01 あるのは金と権力だけ
よろしくお願いします
死んだ。
振り返るとそこには、偏った経験と灰色多目の思い出が乱雑かつ低く積み重なっている。偏っていてもせめて高く積めていれば尖れたかもしれない。灰色多目でもその中に鮮やかに光輝く黄金が一つでもあれば笑顔で逝けただろう。しかし実際、それらは高くとも他人の平均レベルで、それらは鮮やかであっても黄土色かあるいは抹茶色だ。
自分で言うのもなんだが、残念な人生と言えよう。しかし、それでも概ね満足である。なにせ、その程度の努力しかしてこなかった。確かに素のスペックが低かったと言うのもある。だが人間の可能性は無限大、とまでは言わないけれど努力すればある程度は上昇するだろう。努力ないし継続とかそれっぽいことをしていれば俺程度であっても平均よりも少し上の人生を送れたかもしれない。しかし俺という人間は努力しないというその場での楽を選び、未来を捨てたのだ。未来を捨てたとか格好をつけたが要は面倒が嫌いなだけである。後回し推奨系男子なのだ。
故に、この結果は理不尽でもなんでもなく、当たり前の結果である。ならばそこに不満もなく後悔もなく、あるのは"終った"という感想だけ。笑顔では逝けないが苦笑くらいで逝けるのだからむしろ満足である。いや、それどころかこの水準を保って人生を終えることができたことによる達成感すらあるのだ。では、やはり俺の人生は良かったと言える。
「――はぁ」
完結した物語に、もっと言えば綺麗に終った物語に続きを付け加えたとする。一部の人は喜ぶかもしれないが、多数の人々はそれを蛇足だというだろう。俺もその一人である。よっぽど上手く書けなければ無駄としか言えない。せっかく綺麗に終ったのに、と不満を抱くだろう。しかもその加えられた物語が明らかにジャンルを変えていれば不満どころの騒ぎではなく炎上必至である。例えば現実世界のじれじれあまあまの青春物語がハッピーエンドをむかえたと思ったら次の瞬間、首ちょんぱするようなファンタジー世界での英雄譚に変わってしまったとなれば、もう、本当に、ため息が止まらない。
何が言いたいかと言うと、ファンタジー世界に転生していた。
つまりそういうことである。異世界転生だ。蛇足である。確かに他人から見れば続編でも用意してなんとかマシなモノにしたいような人生だったかもしれない。でもこれは俺の人生である。俺が満足であればそれで良く、だからこそこれは蛇足だ。
しかし、だからといって始まってしまったものはどうしようもない。自分の人生である。どうにかしたいのならそれこそ死ぬしか方法はない。死ぬか今を受け入れるかなら、俺は受け入れる方を選ぶ。自ら死を選べるほど強くもない。痛いのとか苦しいのとか、ごめんだ。それに死を選べたとしても許されない。何故許されないかと言えばそういう立場にいるからだ。
名をザレッド・ラーカー。侯爵家、ラーカー家の次男坊――それが今の俺の肩書き。つまりは貴族である。常に護衛が周りにいるため、自殺などできない。死を許されない立場とはそういうことだ。先も述べた通り死ぬつもりなどないので関係ないけれど。
「ザレッド様、朝でございます」
「ああ」
無駄に広い部屋に無駄に大きいベッドの上で無駄に高価な寝巻きに身を包んだ俺を優しく起こす執事。初老の筆頭執事で、ラーカー家の使用人の中では立場が一番の執事である。
「……メイドに頼んだはずだが?」
なんやかんやと転生に関して文句はいったが、据え膳なんたら、折角ならばと立場を利用して美少女に起こしてもらおうとメイドに頼んでみたのだ。暗い人生を送ってきて、身の丈にあってるからそれで満足、とかほざいておいてどういうことかと俺でも思うが、立場が変われば手の平がドリルになってしまうのは仕方がない。俺だって人間なのだ。
「悲しいことに立候補がいなかったもので」
だが残念、メイドは長男派と双子である三男と長女派に別れており俺の派閥はいない。染み付いたやる気の無さと、無駄な金と権力の行使で彼女達からの好感度はゼロだ。権力の行使と言っても学院での成績の改竄などで、非人道的なことはしていない。なので好感度はマイナスにならず、嫌われてはいないが対応が凄く事務的である。異世界貴族と言えばメイドにモテモテなのにと枕を濡らした夜は数知れず。
才能はなく、チートもなく、人望もない。異世界貴族なのにこの様である。
「もうこの際、奴隷でも買おうかな……」
そう、俺には金と権力がある。やろうと思えばハーレムを築くことなど朝飯前なのだ。美少女奴隷を買い、心暖まるエピソードを経て「ご主人様大好き」という主従を越えた愛を育むことも不可能では――
「結局誰かに取られて終わりかと」
「知ってた」
――ないと信じたかったが、俺には絶望的に魅力がない。奴隷を買ったとしても知らぬ間に兄か弟が優しく接してポッとなり終わりである。もう駄目かもしれない。
可能性がゼロであった前世ならまだしも、見た目も悪くなく金も権力もあるのにモテないというのは本当に辛いのだ。お前の中身がダメだと言われているようなものである。いや、ようだ、ではなくその通りだ。
更にクール系で優しい兄と無邪気で可愛らしい弟に挟まれると俺の陰湿な感じが浮き彫りになる。悲しいね。
しかしながらそれでも心折れずにいれるのは前世のおかげである。
例えば、俺の通う学院の女子制服は、日本の常識から考えると有り得ない程に際どい。ガーターベルト標準装備とか、肩出しとか、挙げ句の果てに、夏は半袖ヘソ出し、冬はレースガウンというイカれっぷりである。ヘソを出す前に生地を薄くするとか、レースガウンで寒さを防げるのとか、そもそも肩をださなければとか、疑問はあるが誰も突っ込まない。
なにせこの世界の常識ではそれはお洒落であり、由緒正しいこの学院の制服は誇れる服装なのだ。女性は何の恥じらいもなく着こなし、男も男でそれを萌え的な、ましてや性的な対象として見ることはない。それが当たり前なのだからである。頭おかしい。
だが、俺は違う。前世の記憶を持つ故に、彼女達の服装はとても響く。それはもう、本当に良い眺めである。俺だけの桃源郷。なんとも素晴らしい響きだ。
しかし良く考えると、前世のせいで性格が歪んでモテないのでプラスマイナスゼロである。
でもまぁ、美少女多いから眼福であるし、金も権力もあるからこれからの人生で困ることもないだろう。努力せずして前世よりも良い人生が送れるのは確実である。ならばこの人生は蛇足ではなく、二期で覚醒とか新シーズン入って良くなったとかそういういった成功例なのかもしれない。いいや、そうだ。そうに違いない。俺、異世界ライフを堪能します。蛇足なんて言ってごめんなさい。そしてありがとう神様。
「決闘だザレッド」
なんて取り巻き男子と昼食をとりながら神様に感謝をしているとそう言われた。異世界貴族に良くある決闘である。転生者である場合、まぁ負けない。基本的に勝つ。しかし、残念なことに俺には剣の才能も魔法の才能もない。つまり、雑魚だ。決闘をすれば負ける。負けるくらいならいいが、今回負ければ奴隷になる契約になっているらしい。なるほど、俺の異世界ライフ終了のお知らせである。
オーケー前言撤回、神様の馬鹿野郎。
学院とかある系異世界のお話。ダンジョン、冒険者、勇者、魔王、テンプレ系です。基本ゆるーい話。