あなたのうたになりたい 02
受験シーズンになって佳貴が初めて組んだバンドは解散することになった。私も大学進学を志して勉強に追われ、なかなかライブを見に行けない日々が続いた。
それまでの空気が一変し、制服を着崩したり髪をセットしたり化粧をしていた生徒たちが一斉に地味になり、勉強ができる人こそかっこいい、真面目こそ正義という風潮になってからも、佳貴はどこか反抗的だった。
もともと勉強ができなかったわけではないから、少し努力すればある程度の大学にだって行けたはずだった。私はなんとなく気後れして、進路の話を持ち出すことができずにいた。
ある日、昼休みに佳貴が担任に呼び出された。教室に戻ってくるなり、どっかと椅子に腰を下ろしそのまま机に突っ伏してしまった。
そのときになってふと、しばらく佳貴と話をしていないことに気が付いた。買ったら貸すね、と話していたバンドの新譜を買ったことも伝えていない。今知らないふりをしていたら、この先口を聞かないまま卒業式を迎えてしまうような気がして途端に怖くなって、同じ教室にいながらメールをした。
たまには一緒に帰ろうぜ! と。
いつも一緒に下校していた女友達に事情を告げると、弾んだ声で送り出された。その目は好奇心で満ちていた。私は苦笑しながらも素直に感謝していた。
自転車を引いて校門へ向かうと、佳貴が立っていた。
「よっ」
「よー」
一緒に帰ると言っても、私と佳貴の家の方向はまるで違っていた。それどころか私は自転車通学なのに対し、佳貴は電車通学だった。だから二人でどこへ行くでもなく、ただゆっくりと歩いた。いつもなら一秒でも多く勉強をしようと躍起になっている時間帯だったけれど、なんだか妙に肩の力が抜けて久しぶりに自然に呼吸ができるようだった。あれだけたくさんのことを話して同じものを見てきたはずだったのに、私たちの間には沈黙が続いた。
そのときの私は、なんとなくもう佳貴と一緒に夢を見られないということに気が付いていた。
「もう美月と話すことも無くなるんだなって思ってた」
佳貴が唐突に呟いた。横顔を盗み見たけれど、俯いているせいで長めの前髪が目に掛って表情がわからなかった。
「……なんで」
「なんか、違う世界に行くみたいで」
そのことばを聞いて、胸が詰まった。それはまさしく私が佳貴に対して抱いていた想いだった。夢を追い続ける佳貴と、現実を歩んでいく私。どんどん遠くなっていっているような気がしていた。
「……私のほうがそう思ってた」
どうしてこんなにも悲しいのか分からなかったけれど、泣き出しそうになった。
「俺、ほんとは大学行くつもりなんか無いんだよね」
でも親に大学は行け、って言われてさ、と続いた。
「今でも勉強するよりベースの練習してたいし……。だけどそんなこと言うとさ、もう皆あーあみたいな顔して見てくるんだよ。前はバンドかっこいいって言ってたやつまでさ」
二人並んで歩くなかで、何度か見知った顔とすれ違った。後頭部に好奇の視線を感じたけれど、そんなことはどうでも良かった。
「美月もそう思ってんのかと思った。……本気でバンドやりたいとか、バカだって思われてんのかなって」
「そんなこと思うわけないじゃん」
私の声は頼りなく震えていて、余りにも説得力が無いように思えた。
何度か見たステージの上の佳貴は、とてつもなくかっこよかった。恋心ではないけれど、それにも似た憧憬に焦がれていた。私には到底辿り着けないような場所へ向かおうとしている彼に、ずっと手を伸ばしていた。私はずっと佳貴の才能が羨ましかった。
「そういえばレフウィルの新譜買ったけど、聴く?」
佳貴は私のことばにぱっと顔を上げ、まじまじと目を見つめた。そして明るさを取り戻した声で、うん、と答えた。