さん孝行するんだよ、わかった?」

 一体何の話でそうなったのかはわからないが、わたしがぼんやりとご飯をあと一口というところまで食べきったところで、マキウチさんにそう言われた。

 それにははいと答えるしかないのだけど、口に物が入ってる状態で喋るのはどうかと思って、こっくりと大きくうなずくことで返事をした。殺し屋やってる時点で、親不孝も甚だしい気もするけど。

「そうよ、リーちゃん、お母さんより先に死ぬなんて許さないからね」

 うぐぐ……。これはマキウチさん、妹さんのことお母さんに話したな。シャットアウトせず、ちゃんと聞いておくべきだった。とりあえず母より先に死ぬなというのはよく言われることなので、これも黙って頭を縦に振ることで答えておいた。

「でもねえ、良かったですよ。心病んだらヤバいですから。そっから一生立ち直れないままだったりするわけですし」

「本当によかったと思ってます……。わたしにとっては大事な娘ですから……生きてくれるだけでいいんです……」

 お、お母さん……。そんな涙目で言わないでよ。わたしまで泣きたくなっちゃうよ。そして本当に申し訳ない。

「俺、目の前で発狂した人間見たことありますけど、もうヤバいってレベルじゃないですから。あそこまでいっちゃったら、もう戻れないだろうなーってぐらいすごかったですよ。そんなことになる前に辞めれて良かったですね」

 マキウチさんの人生経験がおかしい。一体この人どういう人生送ってきたんだ。母はぐすぐす泣きだしている。カオスにもほどがあるだろう、これ。そしてどうやら母はわたしのブラック企業時代を話したらしい。うん、あの時よくわたしは病気にならなかったと思うよ。多分推しアイドルのおかげだ。ありがとう、君たちは永遠に推すよ。解散しちゃうけど。

 そしてお母さん、そんなに心配してくれたんだ……。気づかない娘でごめんね……。

「でもあれ、とっくに狂ってたのかもなあ。様子がおかしいと言えばおかしかったけど、あの時コップの水からあふれたんだろうな」

 ひとり言が怖いですマキウチさん。一体どういうシチュエーションでそんなの目の当たりにしてしまったんだ。そういえば四、五年くらい前に、講演会前に緊急搬送された落語家さんがいて、その理由が重篤なうつ病だったという週刊誌の記事を読んだ気がする。テレビ的には単に具合が悪くなって、みたいな扱いだったと思うけど。ただ、同業者のことは結構ネタにする某演芸番組の出演者さんが一切そのことに触れず、その当人も今になっても復帰していないことを見ると、うつ病というのはガセではないのかも。

 まさかマキウチさん、記事中にあった「居合わせた一般人」なんですか。ありえそうだけど。

「本当に君は運がよかったよ。あのゴミクズ彼氏もキジョウさんの命綱になったんだから、ちょっとは感謝しなきゃあねえ」

 いや、あいつそこまで重要でもなかったです。どちらかというと、推しアイドルのほうが。しかしそこでマキウチさんの言うことを否定する気にはなれなかったので、黙っておいた。

 食事を終えて、大判焼きを食べながら話し、マキウチさんは帰っていった。

「じゃあキジョウさん、また明日」

 いつものニヒルな笑顔でそういって、マキウチさんは軽やかに出て行った。なんか、幻でも見てきた気分。明日どんな顔して合えばいいのかと思ったけど、いつも通りに会うしかないよね。

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