あなたのうたになりたい 05
「ここ、ここー」
連れてこられたのは、グルメ情報サイトで名前くらいは目にしたことのある個室の居酒屋だった。大衆的なチェーン店というよりは内装も凝っていて、価格も少し張る。掘りごたつ式になった席に佳貴と向かい合って座る。
「好きなの頼んで」
「好きなのって……」
お金は大丈夫なの、と聞きそうになってやめた。奢られるつもりはないし、もし佳貴がそのつもりでいてくれているとしても、聞いてしまったら気分を害してしまうかもしれない。
結局佳貴は生ビールを、私は生絞りのレモンサワーを頼んだ。ジョッキと半分に切られたレモンと絞り器が運ばれてくる。レモンを握って力いっぱい押し付けて捻ってみても、ほんの少し果汁が滴っただけだ。
「ねえ、こんなんだっけ」
「もっとがっつりいかないと」
「がっつりってどう」
もう一回握りなおして、捩じる。雫がぽたぽたと足れた。渾身の力を込めたにも関わらず思ったような成果が出ないことが無性におかしくなってきて、思わず笑った。
「ふざけてんの」
佳貴が私の手からレモンを取り上げて、ぐりっとやった。さっきまでとは比べ物にならないくらいの果汁と果肉が器に落ちた。
「え、すご」
「こんなもんでしょ」
佳貴から返ってきた果汁と果肉をジョッキの中に入れてかき混ぜる。そうしてようやく乾杯ができるころには、生ビールの泡はすっかり消えていた。
「そういえば見たよ。佳貴のバンドのMV」
「そうなんだ」
「めっちゃかっこよかった。身内贔屓を除いても。あれからずっと頑張ってたんだね。……すごいよ」
「直接言われると照れるんだけど」
佳貴がふいに視線を反らした。なんでもない風を装っているけれど、あの曲だって苦労して作ったのだろう。作詞も作曲もボーリストとケイキという名前が並んでいた。
真っ直ぐに夢に向かって歩き続ける人だけが夢を叶えられるのだということを、佳貴は私に見せてくれている。
テーブルの上に放ってあった佳貴のスマホが着信音を奏でた。ディスプレイの名前を確認してから私の顔をちらりと見た。私からは名前は見えなかった。もしかしたらそういうひとがいるのかもしれない。いてもおかしくない。バンドマンなんてただでさえモテるだろうし。それにそんなことは私と佳貴には関係が無い。
「出てきなよ」
佳貴は小さく頷いてスマホを耳に当てながら、個室を出ていった。足音が遠ざかっていく。そこまで聞かれたくない内容だったのだろうか。耳を澄ますわけにもいかず、目の前のチーズのフリットに箸を伸ばした。はちみつをたんまり付けて口へ放り込む。衣のさくさくとチーズのトロミに甘さが最高に合っていた。これはお酒が進みそうだ。佳貴にもこれが美味しいのだと教えてあげよう。
そう思いながらわくわくして待っていてもなかなか佳貴は帰ってこない。フリットが冷めてしまうことが惜しくてもう一つ口に運んだ。もしだったらもう一皿注文してしまえばいい。そんなことを呑気に考えていたときだった。