あなたのうたになりたい 04
佳貴と会わなくなってから、シルビーのライブにはずっと一人で来ていた。高校生のときほど、無理をしてまで前のほうへ行こうとは思わなくなった。中央より少し後ろ、上手寄りの位置に立った。初めてシルビーのライブへ行ったときはツーマンだったし、キャパの小さなライブハウスだったから、前から四列目ぐらいの位置で見られたのだった。そんなことをふと思い出して懐かしくなる。あのときは隣に佳貴がいて、始めてシルビーを生で見られた感動で思わず泣き出した私に驚いていたっけ。このライブハウスはあの時の何倍くらいのお客さんが入るのだろう。私よりも若い女の子たちが隣にいる友達と楽しそうにお喋りをしながら開演を待っている。ぼんやりとSEを聞きながら会場内を見回した。佳貴はもう来ているのだろうか。連絡が来やしないかと、フロアの照明が落ちるまでずっとスマホを気にしていた。
だけどライブが始まると、私はひと時佳貴のことを忘れた。
シルビーは正式な名前をSHE WILL BE OKAYという関東出身の四人組バンドで、ギタリスト兼ボーカリスト、ギタリスト、ベーシスト、ドラマーで構成されている。光景がありありと浮かび上がるような描写力を持った物語性のある歌詞とエモーショナルなサウンドを併せ持っている。そのくせMCではどこか力の抜けたようなゆったりした口調で小ネタを挟んでくるものだから、ライブ中は感傷的になったり笑ったりと感情が忙しい。
ボーカルの大沢ヨウイチ。トレードマークの黒縁の眼鏡を掛けて、今日はハットを被っている。白いシャツにループタイを付けて黒のスキニーパンツを履いている。どこにでもいそうなファッションなのに、どうしてバンドマンがするとこんなにもオシャレに見えるのだろう。ぼんやりそんなことを考えているとふと目が合ったような気がして、無性に恥ずかしくなって顔を反らした。気のせいだと分かっていても、反射的にそうしてしまった。
アンコールまで存分に彼らの世界に浸り、フロアがライトで照らされてさっきまで同じ方向を見ていた他の観客たちがドリンクスタンドに殺到しても、私はその場から動けずにいた。
シルビーのライブを見ると、毎回大袈裟なほどに感動する。生きていて良かったとさえ思う。この世に好きな音楽を生で聴くことほど幸福なことがあるのかと、本気で考える。恋人がいないことも仕事がうまくいっていないことも何もかも忘れて、この身に降りかかる全ての苦しみは、この一瞬のためにあるのだと思えてくる。
しばらく私はそうして夢見心地で呆けていた。
「美月」
ようやくドリンクはハイボールにしようと決めた頃、背後から声を掛けられた。懐かしくて聞きなれた声に反射的に振り返る。
「……佳貴」
黒のオーバーサイズのTシャツにロールアップしたデニム。白いスニーカー。妙に雰囲気があって、ことばが続かなかった。
「久しぶり」
「久しぶり」
どうして佳貴はこの瞬間のこの場所を再会の地に選んだのだろう。五年近くも会っていなかったことが嘘かのようにあの頃と変わらない笑顔で、ドリンク取ってこよ、なんて言っている。その癖纏う空気が変わった。佳貴なのに、知らない人のような気がしてふとした寂しさを覚えた。
私はハイボールを、佳貴はコーラを頼んだ。
「飲まないの?」
「あとで飲むからいいよ」
人の減ったフロアを眺めながら、カップの中身を流し込んだ。
「結構酒強いんだ」
「そういうわけでもないよ。ライブのあとだけ、飲みたくなるんだよね」
本当は佳貴に対して覚えた違和感を忘れたくて、少しでも早く酔っぱらってしまいたいだけだった。
私の手から空になったプラスチック・カップを奪うと、佳貴は人の隙間をすいすいと縫ってカウンターへ向かっていった。その姿をぼんやりと眺めていた。少しだけ酔いが回り始めているらしい。
「よし、じゃあ行くか」
二人で並んで歩くのは、四年半ぶりだ。もしかしたらもう会うこともないのかもしれないと、心のどこかで諦めていた。そんな私の心情をよそに、佳貴はすっかりご機嫌で今日のライブの良かったところを熱心に語っている。だんだんと釣られて私も饒舌になっていく。二人の間の空気が懐かしい香りに戻り始めた頃、佳貴がぴたりと足を止めた。